私の名前はレプニーン少佐。
ロシア連邦保安庁情報部に務める男だ。家族は居ない。
こんな職業に就いている以上、平穏な家庭など持ちようがないからだ。
代わりに眼に入れても痛くないほど可愛がっていた姪っ子がいたのが……
「ウメーボルシチウメー」
「食事は静かに食べたたまえ、ゴラン」
同居している部下の醜態に私は眉間の皺を深くした。
「前の任務で三日間バーガーしか食べてないんだ。バーガー以外ならどんな味でも料理でも旨く感じるぜ」
「それは食事を作ってくれたターニャに失礼ではないか?」
これだから契約者は……
「いえ、欠点を指摘していただければ今後善処します」
もう一人の部下にして契約者のターニャがゴランに味方した。
これが合理的判断というものか。
「肉が軟らかすぎる。これじゃバーガーみたいだぜ」
「ボルシチの肉はじっくり味が染みこむまで煮込んで柔らかくしたものが美味い」
「それは少佐、アンタが年だから固いモノを噛めなくなっているんだ」
「ゴラン、アメリカの料理を食べ過ぎて味覚がおかしくなってしまったのではないかね?」
一触即発といった空気が食卓に流れる。
尤も、合理的な判断をする契約者がまさか保護者である私に危害を加えるとは思わないが。
「今後は肉が充分やわらかくなるまで煮込むことにします」
我が家の食事担当であるターニャが結論をだす。
「うむ」
「ちっ…」
ゴランの口惜しそうな顔に飯が美味い。
「やはり上官の意見は尊重しなくてはな」
ターニャが私の主張を採用したのは私が彼女の上官だからだろう。
長年契約者を部下に持っていれば、それぐらいの思考は読める。
「いえ。ニカも柔らかい肉が好きなので」
思わずスプーンから肉を落としてしまった。
「ニカというのは、君が交際している少年だったかね」
「……はい」
待て、なぜそこで顔を赤らめる。それではまるで普通の少女ではないか。
「なんだぁ? 俺達は彼氏に食わせる料理の実験台か」
ボルシチを口にかきこみながらバーガ…ゴランがターニャに毒を吐く。
「そうだ」
そして合理的な解答をするブロンドの少女。
「ま、バーガー以外の飯が食えるなら何でもけどよ」
もう黙っていたまえバーガー。口にバーガー詰め込むぞ。
「あー……ターニャ、合理的に考えて君が少年と付き合っているのは
一般社会に溶け込むためのカモフラージュではないのかね?
いや、世間一般の恋人を演じるという意味ではだ、確かに恋人の好みに合わせて
料理をつくるなどという行為は極々平凡な行為ではあるが、そこまで手の込んだ偽装を……」
「いえ、私はニカの子を産むつもりですので」
いかん、いかん、何か幻聴が聞こえた。
不摂生な生活はなるべくしないようにしてきたが、歳という波には逆らいがたいものだ。
明日、耳鼻科にでもいこう。
「すまないターニャ、もう一度言ってくれないかね」
「はい。私はニカの子を欲しいと思っています」
バーガーが「ひゅぅ〜」と口笛を吹く音が聞こえた。
うむ、私の耳はちゃんと聞こえているらしい。
「いけません! まだ13才の娘が子供を産むなんてお父さん認めません!!」
気づけば私はスプーンをポッキリ折ってしまっていた。
「少佐、私はすでに初潮を向かえています」
「そういう問題ではない!」
「おかわり!」
バーガーでも食ってろ!
「……コホン」
ゴランの皿にボルシチを注いだターニャが再び席につくのを見計らい、私は話を切り出した。
「いいかねターニャ、君は契約者だ。合理的に判断する者だ。
合理的に考えてみたまえ。今、どうして、何故に、彼の子を産む必要があるのかね」
「合理的に考えて私が出産に耐えられない可能性はないと思います。
身体は同年代の女性と比べても発達している方で、先ほど言ったように初潮も向かえています」
「胸にビッグマック2つ抱えてるからな、けけけ」
黙れバーガー。
「経済的にもニカはまだ学生ですが、私は少佐の計らいでFSBに就職しました。
契約者ということで高級取りでもあり、ニカや子供を養う分には不足しません」
お父さんそんなつもりでFSBに斡旋したわけじゃありません!!
