「んっ!んっ!あっ!!はぁっ!!!」
細枝よりもなお細い、豊満さとは対極に位置する女の肢体。
だが、その儚げな繊細さ故に雄はそそられる。
折れそうなまでに華奢でくびれた身体が、雄の嗜虐心を掻き立てる。
「はぁっ・・・・はっ・・・」
興奮した男の吐息が女の頬を撫でる。
舌が唇から首筋に、そしてまた唇に。
羊の柔肌に牙を突き立てた肉食獣は、今度はその爪で掻き寄せ逃がさない。
雄が、雌を貪る。
丸太のような大蛇が、哀れな雌鹿のか細い身体を締め上げる。
Pi Pi・・・
「んぁ?」
雌の奇妙な嬌声があがった
その声色は、およそ情事の最中とは思えない。
其処には、羊ほどの純真も、雌鹿ほどの儚さもない。
女は枕元の端末機に手を伸ばし摘み上げる。
覆い被さる男の肩越しに光る蛍光色ディスプレイに映った文字を読み終えると、
「・・・・・・・・今すぐにか」
熱で赤みがさした顔に、氷より冷ややかな表情が浮かぶ。
そのまま右手の端末機と入れ替わりに、女が掴んだのは―――枕元の電灯。
―――ま、この程度なら任務に支障を来すまい。
着信音にも、耳元の呟きにも気付かず性欲を貪っていた雄の頭に、加減もせずに叩きつけた。
「仕事だ、黒。」
吐き捨てるようにそう言うと、惚けた男とガラス片を一緒に寝床から蹴り落とす。
「・・・眠い」
大欠伸をすると、女は鬱陶しげに赤髪を掻きむしった。
「ったく昨日といい今日といい、なんでこうトラブルが続くんだ?」
「ん?どうした黄?」
「銀と連絡がとれねぇんだよ!何度かけても出やしねぇ!」
「単に端末が故障してるだけじゃねーの?そう焦ンなよ」
欠伸がてら、俺は首を掻いた。
あいつに支給されてた連絡用の端末機はもとから調子悪かったしなぁ。
上に言って新しいのを支給して貰うか。
「なぁ、一つ聞いて良いか?」
「あぁ!?何だ猫助」
―――機嫌悪ィなオイ。
昨日は黒、今日は銀と立て続けにトラブル起きてるんじゃ無理ねぇか。
ま、それでも聞くことは聞いておかねぇと。
「あのハヴォックってのは一体なんだったんだ?」
「昨日も言っただろ。バケモンだよ」
煙草を取り出す黄。
いつもの紙巻きを燻らせ大きく息を吸い込むと、ふっと紫煙を吐き出す。
「俺も詳しくは知らんがよ、殺した人間の数が十万を越えてるとか、街一つ跡形もなく消
し飛ばしたとか、もう噂からして化け物じみてやがる」
そう言うと、溜め息でもつくように長々と紫煙を吐き出す。
少しは気分が落ち着いてきたみたいだな。
「いや俺が聞きたいのは、黒の何なのかってことなんだが」
「一応、顔見知りらしいな。あの天国戦争で同じチームだったらしい」
「へぇ、わざわざ調べたのかい?」
片目を開けて黄を見る。
「あたりめーだ。あんな馬鹿二度も三度もされたんじゃたまんねーからな。」
―――面倒臭ぇったらありゃしねぇ。
面倒だなんだと言いながら、やはり原因を探さずにはいられない。
それは俺も同じだ。
仕事だから、というよりも、今回の場合、俺は半分以上野次馬根性だったりする。
猫が馬ってのもおかしな話だが。
元から違うと思ってたが、裏切り、という線はこれでほぼ消えた。
あれが外部の、うちの組織以外の何かに内通してという線はまずないだろう。
もしそうなら、黄に怒鳴られるのを待つはずがねぇし。
まぁ組織にとっちゃ命令違反と独断専行は十分に裏切り行為だが。
やはり鍵は、あの女自身か。
黄はもう一度端末に指を伸ばすと、無駄とはわかっていても黒の番号にかける。
黒もさっきから再三呼び出しをかけているのに音沙汰無しなのだ。
「だってのに何いきなり二度目の馬鹿をやってんだ、あの馬鹿ッ!!」
この街の地図を広げると、アンバーはマジックで印をつける。
「標的はこの研究施設。ここに保管されているゲート由来のある物質を奪取し、その後同
施設の完全消滅、それが今回の任務内容よ」
「ある物質というのは?」
黒の質問には私が答えた。
「私達には知る権限がない。チームリーダーを除いて。・・・だろ、アンバー?」
「ごめんなさいね、これも上からの命令で、規則だから。・・・私が目的のものを回収に向
かう間、みんなは敵の目を引きつけて欲しいの」
そう言うと、申し訳なさそうに微笑んだ。
