―――――――総てはこの紅い痕から始まった。  
 
 
 
 
 
「はあはあはあはあ。」  
まだ息が上がってる。この私が毎回男より先にイカされるなんて。未だに信じられない。もう喰らい尽くす所か完全に喰われてる。  
バーの後の一夜から私達はこうして暇を見つけてはセックスしていた。  
所謂恋人同士という関係ではないのだと思う。そう呼ぶには甘さが足りない。本当にシてるだけでそれ以外何もしてないから。  
セックスをしたらお喋り――それこそ彼の好きな形而上学も含む――をして日常に戻る。  
これを繰り返しているだけ。  
「そんなに激しくしたつもりは無いのだけどな。」  
私の様子を見てた彼は言う。彼は汗をかいてはいるが殆ど息が上がってない。  
全く、どういう体力してんのよこのヒト。  
「シャワー。」  
「ん?」  
「シャワー浴びてくる。気持ち悪いから。それとも偶には一緒に浴びる?」  
「ああ。そうさせてもらおう。」  
「えっ!?」  
半分冗談だったんだけど。  
「女性からのご好意を無碍にするとは英国紳士として失格ですから。」  
「もう。適当に理由付けてるけど要は一緒に入りたいんじゃないの。いいわよ、そうしましょう。」  
私はバスタオルを手に取った。  
 
 
 
こういう間柄になっても私達は仕事中は可笑しいくらいお互い何食わぬ顔をしていた。  
傍から見ればこういう仲だと気づかなくても全然不思議ではないと思う。  
私はこれまで通り真面目で大人しい女を演じ、彼もエージェントの一人でしかない。同じボスを介した単なる同僚。  
でも一旦仕事を離れると・・・・・・、  
 
―――――それは共犯関係へと変わる。  
 
 
 
―――――― ザーーーッ ――――   
 
水が勢いよく噴出してタイルに弾かれる音がする。その中で唇を交わす音と微かな息遣いが響いていた。  
「ん・・・・・・」  
シャワールームに移動した私たちは抱き合い軽いキスを繰り返していた。  
勿論あの夜付けられた痕などとっくの昔に消えている。  
もう私は彼に縛られる理由も無くなったのに、いつの間にやらこんな状態になっていた。  
あんなに束縛されるのが嫌いだったのに・・・。もう自分自身のことなのにさっぱり訳が分からない。  
それに、自分でも不思議なくらい遊ばなくなった。というより、ソノ気が全く起きないのだ。  
今、身体を知っているのは本当に、彼だけ。  
「疲れたか?」  
「ううん、平気よ。どうして?」  
「さっきまで君、息が上がったままだったから」  
「アナタ巧すぎなのよ。あんなにシて平然としてられるアナタもどうかしてるわよ」  
「それは褒め言葉として受け取っていいのかな?」  
「モチロンよ」  
私達は再びキスをした。  
そうだ。彼は巧すぎるのだ。何処をどうすれば女が悦ぶのかを熟知している。  
この私が後にイった試しが無いんだから相当なもんだ。本当にこんなヒト初めてだ。  
でもセックスで主導権が取れないと分かっていても、何故か彼とシたくなる。  
私ってMだったっけ、と自分で自分に疑問を持ってしまう。  
彼はどうして私と一緒にいてくれるのかは分からない。相変わらず瓢瓢として考えを読ませてくれないから。  
しかし、それなりに得る物があるのだろう。契約者は合理的だし無駄な行動は取らないもの。  
 
「それにしても私が任務で留守にしている間に君まで契約者になっていたとはな。  
驚いたよ。」  
「・・・そうなのよ。」  
実は私はここ最近それのせいで気持ちが萎えていた。  
別に私はこの能力と対価は嫌じゃない。寧ろ彼のように嫌いな事を無理矢理やらずに済むのだからその点では不満は無い。  
ただ何が嫌かと言うと、  
 
