鉱山の探検が終わって二ヶ月と経たないうちに、また新たな知らせが飛び込んできた。  
パームブリンクス近くの森で、最近になって凶暴なモンスターが暴れ始めたという話だった。既に何人か調査に向かったが、命からがら逃げ帰ってきたらしい。  
僕は何となく嫌な予感がした。きっと鉱山の時と同じように以前よりずっと力を付けてるんじゃないか、敵は僕達に対処できる範囲にいるのだろうか、そんな思いが頭を巡る。  
一方、モニカは腕試しのチャンスに胸を高鳴らせているようで、すぐ明日に森へ行くことを決めてしまった。  
「剣もビルドアップしたし、大丈夫ね」  
「久しぶりに手応えがありそうな事件ね、腕が鳴るわ!」  
準備に勤しむモニカを見ながら、僕は彼女に考えを打ち明けた。  
「ねえ、やっぱりもうちょっと調べてからにしない?」  
モニカはきょとんとした顔で僕を見た。  
「そんな事しなくても大丈夫だよ、それに早く解決しないと町の人達が不安がるわよ」  
「うーん、でも鉱山のモンスターはずっと強くなってたし、用心するに越した事はないんじゃ無いかな」  
「それもそうね…」  
軽く俯いて考える仕草をする。  
「だけど私達だって強くなってるわ。被害が広がる前にやっつけちゃわないと!」  
力強く答えるモニカ。  
「えー、やっぱり危ないよ」  
貧弱に提案する僕。  
「明日の三時に出発よ!いいわね!」  
自信をたっぷり湛えた彼女の目に、ボクの主張は押し返されてしまった。  
何なら別に付いて来なくてもいいのよ、と軽く笑われたが、そういう訳にはいかない。  
「行くよ!」  
すっきりしない気分のまま、モニカの闘争本能と勢いの元に出来上がった、即席の討伐隊の隊員になる覚悟を決めた。  
まあ、確かに解決は早い方が良いだろう。僕の意見もいささか臆病なところがあった。  
いつの間にか準備を済ませたモニカは、明日に備えて早々と寝室に向かってしまった。  
「怖くなったら途中で逃げても良いのよ〜」モニカは去り際に、挑発するように僕をからかった。  
全く失礼な。別に怖がってる訳じゃない。悪気は無いんだろうけど。  
眉をひそめつつ、僕も明日の準備に取り掛かることにする。机の引き出しに入れていた銃を取り出し、不備が無いかを確認する。  
すっかり手に馴染んだ、相棒とも言えるハンマーを姿見の前で軽く振り下ろす。一応の確認作業だ。  
何事も無く済むといいな、と、窓の向こうの月を見ながら願った。  
 
 森のモンスターはそれほど強くはなかった。  
冒険を始めた頃なら少し手こずりそうな、その程度の力だった。  
「拍子抜けね〜。もっと凶悪なヤツがいると思ってたけど」  
もう何体も倒したモニカが、不満顔でそう漏らした。彼女は全て一振りで仕留めていた。  
鉱山クラスの敵を想像していた僕は、内心ホッとした。  
穏やかな風にそよぐ木々は幾分くすぐったそうに見え、葉の隙間から差し込む赤い光に森全体が優しく暖められている。  
魔物が出て来ないのなら、町の人々の散歩道としてこれほど上等な場所は無い。こんな所に危険なモンスターが棲んでいるとは思えない。  
「きっと強いヤツは奥にいるのよ!」  
森の奥に続く道を歩きながらモニカが言った。  
頷いて、モニカの横に並び歩調を合わせる。  
僕はどうも乗り気になれないでいた。元々半信半疑だった上に、  
モニカは少しやる気がありすぎる。もうちょっと落ち着いてほしい。  
期待と好奇心に彩られた彼女の横顔を見ると、不意に昨日言われた事が思い出された。  
―逃げても良いのよ―  
奥に着いたら、理由つけてこっそり帰っちゃおうかな。言われた通りに。  
本当に件の魔物がいてもモニカだけで十分だろう。彼女の戦いぶりを見る限り。  
そんな考えが頭の内を占めていたからか、僕は彼女に置いて行かれてしまっていた事に気付かなかった。  
「モニカ待ってよ!」  
「まったくもう!もっと早く歩きなさいよ!」  
慌てて揺れる赤髪を追いながら、恥ずかしい気持ちでいっぱいになった。  
 
: : :  
 
