「また、この夢なのね」
薄闇に覆われた、どこかの家の一室
騎士としての癖か、目は自然と周囲を観察し始める。
放置されて長いのか、辺りには埃と日焼けの臭い。
床に広がる黒い染みは、暗くてよくわからないが…嫌な想像を、掻き立てられる。
正面の出入り口であろうドアの前には本棚が倒れており、なぜかこの部屋には窓がない。脱出はできないのだろう。
埃や何かの破片が散乱しているが、家具は倒れている本棚と机しかない。ならば、床に散らばる破片は何か
だが、大した問題ではなかった。これは夢なのだ、断章が使えなかろうと泡渦に襲われようと、醒めれば終わりだ。
本当の問題は―――
「いるんでしょう、姉さん」
廃墟特有の、埃と停滞に満ちた重い空気を声が切り裂く。
そう大きな声を出したつもりではなかったのだが、妙に部屋に響いて少し気恥ずかしくなった。
そして。
突如目の前に現れた白い手が、雪乃の顎をくいっと持ち上げて。
唇に濡れる柔らかい感触。
「…っ!」
瞬間、後ろに飛び退く。
そして、その先に再び柔らかい感触。
後ろから腕を胸に回されて、がっちりと抱きすくめられた。
『自分から飛び込んでくるなんて嬉しいわね。可愛い妹に甘えられるなんて、姉さんは嬉しいわ』
「姉さん、放して」
冷たい声で拒絶を告げる。
『ふふ…。』
ゴシックロリータに身を包んだ、泡渦そのものと化した姉、風乃。
蟲惑的な、そして退廃的な笑みを浮かべるそれは、本人ではない。この泡渦ですらない"ただの悪夢"が作り出した、風乃に似た悪質な模造品だ。
拒絶への返答は、手の回された胸へと行われた。
「うっ…や、はっ」
やわやわと揉みしだかれる胸、そこから生まれた甘い官能が、全身を走る。
「あっう、くぅ…っ!」
胸の先端に血と性感が集まっていく。風乃の手管に、心を囚われそうになる。
『本当はしてほしいんでしょう?やせ我慢は良くないわ』
クスクスと、嘲笑が耳を嬲る。蔑まれる事に快感を覚えるほど、心は堕ちてはいない。
しかし、既に堕ちた身体は耳に触れる吐息にすら感覚を尖らせ、性感を求めた。
『本当に敏感ね。可愛いわ、雪乃…』
「ひぁっ!」
ぬらりと光る舌が、粘液を纏いながら耳朶をなぞる。
ぞわぞわと、背骨を静電気が走った。
ガクッと、腰の力が抜ける。身体にかかる重力のままに、ぺたんと尻もちをついた。
「はーっ、はーっ…」
上がった息が戻らない。炙られたかのような熱が、内側から身体を灼いていく。
床に溜まった埃が制服のスカートを白く塗り、それを見てようやく自分が学校の制服を着ていることに気付いた。
今夜で、何度目だろうか。こんな忌々しい淫夢を見るようになったのは。
憎い姉に犯される夢。それを、一夜また一夜と重ねていく度に、いつの間にか身体に快楽が染み付いてしまった。
下らない、取るに足らないと断じていた挙句がこの体たらく。泡渦の可能性もあるのかもしれないが、こんなことを他人に相談する訳にはいかない。
泡渦の悪夢であることが確かならば、すぐに神狩屋に報告しただろう。だが、泡渦であるとするにはあまりにも確証が無かった。
それにもし、泡渦の仕業でないのなら完全に笑い物である。そんなことはプライドが許さない。
そんなことは――
チュ、クチュ…
嫌でも聞きならされた水音が、響いた。
淫水を練り官能を誘う、淫魔の呼び声。風乃が何かやっているのかと周囲を見回しながら音源を探り、気がつく。今官能の波紋を音として撒いているのは、まぎれもない自らの秘所であった。
気付いた途端、体中の筋肉を溶かすかのような甘い痺れが股間から広がり、全身から力を奪う。
そして、膝丈のスカートに差し入れられている、腕。薄闇の中でぼんやりと見える、包帯にまかれたその腕は―――
「くっ…」
間違えるはずもない、自分の腕だった。
「くぅ、う…」
ショックだった。
知らぬ間に自慰を行う程に快楽に冒された身体が。
