[→Side:L→]  
 
「今日は黒い森の庭へ行ってきた」  
私は檻へ向かい語りかける  
「白く光る美しい花を見つけたので持って来た。そこは暗いだろう」  
語りかけた相手が返事をすることは無いのだが  
 
檻の中に居る娘は、ちらりとこちらを見る  
そしてすぐに俯き、灰色のローブを目深に被り直した  
 
嗚呼、そうか。迂闊だった。  
「気が利かなくて済まない」  
火防女は人間性によってその身体を保ち続ける存在  
その代償として彼女達の姿は…  
暗い牢の中で蹲っているのも、おおよそ彼女が望んだ事なのだ  
 
私は差し出した花を持ったまま踵を返し、対面の柱へ置いた  
「此処へ置いておこう。これなら貴公を照らし過ぎる事もあるまい」  
この輝きが、少しでも彼女の…癒しとなることを祈って  
「しばらく休ませてもらうぞ。あの森は酷く闇霊が出るのでな。少し疲れた」  
腰を下ろし、目を瞑る  
 
 
「あの…」  
 
 
そよ風が吹き抜ける中、鈴を転がすような美しい声が聞こえた  
顔を上げる  
檻の向こうで、その声の持ち主であろう彼女がこちらを見ている  
驚いて、目を見張る  
 
「貴公…」  
「このような…穢れた声で……お話することを…御赦し下さい…」  
 
穢れた声  
そう表現された彼女の声は、女神フィナのそれと聞き違える程に感じた  
 
「穢れたなど。私にはとても美しく感じるが」  
「そのような…あの……なぜ、貴方は私などに……関わろうと…」  
「さあな…暗い檻の中で独り、祭祀場の篝火を支える貴公に興味を持った。それだけだ」  
「………」  
「迷惑だったか」  
「いえ!……ですが…火防女である私の身体は…」  
「それがどうした」  
「…………」  
 
暫し、空間を沈黙が支配する  
 
「……あの……」  
掠れるようなか細い声で、彼女が口を開く  
「…あの…お名前を……」  
 
「……私はロートレク。カリムのロートレクだ」  
「…はい…申し遅れました。私はアナスタシア。アストラのアナスタシアと申します」  
 
私を見上げ、にこりと微笑んだ彼女はとても美しかった  
 
 
[→Side:A→]  
 
呪われた存在、呪われた使命  
望んで此処に居るのか、望まれて此処に居るのか  
もう何年もこの暗い檻の中に居る。あまり思い出せないし、思い出したくもない。  
しかし、それで良いのだ  
皮膚の下には、不死から捧げられた人間性が蠢く  
このおぞましい身体も声も、光の元へ出るべきでは無いのだから  
 
いつからだろう  
彼が私の前に現れるようになったのは  
上の篝火で休めばいいものを、足場の悪いこの場所で休息する  
たまに声をかけてくれるが、私はそれに答える声を持ち合わせて居ない  
彼も不死なのだろう  
ならばいずれ、自らのエストの為に人間性を捧げ、どこかの火防女の魂を押しつけてくるに決まっている  
でも彼を責めはしない。それが不死であり、火防女なのだから。  
 
「今日は黒い森の庭へ行ってきた」  
そう言って彼は、人間性でも火防女の魂でもなく美しい花を差し出してきた  
意図が分らなかったが、嫌では無かった  
何より、その花の輝きが美しく、すぐにでも感謝の意を表し受け取りたかった  
彼を見つめ、そしてそこで思い出す  
自らの穢れた身体を。穢れた声を…  
すぐに目を逸らし、ローブで顔を隠す。この身体を曝せば、きっと彼は立ち去ってしまうだろう。  
せっかく捧げてくれたのに。何と愛想のない。でも彼は私などと関わるべきでは無いのだ  
 
「気が利かなくて済まない」  
私は俯いていただけなのに。彼は私を照らさないように少し離れて花を置いてくれた  
何故彼は、こんな私に善くしてくれるのだろう  
知りたい。彼の事をもっと知りたい。こんな穢れた私でも、それが赦されるのならせめて名前だけでも…  
 
 
「……私はロートレク。カリムのロートレクだ」  
「…はい…申し遅れました。私はアナスタシア。アストラのアナスタシアと申します」  
 
私を見つめる黄金色の甲冑。表情はよく分らなかったが、とても幸せな気持ちになった  
 
 
[魂の救済]  
 
「いやー、小ロンドの亡霊マジ鬼畜!でもダッシュで魂ゲットできてよかった!」  
そう言って、その不死は笑いながら火防女に魂を差し出す  
「ゲットしちゃえばこっちのモノ。死んでもココの篝火に戻れるから安心ってね!  
はい、かぼたん、エスト瓶の強化よろしくおねがいしまーす」  
 
小ロンド遺跡  
封印のために滅んだ都市  
其処の火防女は、何を思い死んでいったのだろうか  
しかし目の前の不死には、そんな事に思いを馳せている様子は無い  
結局は魂となってしまえば、自らのエストを強化するための道具でしか無くなるのだ  
 
火防女は渡された魂を受け取り、祈るように両手で包みこむ  
「………っ」  
全身の人間性が戦慄く。皮膚の下のおぞましい感覚が増悪する。  
錬成された力は炎のような光となり、不死の中へ消えていく  
 