 大分深い所まで進んだわね。  
辺りはもう薄暗く、枝の間から空を見上げると一番星が輝いているのが見えた。  
早く終わらせて帰らないとなぁ。あっという間に真っ暗になっちゃうだろうし。  
さらに歩き続けると、道が二つに分かれている箇所にぶつかった。  
「モニカ、二手に分かれない?そうした方が早く済むだろ」  
ユリスが提案した。  
「そうね、その方が良いわね」  
わたしもその考えに乗った。  
「じゃ僕は右の道を行くから、お互い気を付けて」  
「うん、探索終わったらここで落ち合いましょ」  
「分かった。それと、もし敵と鉢合わせて、危ないなって思ったときはまず逃げる事に考えるようにしようよ、って、モニカ…」  
後ろでユリスがまだ喋っているが、好奇心を抑えきれないわたしは道の先へ歩き出していた。  
木々の間の小道は、石が転がっていたり、でこぼこしていたりで大分足場が悪い。  
木の幹と枝と葉で作られたトンネルは、幼い時夢に描いた、おとぎ話の動物たちの通り道みたいだった。  
日が暮れた後の空気は冷たく、風が吹くと体をこすって寒さを紛らわせた。  
そろそろ出て来なさいよ、体が冷えちゃうじゃない。  
そう思っていたとき、前方に何か動く物があった。  
それに気付いたわたしは早足でそれに近づき、正体を確かめようとした  
ドラゴンの一種だと思われる、二足歩行の黒い魔物が前にいるのが見えた。  
そのどすどすと傲慢に歩く姿に、わたしの闘争心が呼び起こされる。こいつに間違いない―!  
「見つけたわよ、覚悟しなさい!」  
 
魔物もわたしに気が付いた。わたしの方へ向き直り挑発するように短く唸り声を上げる。  
気がつくとわたしは敵に突っ掛かっていった。  
振り抜かれた剣は敵の右肩を切った。が、予想以上に固く、思っていたより刃は通らない。  
甘い攻撃は反撃のチャンスを与えてしまい、黒竜は太い腕を叩きつけるように勢いよく振り下ろした。  
「っと!…きゃあぁ!?」  
とっさに剣の腹で受け止めたが、力で敵わずそのまま押し切られてしまった。  
わたしの体勢は崩れ、無防備になったわたしの身にドラゴンの火の息が襲う。  
「はぁ、はぁ、…くっ!」  
とっさに身をよじって攻撃をかわす。炎が生み出す熱風は、否応なく直撃時の被害の大きさを想像させた。  
危なかった。そう思った次の瞬間、  
「!?きゃあっ!」  
尾の先が腹に叩き込まれ、わたしは勢いよく吹っ飛ばされてしまった  
「ごほっ、ごほっ…うぅぅ」  
敵は地に転がった獲物を仕留めんと鼻息荒くして近寄ってくる。  
無慈悲な爪が再び振り下ろされ、わたしの身を切り裂く―  
その直前に魔法が炸裂した。  
炎を顔面に受けた竜の悲鳴は森中にこだまし、両腕を振り回して怒り狂っている。  
そうしながら、牙を剥いて目を血走らせ、焦っているわたしを怯えさせた。  
「くぅ、おぼえてなさいよっ!」  
わたしは敵に背を向けて、来た道を急いで走って引き返した。  
攻撃を受け止めたときに手が痺れ、しばらくは剣を握れない。何より、わたしは怖かった。その場から少しでも早く抜け出したかった。  
 
