「私の痛みよ世界を焼け!!」
人気のない繁華街裏通りで雪乃が断章詩を詠いカッターの刃を白く細い自身の腕に滑らせる。
しゃっ―――――
上質な和紙が刃に鋭く裂かれるような音と共に新たな傷口が作られる。
直後にガソリンをぶちまけられかの如く異形が炎に包まれる。
声にならない断末魔を響かせながら悶え苦しみ四肢の端から消し炭となっていく。
何も出来ない蒼衣はその様を戦慄の表情で見ていた。
ぼろりと異形の手足が崩れ糸が切れた操り人形の如く倒れこむ。
次第に断末魔の叫びもごうごうという炎の咆哮にかき消されていく。
ぱちんと眼球が弾けるような音を立て異形は動かなくなった。
雪乃の警戒が徐々に解けていき、それと連動するように炎も勢いを弱めついには消えた。
くらりと雪乃が足元がふらく。
咄嗟に蒼衣は雪乃を抱き止めるように支えた。
普段ならば抵抗する雪乃ではあるが、血を流しすぎたためか今回ばかりは素直に蒼衣に寄り添う。
―――――――――――――――っ
直後、炭化した異形が焼け落ちた喉を震わせばたばたと身じろぎする。
「焼け!!」
無数の傷口が這う腕を突き出し力を込める。
筋肉が収縮し引っ張られた皮膚が、ぶっ――と傷口が開く。
再度、炎が吹き上がり異形を包み込み、拳にも満たぬ大きさに崩れるまで勢いを弱めることはなかった。
燃やし尽くした雪乃は額に痛みによる脂汗と失血による冷や汗を流しながら腕を力なくだらりと下げ、一層蒼衣に身を預けた。
雪乃の脈に合わせどくどくと血が腕を伝っていく。
蒼衣は浅く早い雪乃の呼吸を胸で感じながら気遣うように柔らかく抱きしめる。
ぴくりと雪乃の体が強張り顔をしかめたが抵抗する様子は無かった。
十秒にも満たぬ時間をそう過ごした後に「とにかく止血しないと」と蒼衣はこれからの対応を雪乃に仰ぎ抱擁を解く。
「・・・・・・思ったよりも血を流しすぎたわ」
血の気が失せいつも以上に白い美貌の雪乃が息も絶え絶えに呟く。
応急用の道具だけではとても止血できそうにない。
傷口から泉のように血が湧き出る。このままロッジまで戻る余裕があるようにも思えなかった。
「きゅ・・・救急車呼ぼう」
蒼衣がハンカチで傷口を必死で押さえながら提案する。雪乃の事態に蒼衣まで真っ青になっている。
「それはダメよ」
雪乃が強い意志を持った目で蒼衣の提案を却下する。
僅かに振るえ奥歯がかちかちと鳴っている。顔色は先ほどよりも白くなっている。寒い。
「あそこで休みましょう」そう雪乃から提案があり視線の先を追う。
蒼衣はより強く雪乃を抱き寄せ庇うように視線の先にあった建物に向かった。
・・・・・・・・・・・・
なんとか落ち着いたようだ。
部屋中のタオルをかき集め傷口を押さえ続けた為か依然真っ青だが顔色も少しはよくなったような気がする。
雪乃はクイーンサイズのダブルベットの上に横になり布団を被せてある。
玉の汗を浮かべ時折小さな苦悶の声を上げあるが震えは収まり呼吸も落ち着いている。
布団から出してある傷だらけの腕はタオルを巻いた上からきつく包帯を巻いており骨折を治療するギプスにも思えた。
一時はどうなる事かと思い非常に焦ったがほっとして一息つきベットに腰掛ける。
改めて現状を認識すると急にどきまぎしてくる。
雪乃と蒼衣は近くにあったラブホテルに駆け込んだのだ。
初めて見る自動清算機式の宿泊施設でどうにか部屋の鍵を呼び出し部屋に向かった。
受付や店員の居ない状況にこれ以上感謝したことは無かっただろう。
ふと部屋を見回してみる。
控えめにされた照明に天蓋つきのベット、大画面の液晶にオーディオ再生機器、冷蔵庫とその脇にある怪しげな自動販売機と謎の冊子・・・・・・
自分のいる場所を再認識し顔がさーっと赤くなる。
直後、加熱が完了した電気式ポットの音にびくりとする。
急に現実に戻され「そういえばお金はどのくらい掛かるのだろう」という至極普通な考えが浮かんだ。
「宿泊費でも書いてあるだろうか」とベットから腰を上げ冊子を手に取る。
冊子には予想外なものが書かれており驚愕する。
追加料金による衣装や道具の貸し出しが紹介されていた。
赤くなりながら慌てて冊子から目を離す。
すると今度は自動販売機の中身が目に入った。
ローションにピンクローターに怪しげな薬・・・・・・
思わず「うわっ」と声を上げ後ずさりベットでよろけてしまった。
何とか手をついたが目の前には風邪にうなされているような雪乃の顔があった。
僅かに苦悶が浮かぶ無防備な雪乃の姿。
ごくりと唾を飲み込む。いまだかつて無い勢いで心臓が早鐘を打つ。体の隅々に血液が巡り体が暑くなる。
まずい。何だかわからないが非常にまずい。早く離れるべきだ。と理性が告げる。
それに対して体は動かない。
少しくらいいいんじゃないか?でもきっと歯止めが利かなくなる?
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
続く