紺野キタ Dark Seed クリス×セレスト  
元ネタ参考 http://www.gentosha.co.jp/search/book.php?ID=601163  
コミックス既刊分のネタバレを含みます。未見の人は注意。  
クリス♀とセレスト♀は誓約によって結ばれた魔法使い見習い。  
セレストが持って生まれた魔法の力をクリスが誓約によって分け与えられている。  
 
属性:百合、陵辱  
 
 
 
 いったい何がきっかけだったのかわからない。  
 いつものようにクリスと喧嘩を始めてしまったのだが、その日のクリスはいつになく感情的  
で、ヒステリックだった。口論はあっという間に白熱し、声を荒げての罵り合いへと発展した。  
「なに、クリス。今日はやけに突っかかって来るじゃない。鬱陶しい」  
「赦せないのよ。赦せないのっ。あんたばかりがどうして? 同じ血を引いて生まれてきたの  
に、石を握っていたのはあんただけ。わたしはあんたのお零れを頂戴するボロワー。惨めだわ、  
惨めすぎる。その上、何、その三つ編みは? レディ・アグネスの遺産ですって?」  
 目を充血させたクリスがセレストに掴みかかろうとする。こんなクリスは初めてだった。口  
も頭も良く回る彼女は口喧嘩をするときでさえ己を忘れることのないプライドの高い娘だった  
はずだ。  
「なんで、なんであんたばっかり」  
「ちょっとっ。クリス、なにっ」  
 掴みかかってきたところを押し返そうとしたのだが、クリスはセレストに頭を寄せたかと思  
うと、力のない拳で胸を打つ。どう対処すれば良いのかわからずに打たれるままになっている  
と、やがてクリスが顔を上げた。  
「あんたがっ……」  
 両肩を掴まれ、涙で腫れた瞼で睨み付けてくる。  
「もう、何だってのさっ。わけがわかんなっ……んぐっ」  
 クリスが唐突に唇を押しつけてきた。生暖かい唇が無遠慮に、乱雑にセレストの唇を奪う。  
「ぐぐぐっ。ちょっと、何考えてんのっ」  
 押しのけようともがくセレスト。だが、クリスは離れようとしなかった。それどころかさら  
に強く唇を押しつけてくる。  
「離せってば!」  
 ぱんっ。  
 頬を、思い切り叩いてしまった。  
 上体を泳がせて数歩を下がったクリスの目には明らかに傷ついた色があった。  
 ――なんだって言うの。いきなり乱暴なことをしてきて、傷ついたのはこっちだってのに。  
 セレストは口元を拳で拭う。  
「何、逆上してるのよっ。いい加減にしてよね。ヒステリーをぶつけられるのはいい迷惑……」  
 怒鳴るセレストの前にクリスの手が掲げられる。その手に握られているのは――。  
 石、だった。  
 魔法使いの石。セレストが握って生まれ、誓約によってクリスに預けられた魔法使いの石。  
その石の魔力に、セレストは抗えない。石をクリスの手から取り戻したくて、これまでさんざ  
足掻きを重ねてきた。  
 ごくり、とセレストの喉が鳴る。  
 クリスの瞳には冷酷な光が宿っていた。セレストに石を使って罰を与えようという時の、あ  
の意地の悪い目だ。薄く唇の端に滲んだ笑みに悪意が見え隠れしている。  
「あんたは、石には、抗えない」  
 冷たく言い放たれる言葉の魔術。セレストはそれが暗示となることを知っていたが、それで  
も尚、抗えなかった。石の力が強すぎるのだ。手に取りたいのに、目の前にあるその石に向か  
って指を動かすこともできない。  
「これがなんだかわかる?」  
 片手に石を掲げたままのクリスが小さなガラス瓶に手を伸ばす。常にはクリスのベッドサイ  
ドに置かれていた小瓶だ。中には赤い色の液体が揺れている。香水瓶にも似たその瀟洒な容器  
に、クリスは甘ったるいシェリー酒を入れていたはずだった。  
「シェリー酒みたいでしょう? でも、これは媚薬なの」  
「媚……薬?」  
「媚薬を溶かし込んだシェリー酒よ。預かりし者でもね、魔法の薬くらいは自分で手に入れら  
れるわ」  
 クリスは石を手のひらに載せてセレストの目の前に突きつけてきた。石の魔力に身動きを封  
じられる。それは、誓約者によって与えられなければ『持てる者』の手には戻らない。  
「ぬるい紅茶に浸すだけであんたに火傷を負わせるこの石に媚薬を注いでみたらどうなるかし  
ら」  
「や、やめ……」  
