秋が終わり、肌寒い季節の節目。
黒が目を覚ますと、枕元の目覚まし時計の短針は7の数字を指していた。
身を起こそうとすると部屋の冷えきった空気が肌に触れて思わず身震いしてしまう。
―――たまには、、、悪くないか、、、。
黒は体を横にしたまま、冬布団を体に巻き付け直して首だけ窓に向けて空を覗き込む。
少し曇った空は薄暗く広がっており、低くたちこめるそれは重く世界にのしかかっていた。
すると、ぽつぽつと雨が降ってきた。
少し気が重くなったので、窓から視線をそらして正面を見据える。
―――視界の端に入るのは緋。
ゲートに彼女と共に行き、そこで彼女は全てを思い出したが、能力は遂に最後までもどらなかった。
その直後にMI-6に襲撃を受け、黒は彼女の手を握ってここまで逃げてきたのだった。
彼女はここに入ると気が抜けたのか、ペタリと畳に座り込んだ。
そのまま暫く視線は空をさまよっていたが、思い出したように黙って壁に身を預けている黒の瞳を見た。
二人の視線が合うと、ゆっくりと黒の元に近寄り、黒いコートでごわごわした胸に顔を押し付けて、半ば倒れるように寄りかかった。
黒は何も言わず、黒い手袋を外し、微かに震える彼女の背中に手を回してやる。
緋色の艶やかな髪が首に当たる。
災厄と言われた存在は、男の腕の中にすっぽり収まり、丸くなって寄り添う女でしかない。
暫くそのまましていると緋色の髪が動き、幾分生気を取り戻した顔が上げられた。
「お前の腕の中は温かいんだな」
ぎこちない笑顔で彼女はそう告げた。
黒は少し表情を緩ませて、彼女の髪をくしゃくしゃに撫でてやる。
その後、布団を敷いてやり、休むように促して灯りを消して自分は壁に背を預ける。
「お前はそれで寝るのか?」
「大丈夫だ、慣れている」
そう言って黒はコートを体に巻き付け直し、頭を前に傾けて目を閉じる。
そうすると、今更の様にどっと疲れが出てきてまどろみに呑まれてくる。
そうしていると、ふっと自分の前が微かに暗くなる。
顔を上げてみると、緋。
「こっちに来いよ、寒いんだ」
「何でお前と一緒に寝な――」
その言葉は塞がれた唇に消えていく。
黒は少し呆然としていたが、彼女の穏やかな笑顔を見ると何も言い返せなかった。
「なっ?」
「本当に変だ、これで4回目か」
そう言いつつ彼女の手を握り、腰を浮かせる。
布団に入ると緋色は頭を首に寄せて丸くなった。
黒は少し目を見開いたが、最早なにも言う気になれず、黙って腕を回して頭の上にぽんと手を乗せてやる。
「なぁ」
「何だ」
緋色は目を閉じたまま静かに、穏やかな表情で問いかける。
「お前は本当に契約者なのか?」
「そうだ」
「ならば、何故私はその契約者の心にこんなにも温められるんだ」
「………それはお前が人間だからだろう」
「違う」
あまりにもはっきりと即答され、黒は少し目を見開き、あごを引いて彼女を見る。
こちらを見上げる緋色と目が合う。
彼女は少し含んだ笑顔を浮かべてこちらを見つめている。
少し気恥ずかしくなり、目を反らす。
「何だ、、、、お前正か、、、」
「うるさい」
「ふふ…、契約者も人間だ。感情もあれば意志もある。ただ、薄く透き通っているだけだ。ただ、、、お前は人間なのかもな」
「―――だから、俺は契約者だ」
「そうだ、お前は契約者だ。ただ、同時に人間でもあると思うんだ。契約者、人間……、どちらも持ち合わせた変なヤツなんだよ、お前は」
暫く黙って低い天井を見上げていたが、一言、零れ落ちた。
「本当に変だ」
「―――あぁ」
――――本当に。
そう最後に思って、深く温かなまどろみに落ちていった。
番外編
「見つけた」
「! 今何処に居る!」
「黒の部屋」
「あいつ帰ってたのかよ!」
「彼女も一緒に居る…」
「そうか、黄に連絡しておいてくれ。 俺は様子を見てくる」
「待って」
「?」
「私も行く」
「そうか、じゃあ行こうか」
――――海月荘
視界に飛び込んで来たのはひとつ布団の中で抱き合って寝ている黒とハボック。
「黒!!任務放棄して女と寝るとは良い度胸してるな………!、銀からも何かいっ――」
猫は銀を振り向くと、最後まで言葉をつむげなかった。
そこには、水を並々張ったタライを担ぎ上げた銀の姿が飛び込んできたからだ。
猫が驚きのあまり口をパクパクしていると、次の瞬間、空いた口が塞がらなくなった。
背筋が凍るような微笑を浮かべた天使がそこには立っていた。
―――そのままの笑顔で銀は全力でタライの中身をぶちまけた。
―終―