「鍵は……っと……これでよし、っと」
カチャン、と鍵の閉まる音が鳴る。
……メンテナンスショップでの仕事を終えたユリスはメインストリートを屋敷の方向に向かって歩いていた。
グリフォン大帝……、ダークエレメントとの世界の未来をかけた決戦、そしてゼルマイト探し……あの冒険の日々から数ヶ月。
ショップの経営をスターブルから任されたユリスはパームブリンクスに残り、平和な日々を過ごしていたのだった。
「今日も頑張ったから疲れちゃったな……早く家へ帰って休もう」
すでに日は落ち、街灯も点き始めている。
ユリスが跳ね橋を渡り、パトリの家の横を通り過ぎようとした時、屋敷の門の前に誰かが立っているのが見えた。
「(……誰だろう……)」
ユリスが近づくとその人影はこちらへ向き直った。
「ユリス!」
突然名前を呼ばれ、身構える。
目を凝らしてみると、それはユリスの隣に住んでいる町長の娘、クレアだった。
「クレアさん?……どうしてここに?」
旅の途中、起原点復元のためにクレアはベニーティオに移住したはずであった。
ユリスが不思議そうな顔をしているとクレアはそれに答えるように言った。
「たまにはこっちにも帰ってこないと。お花の様子も気になるし」
「へえ、そうだったんだ。……あ、でも町長は鉄道拡張のために1週間くらい前から居ないと思ったけど……」
ユリス達がゼルマイトを発見したことによって、バース壱号は今までよりもより遠くへ行けるようになり
町長も鉄道拡張のため世界中を飛び回っていた。
「やっぱり……。この時間になっても鍵がかかっていて誰も居ないし、変だとは思ったんだけど……。困ったわ」
クレアが表情を曇らせていると、ユリスが思いついたように言った。
「そうだ!よかったら家に泊まりなよ。部屋なら空いているし。食事の方も問題ないと思うよ」
「……え、でも……悪いわ」
「大丈夫だよ。それに他に泊まるところもないでしょ?ベニーティオに帰るのなんて無理だし……ほら!」
そう言ってクレアの手を掴む。
「あっ!ユリス!」
「ほら早く早く」
屋敷の扉を開けて中に入る二人。
これがユリスにとって忘れることのできない夜の始まりだった……。
食堂で夕食をとった後、ユリスとクレアは1階にある談話室で自分達の近況を語り合った。
ユリスはメンテナンスショップでの仕事のこと、クレアはベニーティオでの生活のこと。
他愛の話ではあったが、久しぶりに会ったこともあって、時間はあっという間に過ぎていった。
入浴を済ませた後も、ユリスの自室で二人は会話を続けていた。
「……って言ったんだよ。はは、笑っちゃうでしょ?」
「うふふ、それは確かに可笑しいわね」
「でしょ?それでさあ、その時ね…………あ!もうこんな時間だ」
ユリスに言われてクレアが壁にかけてある時計を確認する。
「本当。全然気がつかなかったわ。あっという間に時間が経っちゃったわね」
「うん。……あ、でも明日はメンテナンスショップは休みだから、もう少し起きていてもいいよね」
「ダメよ。夜更かしは体に良くないのよ?」
クレアが即答する。
「ええーーっ!子供じゃないんだから起きていたって大丈夫だよ」
「……ダメ」
クレアは折れない。
「…………ちぇっ、分かったよ。明日もあるし……我慢する」
観念したユリスは渋々了承する。
「うふふ、偉い偉い。……それじゃあ、ユリス、お休みなさい」
「うん。お休み、クレアさん」
ユリスはクレアが用意された寝室に入ったことを確認すると、電気を消してベッドの中に潜り込んだ……。
暗くなった部屋の天井を見つめながらユリスはクレアのことを考えていた。
パームブリンクスでも1番の美人といわれているクレア。
隣りに住んでいることもあって小さい頃、よく遊んでもらった記憶がある。
「(……久しぶり会ったけど、やっぱり綺麗だなあ、クレアさん。)」
冒険に出る前のユリスは異性というものをあまり意識したことがなかった。
しかし旅の続けていく中での母との再会、そして別れが、彼を少し大人にしたのかもしれない。
普通の同い年の少年と同じように、ユリスも異性に興味を持つようになっていた。
実際、冒険の終わりに近づいた頃には、ヒョウ柄の水着を着たモニカを見て興奮してしまい
眠れない夜を過ごしたこともあった。
「(……クレアさん、もう寝ちゃったかな……)」
