「私は毎回、あいつに強姦だか獣姦だかわからない抱かれ方してるんだが」  
緋色の女は、緑色の女に溜め息混じりで言った。  
 
「そう・・・なの」  
―――彼女の身体に、私には吐き出せないモノを吐き出している。  
緑色の女はそう思った。  
 
明日からの任務の打ち合わせに、彼女の部屋を訪れただけのつもりだった。  
それがいつの間にかこんな話に発展したのは、酒が手伝っていたせいだろう。  
 
だが、自分の恋人が他の女をどんな風に抱いているか、そんな話を聞かされる羽目になるとは。  
 
誰を抱く、誰に抱かれた、そんなことに一喜一憂する感性自体を持ち合わせていない―――からなのか。こんな事を平然と口にするのは。  
彼女も私も契約者なのに、私には彼女のような真似は到底出来そうにない。  
・・・彼女と同じで、私も、彼以外の男に抱かれたことは何度もあるけれど。  
 
「そうそう、指が痛いな。向かい合って組み合った時なんかいつもだ。初めて指を搦めた時なんか、折られるかと思った」  
 
――――全然違う。私に搦める彼の指先は、とっても優しい。  
 
「ま、アザや噛み痕、爪痕は今の男に薄幸の女で通すのに役立っているがな」  
「・・・・・それだけ?」  
 
「?」  
質問の意味自体がわからない―――そんな顔をして、緋色の女はボトルの中身をグラスに注いだ。  
 
――――そうよね、契約者に好きも嫌いも無いのよね・・・  
自分の感性の方が、契約者としてはむしろ異質なのだと思う。  
いつも意識していたことである。  
それは時として優越感を伴ったが、今は違う。  
 
「羨ましい」  
そして、妬ましくもあった。  
 
―――無感情な相手だから、黒は素直になれるの?―――  
 
全てを曝す相手が私じゃないなんて。  
 
「?何が?」  
やっぱり意味がわからない―――緋色の女はそんな顔だった。  
 
「この間は特に酷かった。」  
緋色の女は、緑色の女を見据えた。  
「ひっぱたいて服を毟って、爪痕つけて歯形残して・・・獣かあいつは。いや、いつもの事だが度合いが違う。その上、足腰立たなくなるまでやるし。おかげで、次の日は身体の節々が痛かった」  
 
―――黒に何があった?  
 
「知ってるんだろ。私には何も言わないがな」  
何か苛ついたり、厭なことでもあると、それがすぐに抱き方に顕れる。  
毎回ツケが回ってくる。  
―――この前のあれは、ただごとじゃあ無い。  
やはり、原因は  
 
「わかるのね。黒に何があったのか」  
―――あの人がいつも本音を晒せるヒトだから。  
 
緑色の女は、少し寂しげな眼をして微笑んだ。  
 
「白を」  
緑色の女の口から紡がれる言葉が意味を為す前に、緋色の女は言った  
「またか」  
 
 
「で、どっちだ。愛憎、どちらが勝った話なんだ」  
 
 
黒に何があったのか、白に何をしたのか。  
 
 
緑色の女が先日の事柄を話し終えると、一時の沈黙が流れた。  
その沈黙を破ったのは、緋色の女の方からだった。  
「―――以前、私と黒と、白で任務についた事があった」  
 
その時の事だ。  
 
「詳細を省くと、あいつ、白を犯しかけた」  
「なっ・・・」  
 
でもな、それだけじゃ無かった。  
 
「白は、全く抵抗しなかった。それどころか、笑ってた」  
 
私は、黒の頭を足蹴にして止めた。  
結局それは、敵の精神感応能力の仕業だったんだが―――。  
 
「その能力はな、感情を局所的に増幅する―――特に、潜在的に抱えている不安や願望を顕在化させる―――そういう力だそうだ」  
 
その契約者は、それで二人に殺し合いをさせるつもりだったんだろう。  
黒と白。  
兄と妹。  
人間と契約者。  
異質なモノの組み合わせ。  
奥底には恐怖感と殺意がきっとあるだろう―――とな。  
 
でも、結果は  
 
「じゃあ、黒と白は」  
「そうなるだろう。あの二人、腹の奥底ではお互いに」  
紅色の唇から言葉が紡がれる前に、緑色の女は人差し指でそっと封をした。  
「・・・それ以上はやめて。聞きたくない」  
「わかってる。これ以上、火種を抱えるのは私もゴメンだ。その時の二人の記憶は、MEで少しばかり改竄した」  
 