――――――― 契約者になったということそれ自体。  
 
私は本当に厄介事が嫌いなのだ。とにかく面倒になるのが目に見えている。  
これでは普段大人しくしてても何の意味も成さなくなる。  
こんなのやるぐらいなら秘書やってた方が数十倍マシだ。  
「ねえ、私どうなるのかしら?」  
「そうだな・・・。暫くは研究機関にいてもらうことになるんじゃないか。  
何しろ上層部は新たな契約者のデータを欲しがっているからな。  
多分その後うちのエージェントになってもらう事になると思う。」  
「そうなの・・・・。」  
そう聞いて納得したそぶりを見せたが、私は内心焦っていた。  
つまり人間達の良いように使われるって事じゃないのよ。  
冗談じゃないわよ、私はモルモットじゃないんだから。利用されてたまるものですか。  
「――――――、ブリタ!」  
「・・・・・ん?」  
「大丈夫か?やはり疲れてるんじゃないのか?」  
いつの間にか意識が考える方に行ってたみたいだ。気がついたら彼が心配そうにしていた。  
いけない。相手がいるのに何やってんのよ、私。  
「ごめんなさい、本当に大丈夫。話を続けましょう。当分の間研究されるってことね。」  
「ああ。悪いが多分そうなるだろう。私のときも色々と面倒だった。」  
やばい。この様子だと本当に近々研究所とやらに連れて行かれそうだ。  
もう最悪だ。  
「ところで新人契約者ブリタ嬢の能力が何なのか是非お聞かせ願いたいな。  
契約者になったということは聞いているが、具体的なことは知らないんだ。」  
「さあ?何なのかしらね。」  
わざとはぐらかす。たまには私が優位に立たないと。  
「弱った。隠されてしまった。では、せめて対価が何なのかだけでも教えてもらえないかな?」  
「ふふっ、どうしても聞きたい?」  
「ああ、知りたいな」  
「これよ」  
私は彼に口付けた。濃厚に、ねっとりと舌を絡める。  
「・・・・艶めかしい対価だ」  
「あら、私は大歓迎よ。・・・・・・あん!ちょっ、と!?なに、してっ、の!?」  
でもどうやら私が深くキスをしたことで彼の中で火が点いてしまったらしい。  
彼は私の首筋を舌で愛撫しながら指を胸元に巡らせた。  
膨らみに辿り着くと、両の掌全体で包みやんわりと揉みしだいた。  
「う、ふぅん・・・・・」  
そのまま上気して紅く色づいた胸の先端を親指と人指し指で挟み前後に擦られた。  
「ああああ!いっ、あああ・・・・・」  
私が与えられる愉悦に感じていることを確認すると、彼は左手で私の身体を支え、空いた右手を体の曲線に沿って撫で降ろして行った。  
腋の下から体の横のラインを通って脇腹、腰、ヒップを通りそのまま内股へ辿り着いた。  
 
