こんなところを黄や猫に見られたらどんな顔をするだろう。  
笑う?いや、怒るかもしれない。  
四人、いや、三人と一匹と言った方がいいだろうか。かつてチームを組んだ仲間が最後に揃ったのはいつだろう。  
黒は東京で別れたきりの、そしておそらく二度と会う事のないかつての仲間達を思い浮かべる。  
孤立無援の道を選んだ青年と、彼と共にいることを望んだ少女。  
二人だけの日々は二人の関係を以前とは異なるものにしていた。  
 
薄いタンクトップごしに感じるのは彼より少し高い彼女の体温と少し早い彼女の心音、そして控えめな双の膨らみ。  
抱きしめた細いからだは成熟した女性と言うより、成長の余地を残した少女そのもので、そのことが彼の罪悪感を刺激する。  
触れるべきではなかったのかもしれない。仲間の関係のままでいるべきだったのかもしれない。  
まして彼女はドールだ。本来自我を持たず、道具のように扱われる存在。  
けれど感覚はある。  
五感のうち視力にハンディを背負った銀は常人より優れた聴覚とドール特有の能力である観測霊で不自由を補っている。  
だが聴覚以外の感覚もちゃんと生きている。ただそれを表現する術が常人より少ないだけのこと。  
触れた温もり、優しく撫でる手、  
舌に絡むとろけるような甘さ、吐き出したくなるような苦さ、  
鼻孔をくすぐる匂い、鼻につく臭い、  
銀は与えた刺激を全て感じ取っている。  
きっと黄も猫も知らない。気にも留めない。  
黒だけが知っている。  
 
何も写さない赤い瞳は誰を見つめるわけでなくただ正面を、虚空を見つめるだけ。  
瞼を閉じるように耳元で囁いてからそっと唇を重ねる。  
繰り返し啄みながら舌を侵入させれば指示せずとも絡めてくるようになった。  
顔を離したところで銀が濡れた唇を開く。  
「黒、するの?」  
「ああ」  
黒の返答を受けて銀はこくんと一度うなづくとサイドテーブルに手を伸ばす。  
ためらうことなく中身の入ったコップを倒し、テーブルに薄く広がった水に手を付ければ、ぼんやりと浮かぶ青いエクトプラズムがゆらりと揺れて水面に消える。  
逃亡者である彼等にとっては一種の儀式のようになっていた。  
「……周囲には、いない」  
「そうか」  
手についた水滴を払う時間さえ与えず、黒は再び銀を抱き寄せると再び唇を重ねた。  
長い髪をかきわけ、首筋を、背を、吸い上げ、東洋人の彼と比べれば嘘のように色素を欠いた白い肌にわさと赤い花を残した。  
元々は共に組織に属し、同じチームにいた。それだけの存在だった。  
「所詮ドール」と殺す事も厭わないと思っていたはずなのに、今は違う。  
裏切り者の黒と違い、ドールである銀はリセットしてしまえば組織にとってはまだ使い道がある。すぐに殺されることはないはずだ。  
更に言えば、いくらドールの探索能力が重宝できるとはいえ、単純に逃げるだけなら戦闘能力のないドールを連れるより黒一人の方が易しいはずだ。  
それなのに銀を連れ回し、自分と同じ逃亡者の身分に陥れてしまうことは非合理的だと黒はわかっている。  
それでも二人でいることを選んだ。  
 