 言葉にならない恐怖がセレストを縛る。石とセレストは強く結びついていた。媚薬の効果な  
どは信じなかったが、それを溶かしているのはシェリー酒だ。石に注がれでもすれば酒精の影  
響を受けて到底立ってはいられないだろう。大人たちはセレストと石のそんな結びつきを「自  
己暗示に過ぎない」と窘めるが、それに囚われているセレストには逃れようのない呪縛だった。  
 クリスの手の中で栓を緩められたシェリー酒の壜が傾けられていく。 ガラス瓶の先端で大  
きく膨らむ紅の滴。  
「待っ……!」  
 滴はゆっくりと落ちていく。まっすぐに、過たず、重力に引かれたルビー色の液体はセレス  
トの石の上ではじけた。  
「くっ」  
 血管に酒精を注ぎ込まれたかのようだった。一瞬で全身が熱くなり、鼻孔はシェリー酒の芳  
香で満たされる。吐息も燃えるように熱く、酒臭い。あっという間に視界が回転を始め、セレ  
ストはその場に膝を突いた。  
「あんたはお酒、弱いものね。紅茶に垂らした一滴のブランデーでも顔を真っ赤にしてしまう  
。でも、その様子は単に酔っているだけじゃないんじゃない? 媚薬も効いていそうね、相当  
に」  
 意地の悪いクリスの声が響いた。酔っているだけではない、と言われてもセレストにはわか  
らない。ただ、無性に身体が熱かった。  
「見なさい、セレスト」  
 俯いたセレストの顎をクリスが持ち上げる。目の前でチェーンに提げられているのはセレス  
トの魂とも言える石だった。それが今、ルビー色の滴をまとわりつかせて小さく揺れている。  
「わたしがこの石にキスをしたらどうなるかしら。舌先でこの石を舐ったら」  
「やめ……」  
「わたし、シェリー酒は好き。血の色をしているから。あんたから預かっているこの石も大好  
きよ。こうしてあんたを自由にできるものね。  
 石を口に含んで舌先で嬲るの。拒めないのよ。この石を舐められるってことは、わたしに口  
の中を、身体中を舐め回されることに等しいんじゃなくて?」  
 クリスという娘はこんな悪趣味なことを口走る娘だっただろうか。病床のセレストを見舞い  
、守護者の誓約を求めた彼女は天使に見えた。その後に本性を現したクリスも、けっして本気  
でセレストを嫌っている訳ではなかったはずだ。プライドの高さが意地の悪さとして現れてい  
ただけだと、そう、セレストは思っていた。  
 今、この嗜虐の笑みを浮かべている少女は誰なのだろう。セレストとよく似た顔立ちに、冷  
たい笑いを張り付けたこの少女は。  
「ご覧、この石を。ほら、わたしの唇に触れてしまいそうよ。あんたにはこの吐息が感じられ  
るんじゃない?」  
 見たくはなかった。だが、セレストは視線を外せない。クリスの言葉は暗示を与えるためだ  
と判っているのに、耳を傾けずにはいられなかった。桜色の唇に、紅の滴を纏わり付かせた石  
が近づいて行く様を、セレストは息を呑んで見つめるしかなかった。  
 ――暗示。暗示に過ぎない……のに。  
 耳元にクリスの気配を感じた。甘やかな吐息が熱を持って耳介に吹き込まれる。耳元から起  
きたその感覚がぞわりと背筋を駆け抜ける。  
 ――逃げなくちゃ。  
 そう思うのに、セレストの足は萎えたように力が入らない。  
「あんたはこの石から逃れられないのよね。可哀想に、心は悲鳴を上げているのに身体は少し  
も言うことを利かない。ふふ。セレスト、あんたの石にわたしの唇が触れてしまいそう」  
 だが、クリスは言葉以上に意地が悪かった。唇に触れさせる前に、舌で石を舐め上げたのだ。  
「ひゃう!」  
 石に舌が触れる光景は、セレストには首筋を這う舌の感触となって伝わった。銀の糸を引く  
涎が、ねっとりと頸動脈に沿って筋を引く、その感覚。  
「あら。敏感なのね、セレスト」  
「やめ……ろ、クリス」  
 クリスの唇が石を捕らえる。同時にセレストの唇に先程押し付けられた柔らかな肉の感触が  
蘇った。  
「う……」  
「ふふ。セレスト、よくご覧。あんたがどんなに嫌がろうと、わたしの唇を拒めないの。スレ  
イブである事実をこの唇の感触で刻み込んであげるわ」  
 クリスの唇が音を立てて石を吸う。それはセレストには下唇を吸われる感触として伝わった。  
「唇で挟んだこの石を舌でなぞったら、あんたにはどんな風に感じられるのかしら。あら?   
