海月荘201号室。  
貧乏中国人留学生、李舜生が住む、安アパートの一室。  
もっとも、それは黒の表向きの顔である為、室内に生活感は無い。  
当然のように薄い壁や床や天井は、ただ部屋と部屋とを区切る為だけにそこにある。  
会話などもちろん丸聞こえであるし、現に階下からはテレビの音が絶えず洩れている。  
 
それでも、問題は無い。  
 
暗い室内には、水音だけが響く。  
台所の蛇口から、滴が規則正しく落ちる音。  
その音に被さるように、ピチャピチャと粘液がまとわりつく音。  
 
閉め切った窓から射し込む偽りの星の薄明かりに照らされ、一糸纏わぬ彼女の肌は、均一に白く、人形のように無機質に浮かび上がる。  
―――否。彼女は人形なのだ。  
感情はなく、意思もない。動く人形。  
銀と呼ばれる盲目のドール。  
 
黒は、銀の膣を掻き回す指を2本に増やすと、彼女の表情を伺う。  
一見全く変化はないが、絶対音感を持つ彼女は、瞼を閉じ、自身が発する水音に意識を集中しているようだ。  
時折、肩や脚がぴくりと跳ねる。  
 
(だいぶ馴れたな…)  
 
側に居るのに、何も映さない瞳。何も求めない人形。  
それでも彼女は人間なのだと確かめたかった。  
拒絶でも構わない。ただ何か反応が欲しかった。  
最初に抱いた理由は、身勝手以外の何物でもない。  
 
「銀」  
小さく名前を呼び、その唇をついばむように口づけると、閉じた瞼が微かに開いて黒を映す。  
最初は瞬きすらしなかったが、回を重ねるごとに返ってくる反応は増えている。  
再び口づけると唇のすき間から舌を差し込んだ。  
「んぅっ…」  
舌で舌をからめとるように口内を蹂躙すると、収まりきらない唾液が小さな唇の端を伝い流れる。  
 
唇と膣から漏れる水音は、銀の聴覚を侵してゆく。  
 
膣を掻き回す手を止め、首筋に舌を這わせ、控えめで柔らかなな胸を揉むが、水音が止むと、途端に反応が鈍くなる。  
薄明かりでもわかる、淡い色をした胸の先端を口に含み、ぴちゃりと音をたてる。  
銀の手が、黒の肩に触れた。  
「銀………嫌?」  
銀は目を閉じたまま、静かに首を横に振る。  
瞼に軽く口づけ、続けても良いかと問いかけると、瞼をあけ こくり と、小さくうなずいた。  
 
銀の秘部は、先程までの行為で溢れた滴によりしっとりと濡れて光っていた。  
黒の物も既に質量を増していたが、もっと銀の反応を見ていたいという欲求の方がはるかに強い。  
指を一本、二本、三本と、銀の膣に埋め込むと、そのすぐ上にある突起に舌を這わせた。  
突起に吸い付き、指の抜き差しの速度を徐々に早める。  
銀の滴と黒の唾液が混ざり、ひときわ大きな水音が響いた。  
内部は指の抜き差しに合わせて収縮し、更に滴を溢れさせる。  
必然、荒くなる呼吸も銀の耳に届いているだろう。  
 
「はぁ…っ。ん………。」  
 
銀は、こういったことに関するプログラムは一切されていない。  
嬌声と呼ぶには程遠い喘ぎでも、人形ではないことの証明には十分だ。  
見ると、行き場のない手を口もとできゅっと握りしめていた。  
 
「銀、おいで。」  
粘つく指を引き抜き、微かに熱をもった身体を起こしてやりながら囁く。  
銀はいつものようにこくりと頷くと、音もたてず静かに黒の上に跨がる。小柄な割に手足は長い。  
細い指で、黒のGパンのボタンをはずしにかかる。  
 
──夢なのかもしれないと、いつも思う。  
昼間とは違う艶を帯びた彼女は、偽りの星が人形を媒体に見せる幻覚なのだろうか…  
 
と、無言のままボタンをがちゃがちゃしている銀が目に入った。上手くはずせないのが面白くないのか、頬がふくれていて可愛い。思わず笑みがこぼれる。  
柔らかな銀髪をくしゃりと撫でながら引き寄せ口づけると、取り出した自身を、ゆっくりと銀の中に挿しこんだ。  
 
ぎゅっと閉じた瞼だけでなく、全身が緊張しているのがわかる。小さい身体の負担にならないようにと考え動きを止めたが、銀の中から溢れる滴が黒を奥へ導く。  
「痛い?」  
首を横に振る。瞼は閉じたまま。  
そのまま奥まで挿入し、数回動かしてみる。苦痛からくるものとは違う吐息がもれるのを確認すると、細い腰を掴み、下から一気に突き上げた。  
「……はっ………ぁ……………ぁ、…………ふっ……」  
再び大きく響く湿った水音に、肉を打つ乾いた音に、銀の息が乱れる。  
 
内壁を抉るようにかき混ぜると、ぐちゅりと卑猥な音と共に滴が黒の脚を伝う。  
銀は細く白い首を反らし、天井を仰ぐ。脳の中で処理しきれなかった音が溢れるように、薄く開いた瞳は潤んでいる。  
 
銀の軽い身体が浮かないよう、しっかり腰をおさえ、角度を変えながら最奥を突く。  
「…ぁ………へ…い……っ………」  
身体の内側の、ずっと深いところから与え続けられる衝撃に全身を揺さぶられ、盲目のドールは、ただ縋るように見えない男の名前を呼ぶことしかできない。  
黒がきつく抱き寄せると、銀は黒の胸板のに顔を埋め、いやいやをするように首を振った。限界が近いのか、脚が震えている。濡れたまつげが擦れる感触に、ふと複雑な感情が頭をよぎった。  
 
泣かせてしまった後ろめたさか、もっと泣かせたいと思う征服欲なのか──  
 
それを振り払うように、速度を速め突き上げる。  
「ゃ…っ……ぁ───黒…!」  
声にならない悲鳴を聞きながら精液を吐き出すと同時に、銀の中は黒を締め付け、びくびくと身体を震わせた。  
 
 
黒の上で小さく肩を上下させる銀の、柔らかい銀髪をそっと撫でる。  
銀はゆっくりと顔をあげると、その瞳に黒を映し、微かに…でも確かに、にこりと微笑んだ。  
 
 
──目が覚めたのは、だいぶ陽が高くなってからだった。  
黒の上で、小さい身体が気持ち良さそうに寝息をたてている。  
黒は無言でそれをつまみあげると、冷やかに問いかける。  
「猫………いつから居た?」  
その黒猫は薄く目を開け、声もたてずに にぃっ と笑い返した。  
 
(おわり)  
 

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