必死で逃げ続け、体力と傷を回復させるために立ち止まった時にはもう真っ暗になっていた。  
夜がもたらすのは少し青い闇だと思っていたけど、深い森の奥では黒々とした不気味な暗がりが支配していた。  
僅かに月の光が当たる所で薬を擦り傷に塗りながら、別れたパートナーの事を考える。  
―彼は?ユリスはどうしたんだろう?  
ユリスと別れた時、彼は何か言っていた。確か危なくなったら逃げる事を考えようと。  
わたしはその通り逃げてしまったが、彼はまだ探索を続けてるんだろうか。  
それなら早く探して戻らないと。  
回復アイテムを使いきり、再び歩き始めた時、昨日のユリスの提案が思い出された。  
彼の言う通り、もっと調べた方が良かったな。なのにわたしはからかっちゃって…  
反省するなかで、わたしの中に一つの考えが浮かび上がった。  
もしかして、ユリスはわたしの言った事を真に受けて帰っちゃたんじゃ―…  
急に風が通り抜け、夜の中を木々の葉が驚いたようにざわめいた。  
まさか。そんなことないと思うけど、一度出た発想は簡単に消えず、拭いきれない疑念としてわたしの心に引っかかった。  
辺りは呪われたような不気味な暗闇に包まれて、そばの茂みは今にも敵が飛び出てきそうだ。  
しかもこの辺りは複雑に入り組んでいて、逃げるうちに来る時に通った道とは違う道を選んでしまったらしく、どう進めば良いのか分からない。  
―ユリス、早く来てよ…  
どうしようもないほどの淋しさと心細さが降ってきて、わたしは自分の体をぎゅっと抱きしめた。  
すると、後ろから地面を踏む音が聞こえた。  
慌てて振り向くと、そこには黒いドラゴンがわたしを見下ろしていた。黒い体は闇の中に紛れ、両目だけが怪しげに光っている。  
驚きで一瞬硬直してしまったが、すぐ前へ駆け出した。ドラゴンもすぐわたしを捕らえんと追跡を開始した。  
早く逃げなきゃ今度こそやられる―…!  
疲れやダメージがまだ残っていて全速力は出せなかったけど、それでも懸命に敵の爪から逃れようとした。  
しかし夜の暗さのためか、あまりに焦っていたからか、浮き出た木の根に気付かず、思い切り踏んづけてしまった。  
姿勢が崩れ、転びそうになったわたしの顔のすぐ近くを、竜の爪が突風のように貫いていった。  
「きゃああっ!」  
頬に鋭い痛みが走り、わたしはついに地面に転んでしまった。  
息を切らして這うわたしに、黒い竜は、夕食の席に向かうかのように余裕たっぷりにゆっくりと近づいてきた。  
 
近くで誰かが走っている音が聞こえた。一人ではない、二人だ。  
片方は人間のものだと思えたが、もう片方はどう考えても違う。  
僕は先ほどの黒竜との戦いで付いた傷の手当てを中断して、音のする方へ向かった。  
―やっぱりモニカも戦ってるのかな。  
さっき倒した竜は肩に傷を負っていた。やはりモニカが付けたものと見るのが妥当だろう。  
僕もハンマーでとどめをさすまでに大分攻撃を受けた。あの重い一撃を思うと自然に駆け足になっていた。  
心配する僕の耳に、甲高い悲鳴が飛び込んできたのはそのすぐ後だった。  
「モニカ!」  
声のした方へ辿り着くと、そこには倒れたモニカと、悠々と歩いて彼女に近づく魔物の姿があった。  
魔物は腕を振り上げて、モニカに追い討ちをかけようとしている。  
僕は弾かれたように魔物の前に飛び出していた。  
無我夢中で振り下ろされた豪腕を受け止めた。至近距離から砲丸を打ち込まれた錯覚を覚える。  
何とか受け切り、足を踏ん張って押し返す。それが僕に出来る精一杯の反撃だった。  
敵はふらついて、背から地に倒れる音が夜の空へ響く。  
警戒して竜の方を向いたまま、少し出来た猶予を使って後ろにモニカに声を掛けた。  
「大丈夫!?一人で立てる?」  
「あぁ、ユリス…良かった…いてくれたんだ…」  
ごめん、やっぱり二手に分かれようなんて言わなきゃ良かったんだ。  
でなきゃモニカをこんな目に合わせる事も無かったのに―  
僕は自分の考えの甘さを、そして少しでも彼女を置いて帰ろうなどと考えた事を恥じた。  
敵が立ち上がり、報復の噛みつきを与えんと突進してきた。  
僕の中で燃え盛っている怒りのせいなのか、突っ込んできた頭をハンマーで叩きつけたことに自分でもすぐに気付かなかった。  
逆襲の鉄槌を浴びた竜は、さっきまでの様子からは想像できない、消え入りそうなうめき声を漏らしながら仰向けに倒れた。  
起き上がる素振りは見せない。  
ふぅ、と息をついて、ゆっくりとモニカの方へ視線を移す。  
モニカ…?  
彼女は右の頬を押さえたまま俯いている。  
僕が疑問と悪い予感に支配を受けている内に、ぽたり、とそこから何かが垂れ落ちた。  
「ぅう…ユリス…」  
なんだか様子が変だ。恐る恐る近づくと、モニカはゆっくりと手を下ろした。  
隠されていたものを見たとたん、一瞬頭が真っ白になった。  
彼女の綺麗な白い頬に、刃物で切られたような傷が一筋走っていた。わりと深いらしい。  
「…どうしよう、これっ…残っちゃうよっ…」  
途切れ途切れに声を出すモニカから、ぽたぽた、とまた何かこぼれ落ちた。ぽた、ぽた、ぽた。  
頼りない月明かりの下でも、それが涙なのははっきり分かった。  
 
〜続く〜  
 

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