ずっと好きだった。  
 
孤高の君をこの手の中に引き込んでしまいたかった。  
 
だから、君をこうして、少しずつ溶かしてきた。  
 
 
一度目は、いつもの台詞で返された。  
 
二度目は、聞かなかった振りをされた。  
 
 
そして、三度目。  
 
好きだよ、と言った僕に、雪融けの君は頷いた。  
 
そんな君に僕は穏やかに微笑んで、  
 
 
君を奪った。  
 
 
いつもの巡回のあと、二人は蒼衣の部屋にいた。  
昨日のこの時間と同じように。  
 
――――――汚れも、体温の記憶もない雪乃に、初めて自分を刻みつけたこの時間と。  
…………傾きかけた陽が作る薄暗がりの中、お互いに一言も発しない。  
 
「…………」  
 
冷たい沈黙だった。  
耐えかねて、蒼衣は口を開く。  
 
「雪乃さん…ごめん」  
「………」  
 
答えはない。  
 
「………怒ってる、よね………」  
 
昨日の、こと。  
 
すると、躊躇うように、雪乃の視線が彷徨った。  
 
「………………私が、愚かだったのよ」  
「え?」  
 
思わず顔をあげると、雪乃は窓の外を見つめて、抑えるようにつぶやいた。  
 
「あの時、私は人間に戻ってしまった。あなたの想いに応えたい、と………  
 ………馬鹿ね、私、ただの女の子に戻った………戻れた気がしてた」  
 
化け物になると自分で決めたことなのに、滑稽でしょう、と、その言葉にかすかな自虐の色が混じる。  
 
「…………私は、もう戻れない」  
 
雪乃はそう言って何かを堪えるように俯いた。  
 
「普通の幸せなんて、諦めなきゃいけなかったの。このままじゃ、私は……………」  
 
この温かさに、負けてしまう。  
痛みと引き換えに得た刃を、失ってしまう。  
 
「お願い、」  
目を伏せ、かなしい程に美しい睫毛を震わせて、彼女は呟いた。  
 
「私を、化物に戻して」  
 
…………それは、あまりにも悲痛な懇願だった。  
こめかみに銃口を押し当て、今にも自らの命を絶とうとしている人間が、  
阻む相手に止めないでと叫ぶような、血の滲む言葉だった。  
 
けれど――――――  
 
引き金を、引かせる気はなかった。  
 
「…………ごめん」  
「…ぇ?」  
 
次の瞬間、蒼衣は雪乃を抱き寄せ、その色のないくちびるを啄むように奪った。  
 
「………っ!…ん、ぅ」  
 
細腕の抵抗をよりきつい抱擁で封じ込め、もう片方の手で柔らかな黒髪ごと頭を支える。  
 
「ん…………っ」  
 
そのまま歯列を割って舌を絡めると、雪乃の身体が小さく震え、やがて力を失った。  
 
「僕は、君をもう離せない」  
 
息継ぎ代わりに囁いて、再び絡め吸う。  
髪を束ねるリボンを解いて、その手で腰を引き寄せると、自然に上体が反れる。  
――――――そして、怖くなるほど軽い音で、彼女はふわりとベッドに倒れた。  
 
「君が化物に戻りたいと望んでも、」  
 
もう、僕が戻せない。  
 
「や、っ……白野くん、やめて……っ!」  
 
組み敷かれた状態で、それでも雪乃は最後の抵抗に声を上げた。  
それに耳を貸すことなく、蒼衣は彼女の着衣を次々に引き剥がしていく。  
 
「やめないよ」  
 
もう引き返せる地点はとっくに過ぎている。  
たとえここで彼女を離したとしても、何一つ元には戻らない。  
 
それならば、今全てを奪ってしまえばいい。  
身体も心も、頑なすぎる気高さも全て。  
 
「そんな言葉本当じゃないくせに……どうして嫌がるの?」  
白い首筋に噛みついて、跡を残す。  
「…っ、…や…ぁっ…」  
それだけで声を上げる彼女に、彼は思わず微笑みを浮かべた。  
愛おしく思うその心のままに、胸元に甘く吸い付く。  
「あんっ!ぅん、…んっ、っぅ!」  
耐えようとするかのようにきつく目を閉じた雪乃は、その刺激にシーツを両手できつく掴んでいた。  
 
「…………可愛いよ、雪乃さん」  
唇を離して、耳元でそっとささやいた。  
かすかに開かれた涙目に、宥めるように髪を撫でる。  
甘い雪乃の香りに包まれながら、全身で彼女を抱き締めた。  
 
