気が重い。というのも、初めて繋がったあの日以来、アンバーが自分を避けている気がするからだ。
二人の時間を作るどころか、話すことすら出来ない有様である。
自分は、何かアイツの機嫌を悪くすることでもしただろうか。
そろそろしっかり話をして、縁りを戻したいと思っていた矢先、アンバーから一本の電話が入った。
『黒、今から私の家に来てくれる?』
唯一言そう言って、アンバーは電話切った。
電話を聞いてから十分、黒はアンバーの家の前にいた。
インターホンを鳴らすと、アンバーがドアを開ける。
しかしその表情は硬く、とても仲直りをしようとしているようには見えなかった。
「・・・今日は貴方に話したいことがあって呼んだの」
まるで心の内を頑なに隠すように、アンバーは部屋に招き入れずに玄関でいきなり本題を切り出してきた。
酷く胸騒ぎがする。なぜか、アンバーの話を聞きたくなかった。
そんな思いを嘲笑うかのように、アンバーは喋り始める。
「私達そろそろ潮時だと思う。だから、この関係も・・・」
「なんで、」
「黒?」
「なんでだ!俺がお前に・・・なにか悪いことをしたからか!?」
突然の別れの宣告に、自分でも驚くほど大声を出していた。唯アンバーが自分から離れることが怖かった。
黒の言葉に、アンバーは辛そうな顔をしながら否定の言葉を発した。
「ううん。黒は何も悪くない。寧ろ、悪いのは私。」
「・・・どういうことだ?」
「私は、貴方と恋人同士になっても深入りし過ぎないように注意してた。でも・・・初めて繋がったあの日から、黒のことが段々恋しくなってきて、いつも黒のことを考える様になって・・・。」
アンバーの表情がみるみる悲壮感に彩られていく。
「ふと思ったの。もし、貴方に明日から会えなくなったら私はどうなるんだろうって。」
お互いに次の日の出が拝めるかもわからない生き方である。
こうして玄関で話しているのさえ、一つの奇跡だった。
「そうしたら、怖くなった。これ以上黒を愛してしまったら、貴方を失った時私はその先を生きていくことなんて出来ないんじゃないかって。だから、」
アンバーの瞳には涙が溜まり、今にも零れ落ちそうだ。
普段、けして他人に弱い所を見せず、飄々としている彼女が見せる涙。
その姿が、どんな負傷者よりも痛々しくて。
だからその雫が川を形作ってしまう前に、黒は彼女を引き寄せ、強く抱きしめた。
「・・・酷いよ黒。こんなことされたら、ますます好きに、んっ・・・!」
非難の声が終わる前に、黒はアンバーの唇に自分の唇で栓をした。
「大丈夫だ。俺は死なない。」
直ぐに唇を放すと、黒は静かに、しかしはっきりと宣言する。
返って来たのは多分の呆れと、少しの嬉しさの籠った言葉。
「普通の人間が契約者相手に、銃も持たないで戦ってるのに良く言えるね。どうかしてるよ。」
「契約者なのに恋人を作って、涙まで流すお前も相当どうかしてるだろう?」
皮肉を言っている筈なのに、そこに生まれるのは抜けるような笑顔だった。
「大好きだ、アンバー。」
その笑顔のまま告げられた告白に、アンバーの顔が真っ赤になる。
「ズルイな黒は。そんな恥ずかしい台詞平気で言えて。」
何時もの雪の様に白い肌のアンバーも綺麗だが、真っ赤になった彼女も黄緑色の髪に赤い顔が良く映えてまるで苺のようにカワイイ。
「それぐらいお前に惚れてるんだよ、アンバー。」
そう言ってまた唇を重ねる。
「ん・・・。」
今度はアンバーも黒の腰に手を回して、互いに引き寄せ合う。
(くちゅ・・・にちゃ・・・)
アンバーの口内に舌を侵入させ、優しく彼女の舌を愛撫する。アンバーも、ゆったりと、しかし積極的に舌をからませる。
淫らな水音を出すのみで、激しい喘ぎ声とは無縁の優しいキス。
名残惜しそうに離れた両岸には、銀色の橋が架かる。
「分かってる?私は別れようと思って貴方をここに呼んだんだよ?なのに・・・。」
「知ってる。でも・・・今はどうなんだ?」
「・・・離れたく無い。」
それを聞いた黒は、どうしようもない位嬉しそうだ。
「本当にズルイね黒は、自分でそう仕向けた癖に。」
なんのことだ?ととぼける黒に、更に言葉を重ねる。
「そういうのを魔性の男って言うんだよ?」