この囁きは耳を嬲ってでもいるように感じられる? 首筋がおかしな風に震えているわよ」  
 食事の時でさえ音を立てることのないクリスの舌がわざとらしく鳴った。  
「――っ」  
 音と同時に、唇をぞろりとなぞる感触が生じた。唾液に包まれた舌。あのくすんだ紅色の舌  
が唇を蹂躙している、そんな幻視がセレストを襲う。クリス以外が相手であればこんな理不尽  
な扱いに屈することはないのに、とセレストはスレイブの身を痛感する。さらに下腹部でじわ  
りと動き出した感触が狼狽を生んだ。  
「見るのよ、セレスト。あんたはわたしの口でこうして弄ばれるの。この石のように、ね」  
 見るものか、と念じても視線が勝手にクリスの唇を追ってしまう。ボロワーの舌が魔法使い  
の石を舌に乗せ、口腔へと運んで行く様を見てしまった。薄く開かれた唇の隙間から、いやら  
しげに蠢かされる舌が石を通じてセレストを翻弄する。  
「う……うう……んっ」  
 目前で音を立てて石を嬲るクリス。その陵虐に対抗するすべもないままセレストは息を荒く  
していく。肩で息をするセレストを見て、クリスが優越感を含ませた声でさらに嬲り物にする。  
「普段の勢いはどうしたのかしら、セレスト。嫌っているボロワーに逆らえないなんて、情け  
ないにもほどがあるわね。やっぱりあんたはスレイブに相応しいんだわ。  
 ――ほら、顔を上げなさい」  
 クリスの細く尖った指先でさらに仰向かされて喉をさらす。そのセレストの顔にクリスの顔  
が近づいてくる。  
「このまま口移しであんたの口に石を押し込んだらどうなるのかしら。あんたはとんだ朴念仁  
で官能なんて縁が無さそうだけれど、酒精と媚薬と石が揃えばおもしろいことになりそうじゃ  
ない?」  
「ク……リス……」  
 にんまりと笑ったクリスの頬が上気しているように見えるのは石と共に含んだシェリー酒の  
酔いか、媚薬の効果か。  
「受け取りなさい、セレスト。あんたの石よ」  
 石を通じて感じさせられてきたこれまでとは比較にならないほどの現実感を伴った感触が熱  
く、柔らかに唇をふさぐ。少し遅れて唾液に包まれた固まりが口腔内へと押し込まれてきた。  
 ――わたしの石。  
 確かめるまでもない。セレストの魔力の源。  
「んんんんんんんんっ!」  
 拒むことはできなかった。石の存在はあまりに甘美で、セレストを蕩かせてしまう。クリス  
の舌と一緒になってセレストを骨抜きにする石。その魔力を受けて独立した生き物のように動  
き始める六本の三つ編み。それはレディ・アグネスから受け継いだ相続人の証。  
 さらに深く、クリスの舌に執拗に口腔を辱められ、セレストは強く胸を波打たせる。痙攣す  
る体を感じながらセレストは無意識に舌をクリスの舌に向けて突き出し、クリスの舌を吸って  
いた。忘我のうちに両の手でしがみついてしまってもいた。  
「ふふっ。そんなに気に入った? あんたはいつもこの石には酔わされるけれど、今日はずい  
ぶんと反応が違うのね。ほら、涎が垂れている」  
 目の前に石をちらつかされ、恍惚に包まれたセレストはクリスの言葉の半分も理解できなか  
った。口に石を含まされたことで理性のほとんどが飛んでいた。  
「クリ……ス……もう、や……め……」  
「やめろですって? スレイブは黙って言いなりになっていればいいのよ」  
 襟元を掴まれて無理やり立たされた。華奢なクリスのどこにこんな力が、とセレストは回ら  
ない頭で考える。  
「徹底的に辱めてあげる。こんな骨抜きが『持てる者』で、しかも遺産の継承者だなんて。そ  
の過ぎた力があんたをどんな風に翻弄するのか、身をもって思い知るといいわ」  
 その言葉と共にセレストは乱暴にベッドに投げ出された。もとより一人で立っていられる状  
態ではない。くたりと仰向けになったまま逃れようと弱々しくもがいていると、クリスがベッ  
ドを軋ませて覆い被さってきた。  
「石に含ませた分では足りないでしょう? ほら、飲ませてあげる」  
 クリスはそう言うとセレストの目の前で媚薬入りと言ったシェリーを口に含んだ。強引に口  
をこじ開けられ、再び忍び込んだ舌と共に咽せ返りそうなほどに甘い、芳醇な液体がとろりと  
流し込まれてきた。  
「んあ……」  
 侵入した舌によって舌の付け根にまで運ばれた液体を反射的に飲み込んでしまう。セレスト  
にはその一口のシェリーが燃える液体のように感じられた。  
 石を啄み、再び唇を重ねてくるクリス。もはや酒の香りは気にならない。二人の唇の間に魔  
法使いの石を挟みながら繰り返される口づけに、セレストは抵抗できなかった。内に含むまい  