タンクトップの裾に手を滑らせ、  
傷ひとつない滑らかな肌を感じながら幼い膨らみを直に触れる。  
指で頂を撫でれば赤い瞳は不自然に瞬きをし、円を描くように撫でるうちにつんと尖ったそこを軽く摘めば小さく身震いをした。  
ほんのわずかな反応だが、この無垢なドールが自分の愛撫に応えてくれていると思うと嬉しい。  
親が幼子にそうするようにバンザイをさせて邪魔な布切れを脱がせてしまう。  
暗闇に浮き立つ白い素肌も、掌に包める程度の乳房も、その桃色の乳首も  
なされるがままに全てをさらしても銀は隠す気配も恥じらいも見せることはない。  
それは行為に対する慣れではなく、ドール故の感情の欠落。  
揉むには少々物足りないサイズの乳房は掌にいくらかの空間を残してやすやすと収まり、掌に当たる乳首の感覚を楽しみながら優しくなで回す。空いた乳房の桃色の頂に舌を伸ばし、ちろちろと舐める。  
舌が往復するうちにこりこりと硬くなった頂きにしゃぶり付けば、吐息が一つ漏れた。  
窓から届く波音に混じり、部屋に吐息と粘液質な水音が響く。  
かろうじて黒の指を二本飲み込んだそこは、白い肌と色素の無い陰毛に囲まれて異色を放つ鮮やかな赤。  
指の行き来にあわせて絡み付く透明な粘液は次第に量を増し、潮の香りとは違う女の媚香が黒の鼻をくすぐった。  
割れ目に伸ばした舌先が滲み出るものを掬い取り、より奥を探る。  
普段は秘唇に隠された敏感な核をつつけば銀は言葉にならない吐息を漏らす。  
身をよじる銀のからだをおさえ、突起した核を舌尖でくすぐり、愛撫を続ける。  
もう銀は充分女のからだになっていた。他の誰でもない、黒がそうした。  
「黒のここ、硬い」  
銀の手がズボン越しにそれをさする。本能に忠実にそれは充血し、欲求を果たすことを望んでいた。  
「いやか?」  
ふるふると頭を振る銀。その顔をそっと撫で、今夜もう何度目かわからぬ口づけをする。  
腰を抱え大きく足を開かせると彼女の中の一番熱い部分へ自身をあてがう。  
もう出血してくることはないとはいえ、黒のものがようやく入るだけの狭い膣が絡むように締め付けて来る。銀の内側の熱を感じながら黒はゆっくり自身を進める。  
目を細めた銀が切ない吐息に混じって言葉を漏らす。  
「黒の、全部入った」  
「ああ。わかるか?」  
「わかる。私と黒、つながってる」  
抑揚の無い銀の声の端的な表現に黒の口元が少し上がる。  
けれど今は銀の中でより膨張した男の欲望を果たしたい。  
銀の手は汗ばむ黒の背を抱き、宙に放り出された足は黒の動きに会わせて舞う。  
‘黒しか知らない’温もりの中で、互いの熱が混じり合って溶けるまで、非合理的な本能に近い欲望が果てるまで、何度も貫いた。  
 
「黒、……」  
仮眠のつもりで瞼を閉じたが、銀の声に飛び起きれば窓の外がほんのり白みかけていた。どうやら数時間は眠っていたようだ。  
隣で眠っているとばかり思っていたが、いつの間にか銀はタンクトップを着てちょこんとベッドの端に座りフローリングにまかれた水に足を浸している。  
黒が眠る間ずっと見張っていたのだろう。  
「追っ手か?」  
銀はこくりとうなすく。  
(ここも長くはもたなかったか)  
失望は声に出す事はなく、黒は素早く服を着るとこの南の地にそぐわない黒いコートを羽織る。  
一方水色のワンピースに着替えた銀の動きはどこかぎこちない。  
「どうした?」  
敵の接近が思ったより早いのかと危惧し、ナイフに手を伸ばした黒に返ってきた銀の答えは、  
「走れない」  
「くそっ、敵の能力か?」  
重力系の契約者でもいるのかと懸念するが、  
「違う……足、痛い」  
そう言われて黒は昨夜の行為が原因と気付く。  
女になって間もない彼女にはまだ負担があるのだろう。  
「そうか」  
ふっと笑うと黒はひょいと銀をかつぎあげた。流れた銀色の髪の隙間からのぞくうなじには、昨夜つけた赤い花が一つ咲いていた。  
「黒、通路から二人。一人は契約者」  
次の行き先に当てなどない。けれど独りでなければ、二人でいれば……  
脳裏によぎるはささやかな‘夢’。  
必要以上に開かない設計の窓を格子から丁寧にはずす時間など彼等にはない。  
愛想良く自分たちを迎え入れてくれたホテルの主人に迷惑をかけることを心の中で詫びながら黒はガラスを蹴り破り、逃亡者達は朝焼けにダイブした。  
 
 

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