自分がこの男のせいで一週間も辛い思いをしてきて、苦渋の決断さえも一瞬で折られてせまった。
悔しいと思う反面、黒が確実に自分の中に住み着いていて、どうやっても追い出すことなど出来ないと実感した。
「黒、・・・その、わっ!」
もじもじしている間に、黒に抱き上げられる。所謂お姫様ダッコである。
「ちょっ・・・何!?」
「続きがしたくなったから、嫌か?」
その言葉に再び苺のようになったアンバーは、ブンブンと首を横に振る。
抱かれた態勢から見える黒の顔が何時もにまして格好良く見えるのが不思議だ。
アンバーをベッドに下ろすと、黒は彼女の服を脱がし始めた。
「大丈夫だよ、自分で脱げるから・・・。」
「いや、俺に脱がせさせてくれ。」
そう言いながら、彼女の上着を丁寧に脱がしていく。
「俺がどれだけ本気かってこと、伝えたいから。」
服を脱がしながら、雪のように白い首筋を舐める。
「ひゃう!」
黒は一週間前の行為を悔いていた。いくら初めてだったとは言え、前半はアンバーに任せきりで、後半は本能のまま乱暴に犯してしまった。
次にする時は優しくしてやりたい。そう思って《幸せなSEX 実戦編初級》という怪しい本を買って勉強もした。
その成果を、今見せなくてどうするのか。黒は《幸せなSEX》のページを頭の中でめくりながら、アンバーの最後に身に纏っていた下着を脱がす。
「黒も・・・脱いで。」
黒だけ未だに一枚も服を脱いでないのが悔しいのか、アンバーは少し脹れっ面で言う。
本人は抗議のつもりかも知れないが、既に感じ始めた故の艶のある声と苺のような顔のせいで、甘えているようにしか聞こえない。
黒は、某猿顔大泥棒も真っ青の速さで服を脱ぐと、アンバーへの本格的な愛撫を始めた。
小鳥をいたわるように優しく、黒の手がアンバーの胸に触れる。
「あんっ!」
自分の出した嬌声に、アンバーは思わず口を塞いだ。軽く触れられただけだというのに、ここまで感じてしまう自分に驚く。
「大丈夫か?」
予想以上の反応に、黒が彼女の顔を心配そうに覗き込む。
「ん、平気。変な声出してごめんね。」
「気にするな。その・・・、可愛かった。」
言いながら、頬を赤らめてそっぽを向く黒。
「黒・・・。」
黒はアンバーがなぜ優しくされるのに弱いか勘付いていた。今まで彼女にとって、行為は任務だった。
好きでもない男に抱かれる。優しさとは火と水程もかけ離れたものだっただろう。
だから、彼女に行為が安らげる、愛で満ちたものだと教えてやりたい。前回は気付けなか
気付けなかったから、今度こそ。
「その声、もっと聞きたい。」
「え、ひゃんっ!」
そう言うと黒は口で首筋、右手で胸を、そして空いた左手で秘部を愛撫し始めた。前回と同じく、アンバーが最も感じ易い場所だ。今度は優しく、丁寧に。
黒は自分に言い聞かせるように心の中で呟きながら責める。
「ひんっ、ああ!」
アンバーは快感の波に流されんと必死だった。
前回とは違い優しくされているというのに、自分の身体は情けないくらいに感じていた。
優しくされることから生み出される切なさと暖かさから、ますます彼を求めてしまう。
「黒・・・、黒ぃ!」
気がつくと、母の温もりを求める幼児のように、黒に強く抱きついていた。
契約者でも、沢山の男に身を穢されていても、そして恐怖から愛を拒絶しようとした自分でさえも、追いかけて抱きとめてくれた、最愛の人。
どうしようもなく恋しくて、愛おしくて。
「黒、大好き・・・、大好きだよ・・・。」
気の利いた、洒落た言い回しなど出てはこない。ただ自分の想いを、拙い言葉で伝える。
「俺もだ、アンバー。」
黒は驚くでも引き剥がすでもなく、胸がドキドキするような笑顔でアンバーの髪を撫でる。
「・・・んっ。」
三度目のキスはアンバーからのものだった。感じているせいか、口内に侵入した舌の動きは緩慢で、黒の舌は簡単にそれを捉える。
「んふ、ふぁん・・・。」
黒は先程まで横にいたアンバーを下に敷き、包むように右手で抱く。
左手で秘部を、舌で口内を愛撫され、アンバーは微温湯のような快感に包まれる。それは少しの苦しみも痛みも混じらない安心出来る感覚。
このまま彼と、この温もりにずっと浸かっていたかった。
「黒・・・、そろそろ、限界・・・。」
「・・・いいのか?」