「あっ・・・・・。」  
彼の指がそこを確かめるように触る。  
そこには“3つのもの”が流れていた。シャワーの水と私の愛液と、もうひとつ、  
 
―――――先程の行為の残滓  
 
秘部から時折溢れ出しては内股を伝い、他のものと一緒にタイルに流れ落ちてゆく。  
「・・・まだ流れていたのか」  
そんなこと言いつつ凄く嬉しそうだ。  
「誰かさんがさっきたくさん出しましたからねー。」  
嫌味のつもりで言ってやった。が、彼には嫌味どころか更に熱に拍車をかけるものでしかなかったらしい。  
手が内股を這い上がり、秘部に中指と薬指を差し入れると内壁を擦った。  
「ああっ!!ひぃぃ・・・あああ!」  
いきなりされたから一際甲高い声で啼いてしまった。  
・・・・でも何か物足りない。  
そうだ、彼はわざと私の一番イイ所を外して触っている。意図的に私の熱が高まるように。  
ここまでしといて本当に意地の悪い男だ。  
その一方でイイ所にはちゃんと触れて欲しいという気持ちも過ぎる。  
「ね、えっ・・あっああ!わ、かっ、」  
私が物言いたげだと分かった彼は指を引き抜いた。  
先ほど以上に大量の液が出てくる感触がする。  
「あんっ!」  
「どうした?」  
「どうしたじゃないわよ!はあっはあ、分かってるんでしょ?意地悪しないで。」  
「何をいらついてるんだ?」  
「アナタこんな時まで誤魔化さないでよ!焦らさないで早くイカせてって言ってんの!」  
何でこんなことをわざわざ頼まなくてはならないのかと思う。でもしてくれるのを待ってる余裕など残ってなかった。  
早く触って欲しい、もうそれだけが脳を支配していた。  
「上出来だ」  
彼はフッ、と笑うと再び私のそこに指を入れた。  
今度はちゃんとイイ所を避けずに擦る。  
「ひぃああああ!!やああ!」  
そのまま中を掻き回す。同時に手前にある花芽を親指で刺激する。  
私は彼に腕を回して必死にしがみついた  
「ひい!あああああああ!!!も・・・う、あっ!ダ、メッ!!」  
頭の中を“なにか”が掠め、全身の毛がぞわっ、と逆立ったような気がして・・・・・  
「あああああああああああーーーーーーっ!!!」  
私は体を大きく痙攣させ、達した。  
 
 
 
「はあはあはあ…。アナタ、って、」  
息が落ち着いた頃私は彼に凭れかかったまま言った。  
「ん?」  
「アナタってとんでもないサディストね」  
彼はふっ、と小さく笑った。  
「失敬だな。ご婦人方に満足して頂けるように尽くしてるだけだよ。」  
「よく言うわよ」  
「本当だよ。・・・・・っ!ブリタ!?」  
何時までも余裕ぶってて悔しいから私は彼に悪戯してやることにした。  
彼のソレを握り先端を赤い舌を覗かせ緩急をつけて舐める。  
それから先走る液体を吸い出した。  
「はあ・・・・っ・・・」  
ちらっと上を見ると、さっきより紅潮した顔が。  
ああ、ゾクゾクする。気を良くした私はソレを銜えて頭を動かした。  
「うっ、くあっ・・・・・。もういい。」  
彼が顔を歪ませた。  
「分かった。じゃあ止める。」  
私は口を離した。もちろんこのままだと彼にとって拷問に近いことは知ってる。  
 
「言っとくけど、私の中では出させてあげないわよ。」  
「ブリタ」  
不満そうに見つめてくる。  
その顔、そそられる。胸がドキドキと高鳴ってきた。  
やっぱり私は完全にMにはなりきれ無いみたいだ。  
「ふふふっ。イきたい?」  
「言わずもがなだ。」  
「上等ね。」  
私は再びソレを握ると喉の奥の方まで銜えこんで刺激した。  
「ぐわっ!は・・あ・・。ブリタ、本当にもういい」  
彼が不意に私の頭を押さえ込んだ。  
「いいわよ。出して」  
私はソレを一際強く吸った。  
「う、くっ!・・・・・・・・」  
達して口の中に吐き出された精を私は飲み込んだ。  
 
「はあはあ・・・。何のつもりだ?」  
「何って、返礼よ。私攻められっぱなしって嫌いなのよね。ちょっとタチが悪かったかしら?」  
思わず笑みがこぼれた私に彼は苦笑した。  
「サディズムとマゾヒズムは紙一重とは言うが、君は本当にサディズム思考が強いようだ。」  
「そうなんだけど、でもMでもあるみたいなのよ。」  
「・・・本当に妙なご婦人だ。」  
「構わないでしょ?ね、そろそろ部屋に戻りましょう?またシたくなっちゃったから」  
私は欲望に忠実だ。さっきから身体が疼いて仕方が無いのだ。  
「またするのか。せっかくシャワー浴びてるのにか?」  
「誤魔化してもダメよ。アナタもソノ気があるんでしょう?  
というより、そもそも合理的に考えて一緒にシャワーを浴びてる時点でなし崩しにならない訳が無い、と。」  
私がそう告げると彼は肩を震わせた。  
「くくっ、そうだ。さすが契約者だ。よく分かっている。」  
「まあ一応、ですけどね。で、どうするの?」  
「いやここでいい。」  
「えっ、でも痛いのは嫌よ。」  
「どうとでもなるさ。」  
「もう。仕方ないわね。」  
 
