私、霧原未咲は目の前の代物にどう反応に困っている。
「…………これは?」
私の机に置かれているのは……
耳
人間の耳ではなく動物の耳だ。
無論、本物でもなくヘアバンドに耳が付いているオタクとかが喜びそうな一品である。
それが何故、私の机の上に置かれている?
「よくぞ聞いた。これぞ最新の対契約者兵器だ。」
正気か?ゴルゴ眉毛
「どう見ても犬耳にしか見えません。」
「犬耳だけではなく、猫耳や狐耳、兎耳もあるぞ。」
様々なバリエーションを見せるが、どうでもよい。
「いえ……ですからコレのどこが対契約者兵器なのですか?」
「これを装着すると……」
と、勝手に私に怪しげな代物を着けさせる。
…………剃るぞ眉毛
パタパタ……
何かがお尻で叩く音がした。
ん……?
首を捻ってお尻を見る。
「なっ?!」
「わぁ、可愛いですね!!」
どういう原理なのか不明だが、犬耳しか装着していないのに尻尾まで生えてきている。
しかも感覚があるのかパタパタと動く
「なんと犬の能力を得る!ただの一般人が動物並みの強靭な能力を得るのだ。これなら契約者相手でも引けを取らない。」
何を考えてそんなものを開発したのか知らないが、少なくとも開発者も目の前にいる阿呆も頭のネジが吹っ飛んでいる。
職種……間違えてしまったのだろうか?
「だったら普通に警察犬か軍用犬でも使えばよろしいでしょう。」
「それにこんな能力を得ても契約者と渡り合えると?意味がないでしょうワン」
「「「「…………」」」」
全員が呆けたように口を開いている。
「どうしたのですかワン?」
「………弥生君、疲れているのかね?」
確かに最近、疲れが溜まっているが、それ程ではない。
「いいえワン」
「弥生……そういうプレイなのかい?」
「うるさいワン」
近寄ってくるレズにアッパーカット、そのまま床に沈んでいてほしい。
「これ…………どういう事ですか?」
「私も知らん。」
「あっ、注意書きに試作段階の試験品なので副作用は不明って書いています。」
「ふむ、語源機能が麻痺するのか……しかも自覚症状無しとはな……」
「とにかく今直ぐ、こんな物騒な代物は開発部へ送り返しましょうや……それと弥生ちゃんもソレ外しておこうか。」
確かにいつまでもこんな代物を着けたくない。
犬耳バンドに手を掛けるが………
「…………外れないワン」
今日も三号機間は平和です。
「はむ……」
口の中に拡がる肉汁の味
日本の肉まんは旨い。でも……本当はピロシキが食べたい。
「美味しいね……」
「……うん」
ついでにジュライの方はピザまんを食べている。
「今日の晩御飯はなんだろうね・・?」
黒の作る料理は美味い
初めて彼の作ったムニエルは素材が缶詰だとは考えられないほど出来だった。
だから彼の作ってくれる料理は楽しみでもある。
…………ピロシキ、作って頼んでみようか?
信号が赤になったので歩みを止めると・・・
キキーッ!!!ガシャン……!!
「事故だね……」
目の前を走っていたトラックは見事に電柱に衝突した。
そしてトラックのコンテナからは荷物が周囲に散乱している。
「なんだろ……コレ?」
落ちていたモノにボクは目を奪われた。
知識では知っていたけどロシアでは見た事もない代物だった。
だから少しだけ興味が沸いた。
それが大変な事になるなんて露知らず……ボクは『猫耳』を拾った。
黒は近くのスーパーで食材を買ってきた。
育ち盛りな子がいるのだ、栄養面に関しては気を配ってやらないといけない。
ついでにマオも同行している。カリカリじゃない餌を所望したので本人に選ばせてみた。
「主夫の鏡だな」
「うるさい……モモンガ鍋にするぞ。」
からかうマオを尻目に誰もいない事を確認して隠れ家に入る。
そこで出迎えたのは………
「ニャア♪」
「………………猫?」
じゃない。
猫の格好した蘇芳であった。
「………何遊んでいる?」
だが聞いていない。
蘇芳は身を屈め出し……
「フニャッ♪」
飛ぶ
全身の筋肉をバネの様にして、獲物………マオへと襲い掛かる。
「お、おおおおおおおおおぉぉッ?!」
さすがに危険だと気付いたマオはサッと逃げるが、獲物を逃がさない蘇芳が追いかける。
そう、まさに猫に追われている状況だ。
「へ、黒?!助けてくれ!!」
「蘇芳」
「にゃッ?!」
黒は蘇芳を掴み上げる。
「いい加減にしろ」
さすがに悪ふざけが過ぎるので乱暴に蘇芳を放り投げる。
普段ならそこで床へと叩き付けられてしまうのだが、今の蘇芳は『猫』なのだ。
華麗に着地を決めた。
「フシャーッ!!!」
「まるで猫だな」
威嚇する蘇芳
尻尾がブワッとなっている。どういう仕組みだ?
