「うぅ…もうだめ…もういや……」
火継ぎの祭祀場
涙目になりながら、一人の魔術師が地に膝をつく
「先に進めないよ……」
柔らかな芝の生い茂る地べたに寝転がり呟く
「はぁ…」
ため息を吐きながら、ゆらゆらと燃える篝火を眺める
「…ったく!見てらんねぇな」
重い空気の中で発せられたのは、一人の戦士の声だった
「諦めちまえ、諦めちまえ。どうせ何度繰り返したって無駄なんだ」
その声に反応して、魔術師は横たわったままちらりと戦士を見る
「怖気づいたんなら、ここでじっと座ってればいいさ。俺みたいにな」
「………」
「そんな所で転がってると迷惑だ。蹴飛ばしちまうぞ」
「………うん…」
魔術師は緩慢な動作で埃をはらって立ち上がると、そばにあった瓦礫に腰かけた
「おい」
「……はい?」
「じっと座ってろとは言ったがな、俺の隣に座れとは言ってねぇぞ」
「………っ、ごめんなさい…」
戦士の言葉に、魔術師は俯きながら立ち上がろうとする。
その瞳からは既に涙が零れそうになっている。
「ああ、もう!何泣いてんだよ。いいよ、好きにしろ。別に隣に座るなとも言ってねぇ」
「……ありがとうございます…」
気まずくなり、戦士は目を逸らす
魔術師は俯いたままだ
「骨がね…」
「あ?」
「ガイコツが、攻撃を避けてくるんです…」
「はぁ…」
項垂れていた魔術師が、ぽつりと呟いた
戦士は訳が分からず、間の抜けた相槌を打つ
「あー…、あれか。お前最近墓地の方に行ってたもんなぁ。そこか」
「はい、そっちに行けば注ぎ火の秘儀が分かるってペトルスさんが教えてくれたので…」
「お前あの生臭坊主の言う事信じたのか。おめでたいな」
「別にそこまで…」
「いや待てよ、しかしあのあたりの雑魚ならお前お得意の魔術でなんとかすりゃ良いじゃねぇか」
「そ、それは魔術を使えば楽勝ですよ、でもでも、魔術だって無制限に撃てるわけじゃないんですよ」
少し頬を膨らませながら魔術師は答える。
墓場での苦い記憶を思い出したのか、口調は次第に怒りとも苛立ちともつかない物を含んできた
「そんなことしたら私のソウルが尽きちゃいます。それにあの骨、なんかこう、わさーって群がってくるんですよ!
大勢に囲まれた状態で悠長に詠唱なんてしてたら…」
「輪姦されて終わりだな」
「まわっ……!?ちょっ、な」
「冗談だ、ちったぁ元気になってきたじゃねぇか」
早口で捲し立て、冗談に対して顔を赤くしながら反論しようとする様子を見て戦士は少し安心した
「で、その骸骨野郎に接近戦を仕掛けるしか無くなるわけか」
「あっ、はい。そうなんですけど…よ、避けてくるんですよ!」
「避ける?」
「避けるっていうか、こう、盾でパーンって弾いてくるんです。もう!」
「あぁ、そりゃパリィだな。変な構え取ってたろ」
「構え…?よく見てなかったです」
「………まぁ、構えずにパリィしてくる奴も居るが…」
「で、その後ズバッと……すごく痛いんです…も、もうやだ…」
「そりゃあなぁ…いっそ、お前がパリィ狙ってみればいいんじゃないか」
「やってみようと思いましたけど…けどおおお!!!!」
「分かった。悪かった。皆まで言うな…」
拳を握る魔術師をなだめるように、戦士はポンポンと頭を叩く
「はぁ……もうやだ…骨きらい…」
「まぁ、ずっとここに座ってても構わないが」
「うーん……」
「何なら俺が稽古つけてやってもいいぞ?」
「えぇ!?」
思いもよらない戦士の提案に、魔術師は思わず声が裏返った
「よし、殺す気で来い」
