「白野くん」  
 特に何もない午後の黄昏。  
 雪乃は肘をついたまま全く動かない蒼衣に目を遣った。  
 あまりに暇とは言えどもかれこれ一時間近く一ミリメートルも動かないのはやや不安にもなる。  
 そうして声を掛けた。  
「………」  
 だがいつもなら優しく声を返してくれるだろう少年は無言。  
「…白野くん?」  
 胸の中に湧き上がる焦燥。  
 警戒しながら雪乃は蒼衣の傍に寄った。  
「すー…すー…」  
 聞こえてくる安定した呼吸。  
「寝てるだけか…」  
 今の自分を見たら、一体皆は何と言うだろうか。  
 雪乃は一人恥ずかしくなり顔を赤くした。  
「まったく…こんなところで寝たら夏と言っても風邪引くわよ?」  
 雪乃はわざと刺々しい口調で独り呟くと、どこからかタオルケットを持ってきて蒼衣にかけた。  
「ん…雪乃さ……」  
「! …ただの寝言か」  
「ほ…しゅ………」  
「保守?」  
 雪乃は蒼衣の口元に耳を近付けた。  
 
「ほんとうはしゅきです…雪乃さん………」  
 
 特に何もない午後の黄昏。  
 そこには顔を夕陽より赤くした雪乃と、何も知らずに幸せそうに眠り続ける蒼衣が居た。  
 
 

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