「ジュライ、どうして蘇芳はこんな風になった?」
「猫耳拾った。」
「「はぁ?」」
二人が声を揃えてあげる。
まったく意味がわからない。
「道端に落ちていた猫耳を拾って着けた。」
「猫耳バンドを着けたら猫になった?猫の呪いのアイテムだとでもいうのか?」
怪談には早過ぎる時期だろう。
「…………なら外すまでだ。」
「ニャーーーッ!!!」
猫耳を引っ張るが外れないどころか、蘇芳まで引っ張られる。
それが痛いのか、蘇芳は黒の手を思いっ切り引っ掻く。
とは言っても、人間の爪なので蚯蚓腫れする程度
諦めて手を離す。
「外れないな……やはり呪いのアイテムか…………」
祓うのか?
というかアレは何なのだ?
「にゃあ〜♪」
蘇芳はジュライと戯れている。
・・・・・・本当に何なのだ?
「スンスン……」
「なんだ?」
「にゃあ〜…………」
蘇芳は先程、引っ掻いたところをペロペロと舐め始める。
どうやら少し罪悪感があるようだ。
そのまま黒の周囲をウロウロと回り始める。
「ついでに………元猫に聞く」
「ん?」
「猫の仕草に意味はあるのか?」
丁度、蘇芳は黒の足に頬擦りをしている最中である。
尻尾はクネクネと動いている。
「あるさ、今、頬を擦り付けているのは『甘えたい』ということだ。」
「尻尾をパタパタ振っている時は機嫌が悪いから気を付けておけ」
「普通、逆じゃないのか?」
「犬の場合ならそうかもしれんが、猫は別だそうだ。」
ちょっとしたトリビアだ。
「これは?」
今度はお腹を見せてゴロンと転がっている。
少し、ヘソが見え、はしたないので服を正しておく。
「あ〜…………」
「どうした?」
言い難そうに言葉が詰まるマオ
何にがある?
「犬の場合だと服従のポーズなんだが…………猫だと誘っているんだよ。交尾にな」
「…………なに?」
「ついでに、さっき甘えたいといのも発情期だという証拠だな」
「俺にどうしろと?」
「抱くか?」
「冗談いうな……」
蘇芳はまだガキだ。冗談も休み休みに言って欲しい。
「対処法としては思いっ切り遊んでやれ。喉元を擽るとかな」
「…………一応、人間だぞ?」
本物の猫になら効果あるかもしれないが、仮にも人間だ。
「まぁ、やってみろって」
マオに言われるままに蘇芳の喉を擽ってみる。
するとゴロゴロと気持ち良さそうに鳴く。
「な?効果あるだろう。」
確かに効果はあったが………これでいいのか?
「しかし……このまま戻らないのも問題だよな……」
マオの言うとおり、このままでは拙い。
まず邪魔になる。そして……蘇芳を利用しての紫苑との接触が難しくなる。
悩む二人にジュライは爆弾を投下する。
「……他にも拾った。」
「「なに!?」」
まだ他にもあったというのか?
「兎耳に……また猫耳?いや、狐耳か?」
よく分かるな……一緒にしか見えん。
「………狐耳……」
そう、狐耳だ。
これに似合う者は自分の知る限り一人しかいない。
銀だ。
狐耳に狐の尻尾……そして銀の髪と同じ銀色の毛並み
…………パーフェクトだ。
「おい……黒?」
「なんでもない。」
いかん、少しトリップしてしまったようだ。
「じゃあ、どうしてソレをポケットに仕舞う?まさか……銀に……」
「……」
それ以上、追求するようならモモンガ鍋にするぞ?