出しっ放しになっていたシャワーの栓を閉めた。  
      
 
『やっとあなたも契約者になったんだね。』  
『・・・・?ええ、そうなんです・・・。』  
『嬉しそうには見えないけど、嫌なの?』  
『ええ、まあ・・・・。』  
『でもあなたは将来的にうちの組織の諜報活動で凄い才能を現すことになるんだけどね。』  
『・・・・さっきから何の話をしているのですか?フェブラリー』  
『ああ、ごめん。こっちの話だから気にしないで。ふふふっ、いきなりで突拍子も無いことの様に思われちゃうかも知れないけど聞いてくれる?』  
『どのようなことでしょうか?』  
『実はMI6はね、―――――――――――――――――――――』  
『・・・・・・冗談でしょう?』  
 
―――――何よ契約者がこの世から消えるって!?  
フェブラリーの語ったことに私は耳を疑った。  
 
 
 
 
 
 
 
「日本の警察の連中、漸く帰ったよ。」  
男は座って足をだらしなく投げ出しながら話しかけてきた。  
「何だったの?」  
「例の爆破テロが今度はうちを標的にするらしい。」  
・・・・そうか。漸く本物だったか。じゃあこんな所にいる場合じゃないわね。  
「そう。それで?」  
「それだけさ。具体的な証拠も何も無い。それっぽっちの情報でウチが国家機密を晒してまで協力を仰ぐと思ったのかねえ。」  
男はどういう訳か自慢げに語り出した。  
「でも危険じゃない?CIAにまでテロを仕掛けた連中でしょう?」  
「大丈夫。ここの警備主任は僕だ。抜かりはない。」  
男は立ち上がると、にやけながらこっちに近づいて来る。  
――――――――ああ、いつものアレか。  
そしてそのまま後ろに回り込んで肩に手を置き首筋に唇を滑らそうとした。  
「怖い?だったら忘れさせてあげるよ。いつものように・・・・・。」  
下衆が。  
任務だから構ってやってるだけなのに、私を恋人か何かだと思い込んでいるのだろう。勘違いも甚だしい。  
大体セックスだって物凄くヘタ。独りよがりでこっちのこと考えてないし。この男で満足した試しなど一度も無い。  
大したテクニックも持ってない癖に私を忘れさせられる訳無いでしょうが。思い上がりもいい所だ。  
まあ、今までだって任務で使ってやった相手はこういう馬鹿ばかりだったんだけど。  
「ブリタ」  
「色んなこと忘れる前に、大事な書類だけ出してくる。」  
私は咄嗟に離れた。噛ませ犬に餌をやり続ける必要は無いのだ。  
「ブリタ」  
「うふっ」  
ホント馬鹿。抜かりがあり過ぎよ。  
「待ってるよ。ハニー」  
あーあ。ネクタイを緩めちゃってソノ気満々みたいね。  
まあ、待ちたければそうするといい。私は当分戻って来ないから意味無いだろうけど。  
バイバイ。  
 
 
最近分かったことがある。よく考えるとこれまでの男は皆、所詮この程度ばっかりだったってこと。  
私も当時はそれが普通だと思ってたから気にも留めなかったけど。  
でも今はそれじゃダメ。全然満たされない。  
甘美で芳醇な蜜の味を覚えてしまったから・・・・・・・・・・。  
 
 
 
「やはり博士を連れ去ったのは君だったのか。」  
――――――――――――この声!  
 