と舌先で押し返そうとすると、石を差し挟んだその向こうにクリスの舌先が同じように石を支  
えてるのを感じてしまう。そして、石に対して行われる舌先の愛撫は、セレストにはそのまま  
舌を搦め捕られる感触として伝わってきた。  
 ぴたりと重ねられたクリスの胸に圧迫され、セレストは呼吸もままならない。ブラウス越し  
に伝わる双子の重みは熱く、瓜二つの身体を、その細部に至るまでセレストは脳裏に描き出し  
てしまう。  
 クリスの指がタイを緩める。しゅるりとブラウスの襟を滑る衣擦れの音が背筋に妙な痺れを  
走らせた。  
「クリ……ス、こんなことが許される……とでも」  
「許されなければどうだというの。それに、あんたはそれで本当に拒んでいるつもり? わた  
しの舌を吸っていたのは誰?」  
 つい、と涎に塗れた石がセレストの首筋をなぞる。  
「ぐっ」  
「わたしの胸の下で、胸の先を堅くしているのは誰なのかしらね。蛇のようにうねる三つ編み  
はなんなの? ほら、石で鎖骨をなぞってみせるだけで絡み付くようにのたうつわ。こんなも  
のがレディ・アグネスの遺産だなんて、おかしいこと」  
 ひっ、とセレストが息を呑んだのはクリスが三つ編みの先を強く握ったからだった。エルズ  
ワースの屋敷で魔法使いの『遺産』とやらの印だというこの六本の三つ編みが編まれてしまっ  
て以来、毛先にまで五感が行き渡っていた。  
「男の子のように粗雑なふるまっている割に身体は女なのね。さっきからわたしの太腿を挟ん  
でるあんたの足、もじもじと擦り合わされてばかりいるわよ」  
 クリスの意地の悪い言いように、セレストは束の間、足の力を緩める。けれど、それはクリ  
スの更なる罠だった。セレストの足の間に割り込ませた腿をさらに深く、鼠蹊部にまで密着さ  
せられた。ズボン越しに太腿に押し当てられたクリスの恥骨の感触もセレストをさらに動揺さ  
せる。  
「石が少し退屈しているみたい。しばらくあんたのその口で、愛撫してご覧なさいよ。自分で  
自分を慰めているみたいで惨めなあんたにはお似合いじゃない?」  
 クリスの唇に挟まれた魔法使いの石がまともやセレストの口腔を侵す。クリスの唇が軽くセ  
レストをなぶって離れ、石だけが舌の上に残された。  
 ――熱い……  
 それは口に含んでおけるような代物ではなかった。炎の熱さとは異なる。どちらかと言えば  
熱を出している時の感覚に近い。クリスと誓約を結ぶまでは始終悩まされていた、あの病の感  
覚。  
 懸命になってクリスは石を吐き出そうと試みるが、口中に留まる石は舌の上を滑るばかりだ  
った。熱いばかりではない、魔法使いの石はいつでもセレストを陶然とさせたように、受け入  
れずにはいられないのだ。けれど――。  
 ――こんなもの、飲んでしまったら。  
 生まれる時に握っていた魔法使いの石は闇の力を封じ、身体の外に弾き出したものと言われ  
る。それを飲み込んだりすれば無事には済まないだろう。  
 そうしてセレストが力無くもがくうちにクリスは指と唇でブラウスの前を開いてしまった。  
そのことに気づいたのは口に押し込まれていた石が取り上げられてからで、その強い喪失感が  
セレストにわずかに正気をもたらしたらしい。  
「クリス、何を……んっ」  
 もう幾度目か。クリスの唇に塞がれてセレストは言葉を途切れさせる。忍び込んでくる舌を  
押し返そうとするのだが、逆らい切れずにいたずらに舌を絡め合う結果となった。相手に石を  
握られている以上、直接触れ合うのは分が悪い。  
 ブラウスの下につけていたのはキャミソールだけだった。クリスはその絹の下着に指を掛け  
ると一息に引き裂いてしまった。  
 ぴぃぃぃぃっ。  
 言葉通り絹を裂く悲鳴のような音が響く。セレストは剥き出しにされた自分の肌を見るのこ  
とに耐えられず、目を背けた。  
「不思議よね。わたしたちは双子で、何から何までそっくりなのに、肌の感触だけが違う。髪  
の癖も」  
 クリスが顔を背けたセレストを間近から覗き込みながら、指先で摘まんだ石で肌へと触れて  
きた。首筋からゆっくりと胸の谷間を撫で、臍の周囲に輪を描いて、再び上へと向かう。その、 
石の辿る軌跡が燃えるように熱い。そしてセレストはその軌跡が魅了《チャーム》の呪《じゅ》  
を描いていることに気づく。  
「そうよ。魅了の魔法。こんなのは他愛ないお呪《まじな》い、媚薬以上に頼りないものかと  
思ったけど、そうでもないみたい。あんたの白い肌、桜色に染まってきたわ」  
 セレストにはもう答えを返す余裕はない。熱く灯る石の感触にひたすら歯を食いしばって耐  
