皮膚操作で『鏡』の制御を行うスキンスーツをその場で脱ぎ捨て、白は浴室に向かった。
浴室のシャワーから吹き出した熱い湯で皮膚を洗うと、熱分解性の超分子操作端子が肌から溶けて抜け落ちる感触が伝わってくる。
尤も、これは端子をごまかすために体表に展開した偽物の肌―――極薄の不可侵領域から抜け落ちる感覚なのだが。
いつもこうしてしまうのだ。
生身の痛覚で感知できるはずもない細さの端子だとわかっているのに。
全身に針を打ち込まれるというイメージ自体に、私は嫌悪感を覚えているのか。
それでいて、確実に自分の本物の肌に超分子端子が打ち込まれていないことを確信するために、
偽の肌に操作端子が食い込んでいること、そしてそれの抜け落ちることの感覚を確認している。
ありもしない肌の、ありもしない痛みを感じることで、安堵している。
―――不合理だ。
シャワーを切って、顔を拭う。
何故とかどうしてとか、思う暇すらなく、年相応の子供のように、白はそのまま大きな浴槽に飛び込んだ。
髪を乾かし終えた後、白は下着姿でうろつき冷蔵庫の中を物色した。
飲料水のボトルを引っ張り出すと、コップにも注がず直に中身を口へと運ぶ。
そのままリビングに入ると、カーマインが連絡用の端末機を片手に何か話しているが目に入る。
「今日、お兄ちゃんは何時に来てくれるの?」
「予定が変わって今日ではなくなった。今あいつはギアナでフランスの3eREIと合同演習中」
「・・・・・・なんでそんなとこに」
「マクスレイ将軍の様子見だとか」
「・・・・・・・・・・・・・・」
眉を顰めているのを見られたくなくて、白は咥えたボトルを垂直に立てる。ちょうど飲み干した。
そのまま背を向けてゴミ箱に投げ込み、眉間の皺が元に戻ったのを確認してからカーマインに振り向く。
「・・・・・・今、誰と連絡を取っているの?お兄ちゃんなら代わって」
「この間の子守の依頼主。すぐそこまで来ているそうだ」
「随分不機嫌そうな顔だな、黒。お前が気に入りそうな場所をせっかく選んでやったというのに」
「・・・・・・大きなお世話だ。ガキ扱いはやめてくれ」
廃墟と化したフランス領ギアナ宇宙センター。
まだ人が宇宙に夢見ていたころの、残骸が眠る場所。
瓦礫と成り果てた夢に、名前だけとはいえ今でも警備活動が続けられていた。
尤もその人員も極限まで減らされ、書類の裏付け程度の意義しかないものと誰もが承知ではあったが。
熱帯の植物は成長が早く、空を超え宇宙を飛ぶはずだった翼さえも、緑の海はその胎内に呑みこんでいた。
人が手を加えなくなったロケット発射台は墓標同然で、絡み付く蔦はいつの間にかその墓標を締め砕き、瓦礫に変えた。
そして積もった瓦礫の上にさらに生い茂り、巨大な緑の切り株のような外見になっていた。
かつて、宇宙を目指していた基地はもはや原型すら留めていない。
「今のご時世、どこも宇宙開発どころじゃない。将来性のないものに予算を費やしてるような余裕はないというわけだ」
「将軍、アンタも組織からそう判断されなければいいがな」
「組織から私にBK201の抹殺命令が下された覚えはない。ただ私は情報を求めているだけだ。
それにお前の妹については色々と組織内の事情が込み入ってる。
お前はただ情報を売ればいい。それともそんなに早く妹を殺してもらいたいか。なら別料金だ」
馬鹿馬鹿しい、と黒は一蹴した。
「こちらにとって価値の低い情報と交換に、あんたから強力な敵性契約者を始末する機会を買っているだけだ。
これはアンバーも承知済みの、情報戦活動の一環だ。利敵行為とは根本的に違う。」
―――何より、同類の契約者を始末する度に白は強くなっているのだからな。
「随分と口数が多いじゃないか。・・・・・・そう睨むな。今回は金と情報で払わせてもらう」
同タイミングで互いの記録媒体を投げ合い、交換する。
端末機のディスプレイに表示された中身を素早く確認すると、黒は乱暴に背嚢へ突っ込んだ。
「じゃあな」
場の雰囲気が言葉を生み出す前に、黒は背中を向けて立ち去ろうとする。
「ああ、それとこれはサービスだ」
「なんだ」
「お前の妹、今度は単独での作戦に動員されるそうだ」