「うん・・・、入れて。」
アンバーは避妊剤を飲んでいないだろうし、ここにはコンドームもない。
妊娠などしてしまったら、ますます彼女の恐れが大きくなってしまわないか。
黒の心配は最もだが、彼女をその気にさせたのが彼なのだから仕方ない。
何より、ここまで自分を愛してくれている相手に退いたら男が廃るというものだ。
黒は初めて契約者と戦った時にも飲まなかった生唾を飲む。
「じゃあ、いくぞ。」
「うん、他のことなんて考えられなくなるぐらい、貴方を感じさせて・・・。」
うっとりした顔で、黒が入れ易いように両足を上げ、指で秘部を拡げる。その動作だけでも感じるようで、小さな喘ぎ声を上げる。
目の前に現れた秘部に、黒は自分のモノを入れた。さっきまで秘部と接していた箇所のシーツは、水を含んだスポンジよりも濡れていた。
「はぁん、あんっ!」
アンバーはこれまでに無い位甘い声を上げた。どうやら軽くイったようだ。
黒は力の抜けた彼女の足を開かせ、自分の両サイドに下ろさせると、体重を掛けない程度に覆い被さる。
相手を少しでも近くに感じたいのは、黒も同じだった。
「ん、ふっ・・・黒ぃ。」
腰をゆっくりと動かしながら、何度もついばむように唇を重ねる。共に感じている二人に、銀色の橋を掛ける余裕は無かった。
「くっ、アンバー少しキツい、このままだと・・・。」
「いいよ、ん、そのまま中に出して。」
アンバーは黒の首に腕を巻くと、強く引き寄せた。それと同時に黒の腰の動きが激しくなる。
「すごい、奥まで当たって・・・!」
「出すぞ、アンバー!」
「はぁ、あっああああああああああっ!!!」
まるで白の電撃を受けたかのように激しく痙攣するアンバー。黒はそれをしっかりと抱きしめる。二度目だというのに、黒は初めてアンバーと結ばれた気がした。
「黒・・・?」
二人で繋がったままイった余韻に浸っている中、アンバーが黒の胸から顔を上げて呟いた。
「なんだ?」
「・・・絶対、死んだりしないでね。約束して。」
幸せの微温湯に浸かっていた黒も、彼女の真剣な声に真顔になる。が、直ぐ抜けるような笑顔になった。
「ああ、約束する。それに俺は、もうこの戦争が終わった後のことも考えているから。」
「後のこと?」
アンバーが不思議そうに首を傾げると、彼は嬉しそうに頷いた。
「ああ、アンバーと白と俺と三人で、どこか遠くの平和な所に行きたいんだ。・・・お前はどんな所が良い?」
当然のように、夢物語のようなことを語る黒。でもその笑顔が眩しくて、アンバーは茶化すことなく真面目に答えた。
「そうね・・・。海が見えて静かな丘の上の、白い家に住みたいかな。」
「お前・・・、案外ロマンチストなんだな。」
「黒だって、いきなりそんな話するなんて、ロマンチストじゃない?」
そう言って、互いに笑う。いつか、その日がくることを二人信じて疑わない。
「アンバー、俺からも一つ言っておくことがある。」
「ん?」
「もう一人でなんか悩めないくらい、一緒にいるつもりだからな、ずっと・・・。」
黒の言葉に、アンバーのやっと治まってきた顔の熱が再び急上昇する。
年下の恋人に、こうも良いようにドキドキさせられるのが悔しい。
「望む所。」
二人は一緒に笑って、互いの隙間を無くすように強く抱き合う。
二度とこの人と離れないと心に誓いながら、アンバーは深い眠りについた。
「ん・・・。」
「起きたかアンバー。」
アンバーと呼ばれた少女は、仮住まいのマンションのソファーで目を覚ました。
横を向けば雨霧が卵を茹でている。アンバーはベランダに出た、眠気を夜風で吹き飛ばす。
見上げれば偽りの星達が瞬いていた。アンバーはそれが嫌いだった。
理由は簡単、黒が嫌いな物だからだ。だが一つだけ、好きな星がある、BK201黒の星だ。
その星に喋りかける。
「あの時からなんだよ。黒のためなら、その笑顔のためならなんだって出来るって思ったの。必ず、貴方のこと幸せにしてみせるから。」
「何か言ったかアンバー?」
雨霧が鍋の中の茹で汁を流しながらこちらを見ていた。
「うんん、何でもない。・・・じゃあ、行ってくるね。」
――――例え、幸せになった貴方の横に、私の姿が無くとも
そう心の中で呟いて、アンバー夜の東京へと、消えていった。