そんな馬鹿なやり取りをしていると、ジュライは持っていた兎耳を何故か着けた。
何故、着けたのか……それは不明だ。
無論、止める暇もなかったのは言うまでもない。
「何も起こらないな」
「ウサギだからな」
普段と変わらない無口
「…………いつもと同じか」
「だな……人参でも与えてみるか?」
スティック状に切った人参を与えてみたら物凄い勢いで食べた。……面白い
「憶測だが、これはドールのプログラミングと同様かそれに近いものと考えた方がいいかもしれんな」
マオが自身の考察を黒にいってみる。
「人格の書き換えか………」
狐耳の方を調べてみると内側に電極とか機械的なものがあった。
「だが、嬢ちゃんの動きを見る限りじゃあ、猫並の反射神経がある。おそらくメインはこっちで、人格は副作用なものだろう。」
肉体強化か……確かにこれなら化け物じみた契約者に対しても相手取ることが可能だろうが……その副作用は痛い
だけど一時的なものだろう。本当にプログラミングするのならば大掛かりな装置が必要となる。
「厄介だな……どこかの組織の落し物か」
「ジュライの話だと事故を起こしたトラックの荷物だったそうだ。」
「……そんなモノ、拾って着けるな」
「まったくだ。」
深くため息をする。
そんな二人の苦労を知らない蘇芳はさっきから黒の背中にしな垂れかかっている。
「にゃあ〜〜♪♪」
重い……だが、退かしても直ぐに来る。
「随分と甘えているな」
人懐っこい猫である。
「嬢ちゃん……本当はまだ甘えていたい年頃だったろうにな………」
甘え足りない。
確かにそうかもしれない
蘇芳の両親は離婚
父親は研究者で常に研究所に引き篭もっていた。
双子の紫苑も契約者で蘇芳は誰かに甘えるという選択肢はなかった。
黒は、そっと蘇芳の頭を撫でてやった。
一瞬、それにビクッと驚くが、直ぐに気持ち良さそうに彼の胸元で甘え始める。
そして上目遣いで鳴きながら何度もナデナデを要求してくる。
その後の食事や風呂について黒は更なる苦労する。
もう夜も更けてきた。
そろそろ就寝しようと自分の寝床へ足を運ぶが、既に猫がいた。
蘇芳は俺の布団を占拠しているので、違う部屋で寝ようと移動するが……
トテトテ……
振り返れば、蘇芳が後ろから付いてくる。
「お前はそっちで寝ろ」
「にゃっ!!」
部屋に蘇芳を投げ入れるが、それでも部屋から出て、彼の元へと行く。
「諦めて一緒に寝てしまえ。」
……面倒だ。
仕方ないので、布団を二組並べて…………ジュライがじっとこちらを見ている。
三組用意しよう。
川の字というよりも小というほうが適切かもしれない。
黒を真ん中に両脇には蘇芳とジュライがいる。
電気を消して就寝する。
僅かな寝息と時計の音が耳につく。
隣に寝ている人物を起こさない様にそっとベッドから出る。
忍び足で向かう先はトイレ
ジャ〜ッ…………
「ふぅ……」
流石に猫みたいにはできないので、ちゃんとトイレは行かないといけない。
「トイレは済んだのか?」
黒がいた。
当然かもしれない。彼に気付かれないように動くなんて難しい
「…………いつから気付いたんだよ?」
「……お前を撫でたときだな」
あの瞬間、驚いた蘇芳は素に戻ってしまった。
その瞬間を黒が見逃すはずがない。
「いつ正気に戻った?」
今度は黒が質問する。
「最初から……意識はあったんだけど、猫の本能なのかな?それが優先していた………」
思い出すだけでも顔から火が出そうなほど恥ずかしい。
猫の本能でも、彼に対して行った行動は多分の自分の願望だろう。
「でも時間が経つにつれ体の主導権を徐々に取り戻していった。」
時間が経てば戻る。
猫耳バンドは機械だ。電池が切れれば機能は停止する。
それならばジュライも明日には元に戻るだろう。
「もう遅い……寝ろ」
「…………別で寝るの?」
彼の脇には毛布がある。
どこか別の場所で寝るつもりだ。
「狭いからな……」
嘘だ。
布団は三組を敷いているのだ。
ただ、自分は…………そこに居たくないだけ
「別にいいじゃない・・・狭くても・・・」
「……何が言いたい?」
「…………い…ょに……たら」
小声でコショコショと喋る。
「聞こえん」
「だから!一緒に…………寝たらいいじゃん……寒いし………多いほうが温いだろ?合理的に考えて…………」
蘇芳も自分が無茶苦茶な事を言っているのは知っている。
「合理的か…………」
苦笑する。やはり、まだまだガキだ。
「わ、笑うなよ?!何が可笑しいって言うんだよ!?」
寝室へと戻る二人
時計の針は既に2時を過ぎている。
まだ…………眠くはならない。
それに何かが足りない。
「ねぇ……」
「……なんだ?」
呼んだ自分でも少し驚いたが、黒は起きていた。
「頭………撫でてくれる?さっきみたいに……」
暫し無言
少し胸に空虚を感じてしまう。
ごめん、と謝ろうとした時、黒が何も言わず頭を撫でてくれた。
ただその行為だけでも彼女にとって嬉しい。
「もう少しだけ………して……」
ポスッと彼の胸に顔を埋める。
微かに彼の心臓の鼓動が聞こえる。
それをもっと聞きたくって顔を更に埋める。
視界の端には青い人型がいた。
それ何なのか知っている。
知っているからこそ…………ソコに居る観測霊にボクと黒を見せ付けてやった。
能力を失った彼には観測霊は見えない。
だからオマエに……黒は渡してやらない………
黒は…………ワタシのだよ………銀……