「おかわり!」
「もう鍋は空だ」
「んじゃ少佐のくれ」
いい加減にしろバーガー。
私の了承を取る前から皿を奪うな、バーガー。
「そもそもだ、子供を産むということはそういった外の条件だけではなく
相手の人間性を尊敬できるかどうかといった、そういう事も大事なのではないかね?」
「人間性とは合理的じゃないな、少佐」
来週から貴様はシベリアの奥地で一週間単独任務だ。たっぷりバーガー買い込んでおけよ、ゴラ…バーガー。
「私はニカの事を一生を添い遂げるに値する人間だと思っていますが」
「待ちたまえ、ターニャ。それではまるで君達は籍を入れたいと考えているように聞こえるが。
いや、子供を産んで籍を入れないというのよりは遥かにマシではあるがね」
「いいじゃないですか少佐。あの小僧、ターニャに逢う為に脱走までしたんだろ?
ターニャが契約者と知っても、だぜ。本気なんだよ、本気」
カラになった皿をスプーンで叩きながら、バーガーは鼻先の絆創膏を掻いた。
ターニャは意外な後援者を得て、契約者特有の精気の無い眼を見開き振るわせている。
「君達が真剣なのはわかった。だが、その……ニカ君と言ったね、もしそういうつもりならば
君の保護者である私に何か一言あってもよいのではないかね? 礼を欠くような男に私は娘を預けられんぞ!!」
平静を取り繕っていたつもりではあったが、ついに私は最後にはテーブルを両の手で叩いてしまった。
が、契約者である二人はそんなことに身を怯えさせるでもなく、平然と座っている。
「少佐は任務でお忙しそうでしたので。実は来週にでもニカを家に招待しようと思っていました」
「じゃあ来週は俺も休みがとれるように取りはからってくれ、少佐」
認めん。断じて会わんぞ。あと貴様はシベリア送りだ、バーガー。
「少佐との会談は私よりニカの強い希望です。よろしくお願いします、少佐」
おのれ少年! こんなことになるならば、連行したときにさっさとMEを……いや、射殺しておくべきだった!!
「ターニャ、もし小僧と一緒になったら家はどうするんだ? ここで暮らすのか?」
「私はそのつもりです」
「駄目だ! 万が一、億が一にそのような事態になっても家を出て行くことは揺るさん!」
「しかし少佐、その場合、私とニカはこの家に住むことになるのですが」
「ああ住みたまえ! 部屋なら幾つも空いている!」
一人暮らしには分不相応の一戸建てだ。給料を貰っても特に使う趣味も無かったのでな。
姪に何か買ってやるぐらいで。だが必要なときに部下をこうして住まわせるには都合がいいと思っていたが。
「しかし少佐、それでは少佐の睡眠を妨げることになります」
「それはどういう意味かね?」
「ニカとの性交渉で私はかなりの音量で発声しますので」
……いかん、目の前が雪原に吹く吹雪のように白くなった。
「き、君達は既にそういう行為をしているというのかね」
「そりゃしてるだろ。結婚するまでセックス無しとか少佐ふるーい」
黙れバーガー。合理的に考えてそのリアクションは面白くも何ともない。
「ニカはじっくりと前戯に時間をかけるタイプです。私のクリトリスを丹念に舐り、
洪水のように愛液が溢れるまで弄ぶまで男性器を結合させてくれません。
その過程で私は軽く数回達してしまうことが普通です」
「若いのに大したもんだな。んで、棒の方の具合はどうだ?」
「私はニカ以外の男性を知らない。比較はできない。しかし身体の相性は良いと思う。
前戯の丹念さとうってかわって挿入後のニカは荒々しい。私は充分に高まった身体を
芯から貫かれて嬌声をあげる。声をあげるのが憚られる場所で行為をする場合は、
ニカの胸ないしは肩に顔を押し込めて声を堪える。キスをする場合もある」
「あまり聞きたくないのだが、憚られる場所というのは……」
「学校内などの公共施設や、トイレの中、あとは野外です、少佐」
私の愛用のトカレフを取りに行くか……
「室内は暖房が効いているからいいですが、冬の日に野外で肌を晒すのは体力を消耗すします。
