夕方にファミリーレストランに行った。  
隣の席には高校生くらいの線の細い男と、彼と同年代くらいの美少女のカップルが座ってきた。  
少年は学校の制服を着ていて目立ちはしなかったけれど、少女の黒いゴシックロリータの服装は印象的だった。  
喧嘩でもしているのか、女の子のほうは相手の顔も見ずにつまらなそうな顔をしていた。  
少年は絶えず明るく話しかけて少女を退屈させないように努力しているのに、彼女はほとんどそれを無視する。  
返事をする場合でも一言か二言だけで、会話をしているって雰囲気じゃなかった。  
この時点でも男の子にかなり同情をするけれど、急に女の子が奇妙なことを言い出した。  
「姉さんの感覚がおかしいだけよ」  
おかしいな、二人だけだったはず――そう思って横目で見たが、彼女の隣にも向かいの席にも誰もいなかった。  
携帯を使って話しているわけでもないし近くにウェイトレスもいない。  
けれど彼女はそこに誰かが存在するかのように、店内の何もない空間を見上げながら喋っていた。  
不思議なひとりごとを聞いても少年は戸惑うことなく、曖昧に笑って話を続けていた。  
さっぱり理解できなかったが、尋ねるわけにもいかない。  
先に少年の注文した料理が運ばれてきたが彼はなぜか食べようとしなかった。  
少女は「白野君」と呼びかけ、料理に手をつけない理由を尋ねていたのだが、また唐突におかしな発言があった。  
「そんなつもりで言ったんじゃないわ。姉さんは黙っていて」  
不機嫌そうに彼女は言い放つと、組んだ腕をテーブルの上に置いて視線を天井へと向けた。  
ポニーテールに結われた少女の黒髪はかすかに揺れていた。どういう「設定」なのかはここで理解できた。  
この美少女には幽霊となった姉がいるらしい。  
最初は奇抜だと思っていた黒いゴシックロリータという服装も、こうなると別の意味を帯びてくる。  
霊感持ちという彼女の妄想とその服の趣味は親和性が高いと感じた。特別な服装こそ、相応しい。  
人前でも平気で目を引く服装をしているということは、これが常態になっているのだろう。  
だとしたら、さぞかし彼氏は大変だろうなと思いながらコーヒーをすする。  
カップの中身はほぼ空に近づいていたけれど、もうすこし二人のやりとりを聴いていたかった。  
少女の頼んだ料理が机に置かれるのを待ち、給仕にお代わりを頼むことにした。  
 
店員がコーヒーの入ったポットを持って再び現れても、まだ少女達は何も食べていなかった。  
「雪乃さん。こっちはもう冷めてきたから交換しようか?」  
少年の言葉から少女が猫舌なのだと推察できた。  
冷たい態度とのギャップが、その弱点に可愛らしいという印象を与えている。  
彼女は少年の申し出をにべもなく断るとスープパスタの器にフォークを挿しこみ、そこで動きを止めた。  
「ああ、肉が入っていた? 旨味を出すためにベーコンが入ってる事ってよくあるよね」  
少女はフォークから手を放すと小さくため息を吐いた。  
肉嫌いか。それはただの偏食で、悪いイメージだな。そう考えていると少年に動きがあった。  
少年はパスタの入った食器を持ち上げると自分の方へ寄せ、代わりに彼の注文した料理を差し出す。  
「魚なら平気だよね?」  
そう言うと、彼は器に取り残されていたフォークと追加をしたスプーンを使って食事を始めた。  
少女は文句を言いながらも、少年の注文した料理を口へと運ぶ。  
食事が始まっても、口数こそ少なかったが彼女はたびたび幽霊に話かけることがあった。  
驚いたのは少年までもが幽霊に話しかけていたことで、まるで彼にも幽霊が見えているかのようだった。  
彼が幽霊に声をかけ、幽霊が何かを答えたらしき間があり、その妹が苛立ちながら言葉を発する。  
少女から幽霊、幽霊から彼へと言葉をかけるという逆のパターンもあった。  
少女の頭の中でのみ響いているはずの幽霊の発言を聞き、会話を成立させているのだろうか?  
同じ妄想を共有していたとしても、そこまで上手くいくとは思えなかった。  
二人が食事を済ませて店を出て行くまで観察を続けても、納得のいく説明は思いつかないままだったのが残念だ。  
だが、幽霊の妄想を共有していることだけが二人の絆というわけではないのだろう。料理を交換した直後のことだ。  
向かいの席に座っていた少年には聞き取れなかったようだが、聞き耳を立てていたこちらには声が届いていた。  
小さな声で「ありがとう」と。すぐに批難の言葉を重ねて誤魔化していたが、少女は確かにそう呟いていた。  
 
 
「ああ…………どうしてかな。こんなことを思い出すのは」  
死の間際には過去の出来事が走馬灯のように流れるというが、なぜか浮かぶのは前日の記憶だった。  
自分とは無関係の若いカップル。家出をしていた妻との思い出に、似通ったエピソードがあるわけでもない。  
不思議ではあったが、それ以上の異常な事態を見たばかりだった。  
数日前から失踪していた妻を自宅に連れ帰ってすぐ、死人のような白い腕は私たちを襲った。  
いま自分たちを捕らえている腕は床と壁から何本も生えていて、徐々に増す力のせいで呼吸さえ難しくなってゆく。  
意識を失う寸前に幻を見た。昨日の少女が戸口の傍に立ち、険しい目つきでこちらを見ていた。  
 

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