「雪乃さん」
特に何もない午後の黄昏。
蒼衣は肘をついたまま全く動かない雪乃に目を遣った。
恐らく日々に疲れて眠っているのだろうとは予想がついていた。
かれこれ一時間近く微動だにしていないのが証拠だ。
一応確かめる為に声を掛けた。
「………」
起きているのなら刺々しく声を返してくれるだろうが少女はただ無言だった。
「…よっ、と」
蒼衣は立ち上がるとタオルケットを取りにいった。颯姫も神狩屋も留守の今は蒼衣と雪乃、あとは夢見子しかいない。
リラックマの柄のタオルケットを手に戻り、それをそっと掛ける。
その際に寝顔を覗き込んだ。
「すぅ…すぅ…」
聞こえてくる寝息。顔はとても安らかだった。
「よく寝てる…良かった」
蒼衣は雪乃の頭を撫でる。さらりとした髪。撫で心地は良かった。
微笑みながらしばらく撫でていたが、やがて手を離した。
「雪乃さん…」
蒼衣がそう呟くと同時に雪乃の表情が歪む。
「し…らのく……」
「雪乃さん?」
「こわい…たすけて…しらのくん………」
蒼衣は雪乃の手を握って呟く。
「雪乃さん、僕はここに居ますよ」
すると雪乃の顔がまだ再び安らかな顔に戻っていった。
蒼衣は離れようと思ったがすぐに苦笑いして諦めた。
蒼衣の手を雪乃がしっかり握っていたからだ。
「ほ………しゅ………」
ふと雪乃が声を漏らす。
「ん?」
蒼衣は雪乃の口元に耳を近付けた。
「ほんとうは、しゅきなの…しらのくん………」
特に何もない午後の黄昏。
そこには顔を夕陽より赤くした蒼衣と、何も知らずに幸せそうに蒼衣の手を握りながら眠り続ける雪乃が居た。