『・・さて、今日12月24日はクリスマスイブですね!原宿竹下通りにいる小林アナと中継が繋がっています。小林さ〜ん!』  
『・・・はーい、小林です!私は今、原宿の竹下通りに来ています。もう・・ご覧ください!この人、人、人!さすがにクリスマスイブとあって大勢の方々が買い物を楽しんでいるようです。――――』  
 
そうか今日はそんな日だったか、とソファーに寝っころがって呆けーっとテレビを見ていた凱はそう思った。  
ここ十数年でクリスマスなぞという感覚は見事に無くなり、12月24日は「後8日で正月」という日でしかない。  
クリスマスという時季の所為なのかは良く分からないが、今日は朝から全く来客もないし、それにこれだ!というやるべきデスクワークも無い。  
そんな訳で今の自分にはテレビしか無い、とまだ午後3時を回ったばかりだというのにこうして何もせず、ただ何となくテレビを眺めているという状態が朝から続いている。  
それにしても、自分は独身、女ナシ、且つ今無茶苦茶暇を持て余しているのにテレビの中の連中ときたら男と女が睦まじげに手を組んでべったりくっつきながら街を歩いている。  
――――くっそー、いちゃいちゃ手を組みやがって。癪に障るぜ。――――  
とか思いつつ、まだ青い頃自分にもこんな男と女の甘い時期があったことをふと思い出した。  
あの頃はもうすぐクリスマスだ、と今か今かと心待ちにしていたと同時に、ここぞとばかりに奮発して普段ではまず有り得ない高級レストランのディナーを予約しようか、相手に何かプレゼントを贈ろうか、と頭を悩ませたものだ  
が、今となっては恋愛氷河期というか、付き合っている女もなく苦しい財政で探偵業に励む毎日である。  
まあ、どうでもいいか。今の自分には若い頃から優作で培われたハードボイルド精神と上京したときに田舎から持って来た聖子ちゃんのカセットテープがある。そして何よりも愛する煙草を忘れてはいけない。  
恋愛は時として厄介なこともあるが、これらは一度たりとて自分を裏切ったことは無い。  
色恋なんて面倒なこと当分いらないか。凱はそう思い直した。  
というよりそもそもクリスマスなんて若い奴が浮かれることだ。そういえば、ここにも若いのが一人いたのを今更ながら思い出した。バイトで雇っているピンク頭の助手。  
若いのには大事な日のはずなのに今日ここにいて不満は無いのか、という疑問が頭を過った。  
体を起こして机に向かっている彼女に話しかける。いつものようにPCでアニメを見ているのではなく、なにやらカタログらしきものを一心不乱に見ている。珍しい現象だ。  
「おーい、今日クリスマスだぞ。」  
 
「・・・・・」  
「聞こえなかったか、キコ」  
「ボス話しかけないでクダサイ。今すっごい大事なとこなんデス。」  
「なーにが大事なとこだ。どうせ何とかとか言うアニメの漫画だろ、それ?」  
「・・・・・」  
完璧無視された。雇い主より現実にありもしない男同士の絡みの方が重要なのか。(オエッ)  
自分は曲がりなりにも、というより立派にこのピンクの上司なのだが行動はいつもと違っても態度のデカさは相変わらず。ナメられているのだろうか。  
そんな風に呆れていることも露知らず、当の本人はブースだの、人気サークルだの、順番待ちだのさっきから意味不明なことを盛んにブツブツ呟いている。  
 
「よし!決めたデス!早速マユとも相談しなくちゃデス。やっぱ計画立てるのは疲れマスねー。はあ〜、取り敢えずはスッキリしたデス。・・・・で、話って何だったんデスか、ボス?」  
「なーーーにがスッキリしただ!クリスマスだぞー、彼氏の一人や二人といちゃいちゃしなくていいのかね、ペチャパイ君」  
「ペチャパイ余計デスよ。」  
間髪いれずに返事が返ってくる。まあ、ペチャパイ云々でムキになるのはいつものことだが。  
「うにゅ〜〜、キコはクリスマスの奇跡で人間になったモーリスとゴローがいちゃラブしてくれればそれでいーんデスよ。や〜〜ん!言っちゃったあ!!もう言わせないでくだサイよ〜、ボス!恥ずかしいじゃないデスかあ〜」  
何だか訳分からんが喜んでいる。言わせたって主張してるが、大体そっちが勝手に言ったのではないか。寒さで脳がイっちゃたらしい。  
といいつつ、キコは視線を不自然に何度も逸らしている。どうやら彼氏が居ない事を多少は気にしていたらしい。やばい、うっかり変なこと言ってしまったか。  
 