 
 
「悪いわね、ここに白いのは置いてないのよ。代わりの持って来たからこれで我慢して。」  
全裸のまま椅子に腰掛けている彼に私は黒いスーツを差し出した。  
「ありがとう。感謝するよ。ところで君の方が先に服を着ているとは珍しいことになったものだな。」  
からかう様に言う彼。絶対知ってて言ってる。ここらへん、全く変わってない。相変わらず食えない男のようだ。  
「失礼ね。私だって常に裸って訳じゃ無いわよ。この後大事な会議だもの、着ないままって訳にはいかないでしょ?」  
「そうだったね。これは失礼。」  
「・・・・・・・・・・・」  
「・・・・・・・・・・・」  
急に沈黙が去来する。  
 
二人の間を通り、停滞する。  
 
空気が重い。  
 
時間が止まってしまったかの様に思えた。  
 
 
それを打破したのは彼の方だった。  
「・・・本当に暫く振りだな。」  
「ええホントそうね。」  
「君は相変わらずに見えるが、調子はどうだい?」  
 
――――――あっ、この会話ってあの時の・・・、バーの時の・・・。本当に懐かしい。  
私はあの時の彼を再現する。ひと呼吸置いて、声を低くなるべく似せる様にして、  
 
「『上々だよ。』」  
 
「ぶっ、クククッ、はははははははっ」  
彼は堪らなそうに大笑いした。  
「いやあ、失敬。ここであの時の私を真似るとは。やはり君は相変わらずのようだ。」  
「ええ、ホントに上々よ。アナタも変わらず、って感じかしら?」  
「ああ。私も上々だ。しかし、バー、か。懐かしいな。彼は今でも病気一つせずあの店を切り盛りしているよ。」  
「そうなんだ。良かったわね。」  
「私も久しくあそこには行って無い。任務で来た日本にそのまま留まったからな。  
彼とは話が途中だった。『反形而上学は形而上学足り得るのではないか』の実例を挙げていた。」  
「ウィトゲンシュタインだっけ?」  
「そうだ。話したことあったか。よく覚えていたな。随分と前だというのに。」  
「ふふふっ、何とかね。」  
嘘。何とかじゃない。ちゃんと覚えていた。  
彼はどんなことでも易しく噛み砕いて話してくれたから聞いてて面白かった。本当に頭の回転が早い人だと思っている。  
話だけじゃない、彼とのことははっきりと記憶に刻まれていた。  
唇の感触も、肌を巡る指先の熱さも、中で猛々しく突き上がるモノの動きも全て・・・・・。  
 
 
詰まる所、彼は総てに於いて極上だったのだ。  
彼と一緒に居たくなる、シたくなる――それはこんな単純なことだったのだ。  
何故もっと早く気付かなかったのかと思う。一緒にいたときは近すぎて分からなかったのだろうか。  
 
でも今更そんなこと言えない。その必要も無い。もう遅すぎる。  
 
「でも、アナタよく大使館の地下に来ようと思ったわね。あの場に来たからと言ってフェブラリーに会えるとも限らないでしょう?」  
私はさっきから疑問に思っていたことを口にした。  
「ああ。博士の掠われ方から確信を持っていた。」  
「どういう意味?」  
「《肉体のみ可能なテレポーテーション 》、そういう能力君を置いて他にはいない。君に会えば彼女に会えると思っていたよ。」  
ああ、なるほど。そういうことか。  
「・・・・・・ところで、」  
急に真剣な声に変わった。おそらくこっからが本題なのだろう。  
「まさかEPRに荷担していたとはな。匿われていたのか?道理で見つからなかった訳だ。」  
やっぱりその話になるか。まあ当然か、彼には黙って離れたし。  
「匿われてた、ってより自分から入ったのよ。合理的に判断してね。つかの間の快楽よりこっちを取ったってわけ。」  
「分からないな。」  
「あなたも分かるわよ。そのために彼女に会いに来たのでしょう?」  
「ではこの後じっくりフェブラリーに聞くとしよう。」  
そう。それでも私はアンバーを選んだのだ。自らの命の方が大事だから。  
「そんなことより、アナタも早く着ちゃいなさいよ。いつまでそんな恰好でいるつもり?」  
何だか知らないけど裸のまま堂々としてるし、こうして見てると妙な構図だ。  
「いや、もう暫くこのままでいるよ。」  
「・・・どういうつもりよ?」  
不可解なことを言ってる。何か得することでもあるわけ?  
 