寝返りを打ちながらそんなことを考えていた時、ふいにドアが開いた。
「だ、誰?」
突然ドアが開いたことに驚き、ユリスはドアの方に向かって呼びかける。
「ユ、ユリス……わ、私よ……」
「ク、クレアさん!?どうしたの?」
思いがけない来客に戸惑う。
「……ちょっと……調子が悪くなっちゃって……廊下に出て人を呼んでみたんだけど……
誰もいないみたいだったから……ごめんなさい……」
ルネ達使用人はジラードがヘイム・ラダに移住してからは、仕事が終わると自宅へ帰るようになっていた。
つまり今、この屋敷にはユリスとクレアしかいない。
「だ、大丈夫!?ダック先生を呼んで来るよ!」
自分のベッドにクレアを寝かせると電話機の元に急ぐ。
何回かコールしてみたが繋がらない……時間が時間だけにもう医院にはいないのかもしれない。
ダック先生の家に連絡しようと思いついたが、あの方面は電話が繋がっていないことに気がついた。
どうしようもなくなってしまったユリスは、とりあえず水と救急箱を持ってクレアの元に戻った。
クレアは頬を紅潮させ、お腹のあたりを押さえている。
「ごめん、ダック先生に連絡してみたんだけど、もう帰っちゃったみたいで繋がらないんだ……調子はどう?」
ユリスが心配して聞く。
「……うん、大丈夫よ……。さっきよりは……楽になったから……」
「あ、これ、水。薬も一応持ってきてみたんだけど……。」
救急箱を開けながら水を渡す。
「…………」
コップに入った水を飲み終えたクレアはユリスの方を見つめながら話し出した。
「あのね……私、ベッドに入ってからしばらくして……もの凄く喉が渇いちゃって……
ルネさんが……寝室のテーブルの上に置いていってくれた……飲み物を飲んでみたんだけど……
そうしたら急に体が熱くなって……」
嫌な予感がしたユリスはクレアの寝ていた部屋に行き、テーブルの上を確認した。
上には小さなビンが置かれている。ユリスが手にとってラベルを見てみると、そこには
『精力増強、夜のお供に、ビンビンドリンクS』
といかにも、といった感じの文字でそう書かれていた。
「(これって……もしかして……)」
ユリスもそこまで子供ではない、これがどういった物で、何のために使う物なのかは分かる。
ルネが何故こんなものを置いていったのかは分からないが
とりあえずクレアが病気ではないことが分かり、ユリスは胸を撫で下ろした。
「クレアさんが飲んだのって……これ?」
ユリスは部屋に戻り、クレアに先程発見したのビンを見せる。
「ええ、それよ…………?……どうしたの?」
「これ、精力増強剤なんだ」
「ええっ……!……ど、どうして……?」
クレアも驚いたのか、目を大きくさせている。
「多分ルネが間違えたんだと思う……。ビンの飲み物って間違えやすいから」
「……そう……。……変な病気じゃなくてよかったわ……。心配かけてごめんなさい……」
少し安心したのか、クレアの表情は和らいでいる。相変わらず頬は紅いままだが。
「ううん、気にしなくていいよ。でも病気じゃなくて本当によかった」
「……うん。本当にごめんなさい」
「いいっていいって。あ、水、もう1杯持ってこようか?」
ユリスがクレアからコップを受け取り言った。
「……うん。……悪いけど……お願いできる?」
「分かった。ちょっと待ってて」
そう言うと急いで水を取りにいく。
ユリスが戻ってくると、クレアは体を半分起き上がらせていた。
「はい」
水を渡そうと近づいた時、床に置いてあったビンに躓いて
ユリスは持っていたコップごとベッドに突っ込んで、ちょうどクレアに覆い被さるような格好になってしまった。
「ご、ごめん!!」
ユリスは慌てて起き上がろうとしたが、クレアが彼の背中に手を回しそれは叶わなかった。
「ク、クレアさん!?」
思いがけないクレアの行動に驚いたユリスは声が裏返ってしまった。
「……ユリス……たくましくなったね……」
背中に回した手でユリスの背中を優しく撫でる。
「クレアさんだって……綺麗になったよ……。ううん、前から綺麗だった」
そう言うとユリスは顔を上げ、クレアをじっと見つめる。
クレアが目を閉じる。約束されたように唇を重ねる二人。
どのくらいの時間が経っただろうか、どちらともなく唇を離すと、クレアが言った。
「ファーストキスよ……」
ユリスの中で何かが弾けた。