「あの…」  
 特に何もない午後の昼休み。  
 あやめは肘をついたまま全く動かない空目に目を遣った。  
 本を広げたまま眠っているのだろう。空目の傍にいつも居るからこそ見慣れた一ミリメートルも動かない姿。  
 声を掛けても返事は来ない。あやめとしても、あくまでも確かめのつもりだった。  
「すぅ…すぅ…」  
 返事が返らない事を確認すると、あやめはそっと空目に近づいた。  
 優しい寝顔。寝ている時だけ見られる意外な顔。  
「…くすっ」  
 胸の中に湧き上がる愛しさ。  
 あやめは空目の寝顔をじっくりと見つめた。  
「すぅ…すぅ…」  
 聞こえてくる安定した呼吸。  
「…可愛いです」  
 今の自分を見たら、一体皆は何と言うだろうか。  
 あやめは一人、独占しているような気分を味わっていた。  
「…このようなところで寝ていたら夏と言っても風邪引きますよ? 冷房効いてますし」  
 あやめはとてとてと小走りでタオルケットを持ってきて空目にかける。  
 そっとその黒い髪を撫でた。何の手入れもないのに、髪にダメージを与える事をしてない故に綺麗でサラサラとしている。  
 撫でた心地が良かった。思わず、夢中で撫でてしまう。  
「ん…あやめ…」  
 ふと空目が言葉を漏らす。慌てて離れるあやめだが、一向に起きる気配は無い。  
「あ…寝言ですか…」  
「ほ…しゅ………」  
「保守?」  
 あやめは空目の口元に耳を近付けた。  
「ほぅ…見られながらの手淫がそんなに感じるのか………」  
 特に何もない午後の昼休み。  
 そこには羽織る臙脂のケープより顔を赤くしたあやめと、何も知らずに黙々と眠り続ける空目が居た。  
 その後、寝言が実行されたかは定かではない。  
 
 ハツカネズミが「ハハッ♪」と夢と魔法の国から来たので物語はおしまい。  
 
 

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