えるばかりだった。  
「呼吸が苦しそうね。もう諦めて声を出してしまえば? ほら」  
 唇に触れそうな距離でささやくクリス。その吐息がセレストの力を奪い続ける。吐息と視線  
を支配されれば、魔法使いは無力となる。そこは魔法のほとばしる門だからだ。  
 呪《じゅ》を描き終えたクリスが微かに含み笑いを漏らした。その気配におののいて薄く瞼  
を開いて見ると、青い瞳が紫色の魔力の炎を灯してクリスを眺めていた。潤んだ瞳に愉悦の光  
が揺れる。何を、と言いかけたところでセレストは気づいた。クリスが石で胸の先に触れよう  
としていることに。  
「――っ!」  
 息を呑んだ。すでに胸の中心は痛いくらいにしこり、先端を尖らせている。そんなところに  
石で触れられれば――。  
「んああぁぁっ!」  
 ベッドを強く軋ませて背筋が弓なりに持ち上がる。抑えようとした息も、声も、為すすべも  
なくほとばしり出た。突き出した胸が揺れるその感触さえ、漏れ出る悲鳴――嬌声だとは思い  
たくなかった――を増幅するようだった。  
 それからのセレストには断片的にしか記憶がない。全身をクリスの持つ石に嬲られ、舌と唇  
に辱められ、痴態を曝してしまったのは確かだ。その切れ切れの記憶も、身体の芯に舌先と指  
で石を押し込まれ、意識が白い光で包まれたところで途切れていた。そして目覚めて見れば、  
ベッドサイドに腰をかけて憂鬱な表情で見下ろす双子の片割れがいた。  
「――っ!」  
 シーツを首元まで引き付けて遠ざかろうとするセレストをクリスは沈鬱な色の瞳で眺めてい  
た。シーツの下の身体には何も纏っていない。衣服はベッドサイドに畳まれて積み上げられて  
いた。  
「これだけ辱めておいて、まだ物足りないっての?!」  
 心の中は屈辱と敗北感で一杯だったが、セレストは目一杯の虚勢を張る。  
「セレスト」  
「なによっ」  
 常にはセレストより容易に癇癪を起こすクリスの声は低く、落ち着いていた。  
「わたし、石を返すわ。誓約も破棄する」  
「当たり前っ。あんなことをした守護者《ボロワー》が許されるはずがっ――」  
「この学園にもいられない」  
 気づけばクリスの服装は制服とは違う。外出着だった。  
「……何?」  
 クリスの纏う不穏な空気にセレストは眉根を寄せる。  
 かたり、と音を立ててセレストが立ち上がった。その俯いた顔からぱたりと音を立てて何か  
が落ちる。涙だった。  
「――さよなら」  
 トランクを提げたクリスは手に持った石にひとつキスをしてセレストに投げて寄越した。シ  
ーツの上に落ちた石からセレストは視線を外せない。  
「呪縛を解いてあげるわ。いいこと、セレスト。あんたは自由なの」  
 それだけ告げたクリスはそっと部屋から出て行った。残されたセレストはぽかんと閉ざされ  
たドアを見上げていた。  
 
 ――訳がわからない。  
 クリスの足音が消えて、尚しばらくの間セレストはドアを見つめて呆然としていた。血の繋  
がった双子、石の守護者でもある片割れから問答無用の暴力を受け、辱められた。こんなに酷  
い仕打ちがあるだろうか。  
「何だってのよ」  
 そう、言葉にして呟いてみると倦怠感に包まれていた身体に気力が満ち始めた気がした。ク  
リスが去ると言うならば何か一言でも投げ付けてやらねば気が済まなかった。勢いよく跳ね起  
きて身体にシーツを巻き付ける。時刻は既に夜半を回っている。人目はないはずだった。  
 魔法使いの石を手に取ろうとしてセレストはわずかに躊躇を覚える。手にしただけならば先  
程のような官能を呼び起こすことはなかったが、気怠い多幸感に包まれて身動きできなくなる  
のはわかっていた。けれど、石が近くになければ十分な魔法を使うこともできない。今の消耗  
したセレストには石の助けが必要だった。  
 ――ええいっ。  
 意を決して石を繋いだ紐を掴む。  
「あれ?」  
 石を目の前に掲げてまじまじと覗き込む。大きな力の源泉であることには変わりがなかった  
が、間近にしても恐れていたような影響はない。直接手にしてみても仄かに暖かいだけで、セ  
レストを振り回しそうな支配力は微塵も感じられなかった。  
 ――もしかして、魔力が弱った?  
 窓に向かって見えない手を伸ばそうと手のひらを向けると、格子の入った窓ガラスは鎧戸ご  
と木っ端みじんに弾け飛んだ。  
「うへぇ。……何、これ」  
 
 レディ・アグネスの遺産を受け継いだ時から何かがおかしかったが、これほどの魔力の奔流  
は初めてだった。弱ったどころではない。これまでにない魔法の効果だった。  
 ――クリスのアレ、が?  