ロングソードとヒーターシールドを構えながら戦士は宣言する
「えっ、えええ、で、でもでもでも、これ真剣ですよ!?」
恐る恐るレイピアを構えながら魔術師は問いかける
「馬鹿野郎、お前みたいな小娘の攻撃が掠ったところでどうってことねぇよ」
「なっ、何よぅ…」
「そもそも…」
「怪我したって知らないんだからぁぁあ!」
挑発に乗せられて、会話を遮って魔術師は手にした刺剣を振りかざす
…が
「………っえ?」
次の瞬間、魔術師が認識したのは無防備に放り出された右手だった
「そもそも、お前の攻撃は当たらねえ」
盾で弾かれたのだと気づいた頃には、既に余裕の表情をした戦士に見下ろされていた
「この分じゃ盾もいらねぇな」
「そんなっ、っていうか、えっ、でも、さすがに盾が無いのは」
「そう思うならかかって来いよ」
「はっ、はいっ!て、てぇぇええい……っ!?」
盾は無いはずなのに、やはり右手は無防備に振り払われる
「盾は無くてもパリィは出来る。覚えておけ」
「………っ!はっ、はいっ!」
「さて、どうする」
「…!そ、そうだ、両手持ちなら……ぇええええいっ………っきゃ」
またも弾かれる
「無駄だ。リーチのある武器なら別だが…残念だったな」
攻撃が弾かれた隙に、戦士は魔術師の首根を掴んでいた
「く、悔しい…」
「これが実戦だったら何回死んだ?馬鹿の一つ覚えみたいに正面衝突しすぎだ。馬鹿」
「ちょっ、何よっ、理力にはちょっと自身あるんですよっ!?」
「うるせえ馬鹿、だったら頭を使え、回り込め。馬鹿野郎が」
「ぜ、絶対一発お見舞いしてやるんだからああああっ!」
祭祀場の片隅で、戦士と魔術師の特訓はしばらく続いた
「……はぁっ、はぁっ」
「そうだ、走ってでも、ローリングしてでも正面からの攻撃は避けろ、回り込め」
「…はぁっ、はっ、はいぃっ……」
持久力の限界なのか、魔術師はすでに肩で息をしている
戦士は、そんな魔術師をしばらく休ませる意味も混めて眺めていたのだが…
「……飽きてきたな」
「えぇっ、はぁっ、ちょっ……も、もう少し…」
「考えてみたら、俺にとってメリットねぇもんな。これ…」
「もう少し教えてくだっ…さいよぉ…なんか、ちょっと分かってきたんです…」
フラフラになりながら頼み込む
「んー…」
ニヤリとしながら答える
「じゃあ、あと少しだけな。本気だせよ」
「はいっ!」
記憶力が良いせいか、魔術師の動きは上達していた
しかし体力がついていかないようで、攻撃はまた弾かれる
「……っ!?」
攻撃を弾いた隙に、右手で魔術師の顎を掴む
「………んっ…」
唇を唇で塞ぐ
「………っ!?ん…っぷはっ……はぁっ…!?」
開放された魔術師は、顔を真っ赤にして驚いた表情で戦士を見つめる
「次は舌入れてやっからな、気合いれろよ?」
戦士は意地の悪い笑みで返す
「やだっ、な、何っ……ばかばかばかっ、何するんですかぁぁぁっ」
「よし、それだけの元気があればまだ続けられるな。悔しかったら掛かってこいや」
特訓はまだ続く
しばらくして、なんとかスケルトンの剣士を相手取れるようになる実力がついたのか魔術師が旅支度を整える
「心が折れたらまた戻ってこいよ」
戦士はいつものように遺跡に腰かけたまま見送る
「だっ、大丈夫ですっ、おかげでちょっとは強くなれましたから!」
「おう」
「ありがとうございましたっ!」
魔術師は地下墓地に向かって駆けて行く
祭祀場は、また静かに篝火を灯し続ける
数時間後、車輪スケルトンに心を折られた魔術師が泣きながら戻ってくるということは
このときの戦士はまだ知らない