自らの手に「犯されている」と錯覚した瞬間、更に官能を増した自らの心が。
自分の限界は、自分で思っているよりも早かったのだ。
動き出した指は、まるで別の生き物であるように秘部を這いまわる。
「ふぅ…ふ、うぅ…」
稚拙な手管。本能のままに下着の中を撫でまわす、焦らすようなもどかしい動きが、性感を高めていく。
脳裏によぎるのは、風乃の天にも昇るようなあの―――
「ふぁ、あんっ!」
思い起こした瞬間、脳内で自らの手は風乃の手へと変わった。
聞こえてもいない筈の風乃の言葉が聞こえる。秘部を撫でまわしていた手が、秘裂を激しく穿ち始める。
空いた右手が食らいつくように胸を揉みしだき、支えを失った上半身が後ろへと倒れる。髪に埃が入るなど、もはや頭にはなかった
「あっあっ、ああっ!」
官能に流されるまま、溢れる性感を貪ってゆく。もう、なにもかんがえられない。
<『気持ちいいかしら?ほら、見ててあげるから…ね?』>
「くぁっ、ああっ!」
妄想の風乃に看取られながら、脳内が白く爆発した。
内腿をきつく締めながら、大きく背をのけ反らせ…雪乃は、絶頂へ達した。
「はぁ、はぁ…」
荒い息をつきながら、ぼんやりと仰向けになり目を瞑って余韻に浸る。
波が引くように、全身から官能の熱が冷めていくのがわかった。汗をかいたままクーラーの効いた部屋に入るような心地よい清涼感が身体に広がってゆく。
「ふぅ…」
ぼんやりと目を開いて…そして、冷たく見下ろす一対の目が、あった。
「っ…!?」
まるでアリの行列を眺める幼子のような、感情の読めない、しかし興味の籠った、こちらを観察する目。
風乃の事を完全に失念していた。改めて、自らの淫蕩さに愕然とする。
血の気が引いた。そして、完全に醒めた。他人に秘め事を見られた、その事実が恐怖となって心を締めあげる。
悪夢は、まだ終ってはいない。
風乃が、ニタリと笑った。
『今まで嫌がっていたのに』
風乃が、膝をついてこちらの顔を覗き込む。
「ち、違…」
『本当は、欲しかったの?』
顔の両脇に手をつき覆いかぶさってくる。
「嫌…っ!」
『自分で慰める程に求めていたのに、嫌がるふりをしていたの?』
さらに近づき、風乃の顔が視界一杯に広がる。
『可愛いわね』
「んっ!」
二度目の口づけ。風乃の胸に両の手をつき、押し返そうとするが…力が入らない。
嫌々をするように首を振って抵抗するも、唇は頑なに張りつき離れない。
ろくな抵抗もできないまま、無防備に唇を吸われ続ける。
ちゅっ、ちゅっ…
「ん、ふぅっ…」
水音が、水面を伝う波紋のように広がり、心を乱す。
濡れた舌が歯をなぞり、唇を撫でる。口を辱められるたび、自らの秘芯に再び情欲の炎が灯るのを感じた。
同時に、心に湧き上がった切なさに困惑する。まるで、口を吸われる度に心の中の温かいものを汲み上げられていくような、寂しさにも似た物足りない感覚。
これが、キスいうものなのだろうか。心だけが乳飲み子になったような心細さを感じる。目の前の相手に対する、渇望と恭順が膨れ上がっていく。
触れる程度のキスなら何度もされたが、こんなに激しいキスは初めてだった、と霞む思考の中おぼろげにそう思った。
胸に圧し掛かる風乃の柔らかく温かい身体に、何故か安らぎを感じる。
ちゅるっ、はぁ…。
長い間の後、銀の滴を滴らせながら風乃はようやく私を解き放った。
顔を近づけたまま、口だけの解放。まだ辱め足りないらしい。
未だ続く恥辱の宴に、意思と裏腹に心は期待を募らせる。
『ふふ、御馳走さま…』
すべてを見透かしたような、挑発の目で見つめてくる風乃。
視線を合わせるだけで、心に愛欲を注ぎこまれるような気がして、目を逸らした。
そっぽを向いたのを、頬を差し出したとでも受け取ったのだろうか。チロチロと上気した頬を舐めながら唾液をまぶしてくる風乃。生温かい粘液が、気持ち悪い。
