「声を出すな」
背後から、耳元で囁かれる。
低く、冷たく、抑揚のない男の声。
その男に拘束され、身動きがとれない。
(殺されるのだろうか…)
―――契約者を追っていた。
車を運転する部下を残し、駆け上がったビルの屋上。
辿り着いた瞬間の、凄まじい爆発と、断末魔の叫び声。
いずれも既に収まり、静かな秋の夜風が頬をなぜる。
爆風により、結っていた髪はほどけ、眼鏡もどこかへいってしまった。
ぼやける視界が不安と恐怖を煽る。
逃れようともがくが、全身に絡まる硬質なワイヤーが深くくい込み、柔らかな皮膚に痕を残すだけだ。
「課長ー!霧原課長ー!」
部下がわたしを呼ぶ声。
「さいと…ッ!」
「声を出すなと言っている。」
「あぁ…ぅッ!」
ワイヤーを伝い、全身に電流が流れた。
身体が痺れる。力が入らない。
意識が朦朧とする。
腰にまわされた腕に支えられ、ゆっくりと座らされた。
男はそのまま抱きしめるように首筋に顔をうずめると、ふれた唇で何か呟く。
「…何?」
途端に乱暴な動作で胸をつかまれ、身体を再び電流が駆ける。
もう片方の手で口を塞がれていたため、叫びは声にならない。
(青白い光…契約者か。)
爆風の中、一瞬だけ視界の端に捕らえた、黒い影を思い出す。
が、徐々に下に降りてゆく男の手から発せられる電流は、頭を芯まで痺れさせ、思考を奪う。
いつの間にか、身体を拘束していたワイヤーは解かれていた。
それでも自由の利かない身体は、電流のせいなのか何なのか、それすらもよくわからない。
太股を撫でる仕草は甘く、内側が熱く疼く。
背後の男に頭をもたせかけ体重を預けた。
「課長ー!!かちょおーッ!!どこですか?課長ぉぉぉー!」
どうやら、こちらへ向かってきているようだ。
男は立ち上がると、斉藤の声とは逆の方に去って行った。
―――男。ぼんやりとした後ろ姿だけでも、見間違うはずがない、BKー201。
爆風の中で見たのはやはり彼だったのだ。
眼鏡はひざの上に置かれていた。
「課長!ご無事でしたか」
ずっと捜しまわっていたのだろう。今にも泣き出しそうな斉藤に後ろめたさを感じつつ、
「大丈夫だ。心配ない。」
支えられながら、屋上の入り口へと向かう。
―――入り口。屋上へ辿り着いたときに自分が立っていたはずの場所は、あの爆発により大きく崩れていた。
(助けてくれたのか…)
あのときの呟き。
聞き違いではなかったのかもしれない。
『美咲さん、あまり無茶しないでください。』
おわり