「あの猫ちゃんにサプライズプレゼントをしようと思ってね。」  
 
アンバーが連れてきた猫のことか。猫の姿をしてるけど、あれは明らかに同じ契約者。私には分かる。  
未だに気絶したままソファーで丸くなってる。  
「悪趣味ね。」  
「君に言われたくはないさ。」  
 
 
 
 
『あなたはここを出た後、死ぬよ。』  
―――――――――ああ、そうなんだ・・・・・・・。  
 
 
 
ドールに観測霊を飛ばさせたら、たった今彼が――――ノーベンバー11が死んだと伝えられた。  
再会を喜んだのもつかの間、彼はこの世から完全にいなくなってしまった。  
でも不思議と悲しいとか、辛いという気持ちは無かった。  
アンバーの予知は絶対だ。時間を渡るのが能力だもの、未来が変わることなど有り得ない。  
こんな時人間だったら違った気持ちになっていたのかも知れない。セックスだけの合理的な関係だったにしろ涙くらいは流していたと思う。  
だけど今の私は契約者だ。人間の感情など能力を得たときに捨てて来た。  
今はただ合理的に判断、行動するのみ。自分の命を繋ぐため。ひいてはそれが他の契約者の為にもなる。  
それに私達の関係は私がEPRに入ったあの日に終わっているのだから今更彼のことなんてどうでもいい。  
―――――――――そう思っていたはずなのに・・・・・、でも、  
 
 
でも、どうしても会っておきたかった。最後にもう一度だけ。  
 
 
 
私は近くにいる最近入った中華系の男に話しかける。  
「ウェイ」  
「何ですか?」  
「私ちょっと外出てくる。大丈夫よ、そんなに時間掛からないから。」  
「いえ・・・、しかし――――」  
何か言おうとしてる。ごちゃごちゃ煩いわね。私は思わず声を荒げてしまった。  
「いいから黙って言うこと聞きなさい!」  
これにはさすがにこの無表情男も吃驚したらしい、一瞬僅かに眉を引き上げた。  
「・・!・・分かりました。でもアンバーには伝えますよ。」  
「ありがとう。そうしてくれて構わない。彼女、私達のボスだもの。」  
私は能力を発動した。  
 
 
 
人気の無い夜の通り道。  
観測霊が教えてくれた通りの位置に、彼が血塗れで倒れていた。  
私はそこに歩み寄る。見ると血の海の中に煙草の吸殻。  
嫌いな煙草も必死に吸ってたって訳か。最期まで対価を払おうとして。  
「・・・・無様ね。もっとマシな死に方無かったの?最高のエージェントにしてはカッコ悪いわよ。」  
ついいつもの調子で減らず口を叩いてしまう。願わくは彼が生きてて、昔みたいに軽く一蹴してくれるのを期待してしまった。  
でも、勿論返事など返って来なかった。  
「なーんてね、嘘よ。アナタって最っ高にイイオトコよ。正直こんな所で退場するのは勿体なさ過ぎるのよ。」  
ほんの遊びのつもりで声かけたのに最後にはこんな気持ちになってるとはね。喰ってやろうと思ってた頃が嘘みたいだ。  
「こんなに私を愉しませてくれたのはアナタが最初で最後よ、多分。ありがとう。」  
さっきから死んだ人間相手に何やってるのだと思う。答など返ってくる訳無いのに。明らかに合理的では無い。でも何故かそうせずにはいられなかった。  
跪いてキスをする。対価の支払いのつもりじゃない。私が本当にしたいキス。  
鉄錆の味がする。まずい。けれど嫌な気持ちはしなかった。  
「・・・安らかに眠ってよね。」  
立ち上がって最後にもう一度彼を見た。  
 
「じゃあね。」  
私は彼に餞別を送ると再びテレポートした。  
 
Fin.  
 
 

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