もう、それでしか想いを真っ直ぐに伝えられる方法はないと思ったから。  
 
「…………もう、いいよ」  
 
これ以上自分を痛めつけないで、と呟くと、彼女は再び目を閉じた。  
 
応えるようにゆるゆると力が抜けていく。  
静かに解けていく。  
 
 
…………もう、いい。  
 
 
固く握りしめられていた手が開かれ、たどたどしく蒼衣の背に回された。  
 
それと同時に、再び蒼衣の唇が雪乃の肌に落とされる。  
 
耳許に、頬に、首に、胸元に。  
 
指先を全身を探るように這わせ、白い身体を少しずつ染めていく。  
そして、長い愛撫の末、その指をしなやかな二脚の間に運んだ。  
 
「…………っ!」  
 
慣れないからだはたった一本差し入れただけだというのに大きく跳ねる。  
絶え間ない嬌声に嗜虐心を煽られ、敢えて焦らすようにゆっくりと動かした。  
呼応するように彼女も少しずつ慣れ始め、その指に吸いつく。  
 
「っ、…ぁ、あっ…」  
 
やがて淫音がこぼれ始めた。  
 
「…っ、ゃ…」  
 
羞恥に身を捩じり、熱を帯びさせた頬に時折あやすようにくちづけ、  
次第に速度をあげた。  
 
「あっ…やっ…ぁっ…あっ!」  
 
指を引くと、温かなものが零れおち、ひどく淫靡に肌をすべった。  
 
「…溢れてるね。気持ちいい?」  
「………っ、うるさい……」  
 
殺すわよ、の前にもう一度指を差し入れる。  
今度はもっと奥に、押し広げるように蠢かせて。  
 
「っ、待って、っ………や、ぁんっ!」  
 
無用な自尊心などすべて捨てさせてしまいたいから、容赦なく攻め立てる。  
音が響くように、何度も内側で擦って、もっと濡れさせる。  
 
ちゅ…くちゅ…  
 
「ゃあっ、やっ…あっ、駄目っ!」  
 
耐えきれず反った身体を抱き寄せて、とどめに甘い呼気とともに囁く。  
 
「……欲しい?」  
「…っ……馬鹿…っ…」  
 
自分の口で強請らせてもよかったけれど、そう言って睨んだ目が愛おしすぎて、  
零れた涙を舐めとりながら改めて体勢を整え、一度彼女の身体を離して準備した。  
 
「手、回して」  
 
抱き締めながら言うと、ぎゅっと握ったままの手で腕が回される。  
それを確認し、腰を押さえて侵入を始める。  
慣らすように、馴染ませるように擦りつけて、少しずつ。  
 
「あっ…いっ…はあっ…っん…」  
 
腕に力が入る。拳が強く握られ、爪が痛々しく白くなる。  
「っ…手…開きなよ」  
「…ゃ、っ駄目っ…」  
「なんで、ほら…」  
 
すると、切なげに眉を寄せ彼女は言った。  
 
………爪、立てたら痛いから。  
 
声にならない言葉で言われ、蒼衣は驚き―ー――その優しさに微笑んだ。  
 
「………やっぱり君、化物としては失格だよ」  
後ろ手に手を回し、指をからめて拳をほどく。  
同時に一層おびただしく流れ出す蜜に濡れた奥に身を進める。  
 
「……ぅっ!んぅっ!」  
 
抵抗力を失った爪が、行き場なく背に刺さる。  
けれどそれさえも快感に変わり、甘くしみた。  
「ぁぁっ……んっ、あぁ………っ!」  
勢いに乗せて最奥までたどり着くと、喘ぎ声が高く響く。  
愛おしくて、愛おしくて、啼く唇を何度も塞ぐ。  
 
「動く、よ?」  
「………っ、んっ、」  
押しつけられた熱い頬の頷きと吐息を感じて、ぐっと擦りつけるように動かした。  
リズムが徐々に速くなり、雪乃の内部を叩く。  
 
「あっ、ん 、あっ…、ぅん…っく、っ…! 」  
 
彼女もまたリズムに揺られ、強く彼の身体にしがみついた。  
包まれるような体温に安心して、竦んでいた身体がほどける。  
溶解しそうな快感と、上り詰める感覚だけが全身を支配する。  
 
「…っぁ……も、だめ……」  
「っ……んっ、イこう…」  
 
何度も激しく揺らされて、一番奥まで深く深く、強く貫かれて、  
 
「ぃっ…くっ!あっ!ぁあぁっ…」  
「……っ!」  
 
ふわり、と身体が浮いた気がした。  
 
 
・・・・・・・・・・・・・・・  
 
 
「………」  
 
いつの間にか眠ってしまっていたらしい。  
横を見ると、雪乃もまた静かな寝息を立てていた。  
何もかもが夢のように清らかに、人形のように静かに目を閉じたその頬にそっと触れると、  
魔法が解けたように少し表情がくすぐったそうに変わった。  
 
「…………」  
 
そんな「ただの女の子」の顔に微笑みかけて、蒼衣はもう一度雪乃を抱き寄せてやわらかな髪に顔をうずめる。  
 
甘い砂糖菓子の香りに、春の訪れのような風が吹いた。  
 
 
 

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