『それで雪乃。この手は何かしら?』
言われてから気づいた。この言う事の効かない自らの腕は、あろうことか、まるで求めるように風乃の背中へと回されていた。
いや、事実求めているのだろう。背骨も、勝手に反っては風乃の身体へ自らの体を押し付けんとしている。
「う…」
自らの身体と心は、もはや意思ではなく風乃に与えられる快楽に従っている。それを痛感した。
勝ち誇るような、微かに寂しそうな笑顔で、風乃はあざ笑う。
『キスでメロメロになっちゃうなんて。なんてウブで愛しい我が愚かな妹…』
「くぅ…っ」
あまりの屈辱に、涙が滲む。
だがしかし屈辱は、怒りではなく情欲の炎に燃える。
だんだん、屈辱をなんとも思わなくなっていく。
『そんな潤んだ目でおねだりされるなんて。嬉しいわ』
だが風乃は、そんな屈服の証とも言える腕を振り払い、上体を起こす。
「あっ」
自然と声が出た。触れ合う胸を剥がされ、胸の中を共有していたかのような、心の体液を流し込み合うような温かいつながりを断たれた。
心に大きな穴が開く。その穴に寂しさが流れ込み、溢れだす。
『安心しなさい、そんな目で見なくてもちゃんと遊んであげる』
ひた、と粘液に濡れた下着に膝が押し当てられる。
「やっ」
『きっと気に入るわよ』
そのままゆっくりと体重をかけ、円を描くように撹拌する。
「あっ、は、あぁっ!」
自慰で一度は鎮火した恥部が、再び熱く燃え上がる。
先ほどの行為とはまるで比べ物にならない、意識が飛びそうな程の圧倒的な快楽が、股間から脳へと殺到する。
「あっあっああっ、ああーっ!」
強すぎる快楽に脚を締めて和らげようとするも、体重のかかった風乃の膝は圧倒的な力と快楽で敏感になった秘部を圧倒して逃がさない。
髪を振り乱して背を反らし、嬌声を捧げる事。それが快楽の生贄に許された唯一の行為だった。
あまりに無力な被害者に、凌辱者はさらなる追い打ちをかける。
振動を織り交ぜ、激しく抉りはじめた。
「ひっ、あ、ああーっ!や、あ、あっあっ…ああっ!!」
虚を突く動きを織り交ぜられて、身構えるという最後の防壁すら破られた。
全ての抵抗を剥がされ、凌辱の限りを尽くされて、後はもうされるがままに弾けるのみ。
「あーっ!あーっ!あっあっ…」
『はい、ここまで』
限界の時を迎え、大きく息を吸ったその瞬間…突然、愛撫は打ち切られた。
「え…」
いきなりの解放にまず困惑し、それから秘部から湧き上がるマグマのような熱に、風乃の思惑を知った。
そしてその冷酷さに怖気と、興奮と期待を感じる。
「あ、ああぁ…」
熱い。
踏みしだかれた秘部が、火を噴きだしそうなほどに。
火傷をしたかのように、内側からどんどん加熱していく。
捲れ上がったスカートの下、淫らな液がどくどくと流れだしていくのがわかる。
脚は内股をこすれ合わせ、腰は誘う様に激しくうねる。だが、どんなに足掻いても、内側から身を焼く快楽の火の勢いは止まらない。
何をされたのだろうか、腕の感覚がない。身体が勝手に、という事がないよう、心に逃げ道を作らせない為か。
そして冷たく見下ろす風乃。
つまり、愛撫を乞えという事なのだろう。
既に大半を焼かれ、疲弊しきった心に最後のとどめを刺そうというのだ。
もう、抵抗しきる気力はない。
それでも、すんなり投降することはプライドが許さない。
精一杯、耐えてみせよう。そう心に決めて目を閉じ、きゅっと口を真一文字に締め―――
「くああっ!」
決意も、気力も声と共にはじけ飛んだ。
風乃が、指で秘裂をなぞったのだ。
快楽の火は加速度的に燃え上がり、渦巻く炎となって最後の理性を焼き払う。
「ああっ!ああっ!」
燃え盛る火焔が、下着の中で暴れている。
そう錯覚させるほどに、身体は絶頂を渇望していた。
もはや、恥も外聞もない。今にも爆発しそうな性感をなんとか鎮めなければ。