「ありがとー!よし、貪食ドラゴンも倒したし、次は病み村の鐘鳴らしにいくぞー」  
力を蓄えた瓶を受け取り、満足した不死は踵を返した  
不死は火防女に礼を述べたが、火防女は俯き震えるばかりだった  
 
「お、ロートレクさん。相変わらずイカした鎧だね。最近どう?」  
「貴公か…ふん、お互い明日も知れぬ身だ。過ぎた馴れ合いは無しにしようぜ」  
「つれないねー、ってか、何?今日ちょっと機嫌悪くない?気のせい?」  
不死がロートレクの兜を覗き込もうとするが、ロートレクは顔を逸らし鬱陶しそうにするだけだった  
諦めた不死は、身の丈程もあろう大剣を背負い遺跡へと続く階段を下りて行った  
 
 
「アナスタシア」  
不死が階段を降り切った所を見計らい、ロートレクが火防女に語りかける  
「大丈夫か。クソッ…あの若造、斬り捨ててやろうかと思ったぞ」  
「良いのです…おやめください…これが私の役割ですから……」  
 
青い月夜  
幾度目かの逢瀬  
 
「ロートレク様…」  
 
いつもは黄金色の甲冑も、月に照らされ白く輝いている  
その姿に気付いた火防女は、這うような動作で檻に近付いた  
ロートレクもまた檻に近付き、兜と手甲を外した  
 
「ん…ちゅっ……」  
唇が触れ合い、粘液が触れ合う音が響く  
火防女の柔らかな舌は、無骨な動きで蹂躙され、圧搾される  
ロートレクが火防女の顎を持ち上げ髪を撫でる  
綺麗に結われた髪が少し乱れた  
唇を貪りながら、首筋を、鎖骨を、腰を撫でる  
「…いけません……っ、そこは……あっ…」  
ローブを捲り、肌を直に触れられると火防女は身体を強張らせた  
「構わん」  
短い言葉で、しかし強い口調で告げると、ロートレクは身体を愛撫し続ける  
月明かりで、なによりローブ越しだったのでよく見えなかったが  
その手に伝わる感触は女性の肌とはほど遠かった  
ローブを纏えば人の姿に見えるが、火防女としてこの地に留まり続けた彼女の体は  
確実に人間性に蝕まれ異形へと変化を遂げつつあった  
「これが貴公の使命だと言うのなら、私はそれを受け入れよう」  
そう告げて、ロートレクは再び口付け、抱き寄せる  
「檻が邪魔をして、巧く抱いてやれないのがもどかしい」  
火防女は、涙を一筋流してロートレクに身を預ける  
 
 
「辛いか」  
優しく頭を撫でながら、ロートレクは火防女に問いかける  
「使命を背負った以上…この地に留まる事を拒否しようとは思いません。しかし…」  
一筋流した涙は、やがて溢れ出し、堰を切ったように頬を伝い続ける  
「このままでは、貴方と共に生きる事が叶わない…それが…」  
「アナスタシア…」  
ロートレクには、名前を呼んでやる事しか出来ない  
 
「火防女は生きて篝火を守り…死してなおその熱を守り続ける…」  
火防女は、呟くように伝承の一節を唱えた  
「ロートレク様…お願いです……私を…どうか、その手で終わらせてください…」  
「な…」  
「魂をエストとして巡らせるのもまた火防女の使命、貴方のエストとしてお役に立てるのなら…」  
涙を流し続け、しゃくり上げながら訴える  
「アナスタシア…アナスタシア……ッ!」  
ロートレクもまた、静かに涙を流しながら名前を呼び続ける  
「お願いです、どうか……!」  
「……ッ、それが、貴公の……望みだと言うのなら…救いになるのなら…」  
 
ロートレクは、鎧と共に脱ぎ棄てたショーテルを握る  
火防女は、目を瞑り祈るように身体を預ける  
 
青い月の光で、湾曲した白刃が煌めいた  
 
いつかロートレクが火防女に贈った花は  
手折られた状態では長く光を放てなかったのだろう  
一瞬強く輝き、そして吸い込まれるように闇に溶け込んだ  
 
 
[Side:L アノール・ロンドにて]  
 
結局、アナスタシアの魂をエストにすることは出来なかった  
アノール・ロンドにも火防女は居た  
しかしこの魂を捧げてしまうとアナスタシアを近くに感じられなくなりそうな気がして…  
それに、彼女もまたアナスタシアと同じように全身を人間性に侵されるのだろう  
甲冑で身を包んでいるのはそのためか  
 
私はアナスタシアの魂を抱きながら、黄昏に染まる城内を見つめる  
この地に眠る王の器、それがあれば、あるいは…  
 
歩を進めようと思ったところで、世界の空気が変わるのを感じた  
時空の歪み、霊体の侵入…  
振り向くと、いつかの不死の若造が立っていた  
 
「お前が火防女を殺ったのか!」  
「貴公か…何用だ」  
「決まってる、火防女の復讐に来た!」  
 
復讐  
笑わせるな  
貴様なんぞに何が分る  
どうせアナスタシアの魂を手に入れたら、どこかの火防女にエスト強化の道具として差し出すか  
祭祀場で復活させ、またあの暗い檻の中で人間性に侵され続ける使命を強制するのだろう  
お前が拠り所にしているその篝火は、誰の手によって守られているのだ  
 
「哀れだな…炎に向かう蛾のようだ…」  
 
私は対になったショーテルを構え、目の前の不死と対峙した  
 

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