満天の星空の下、マイスナー効果を利用したフロート・ブーツで滑るように低空を飛ぶ。  
加速しすぎると止めるときの負荷が辛い。  
けれど、私は速い方が好きだ。  
合理的じゃないけど。  
 
フルフェイスヘルメットと一体化したHMDをレーダーモードから視界モードに切り替える。  
見下ろせば木々が波となり、見上げれば星が線となった。  
 
高速世界に入り込んだ高揚感を楽しもうとしたが、突如として肌に違和感を覚えた。  
索敵レーダーの走査を、肌の触覚として感知したのだ。  
 
――――捕捉された。  
 
地平線の先に、パッ、パッと信号を思わせる点滅光。  
思考や反射よりも先に、能力が反応した。  
突如として降り注ぐ鋼と轟音の集中豪雨。  
それは毎分三千発のペースで降り注ぐ徹甲弾。  
MLRSから放たれた12のミサイルが産み落とした、約六千発の子爆弾。  
だが仄青いランセルノプト放射光の輝きの内に、一滴も潜り込むことなく弾かれ飛散する。  
電磁パルス防壁による絶対の防御。  
感覚を電子世界と同調させた今の私には、速い物ほどよく見え、よく聞こえ、よく感じられる。  
指向性電磁衝撃波で前方を薙ぎ払いながら、私は目標に向けて距離を詰めてゆく。  
 
風より速く。  
音さえも置き去りに。  
影すら断ち切って。  
 
加速。加速。加速。加速。  
 
星の線が面となり、樹海は静まり返った湖面のようにフラットになっていく。  
 
さらに、加速。  
 
視界の上下で凹凸が溶け、白と黒の平板に姿を変える。  
モノクロな色彩と、それを別つ一本の線の世界。  
そんな速度域に感覚を絞ると、機銃弾とミサイルさえも止まって見える。  
能力で自動に防御したさっきとは違って、今度はこちらから攻勢に出た。  
 
翳した掌から放たれる、ダイナマイト数百本分を同時に爆発させたに匹敵する超高磁圧場。  
腕を一振りするごとに、磁力の刃が次々と攻撃目標である自動砲台群の頭を切り飛ばした。  
 
―――あと一つ。  
 
自分目掛けて放たれた銃弾とミサイルの雨を磁場で絡め捕り、最後の砲台目掛けて打ち出した。  
初速の、倍以上の速度で。  
最後の砲台が爆炎を上げると、胸元で実験終了を告げるアラームが鳴った。  
 
実験終了後、司令部テントに帰還した際の第一声。  
「しかし不思議だねぇ」  
白髪の老人は、首をかしげながらそう言った。  
「・・・何か、実験に不首尾でもありましたか?」  
「いや、君にも実験にも何の問題はないんだよ」  
 
―――問題ないのに、中断とはね。  
 
「?」  
「ああ、言うのが遅れたが、この契約者用のパワードスーツ開発は、今回の実験を最後に凍結されるんだよ」  
「えっ」  
脱いだフルフェイスヘルメットが、手元から転げ落ちた。  
 
パワードスーツ開発。  
機械と契約者の能力を併用した攻撃力、機動力、索敵能力の向上。  
それがこの実験のコンセプトだ。  
 
機械の能力向上は留まるところを知らない。  
センサーは音速の数十倍を超える世界を認識し、電子頭脳は一秒間に数千兆回もの計算をしてのける。  
その高すぎる能力に人間がついていけなくなりつつあるのだ。  
人間の体力や、反応速度、持久力を凌駕する機械たちに、追い付き、使いこなす。  
その為の手段として、兵器の無人化や遠隔操作、人工知能や自動制御機構等の開発、―――そして、人体の能力を増強するパワードスーツの開発。  
だが、パワードスーツを開発する初段階で、ある研究者が素朴な疑問を発した。  
 
機械の高度化についていけなくなった脆弱な人間よりも、最初から高い能力を持つ契約者をより強化した方が合理的ではないのか?  
 
その結果生みだされたのが、今、自分が脱いで抱えているパワードスーツだ。  
通常のスキンスーツよりも厚手で、人工筋繊維とフロートユニットで構成されたそれは、電子操作系契約者専用の特別製。  
強化された筋力や耐圧、耐寒、耐衝撃性といった性能もさることながら、それを制御する電子頭脳も従来のものとは比較にならない。  
整備スタッフが回収に来ると、ディスクを抜き取って渡した。  
ゲート由来の、情報技術の革新が生み出した、原子一個に一ビットの情報を記憶可能な、姿形は従来のものと変わらぬ新型ディスク。  
だがその中身は、1ヨタ(一兆×一兆、10の24乗)ビットの情報を記憶が可能なのだ。  
対象的に、人間の脳はおよそ2300万ビットの情報で構成されるゲノムから生まれる。  
このほとんど理解しがたい処理速度と驚異的な記憶力をコンピュータが併せ持つようになれば、「いくつものことを並行処理する」という点で  
保たれていた人間の脳の優位性さえぐらつきはじめる。  
さらに、最近のAI研究プロジェクトの多くは、人間の脳を手本にしている。したがって、こうした並列性をプログラムに組み込んで、人間の優位をなくすことも可能だ。  
将来的には千ドルのコンピュータが人間の脳に相当する計算をこなすようになり、そこから十年も経たぬうちに千人分の脳に相当する計算能力をもつようになるという。  
これは、人間の知力の合計が、地球上のあらゆる機械的思考力の1パーセントに満たなくなることを意味する。  
それでも、実際にどのようなソフト、プログラムを組むか?ハードの向上だけでフレーム問題が解決可能なのかという疑問点が残るらしいが―――。  
 
「まぁ、それはMEがあるしねぇ」  
自分の内面を見透かしたような発言に、無表情で驚いた。  
・・・この老人、本当に人間だろうか?  
そもそも自分のような幼い少女相手にして、少女のような扱いをまるでしない。  
―――それでこそ、こちらにつけ込む隙があるというのに。  
自分が幼い少女の年齢であり外見であり、それでいて中身が人間のそれとはかけ離れていることを、白は、BK201は自覚している。  
そんな自分の意識を見透かしているからこそ、この男は自分を今回のような危険極まりない実験に駆り出しているのではないか?  
 
「このスーツに使われた技術はバラして転用されるらしい。人工義肢とか、新型の電子頭脳、あと対憑依型、対精神作用型契約者用の電脳デコイとかさ」  
「・・・はぁ。私は命令通りのことするだけで、よくわかりませんが」  
 
差し出された老人の手にディスクを乗せると、白は一礼し、毛布を纏ってテントを後にした。  
 
どこを目指すともなく、夜の森を歩いてゆく。  
対価を払うまでは、もう少し時間がある。  
そんな中途半端な時間には、ただベッドで対価の時が来るのを待つよりも、夜空の下で思考にふけるのが性に合っている。  
とくに、息が白くなるような寒さの中に身を置いた方が、頭が冴える。  
 
―――この実験はもっと上、組織の息がかかったものだ。  
自分が参加する前から相当の時間と費用を費やしているらしく、しかも問題もないのに突然中止ということは――――。  
 
不意に、理性の回路が切り替わる。  
・・・けど、この仕事がなくなるなら、当分はゆっくり、お兄ちゃんと二人だけで、  
 
「それは無理ね」  
闇の中から呼ぶ声。  
振り向くと、琥珀色の瞳と笑顔。アンバー。  
「残念。新しい仕事。今度は子守よ」  
 

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