巧いな。
純粋にそう思った。
隙だらけのその笑顔は、猜疑心を人に起こさせない。
契約者でありながら、彼女は常日頃の所作からして人に不安や懐疑の種を植え付けさせない。
駒として数えられるはずの契約者の、数少ない例外として上からの信任が篤いのも頷ける。
一介の駒とプレイヤーを分ける境界は、此処にあるのだろうか。
それが、戦闘面においても諜報活動においても周囲に一目置かせているのか。
私のように、殺し尽くし破壊し尽くすだけの女とは違って。
「ドールのサポートは?」
「この間の戦闘で死んだ分の補充、入ったのか」
白の質問に重ねるように、私も聞いてみた。
「お前が喰ったたんだろうが」
黒があからさまに嫌悪を籠めた言葉で答える。
・・・仕方ないじゃないか。
なるべく刺激を与えないように、抑揚を抑えた声で答える。
「対価での損失も、戦闘行為に付随する損耗扱いの筈だが」
「思う所はそれだけか」
・・・逆効果だったらしい。
私なりに気を遣ってみたんだが。
「はいそこ、険悪にならない」
パンパンと軽く手を叩くと、アンバーは地図をしまった。
そこには崩れることのない微笑みがある。
誰も何も言わないのに、その場がふっと、和んだような気がした。
ああ、やっぱりかなわない。
「ひとっ走り、行ってくるよ」
こういうとき猫の身体は便利だ。
地を蹴り、ひょいとそこらの塀に駆け上がる。
「ああそれと」
眼下の黄に目をやる。
「多分、黒も銀もそんな大した事にはなってねーと思うぜ。そうカリカリすんなよ」
「長くて二十の猫助が俺に説教してんじゃねぇ」
短くなった煙草を吐き捨てながら、黄はそう毒づいた。
「見た目ですぐに安易な判断をするってのは人間の悪い癖だな」
目下の相手が、文字通りの目下とは限らんだろうによ。
いつも足下をうろついてる?
そんなもん、こうしてちょいとばかり飛び上がれば逆転しちまうんだぜ。
「見た目ほど若くはねぇ、見た目ほど強くもねぇ、そんなのはいくらでもいるだろーによ、人間にも契約者にもよ」
目を細めて、さらに付け加えてみた。
「特に女はな」
女、という言葉に黄が顔をしかめた。
「ごちゃごちゃぬかしてんじゃねぇ!さっさと行け!」
はいはい。
「一七○○、潜入開始。・・・一八○○には、この施設は地上から完全消滅する。塵一つ残さずにだ」
無機質な声で、背後の三人に念押しする。
「あの人も、結構可愛いところがあるのよ」
アンバーは黒に小さく囁くと、黒は怪訝な声で返す。
「そうか?」
もう少し、声を下げて貰えないだろうか。
「気付いてないのね。彼女、最近は人前で対価を払う姿を見せなくなったのに」
―――あなたが嫌がるから、そんな風になったのに。
「え?」
ひゅん、と私はビー玉ほどの金属球を壁に向かって放り投げた。
そしてランセルノプト放射光の輝きが映えた瞬間、
ごしゅ。
突然、白煙が立ちこめる。
それが晴れた後には、壁面に直径1メートル程度の穴が型抜きされたように空いていた。
「断熱膨脹による冷却効果か」
穴の縁にうっすらとかかった霜を見て、黒はこの絡繰りを見抜いたらしい。
「そう。任意の閉鎖空間に発生させた真空で極低温を発生させ、対象を凍結粉砕する」
「じゃあ、その球は」
「中身は液体ヘリウム」
黒金の小球を挟む黒革の指先に、硝子玉のような小球を作ってみせる。
周囲との屈折率差が生み出すこの虚空の幻影が、極低温を可能にする。
急激な気圧の低下により気体を瞬間冷却し、絶対零度近くまで下げられた冷気により対象
を瞬間凍結させ、流入する大気が脆くなった分子間結合を破壊する。
鋼鉄さえも微粒子レベルにまで噛み砕く凍結粉砕能力の前では、如何なる堅固な防壁も砂
礫ほどの意味を為さない。
「こんな小道具がなくても出来るんだがな」
指で金属球を弄びながら私は呟く。
「まぁ、自分で一から冷気を作ることに比べたら手間もかからないし、威力が強いから局
所的に破壊できて無駄に被害が広がらない。それに、その、払う対価の量が少なくて済む
んだ。これだと」
振り向いたその顔が、紅くなっていないことを願ったのは何故だろう。
「あの反応―――」
あいつも昔、女絡みで何かあったってクチか?