「・・・あの美しい鎖骨のイケメンお兄さん、元気にしてマスかね?」  
はしゃいでたのに一転しんみりしてキコが言った。自分が彼氏といった所為で思い出してしまったらしい。  
「今頃どっかで彼女サンと楽しくしてるんでしょうかね?」  
そうなのだ、あの中国人留学生の青年とは何故か全く会わなくなってしまったのだ。前は度々道端や行きつけの中華料理店ばったり出会っていたものだが。  
最後に彼と会話したのは焼肉代のピンチを救ってもらった時だからもう大分前になる。  
あのときの焼肉代、いつでも返せるように財布に金は用意してあるのだが、出会わないことには返すものも返せない。  
 
「さあな。俺の分かることじゃねえ。彼のことだ、何処かで真面目に仕事に精を出してるんだろうよ。・・心配すんな、キコ」  
「・・・・・・・・・」  
   
黙ってしまった。尤も自分の言ったことも何の証拠もないのだが。本当にただの推測。  
でも、彼はしっかり何処かで生活してる気がする。これも確証はないがなんとなく、そんな気がした。  
「・・・・出かけるぞキコ。仕度しろ。」  
「・・・・・へっ?何デスか?急に」  
「チキン買いに行くんだよ。クリスマスだろ。俺の奢りだ。感謝しろよ。」  
そう言って凱は某有名フライドチキンチェーンの名を挙げる。  
「なんでまた?しかもボスの口からクリスマスなんて単語、聞けるなんて思いませんデシた。」  
「ごちゃごちゃうるさいぞ。いらないのか?」  
「あ゛ー欲しいデス!行きマス!」  
キコは奥の部屋に掛けてあるコートとマフラーを取りに行ってしまった。  
彼女が彼のことを思い出してしまったのは自分が原因だし、それに変な娘だが元気が取り柄のキコが沈んでいるの見るのはこっちも気まずい。  
お詫びと言っては語弊があるが彼女を元気づけられれば、と思ったらそんな言葉が口から出た。  
チキンと言ったのは単純に彼女は鶏肉が好物だから。本当にそれだけ。  
そしたら偶然世間の行事と重なってしまった。結果的にうっかりクリスマス祝うことになってしまった。やる気なかったのに。  
「ボス、準備出来マシタ!あ、キコもう決めマシタよ。キコはチキン5ピースとポテト2つで!」  
「ちょっ、お前っ!一人でそんなに食う気なのか!?」  
「やだなぁ〜ボス〜、違いマスよ。一人でそんなに食べれるわけ無いデスよ。キコの家族の分に決まってるじゃないデスか。」  
「家族の分って・・。買いすぎだぞ!お前なぁ・・俺の財布のことも少しは考えろよ。」  
思わず頭を抱えてしまう。  
「えっ・・ふふんっ、ボ〜ス〜、キコ知ってますよお〜。ボスの財布の中身最近大漁じゃないですか〜」  
誇らしげに語るキコ。ってか何でこいつが自分の財布の事情を知っているんだ。  
「お前っ!・・・なんで俺の財布のことを・・。これは返すためにだなあ―――」  
「ハイハイ、もう行きまショ行きまショ。今日はすごい人いっぱいかもデスねー」  
キコは人の話を聞かずに足早に出て行ってしまった。本当に調子の良い娘だ。  
「ったくー、なんだあいつは。」  
でも、元気が戻ったみたいで良かった。しかしこれから払わせられる財布の中身を考えると怖いが。  
ずっと付けっぱなしになっていたテレビを消す。厚手のジャケットを羽織り、お気に入りの帽子を被る。  
準備完了。  
 
ま、こういう日もたまには悪くはないか  
 
 

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