夜。戦闘が終わったと判断した葉月は、息を整える時間も惜しんで鎮目の顔に手を伸ばした。
鎮目を探すのに時間は必要はなかった。
どこにいるかは探す前から把握している。建物同士の間に入り、数歩の距離。
チームを組んでからは自然と目で追い、すぐに合流できるようにしていたためだ。
葉月が能力を使った後は鎮目を引き寄せて唇を重ねる。いつもどおりの光景だ。
だが、今日の鎮目はなぜか葉月の腕を掴むと、口付けを拒むように身体を反らした。
「なぜ拒否する。対価の支払いだ」
余計な手間がかかっている事に不満を抱きながら葉月は言う。
「どういうつもりだと訊いている」
「うーん。まあ俺としてはキスするのは歓迎だけどさ、たまには協力するお礼をしてもらえないかと思って」
葉月が眉を顰めると、鎮目はへらへらと笑いながら言葉を続けた。
「させてくんないかなぁ?」
硬いものを蹴った音がした。
見ると葉月の膝は鎮目の腹部にめり込むことなく、その表面で止まっていた。
葉月は大きく息を吐くと、男を睨みつけて口を開いた。
「お前の汚い物を見るくらいなら、死んだほうがましだな」
「そりゃあまた。合理的じゃない判断だねぇ」
鎮目は笑ったままの表情を変えず、楽しげに答えた。
「あ、見るのが嫌なら目隠しとかどう?」
「却下だ。そういう相手が欲しいなら他を当たれ」
機関の規則では娼婦を買うことを禁止していない。
葉月は男の生理についてなど知らなかったが、必要があるならば個人で処理すればいいと考えていた。
思ったままのことを葉月は言葉にしたが、鎮目はまるで聞こえなかったようなふりをする。
「やっぱり日本って暖かくていいよねぇ。ロシアじゃ外でするなんて絶対無理だろう?」
鎮目は葉月の右足を強く踏みつけたが、彼女は悲鳴を漏らすことはなかった。
足にかける体重を増し、身体を半回転させる。
鎮目は葉月の腕ごと右半身を背中で壁に押さえつけて固定すると、空いた片手で服のボタンを外し始めた。
「あとで殺すぞ」
「はいはい。その時にはもう一回おんなじ事をする機会が来るだけだよ」
スーツのボタンを外し終えると、それまでとは一転して鎮目は乱暴にシャツを引き千切った。
プラスチック製の白いボタンが弾けとび、コンクリートの地面に小さな音を立てて散らばった。
「結構興奮するなあ……。契約者でこれなんだから、普通の人間が羨ましくなるね」
「殺す……」
俯いて目を逸らす葉月の呟きは、誰の耳にも届いていなかった。
鎮目が葉月の下着を持ち上げてずらすと、外気にさらされた乳房が微かに震えた。
「耀子ちゃんと比べて小さいな……おっと悪い。行為中に他の子の話はマナー違反だったかな?」
話題にはしてみたものの、鎮目自身には胸の大小に拘りがあったわけではない。
葉月の抵抗する気力を殺ぐためだけの言葉であり、鎮目は大して胸を見ずに下のほうへと手を伸ばした。
自分と相手のズボンのファスナーを下げ、ベルトを緩めると、そこでふと鎮目の動きが止まった。
葉月が顔をあげると、そこに鎮目の顔があった。
わずかに顔を動かすだけで届く。唇がすぐそこにある。
「ん…………」
葉月が鎮目の唇を奪っている間に、スーツのズボンは大きく下へと動かされていた。
下着が同じように取り払われ、再び鎮目は両腕で葉月を拘束した。
二人は正面から向き合う体勢になる。
鎮目から顔を離したとき、目の前の男が笑っていたことで葉月は気づいた。
下半身に着けている物を脱がされた一瞬だけは、身体を押さえつけていた重圧から開放されていたのだと。
「ほい。ゲームオーバー」
隆起した鎮目の分身がそこにあった。
葉月が対価の支払いを後回しに出来ていたなら、避けられた結末。
思考を停止させるほどの欲求がなければ、葉月は確実に状況を打開できていた。
その事実が、合理的な思考を取り戻したはずの葉月から計算を奪い、無抵抗にさせていた。
鎮目は自身の物を葉月の中へと沈めていく。
かすかに届く街灯の光は、そのとき流れた液体の色が赤いものだと鎮目に伝えた。
「あれー、おっかしいなあ。俺の物を刃物に変えたりなんてしてないよね?」
葉月は何も答えない。
「まさか処女だったとか……大丈夫?」
言葉の上では尋ねながらも、返事もないうちに鎮目は小さく動き始めていた。
本人の意志が途切れていても膣腔の狭さが無駄な抵抗を続けている。
力を失くした葉月の身体は重力に従って崩れ落ちようとしており、それを支えるために鎮目は腕に力を入れた。
抵抗に備えて観察を続け、拘束を維持するために力を込め、残ったわずかな余裕で肉体的な快楽を得る。
肌を重ねると表現できるような愛のある行為ではなく、動物的な激しい交尾でもない。
鎮目は隙が小さくなるように注意をしながら、機械的に性欲の処理を行っていた。
頭突きを避けるために両者の頭はすぐ隣になるように置かれ、互いの呼吸音と小さくあえぐ声が聞こえた。
小刻みに腰を動かし、葉月の膣を抉ってゆくのを繰り返す。
鎮目は限界が近づいているのを感じたが、問題がひとつあった。
「このまま出したいんだけど、いいかな?」
子供が欲しかったわけではない鎮目にとって、その質問はアフターピルなどの準備があるかの確認だった。
「いいはずがないだろう」
鎮目は期待はしていなかったのだが、答えがあった。
「了解。先に帰って手配しておく」
そう答えると鎮目は葉月の最奥で動きを止め、身体を揺らした。
膣内で射精されているのだなと葉月はぼんやり考え、小さく息を吐いた。
鎮目は欲望を吐き出し終えた物を抜き去ると、葉月を突き飛ばして距離を取り身構えた。
反撃を予測してのことだったが、訓練では感じたことのない痛みに葉月は動けず、鎮目を睨むだけだった。
鎮目が後ずさりをしながら物を仕舞っていると、葉月はようやく怨嗟の言葉を口にした。
「覚えておけ。お前が対価の支払いで動けない間に、必ず殺しに行く」
「はいはい……なるべく静かに襲撃してね」
鎮目は答えながら、今後の対策について考えるために歩き出した。
性欲が優先順位の最上階に来るまでには、まだかなりの時間があるだろう。
先程と同じような展開になるとは考えられなかった。
それまで逃げ隠れするべきか、同僚に庇ってもらうべきか、あるいは何らかの対価を払って許してもらうか。
興奮の去った頭はより合理的な判断を下せるはずだった。
だが、どれも碌な未来にならないようだと感じて鎮目は溜め息をついた。
どれを選ぶにせよ、ひとまずは誰かに灸を据えてもらわなければならなかった。