「お互い操られて、思いもしないことを思わされた―――それで良いんだ。あの子とあいつ、そしてあいつの恋人のために」  
彼女は、私に目を合わせずに呟いた。  
 
「・・・ありがと」  
彼女の口からそんな心遣いが聞けるとは。  
そんなこと、私は思っていなかった。  
 
「感謝されてもな」  
それは、私が初めて見る彼女の顔だった。  
照れ臭い―――自分ならそう思った時にする表情だ。  
「別に、情で動いたわけじゃない。厄介事は少ない方がいいと、そう思っただけなんだからさ」  
 
―――ホント、味気ない女だな。私は。つまらない。  
 
そう言って、緋色の女はグラスの中身を飲み干した。  
 
「ま、あいつもオスだからたまってたってことで」  
緋色の女は、緑色の女にもグラスを勧める。  
「うん・・・そうだよね」  
夜が更けるに連れて、空になるボトルの数も増えた。  
緋色の女は更に酔いが深まったが、緑色の女は顔を紅くする気配も無かった。  
 
「私、ちょっと飛んでくる」  
 
その言葉は、緋色の女の耳には届かなかった。  
届くべきだったのだが。  
 
「前の夜、あいつ、しつこくってさぁ。仕事があるって言ったのに。それも4,5回蹴り倒したくらいじゃ諦めなくて、力ずくで追い払ったな。威嚇で家具を破裂させたら流石に怖くなったのか、引き下がった」  
 
――――ったく、お前は種馬かっつーの。おかげで無駄な対価を払った。  
 
ふと、顔から急に酔いが消えた。  
 
「そういえばあの任務、白が私に変装して・・・あれ?私、誰と話してたんだ?」  
 
「君はいつまで経っても美しいんだな、フェブラリ」  
金髪碧眼の男の笑顔。  
ベッドの中、私はノーベンバー11の耳元で囁いた。  
「ねぇ・・・一つ質問。兄妹愛について」  
 
 
 
「・・・という神話的考察、心理学的考察もある。しかし生物学的に、男が女に、女が男に欲情するのは普通だろう」  
「そう・・・なの」  
「近親交配なんて家畜なら珍しくもない。発情するならする、それだけのことじゃないのか?」  
「そう・・・なのかしら、やっぱり」  
「どうしたんだい?」  
「ううん。何でもない。ちょっとのど渇いたから」  
 
――――もうひとっ飛びね。  
 
 
「まぁ脳科学の観点から言えば、『こころ』という『物』は無いんだ。無い物を探っても、何も出てこないよ・・・・・・おや?私は何故裸なんだ?」  
 
「嘘八百を信じ込ませて崇め奉らせるのが私の仕事なんだ。・・・人の気持ちなんて、舌先三寸程度でどうとでも変わるものなんだよ。表層だろうが深層だろうがね。だから、あの子を愛おしいっていうのはホント。でも、本当の気持ちは星の数ほどあるものなんだ。」  
「じゃあ彼は」  
「大体、能力で無理矢理いびつなふるいにかけて、それで残った気持ちが、ホントの気持ちだといえるのかい?」  
「・・・・確かに」  
「あんたの前で、彼はカッコつけたいって思ってるんだ。十分に愛されてるじゃないか。恋人ってのはそういうもんさ。人間ならね」  
「うれしい・・・。ありがと、アルマ」  
 
―――無駄に飛びすぎたわね。もう帰ろう・・・  
 
「・・・あら?今話してたの誰だったかしら?」  
 
「私は毎回、あいつに強姦だか獣姦だかわからない抱かれ方してるんだが」  
緋色の女は、緑色の女に溜め息混じりで言った。  
 
「そうなの」  
―――結局、元の場所に戻って来ちゃった。  
緑色の女はそう思った。  
 
「爪痕つけて歯形残して・・・獣かあいつは。その上、足腰立たなくなるまでやるし。おかげで、次の日は身体の節々が痛かった」  
 
―――あれ?なんか言葉が足りないような?タイムバグかしら?  
 
「ったくあいつ、『おとうさんになってもいい』って言ったのに。わたしが『おかあさん』になる前から家庭内暴力ふるってさ」  
「なっ・・・何それ!?」  
 
また飛べっての!?  
 
 
 
 
 
 
「君は逢うたびに若返るんだな、フェブラリ」  
「老ける暇がないの。しわの一つも作りたいわ」  
 

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