「…誰です、貴方は…」
もうこれで何度目になるのかわからない台詞をプリシラは目の前の不死に向かって呟いた。
体中に堅牢な岩の鎧をまとい、肩には鉄塊の様な大斧を背負っている。男か女かも分からぬ、一人の不死。
どうせ次の言葉を待たずしてこの不死も自分に襲いかかってくるのだろう。
雄々しく雄叫びを上げながら、或いはうやうやしい文句を並べ立ててからか。
聖職者と思しい不死は彼女を「デーモンでありながら人語を操る魔物」と罵り有無を言わさずメイスを振り上げた。
またある呪術師達の一団はまるで貪る様な目付きで彼女を見た後、何やら口々に相談を交わしていた。
しかし、どの不死達も数刻後には雪を赤く染めながら倒れていった。
…この不死を葬れば、また静寂が戻ってくる。誰にも侵されない私だけの世界が。
そう考えながら彼女は鎌を握る手にほんの少し力を込めた。…不死は未だに動く様子は無い。隙を突いて突っ込んでくるつもりだろうか。
しんしんと雪が積もる音だけが空間を支配していた。
「貴様、喋れるのか」
不意に不死が声を発した。まだ若い、人間の少女の声だ。
「えっ…はい…」
思いがけぬ反応だった。不死が、武器を振り上げずに話しかけてくるとは。彼女は戸惑いながらも、不死を注意深く見詰めていた。
「私を殺さないのか?」
「…私を責めぬのなら、私も貴方に害を為したりはしません」
兜越しに、不死の視線が伝わってくる。不死の方もこちらを注意深く観察しているようだ。
「貴様はデーモンか?人語を解するデーモンなど初めて見た」
「デーモンではありません…私は竜と人との合いの子、半竜のプリシラです」
不死はプリシラの巨大な身体を見上げると、乾いた笑い声を漏らした。
「はっ…元が人間の亡者共より竜の末裔の方がまともとはな。つくづく滑稽な話だ」
不死はプリシラに背を向けると近くの瓦礫の上に腰を下ろし、兜を脱いだ。
ぼさぼさの黒髪、紅い色の瞳、青白い肌。年齢は16,7程に見えるがそれは彼女が不死となった時の年齢なのだろう。
「半竜、少し休ませてもらうぞ。不死とて篝火のみで生きている訳ではないのでな」
そう言うと彼女は足を地面に投げだし、背中を壁にあずけた。
プリシラは、ただ困惑するしか無かった。何故この少女はこんな行動を取るのか。自分に切りかかる事も無く、あまつさえ兜を脱ぎ武器を放り出している。
「あの…」
プリシラが声をかけようとした時、既に少女の目は閉じられ微かな寝息だけが聞こえていた。
…こんな時はどうすればいいのだろう。
途方も無い長い時間をほとんど一人で過ごしてきたプリシラに取ってはいきなり転がり込んできたこの少女への対応など全く見当が付かなかった。
何しろ彼女は不死に取る行動など、鎌を振り下ろす位しか無かったのである。この少女にもまさか同じ事をする訳にはいくまい。
彼女はいつの間にかその答えを遠い昔の記憶に探し求めていた。最早ほとんど形を成さない程に霞んでしまった、まだ彼女が外の世界に居た頃の記憶に。
「…そうでした、眠る赤子には確かこうするのでしたね」
プリシラはそっと少女を持ち上げると膝の上に乗せ、腕のローブで柔らかく包み込んだ。
少女の身体は、冷気を吸った岩の鎧のせいでひどく冷たい筈だったが何故かプリシラにはそれがとても暖かい物に思えた。
「ん…」
少女が少し声を出した。何か寝言を呟いている様だが声が小さく、よく聞き取れない。
「?…どうかなされましたか?」
プリシラはそっと彼女の頬を撫でた。すると眠っている筈の彼女の手がにゅっと伸び、プリシラの服を強く握り締めた。
「…かあさま…」
少女はそう言うと、プリシラの膝に頭を埋めまた寝息を立て始めた。
「…私は貴方の母上ではありませんよ、不死」
プリシラはそう言いながら、何千年前振りかの笑みを浮かべた。