 自由だとセレストに告げたクリス。預かりし者である彼女はさほど強い魔法は使えなかった  
が、言葉を操る魔法は得意だった。どういう方法でかはわからなかったが、本当にセレストを  
縛っていたのかもしれない。  
「とりあえず、一言だけでも言ってやらないと」  
 ふん、と鼻を鳴らしてセレストは窓から飛び出した。シーツ一枚の姿に夜風が冷たい。空か  
ら見下ろすとクリスの姿はすぐに見つかった。学園には居られない、と言ったのに向かう先は  
正門とは反対方向の礼拝堂だった。  
 ――何を考えているんだか。  
 夜の礼拝堂に吸い込まれる後ろ姿を上空から見送って、セレストは渋い表情を作る。後を追  
うのをやめて礼拝堂の最上階に舞い降りた。  
「やな感じ……」  
 夜露に濡れたバルコニーは寒い。一人で手摺りに腰掛けていると間もなく人の気配が近づい  
てきた。  
 ――こんな予感ばかりが当たる。  
 レディ・アグネスの、エルズワースの屋敷でも嫌な予感は当たった。逃げ出すべきだと直感  
が訴えていたのに、結局逃げ出し切れずに厄介な遺産とやらを押し付けられた。これから起き  
るのも、まず間違いなく厄介事だろう。だが、この厄介事は逃げ出せば確実に後悔しそうだっ  
た。  
「やっぱり、あんた」  
 バルコニーに現れたのは予想した通りセレストの双子の片割れだった。待ち受けていたセレ  
ストを見てあからさまに怯んだ表情を浮かべる。  
「……なんであんたが。セレスト」  
「さあね。誓約を解消したいって言うなら願ってもないことだし、学校を辞めるって言うのも  
止める気はしないけど、あんたには一言文句を言ってやらないと気が済まない」  
「…………」  
「ついでに言えば、空も飛べないスレイブが、夜中にこんな高い場所にいるのも気に入らない。 
石を手放せば身を守る力さえ得られないってのに」  
「放っておいてちょうだい」  
「放っておけ? あんたがわたしにそんなことを言えた義理? あんたのお陰でわたしの自尊  
心はめちゃくちゃ。石を持つ者にあんなに好きなように扱われるなんて知ったら、もう二度と  
誓約なんてできっこない。しかも、わたしを辱めたあんたときたら、加害者の癖に泣き腫らし  
た目で真夜中の塔の最上階なんかにいる。  
 ――どういうこと?」  
「…………」  
「ひとをさんざっぱら慰み者にしておいて、被害者面で誰の手も届かないところに逃げ出そう  
っていうの? プライドばかり高いクリスティーン・アードリー。石を放り出したからって誓  
約まで無効になる訳じゃないことはあんたが一番よく知っているのに」  
「……石。セレスト、あんた、石を持っていて平気なの?」  
 クリスがセレストの首に下げられた魔法使いの石を見て目を丸くする。  
「おかげさまでね。クリス、あんたはわたしに何をしたの? 石に耐えられるような呪文?   
勉強家のあんたのことだから古の魔法でも見つけてきた?」  
 クリスは力無く首を振る。  
「何も。何もしていないわ。それはあんたが自分で手に入れた力。……カノンに石持ちをさせ  
ずとも平然としていられるなら、ますますわたしは必要ないわね」  
 ふらふらとバルコニーの手摺りに近づくクリスにセレストはひやりとする。  
「……飛び、降りる気?」  
「嫌なものを見ることになるわよ。……どこかへ行けば?」  
「とめやしないけど。でも、聞かせて欲しいな。エルフィンウッドの主席で、レディ・アグネ  
スの遺産を背負わされたカノンを自由にできるあんたが、一体何が不満でこんなところから飛  
びたがるのか。エルフィンウッドの怪談話でも増やしたい訳?」  
「あんたにはわからない」  
 クリスが手摺りを背にしてセレストに向き直る。  
「魔法使いの石を握って生まれ、レディ・アグネスの遺産を受け継いだ持てる者のあんたには。 
わたしがどんなに羨んだか、あんたは知らないでしょう。魔法が使えるようになれば持てる  
者と同じになれるかと思ったのに、わたしの魔法はあんたの足元にも及ばない。誓約の前、苦  
しんでるあんたを見て、わたしが助けられるのだと知って嬉しかったわ。病床のあんたは本当  
にか弱い生き物で、わたしを必要としていた。なのに、誓約を交わしたとたんあんたは不細工  
で無神経なくそがきよ。しかもカノンなんてお金で売り買いされる地位で、あんたの相手はわ  
たしじゃなくてもちっとも構わなかったなんて知ってしまった。同じ血を引いて、同じ顔をし  
て、運命の相手かと思ったら、自分は単なる石をかけておく飾台。しかも何年か経って身体が  
丈夫になればお払い箱。すでにあんたは石の力に耐えられる。これからのわたしは本当にただ  
の借り暮らし《ボロワー》。あんたは嫌でも真の魔法使いになってしまうでしょうよ。レディ  
・アグネスの遺産も持って、本当にこの国最高の魔法使いよ。だのにわたしは……」  
 我慢ならない、と自嘲するのはプライドばかりが高い、本性を剥き出しにしたクリスそのも  
のだった。  
「それが絶望の理由なの? そんなことが? 持てる者なのにあんたより弱い力しか使えない  
ような貧弱な魔法使いだっているのに。それでこの世とおさらばするからって、行き掛けの駄  
賃にわたしにあんな辱めを?」  
 クリスは首を振った。  
「……あんたをわたしのものにしたかったの」  
「は?」  