そう思い、風乃に投降の意思を告げようとする、が。
つん、と再び、風乃の指が膨らんだ下着の中心を軽く突く。
「あはぁっ!」
指が触れたその一瞬だけ、充足による至福が身体を包みこむ。そして訪れる快楽の灼熱地獄。
投降して、素直に愛撫を乞えば終わりだと思っていた。…甘かった。
自分を徹底的に焦らして、骨の髄まで快楽に冒させる気なのだ。
絶望が、心を覆う。
その絶望すら薪代わりに、魔女の炎は燃え盛る。
「ああっ!あっあっ!あああっ!」
さながら、火あぶりにかけられる魔女のように、情欲という炎にその身を焦がす。
『自らの信念の為にその身を焼かれる。なんて愚かで美しいのかしら』
おもちゃを見つけた子供のように目を輝かせ、風乃は何度も突っつき回す。
ぷに、ぷにと柔らかい恥丘を凹ませる度、嬌声は一層高いものへと変わっていった。
「あぁぁっ!も、いっ、嫌っ、あ、あああっ!」
どれほどの間、悪魔に嬲りものにされていたのだろう。
もう、下半身の感覚は無く、ただただ性感の爆風に弄ばれるまま。
耳元に、風乃の声が聞こえる。
『辛そうね。助けて欲しい?』
言葉の意味を理解することができない。ただ、本能的に頷いた。助けて、と。
『…ふふっ』
何か、重大な過ちを犯したような気が、する。
それが何なのかを考える前に、思考は悦楽に飲み込まれた。
『ちょっと焦らし過ぎたかしら?辛そうね、可哀想に』
そう言いながら、心底楽しげに笑う、風乃。
びしょびしょになった下着をずらされる。
風乃が、人差指と中指をつきだし剣印と呼ばれる指の形を作った。
やっと、来る。救いの瞬間が。
暴れる腰の中心へと、一息に突き立てられた。
「あはあぁぁぁぁぁっ!!」
全てが、白く染まった。
…長い。三秒、四秒。脳を焼く激しい快楽が、これほどまでに続くのは初めてだった。
それはまさに、天国であった。
まるで本物の剣を突き立てられたかのように、激しく噴き出す淫液。
自らの背は、世界すら構築するほどの快楽に、折れんばかりにその骨を反らして歓喜する。
顔は、充足に満ちた極楽の瞬間に、至福の表情を溶けた顔に浮かべる浮かべる。
淫蕩な地獄の果てに垣間見た天国は、脳に消えない快楽の烙印を刻み、消えた。
そして、世界が暗くなる。
「はーっ、はーっ…」
ぼやけた意識が、元に戻った。
あまりに大きな絶頂だったためか、甘い電流が身体を麻痺させて放さない。
ぼんやりと、辺りを見回す。それにしても、今のは…。
風乃が、入れたままになっていた指を鉤爪状に曲げて、内部をひっかいた。
「あぁん」
自分でも驚くような、鼻にかかった甘い声。
さらに、バシャ、バシャと残った愛液とともに快楽の残滓が噴き出した。
風乃が指を引き抜くと、堪らなく寂しく感じる。もっと、抉って欲しい。そして、もう一度…
『気持ちいい事は素敵な事よ。貴方にも伝わったかしら?』
コク、と頷くと、風乃は愛液の滴る指を口に入れてきた。
ためらいなく口に含む。…甘い、快楽の味がした。
自分はもう堕ちてしまったのだろう…だが、どうでもいい。もう一度、あの天国を味わえるのなら。
心地よい気だるさに包まれながら、意識を途絶えさせるかのように目を覚ました。
「…っ」
飛び起きた雪乃は、真っ先に下着を確かめた。
だが、寝汗で湿っている以外には何の異常も見受けられない。
普通、あれだけの淫夢を見たら下着が汚れる位の事はあるのではないか。
とは思ったものの、雪乃は普通を知らない。自らでは判断できないし、人に相談するなどまっぴらごめんだ。
自分は魔を狩る獣。取るに足らない夢の事など捨て置いて、ただ泡渦を焼き払う。その邪魔にさえならなければ、それでいい。
雪乃は、また結論を後回しにし、そして夢を見て後悔するのだろうか。あるいは、悦ぶのだろうか。
そして、雪乃は今夜も夢を見る―――
「…」
寝ぼけ眼で、蒼衣は考える。
えらい夢を見てしまった…。