どこまでも広がる虚空の王国で、どんよりとした薄灰色の空が、白い女王の怒りに呼応して揺らめいていた。  
「……どいて」  
セメント袋の玉座に座り、葉耶は目の前に立ちはだかる黒を身に纏った女王――風乃を睨み付ける。  
『残念ながら、退くわけにはいかないわ、女王さま』  
風乃は艶然と微笑む。  
『今、此処を退けば、貴女は怒りのままに鳥籠を壊す。それは核爆発の如く、全てを塵芥に帰すわ』  
「……かまわない。蒼衣ちゃんが変わるこくらいなら、全て壊れても…――っ!?」  
ふいに、風乃が葉耶を抱き締めた。  
『可哀想な女王さま』  
「やめて!はなして……っ!」  
突き放そうともがく葉耶の頭を、風乃がゆっくりと撫でる。  
『――この『王国』が壊れたら、貴女は二度と<アリス>に会えなくなるのよ?それは、とても、哀しいことだわ』  
「…………っ」  
『此処は、生ける者の傍らでしか存在することができない、死者の鳥籠。  
<アリス>を殺して、この中へ連れて来ようとしても、<アリス>が死んだ時点でこの『王国』も滅びる運命』  
「………わかってる」  
『まあ、最終的には<アリス>の殺生与奪は貴女のものだけど。  
――『白の女王』さま。貴女は彼を、どうしたいの?この処刑場で、“<アリス>の頸をはねよ!”との命令を下すの?』  
「わたしは―――」  
葉耶が、低く唸る。  
 
「……………わたしは、蒼衣ちゃんを、放したくない  
でも……………」  
ゆっくり頭を撫で続ける風乃の手の動きに合わせて、葉耶の喉が、こくりと鳴った。  
「蒼衣ちゃんが、居なくなるのは、たえられないよ」  
それは風乃以外には決して見せないであろう、葉耶の本音の欠片だった。  
『王国』の低い空に、墨を落としたような暗雲が、広がってゆく。  
「あなたのせいで、わたしと蒼衣ちゃんのこの世界は、ゆがんでしまった」  
『そうね』  
「あなたと、あなたの妹のせいで………っ!」  
無言のまま葉耶の髪を撫で続ける風乃。  
セメント袋にポツリと落ちた水滴は、降りだした雨か、はたまた白の女王の瞳から落ちたものか。  
灰白色の玉座が黒く滲み、水玉模様を描き出す。  
『――貴女も私も、存在すること自体が罪だわ。でも悪夢の欠片としてでも、確かに此処に存在している………それもまた、事実よ。  
私達が存在するために、少しの間だけ、貴女の<アリス>を、私の可哀想な妹に貸してあげて欲しいのだけど………それはやっぱり、貴女にとっては、赦し難いことかしら?』  
「……………」  
『その代わりといっては何だけど、雪乃が<アリス>を借りている間、私は此処に――貴女の傍に、いるわ』  
本質の似た、けれど対極の希いを持つ『女王』の言葉は、ウイルスのように『王国』を侵食してゆく。  
「………いらない」  
風乃の肩を押して身を剥がし、俯いたまま葉耶は言った。  
「わたしはここで、蒼衣ちゃんを待つ。なぐさめなんて、必要ないの。」  
『そう………』  
「でも、鳥籠が空っぽなあいだは、入り込んだ猫がそこにいても、無理には追い出さないことにする」  
降り注ぐ雨が、二人の孤独な女王を、束の間ではあるが寄り添わせる。  
白と黒が混じりあった灰色の世界のどこかで、卵の殻が割れる、そんな気配がした。  
 
           ≡ 終 ≡  
 

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