いずれ温まるし、全裸になるよりも胸をめくられるだけの事が多いので問題になりませんが。
それにニカも身体を密着させてくる。数枚の毛皮よりニカの体温の方が温かいです」
あの少年の住所は確か……
「お前達ゾッコンだな。レタスとハンバーグみたいだぜ」
「ニカが好む体位は体面座位だが、私は後背位で獣のように突かれるのも好きだ。
平均より大きいと自認している胸を揉まれるのは気持ちいい。ニカも好んでいるようだ。
胸といえば、何度かニカのペニスを胸で挟んで射精に導いたことがある。俗に言うパイズリだが
折角の精液を顔や胸にかけるのは合理的ではないと私は思っている」
「それは女にとっては合理的じゃないが、男にとっては合理的な浪漫なんだぜ」
まず両足両手に一発ずつ鉛玉を撃ち込んでやろう……
「しかし蘇芳の男である黒という男はパイズリを彼女に強要したことはないという」
「あの嬢ちゃんじゃムリだろ」
「だが蘇芳を一度試みたらしい。だが断られた。代わりに乳首にペニスを強く押し付け射精させられたという」
「ああもう面倒だ。男にとってオッパイは合理的とでも覚えておけ」
「なるほど。ではアナルはどうだ? 私はアナルセックスの経験は無いが、蘇芳はあるという。
アナルセックスが男にとって合理的ならば、私もニカとするのに吝かではない」
「まあ人によりけりだな。いわば対価だ」
「対価か……参考になった。やはり男性の意見は貴重だ。後でハンバーガーを作ろう」
「よせよ、手作りでも、あんなもん何個も食べたくはないんだ」
ロシア情報局で最も辛いといわれる拷問は……
「もう一つ聞きたい」
「ん?」
「なぜ男は複数の女性と関係を持つ?」
「あの少年、ターニャの他に女がいるというのか!」
私が蝶よ花よと育てたターニャを恋人にしておいて、なんという色情狂だ!
ありえん! 普通ならばそんなことはありえん!
もし存在するならばそれは契約者以下の畜生だ!
「おちつけ少佐」
「少佐、現在ニカは私以外に性交渉した形跡はみられません。ニカには常にGを張り付かせています。
それに私がニカと性交渉するときはニカの首筋に数日は消えないほどのキスマークをつけています。
私がここで問題にしているのは黒という男についてです。あの男は蘇芳の他に数名の女性と関係を持っています。
これは男の生態なのでしょうか? ニカも私以外の女性と性交渉するのでしょうか?」
「それは黒の死神の方が特殊なだけだ。ターニャはコッチの世界に入って日が浅いから知らないのかも知れないが
ヤツはこの世界では勇名なタラしだ。むしろ女性をコマすのが対価だとすら言われている男だ。
むしろ食われないように気をつけろよ。まあロリコンらしいから大丈夫だとは思うけどよ」
「納得した。いろいろ相談にのってもらい感謝する、ゴーラー。私に兄がいたらきっとこんな感じだろうな」
「安心したまえターニャ、もしあの少年が君を傷つけることがあれば情報局の総力をもって社会的に抹殺してやろう!」
「ありがとうございます、少佐。将来ニカと式を挙げる際は少佐に私の父代わりをして貰いたいと考えているのですが、御迷惑でしょうか?」
なんと!
私が新婦の父と……
くっ……
情報局に勤めて以来、人並みの幸せなど無縁に思っていたが、まさかこんなことを言われる日がくるとは…ッ!
「少佐、涙を流すぐらい嫌なら私は……」
「違う違う、これは嬉し涙ってやつだぜ。な、少佐」
バーガーの癖に馴れ馴れしいぞ。
「しかし、最近の若者は進んでいるのだな。私の姪などは……」
「そんなの少佐の知らないところでズッコンバッコンやってたに決まってるじゃないか」
バーガー、お前明日からロシア当局南極支部で任務だ。
黒「何を読んでいる?」
銀「結婚情報誌」
蘇芳「三人以上で式を挙げられる場所ないかなって……」
マオ「中東辺りにいけばあるんじゃないか?一夫多妻制の国」
蘇芳「えーやだよ。ウエディングドレスが着たい」
銀(コクン)
黒「……契約者は結婚しない」
マオ「そいつは苦しいな、黒」
ジュライ「……ちゃんちゃん」