どう見ても女が好いて寄ってくるような面じゃねぇが。
結婚詐欺にでも引っかかったとか。
あの黄が惚れた張れたで浮かれる――想像すると、不意に嗤いがこみ上げてきた。
そう言えば昔、動物は笑わないなんて言ってたのは何処の学者だったか。
笑うための表情筋がないとかなんとか、顔面の構造的に笑えないとか。
そんなこたぁねぇ。
赤の他人が何勝手なことほざいてたんだか。
知るは本人ばかりなり、ってぇな。
夕闇が景色を茜色に染め上げる中を、黒猫は駆けていく。
屋根から屋根へ、路地裏をまわり庭先を横切り、塀をまた飛び越える。
繰り返す幾つもの町並みの、その何の変哲のない煙草屋の前で足が止まった。
「おい銀、いるか?」
開けっ放しの勝手口から入り込む。
・・・いくらドールでも不用心だな。
盗られる物もないから鍵をかけないのか、否。
あいつにはそういう『書き込み』が無かっただけだからか。
―――不意に、まだ学究の徒であった頃の記憶と思考が鎌首をもたげる。
思うに、あの心のない人形達は一体なんなのか?
ゲート由来の技術、MEで書き込まれてようやく人並みに動ける。
否、あれは人と言うより、生物の半人前と言ってもいい。
そんな存在だから当然、普通の、ただ人間と見間違えることは無い。
瞬き以外に顔の動かし方を忘れてしまったような、あの顔は。
どれもこれも、年齢容姿、性別も異なるというのに皆一様な顔をしている。
のっぺらぼうの顔。
空っぽの顔。
否、あれはまるで――
ぴちゃん。
びくりとしてその方向に目をやると
黒猫が、もう一匹。
否。
「・・・鏡?」
『集合場所は、わかってるわね?』
『ああ』
『予定通りに事が運んだなら、第一集合地点に。・・・予定時刻を30分過ぎても音沙汰無しの場合は第二集合地点へ向かって』
『うん』
『了解した』
『じゃあ、第一集合地点で』
日が暮れるよりも、誰よりも先に、そこに着いた。
まだ少し、痛む。
―――勿論、ありもしない心などではないのだろう。
私は契約者なのだから。
「お前が一番乗りか」
聞き慣れた声に振り向く。
黒。
「ああ。お前の恋人も、妹も、まだ」
「そうか」
短くそう答えると、黒は密林の入り口、街への出口を凝視した。
彼女たちがいるはずの方角だ。
黒にとって、彼女たちが着いていなければ、心はまだ此処に着いていない。
もしも
もしも、と考える意味も無いことを考えてみる。
この男にあの妹がいなかったなら。
この男にあの女がいなかったなら。
その心は、もう此処に着いていただろうか。
「・・・遅いな」
焦燥と不安の混じる黒の声。
「ああ。来ないな」
頭上の木々の、さらに先の空を仰ぎ見る。
緋色と闇色が溶け合う空では、落ちる星はまだ見えない。
流星が見えない空なら、少しは安心できただろう。
流星が見える空なら、希望を懸けることも出来るだろう。
けれど、流星の見えかける空は、ただ不安のみを煽るのだろうか。
『死への恐怖は、死そのものよりも厭わし』
ふと、そんな言葉を思い出した。
ぎゃあぎゃあと耳障りな声を残して、薄闇の空に消える異国の鳥の群。
まだ日が暮れる時間ではない。
だが、鬱蒼と繁った密林は夜の歩みが一足早い。
予定時刻より、ちょうど30分経過。
リストバンドを兼ねた時計を見ながら私は言った。
「予定時刻より30分経過して来なければ、第二集合場所に行けという指示だったな」
「お前一人で先に行け。俺は寄るところがある」
・・・おい、どういうつもりだ。
睨みつけるような目で私は黒を見据える。
「何処にだ。・・・あの施設は街ごと消えたんだ。探しに行く場所がなければ探しようがない」
そうだ。
あれだけの施設を完全消滅させるほどの真空をつくれば、二次発生した竜巻が周囲を襲う。
家も人も、何もかも巻き込むほどのだ。
それはアンバーの命令だ。
私は彼女の命令を守っただけだ。
彼女の言うとおりにしただけだ。
「誰もそんなことは言ってない」
こちらを振り向く素振りもなく、黒は私と正反対の方向に歩みを進める。
「ウソだ」
肩を掴み、無理矢理振り向かせようとする。
「だからどうした!」
どん。
その音が、自分の倒れた音だと認識するのには時間がかかった。
黒が自分の手を激しく振り払い、自分がバランスを崩したからなのだと言うことも。
ぎゃあぎゃあ。
ぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあ
ぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあ
ぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあ
ぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあ
繁殖期の鬱陶しいまでの声が、耳の奥で何度もこだました。
「何だありゃあ・・・?」
猫は怪訝な表情で窓を覗き込む。
海月荘の201号室には、黒が寝そべっていた。
黒がここにいるのは予想通りだが、そこには何故か銀もいて、枕替わりに膝を貸している。
薄闇の中、黒の男に膝枕を貸す銀の少女――それだけならまだ絵にはなるのだが。
「何なんだ?銀の、あのけったいな仮装と化粧は」
いつもは銀色の少女の髪が、真っ赤に染まっていた。
が、染め残しが多すぎる。
夕暮れ時が誤魔化してくれなければ無ければ目も当てられなかっただろう。
そして髪に負けず劣らず、服がこれまた更に変だ。
「まさか・・・あれ、いつものあの服か?」
あの黒い筒の口に取っ手紐を二本縫いつけたような服を、どう形容すればいいのやら。
鋏を入れて縫い直したのか、暗幕を継ぎ接ぎしたような黒一色。
もとの左右対称な、均整のある形と色が台無しだ。随分と不格好な衣装になっている。
「・・・あれのためにぶっ散らかしたのか?」
あの化粧鏡。
引出全てが引っぱり出され、染髪剤があちこに散らばっていた。
煙草屋には一応、支給された変装用の衣装やら化粧道具一式を隠してある。
それが悉くぶちまけられていたのだ。あの化粧鏡を中心に。
夕闇のせいで気づくのが遅れたが、部屋は半分、嵐が過ぎた跡のようだった。
明日は後片付けが大変だろう。・・・それも自分に回ってくるのだろうが。
しかしまぁ、あれだ、あの服、辛うじて比較するならば、
「あの仮装、あれじゃまるで、黒のキャミソールみたいな―――」
「・・・足首を捻ったのか?」
「歩けない程じゃない」
黒は軽く溜め息をついた。
「怪我人を走らせると時間がかかる」
そう言いながら、黒は私に背中をむけた。
「お前の体重なら、俺が担いで走った方が早い」
そのまま中腰の姿勢になり、手を後ろに伸ばす。
意外だった。
妹でも、アンバーでもない。
「背中、貸してくれるのか?」
私に、こんなことをしてくれるなんて――
「さっさと乗れ。気が変わる前に」
そしてもっと驚いた。
「第二集合地点、こっちの方角だったな」
「え?お前・・・」
「お前の言うとおりだ。・・・すまなかった」
背中越しの言葉に、ばつが悪そうな表情が見えた気がした。
「なぁ、黒」
「なんだ」
「お前、いっつも乱暴な抱き方しかしないよな」
「は?」
「いきなり押し倒して、ひん剥いて、爪立ててさ。まるで獣みたいな」
突然、何を言い出すんだこの女。
「今更何を言ってる?」
最初からそういう間柄だろう。俺とお前は。
お互いを貪りあうだけの。
あれではまだ足りないか。それが趣味か。
「・・・一つだけ、教えてくれないか?」
俺の背中に顔を埋めながら、小さな声で呟いた。
「私を抱くように、アンバーを抱けないだろう?」
・・・・・・・・?
本当に、何を考えてるんだ一体。
「当たり前だ。あんな乱暴な抱き方が出来るか。お前相手ならともかく」
「―――私ならともかく、か・・・」
「それに」
突然、女が背中から身を乗り出した。
頬と頬が触れ合い、翡翠色の煌めきが視界の端に覗く。
「・・・それに、なんだ?」
何かを期待するような、声。
ふと、自分はこの声の色を知っている気がした。
その色は、アンバーと
「なぁ、何だよ。早く言え。ほらさっさと―――」
・・・いつもの阿婆擦れた色だった。
やはり、気のせいだ。全然似ていない。
闇色と緋色を混ぜても、どす黒い血の色にしかならないのだから。
「続きはベッドの上で教えてやる。足腰が立たなくなるまで」
体を揺すって背中の荷物を背負い直す。
赤毛頭を後ろに引っ込めさせた。
「おわり。」
突然高くなった声に、意識を掬い上げられる。
瞼を開けた、その先の顔は、
銀。
「今のは・・・」
人形は、銀色に戻っていた。
「こころのかけら。わたしがうつした、あのひとの」
抜け切らぬ夢の残滓が喉の奥で乾いていく。
雫も残さず、痕も残さず、淡く、儚く、渇きも溶かしながら。
まだ、まだ味わっていたかった。
あのまどろみの底で。
渇きすら蒸発したはずの身体から、何かがつぅと、頬を伝った。
夕暮れ時はとうに過ぎていた。
夜の帳には偽りの星々。
海月荘の201号室には不格好な人形と、夢から覚めた男だけ。
「猫がよんでる、黒」
人形に戻った人形が、自分の名を呼んでいた。