「ねえ、雪乃さん」
「何かしら白野君?私は見ての通り作業中なのだけれど」
「ねえ、雪乃さん」
「何かしら白野君?私は見ての通り材料を砕くのに精一杯なのだけれど」
「ねえ、雪乃さん」
「何かしら白野君?私は見ての通りお湯を沸かしている最中なのだけれど」
「ねえ、雪乃さん」
「何かしら白野君?私は見ての通り湯煎に集中しているのだけれど」
「ねえ、雪乃さん。なんで僕の家でチョコレートを作ってるの?」
本当に、どうしてこうなった?と、蒼衣は自問自答する。
夏の一件で神狩屋は焼失している為、それ以来2人は蒼衣以外誰もいない白野家に集まる事が常だった。
当然、気を効かせた蒼衣が雪乃用のマグカップなどを用意しているし、合鍵も押し付けた。最近ではゴシックロリータの衣装すら置いてある。
しかし、これまでは今回のように雪乃が白野家の台所を使う事など一度も無かった。
壁に掛けられたカレンダーの日付は2月14日。学校が終わった後、校門前で雪乃と合流し、よりたい所が有ると言う雪乃に付き合って近所のスーパーに行き、ちょうどいいとばかりに夕飯の材料を買い込んで家に着いてみればすぐさまこれだ。
何がどうなっているのやら分からず頭を抱える蒼衣。そんな彼に亡霊が囁きかける…のだが。
『…ねぇアリス。どういうこと?なんであの娘昨日じゃ無くて今日張り切ってるのかしら』
知ったことか。むしろこちらが聞きたい。と投げやりに考える蒼衣。
無理も無い。たった今台所を占拠している少女はキャラがブレまくっていたのだ。
「…溶けない物なのね、チョコレート。温度を上げた方がいいかしら。
中身は何にしようかしら。ただ溶かしたチョコレートを型に淹れてはいどうぞじゃ味気ないもの…。
ナッツ…ドライフルーツ…ジャムもいいかも…………………………………血?」
「『それはない(わ)』」
風乃がまともな事を言った数少ないシーンであった。
『ねえ、アリス。本当に心当たりは無いのかしら?』
「ありませんね…。今日だって特に変わった事は無かったし」
首を捻りながら記憶を辿る蒼衣。
いつも通り校門前で雪乃と合流し、彼女の寄りたい所が有ると言う言葉でスーパーへ向かった。
学校でチョコを二つ貰い、それを鞄に入れながら雪乃に話しかけたがそれは大した問題では無いだろう。その時雪乃の顔色が変わったように見えたのも雲が動いたのが原因だろうし、心当たりは思いつかない。と蒼衣は素直に風乃に言った、のだが。
『どう考えてもそれが原因でしょう!?むしろそれ以外に何が有るって言うのよ!?
「まあ落ちついて下さい、お義姉さん」
『私に弟はいないのよアリス』
「今は置いておいて雪乃さんについて話しましょう、お義姉さん」
『ええ読めたわ。その“おねえさん”、漢字に義が入っているでしょうええわかったわ私はいつから貴方の義姉になったのかしら、アリス?』
「黙ってて姉さん。そんなの半年前からに決まってるでしょう?何を今更そんな事…!」
「雪乃さん…!」
『…(これはダメね。今回はまともな登場人物が私以外に居ないという事かしら)』
メタい想像をする風乃であった(そう言うあんたも大概変な人ではあるが)。
「それよりも姉さん」
『何かしら、雪乃?』
「いい加減姉離れしてくれないかしら?」
『…嫌だわ雪乃。私が貴女から離れる訳無いじゃない』
目を潤ませながら言っても説得力も何も無いものだ。
しかも【裾を掴んで震える】というオプション付き。こりゃあたまらんばい。
「…やっぱりいいわ。もう暫く姉さんの戯言に付き合う日々を送ってあげる」
『あら、そんな事を言っていていいのかしら?(ああ、やっぱり雪乃は優しい娘ね堪らないわそんなのだから虐めたくなるのよ私だって
自分の所為で人付き合いが悪い妹に王子様が現れたら応援してあげたいわよでも素直にそんな事言ったら私のこのキャラが崩壊してしまうじゃない
そんなのはダメなのよああそれにしても雪乃は可愛いわねペロペロ)』
「貴方は言ったわね、白野君」
「?何を?」
「『雪乃さん、あなたが好きだ、あなたが欲しいィィィーーー!!!』って」
「言っては無いけど何時でも言うよ?」
「あら、ありがとう」
『…(勘弁してくれないかしらこの2人。夏からしょっちゅうこんな事言ってるのよ?いいわよもっとやりなさいハァハァ)』
どいつもこいつも末期である。