「病床のあんたは儚げな天使に見えたのよ。そのあんたはどんどん力を得て、レディ・アグネ  
スの相続人。わたしはそのお情けを頂戴するボロワー。あんたはわたしの手から逃れて飛んで  
行ってしまいそうに見えた。掴んでおきたかったのよ、あんたを」  
 セレストはその言葉にうんざりと返す。  
「わたしにペットになれって?」  
「わかってる。あんたはあたしに飼えるようなスレイブじゃないって。現にもう、あんたはわ  
たしの守護なんて必要としなくなったわ」  
「当たり前だってば。第一、あんな辱めを与えてどうなるって言うの」  
「辱めようと思ったんじゃないわ。わたしのものにしたかっただけ」  
 セレストは、わからない、と肩を竦める。  
「強引にでも、その、情を交わせばわたしがあんたのものになるとでも?」  
「……そうね。そうだわ。わたしはあんたを虐げたかったの。憎かったもの。羨ましかったも  
の」  
「なにそれ。よくわかんない。屈服させたかったってこと?」  
 クリスは寂しげに笑う。  
「あんたには通じないと思ってたわ」  
「だから、なに」  
「あんたが好きだったの。羨ましくて、妬ましくて、あんたになりたいって。……あからさま  
にげっそりした顔をしないでよ。わかっているわよ。まったく同じ血を持つ双子で、女同士で  
、禁忌そのものだってことくらいは」  
「……アルジーみたいなのが好みかと思ってた。まあ、あんたの趣味は置いといても、好きな  
相手をあんな風に嬲るわけ? クリス、あんた絶対に恋人に愛想を尽かされるタイプ」  
「そう、ね。現にあんたにも愛想を尽かされたみたいだし。あんなことをしでかした自分も許  
せない」  
 バルコニーに沈黙が降りる。新月の暗い夜空に梟の声が響いた。誰かの使い魔だろう。セレ  
ストは一歩、クリスへと足を踏み出す。  
「来ないで。――巻き添いになりたくはないでしょう?」  
「どうだかね」  
 言いながらセレストは大股にクリスに近づく。揉み合いになった。だが、セレストは初めか  
らクリスを止めるつもりはなかった。思い切り掴んだ腕を引き寄せ、クリスを身体ごと抱き寄  
せるとそのまま露台の縁を越える。腕の中のクリスが息を呑んだ気配が伝わった。  
「――!」  
 絡み合った二人はそのまま重力に引かれて落下する。セレストは魔法で空を飛べはしたが、  
人を一人抱えられるほどの力はなかった。  
 ――これまでは。  
 セレストには予感があった。月は出ていなくとも魔力は満ちていた。いつもならば飛ぶまで  
にそれなりの心構えと時間が必要だったが、今は思うだけで宙に留まれる。そんな直感があっ  
た。  
 六本の三つ編みが大きく宙に広がる。それは本来の長さを超えて翼のように広がった。魔法  
特有の浮遊感が二人を包む。同時に、セレストはミランダの、懐かしい曾祖母と同じ魔力の香  
りを嗅いだ。開放された力が束の間の幻覚を見せる。その瞬間、セレストにはすべてがわかっ  
てしまった。すべてのからくりが。セレストと腕の中にいるクリスは対になって継承者となっ  
たのだ。こうして二人が揃わねば魔力は真には開放されない。  
 セレストとクリスは絡み合ったままゆったりと宙に浮いていた。きつく目を瞑ったクリスの  
顔が眼前にあった。クリスはその額に軽く口づけする。  
「……セレスト?」  
 
「わたしもあんたのこと、天使だと思った。曾祖母がいなくなって、わたしの身体を石の毒か  
ら守ってくれる人がいなくなってしまって。横になっているわたしの手を握ったあんたは本当  
に天使に見えた。中身は意地悪だったけどね」  
「…………」  
「小憎らしいし、恨んでもいる。でも、今でもあんたはわたしの天使だよ。それは、しょうが  
ない。わたしは諦めた。そう見えてしまうんだもん。あんたが石を使ってわたしを辱めたこと  
も忘れない。でも、あんたを失うわけにはいかない。今、わかった」  
 緩やかに舞い降りて、とん、と地面に爪先を着く。  
「言いたくはないけど。必要なの。あんたの力が。  
 レディ・アグネスの遺産は、負の遺産。相続人が受け継ぐのは義務ばかり。その義務を果た  
すための力も与えられるけど、それはわたしのものじゃない。力を使う権限が与えられるだけ。 
負の遺産を封じ込めるのが相続人の仕事。あんたと一緒にバルコニーから飛んだ時にわかっ  
た。あんたとわたしはめでたくはめられて、その莫大な借金の相続人よ。あんた一人、とっと  
と逃げ出そうなんて絶対に許さない」  
「重荷を……分かち合えって言うの?」  
「あんたじゃないと分かち合えない」  
「カノンなら誰でもいいんじゃなくて?」  
「違う。それに、それだけじゃない。あんたにいなくなって欲しくないと思った。意地悪で、  
プライドばかり高くて、癇癪持ちだけどわたしの天使には違いないもん。さっきも言ったでし  
ょう。諦めたって。意地悪でも、小憎らしくても、あんたは今でも――天使だ」  
「わたし、ここに居ていいの?」  
「居て」  
 クリスはセレストが巻き付けているシーツの端を掴んだ。指が白くなるほどの力を込めて。  
こつん、とそのトレードマークである広い額をセレストの肩に当てる。  
 クリスが何かを言おうとしたその時、闇の中から靴音が響き、二人は身体を強ばらせた。夜  
の礼拝堂は何かと不吉な噂の絶えない場所だ。  
「こんな夜更けに出歩いているのは何者です?  
