天国門を囲む重厚な隔離壁内の一画に設けられたいくつもの研究棟のうちの一つ。  
その棟内で、外界から完全遮蔽された電磁暗室の中心に、さらに高度な対電磁シールドを施された金属製の棺が横たわっていた。  
白は全感覚を研ぎ澄ませて中身を探ったが、何の手応えもなかった。  
受動探査はおろか能動探査でも内部を把握できない。  
唯一、外界との接点であるケーブルを通じて、棺に備え付けられた小さな覗き窓の電子錠を解除する電子音。  
 
<<何が見えますか>>  
 
入室する前に手渡された端末から流れ出る指示電声が催促する。  
小窓の蓋をあけて、指示通りに覗き込む。  
「・・・・・・鏡?」  
見えたのは、質感のない自分の顔だった。  
可視光域の波長がまるで検知できないその棺の奥に、見えるはずのない顔があった。  
回答音声を記録した端末機からの電声。  
 
<<以上で実験は終了です。速やかに退室してください>>  
 
超広域索敵システムからの緊急警告。  
飛来する多数の小型超高速熱源の接近を確認。  
自然言語処理機能をオフ。  
電語処理機能オン。  
M.E.D.S.LINK OPEN.  
 
SEARCH.  
FIND.  
ANALYSIS.  
JUDGE.  
 
010111110101101101011  
010101110  
01010  
1111110101011111  
 
10101  
1010  
11  
 
110101011  
010101111101  
101...1  
 
自然言語処理機能再起動。  
高速演算処理用情報を高次戦術判断意識野に投影、確認。  
戦術支援電脳の解析開始。  
戦術兵器データベース検索開始。終了。  
脅威判定システムの分析開始。終了。  
迎撃ナンバリング開始。終了。  
 
最終安全確認開始。終了。  
出力開始。  
 
RDY GUN.  
......  
......  
......  
......  
KILLED.  
 
Mission CMPL.  
 
すべてが終わった後に残るのは、いつも青い空。  
 
白は仮面を外した。  
電視で得られる感覚域は通常視覚をはるかに上回るのに、仮面を外した時の解放感はいつも理屈に合わない心地よさだ。  
息苦しさも視界の狭さもない超感覚域で、音速の十倍以上の速さで迫る飛翔体が静止した世界を覗き見た後でも、だ。  
今回の敵とも、お互いの存在を肉眼で確認する前から戦闘は始まり、そして終わった。  
 
敵が放つレールガンの超高速弾雨を、自分はレーザーで迎撃する。  
 
言葉にすると呆気ないが、現実は言葉以上に呆気なかった。  
白は汗ばんだ顔をリストバンドで拭うと、額の簡易BMIシールから、外した仮面の戦術支援電脳を低機能モードで再起動。  
戦闘中の感覚録を可視光画像記録レイヤと同時間軸で再生する。  
記録投影用擬似感覚域に再生される過去の青空。  
そこから、遠雷を思わせる連続した破裂音だけが響いていた。  
弾体が瞬時に気化し音速を超えて膨張した音だ。  
極限まで指向性を上げた迎撃用自由電子レーザーは発射音も弾道もなく、着弾して初めてその存在を周囲に知らしめる。  
弾一個分、車のバッテリーほどの体積に原子力発電所並みのエネルギーが殺到し、飛翔体の質量を瞬時に気化し爆散させたのだ。  
レーザーの射手のもとには、かつては弾体だったものが冷え固まった金属粉末さえ降り注がない。  
擬似感覚域に戦術支援電脳からの経過表示ウインドウが現れる。  
フレーム単位を通常時間単位に補正してあるため表記は自然言語だ。  
『肉眼の視界に収める前段階で全弾迎撃行動を実行中。全システム正常動作中。』  
『同時に攻撃源の特定開始。』  
『終了。』  
 
そしてこの後、発見した攻撃元を叩くべくさらなる行動を――――  
 
「おい」  
シャッターを下ろしたように視界が暗転すると、眼前には碧玉の眼をした赤毛獅子の顔。  
「カーマイン・・・・・・」  
投影意識が断ち切られ、白の意識は戦場から高層マンションの一室に引き戻された。  
また彼女が勝手にD.L.LINKを切ったようだ。  
眼球がぴくぴくして焦点が定まりにくい。  
覚醒しながら、無意識の底ではまだ夢でも見続けているのだろうか。  
 
―――規定時間は疾うに過ぎている。感覚録の再生はこちらでもできるだろ。  
 
耳の蝸牛もまだ眠りについているのだろうか、彼女の声がいつにもまして低く聞こえた。  
「起こし方が乱暴・・・・・・意識サルベージに失敗すると本当に死ぬかもしれないのに」  
「確実に門前払いを食らうから安心しろ。天国にしろ地獄にしろ、あの世は押し並べて人間用だ。私たちには現世しか居場所がない」  
「悪魔の居場所が現世だけ、か。人間にとってこの世こそが地獄だね」  
「神の居場所が現世だけなら、人間にとってこの世は生まれついての天国だな」  
私の、BK201の異名にもなりつつある『黒の死神』という二つ名を揶揄して言っているのだ。  
本来は兄につけられた異名だが、個人の判別をしようにも組織の実態が曖昧模糊であるから同一視されやすいのか。  
尤も、戦闘時の自分の外観を思えば―――無理もない。  
防御用不可侵領域を体表に展開した際の、輪郭すら滲んだ黒い霧のような身体と、骨のような白さの仮面は、傍目には神話の死神そのものだろう。  
 
――――皮肉を言い合えるなら意識は正常だな。  
 
そういって、カーマインはさらに言葉をつなぐ。  
「その悪魔に居場所を提供しているのは人間だ。組織の上部構成員には人間しかいないのだろう。アンバーを除いて」  
「アンバーだって、つい最近になって末席の一つを貰えただけだよ。だから忙しく飛び回っている。仕事の量も種類も前より圧倒的に増えたから。私たちに単独行動を任せざるをえないくらいに」  
 
そのための『棺』であり『鏡』だった。  
 
ドールを介した無線遠隔操作システム。  
ME技術による人格のリアルタイム複写。  
ドール化間際のモラトリアムで、変身能力をもつ個体。  
この異形の三原色を組み合わせて生まれたのが、遠隔操作可能な、契約者を人格と能力ごと複写した人型兵器だった。  
 
「『NPC』と略されているけど、正確な呼称は聞いたことがないよね。『Non Player Character』かな?」  
「いやきっと「Nonmanned Printed Contractor」―――非人間型複写式契約者だろう。・・・機械仕掛けの棺と鏡をかついでのお仕事、か。まるで葬儀屋だな」  
 
身を横たえていた筐体から白は身体を起こす。  
立ち上がって振り向くと―――本当に棺にしか見えないよ、これ。  
そう思った。  
 

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