 ――あら、これはクリスティーン・アードリーとセレスト・アードリー。どんな不届き者が  
夜のエルフィンウッドを徘徊しているかと思えば。  
 常習のセレストはともかく、学年主席のクリスまでこんな時間に外出とは感心しませんね」  
 魔法使いの杖を教鞭のように持ち、上品な笑顔に気迫を湛えて闇の中から現れたのは校長だ  
った。エルフィンウッドを統括する文字通りの魔女。警告カードの保持数トップをキープし続  
けるセレストには何かと縁の深い人でもあった。  
「校長先生」  
 クリスとセレストは思わず顔を見合わせる。この現状をなんと言い繕えばいいのだろう。  
「おや、セレスト。シーツ一枚の姿で夜の散歩とは酔狂な趣味ね。なんでも窓を壊して外へ飛  
び出して行った生徒がいるとの報告も受けていますが、もしやあなたたちのどちらかであった  
りはしないでしょうね? ミス・セレスト・アードリー?」  
 クリスと交互に顔を覗き込まれセレストは困惑する。この魔女はすべてを見通しているくせに  
こういう聞き方をするのだ。  
「……あ、あの」  
「まあ、いいでしょう。夜風にその格好は冷えますよ、セレスト。わたくしの部屋にお茶にで  
も呼ばれませんか。クリスも。じっくりとお話を伺いたいものです」  
 校長は空に向かってぱちりと指を鳴らす。開け放したままにしてしまったバルコニーの扉が  
閉じる音がした。  
 ――全部ばれてる、クリス。  
 ――エルフィンウッドの魔女ですもの。  
 肘を小突きあって無言の会話を交わす。校長室に連れて行かれた二人は、大した咎めの言葉  
も受けないまま、言葉通り暖かな紅茶を振る舞われて解放された。もっとも、帰された先は自  
分たちの部屋にではなく反省室へだったが。  
 在学中に二度の反省室送りを経験した二人組として、クリスとセレストは長くその名を残す  
こととなった。  
 
「セレスト、あなた、もう少しまともな結界、張れないの?」  
 反省室から戻って数日後、二人は機嫌の悪そうなルームメイトたちに囲まれた。寄宿舎の部  
屋は大きな部屋に二人一組の二段ベッドが置かれている。ベッドというよりも、天井の高い部  
屋にある中二階のような仕組で、しっかりとしたスロープの階段のついた半開放の個室のよう  
な作りだ。この二段ベッドにはカノン同士があてがわれることが多い。  
「え? 結界って?」  
「夜に遮音結界、張ってるでしょう。あんたたちの声、だだ漏れなの!」  
 
「嘘……」  
「ばか……」  
 セレストとクリスの言葉が重なる。頭を抱えているのがクリスだ。恨めしそうにセレストを  
睨みつけている。  
「あんたはいつもそう。何をするのでも粗雑でいいかげん。なんで結界くらいしっかり張れな  
いのよっ」  
 取り囲んでいたルームメイトの一人がうんざりと言う。  
「クリス、あなたが結界を張った日はさらに問題があるわよ。盛り上がってくると結界が消え  
ちゃって、丸聞こえ。たぶん隣の部屋にも聞こえてる」  
 さすがにクリスの顔からも血の気が引いていた。と思えば瞬く間に赤くなって行く。  
「……丸聞こえですって?」  
「『石、受け止められる?』」  
「『んっ。もうちょっと上……そこ』」  
 クリスとセレストが交わした通りの睦言がルームメイトたちの口から再現される。双子たち  
には返す言葉もない。  
「あなたたちのせいでね」  
 と中の一人が全員を見回してから睨みつけてくる。  
「この部屋のカノン同士はみんなくっついちゃって、他の部屋から『百合部屋』なんて呼ばれ  
てるのよ」  
「へ?」  
「へ?じゃないの。あなたたち、その桁外れな魔力で周りに魅了《チャーム》をふりまいてる  
のよ。当てられちゃって、わたしたちまでおかしくなってるの。少しは自重して欲しいわ」  
 クリスとセレストは顔を見合わせる。  
 ――反省室で済むかな。  
 ――むしろ、反省室から出してもらえなくなりそう。  
 期せずしてルームメイトたちのキューピッド役を働いてしまった二人は声を揃えて笑いをこ  
ぼす。よく似た声が二重唱となって古い寄宿舎に響いた。  
 
 
                                   ――了――  
 

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