「泡渦の気配がするわ」  
風乃のその言葉で雪乃達は足を止めた  
 
少女連続誘拐事件  
始めはこの出来事が泡渦と関係しているとは誰も予想していなかった。  
 
 
 
今朝の話になるが骨董商としての用事の為に急遽、神狩屋はしばらく出掛けることになっていた。  
そのためにしばらくは颯姫一人が神狩屋の店に残り夢見子の世話をしなければならなくなった。  
 
「雪乃くんと白野くんには事情を説明して颯姫ちゃんの助けになるようにお願いしているから」  
神狩屋はしばらく前にいつも通りの風体で慌てて準備をしながら申し訳なさそうに颯姫に事情を説明した。  
「はい!」と元気な返事をして首から提げた手帳にメモを取る。  
いつも以上に忘れないようにと念をこめてクレヨンと大量の画用紙にもメモを写し始めた。  
「それじゃあ行って来る」と神狩屋は出掛けて行き、店には颯姫と赤いクレヨンで書かれた大量のメモと夢見子だけが残された。  
 
夕方になり学校の終わった雪乃と蒼衣は神狩屋に向かった。  
店には臨時休業の張り紙出ていたが雪乃はかまわず扉を開け店内に入り奥の住居スペースに向い蒼衣はそれに従った。  
 
「っ!?」  
電気のついていない薄暗い奥の住居スペースには壁も家具も見境なく颯姫の赤いメモが貼られ、  
中央のテーブルには部屋の異常の根源である書き写すのに使われた手帳と画用紙、磨り減ったクレヨンが窓から差し込む夕日下で存在感を放っていた。  
部屋の様子に唖然とした雪乃と蒼衣は颯姫にかける言葉を失ってしまった。  
 
「いついらしたんですか?」  
キッチンから昨日とは違うヘアピンをした颯姫が顔を出し立ち尽くす二人に声をかけ歩み寄ってきた。  
「今来たところよ」  
動揺して応え損ねた蒼衣の変わりに動揺を押し殺して雪乃は答える。  
「これから買出しに行きませんか?夕飯は腕によりをかけてかけて作りますから是非食べていって下さいね!」  
せっかく私の手伝いに着てくれたんだからご馳走してあげなきゃと颯姫は内心で思い張り切っていた。  
雪乃は裏腹に外食や出前で済ますつもりだったが颯姫の様子から断ることはできず蒼衣を横目に見た。  
蒼衣は目を輝かせる颯姫に気圧され「それじゃあ・・・」と曖昧に答えていた。  
きっと部屋と颯姫とのギャップに困惑しているのだろう。  
 
「では早速行きましょう!」そう言ってコート掛けにある肩掛けポーチを取り財布を確認する颯姫。  
やれやれといった様子で「食事前に部屋は少し片付けるべきね」と雪乃は颯姫に聞こえないように呟くのが蒼衣には聞こえた。  
 
ポーチを肩から提げ、食べたい物を楽しそうに蒼衣に尋ねる颯姫とその少し後ろを雪乃はついていく。  
 
スーパーに向かう途中、近所の住人と思われる何人かとパトカーが止まっていた。  
夕飯の献立を考えて気づかない颯姫と普通を望む蒼衣、他人に無関心な雪乃の一行は関わる事無く通り過ぎようとした時だった。  
 
「泡渦の気配がするわ」  
場にそぐわない狂気を含んだ愉快そうな風乃のその言葉で雪乃と蒼衣は足を止めた。  
 
「まさか今の人だかりが?警察が先に見つけたら厄介だわ。白野君は何があったか確認して。颯姫ちゃん!」  
「えっ・・・あっ、はいっ!?」  
風乃の声が聞こえない颯姫は二人が足を止めたのに気付かずに先に進んでおり雪乃の声で慌てて引き返してきた。  
「状況次第ではこの辺一帯の人の記憶の消去と周囲を封鎖することになるかもしれないわ」  
雪乃は真剣な声で颯姫に指示を出す。  
「わっ・・・わかりました」  
うきうきした気分から緊張した様子に変わりイヤーウィスパーを外す用意をする。  
耳からうなじにかけて数匹の蜘蛛に似た赤い蟲がざわめき始めた。  
完全に外せば数千、数万もの蟲が雪崩のように広がり周囲を記憶から消し去り隔離するだろう。  
 
蒼衣が戻ってきて何が起こったのかを話しはじめた。  
「女の子がいなくなったらしい。それ以上のことはまだ何も起こっていないみたいだ」  
「それなら今すぐここを封鎖する必要はないわね」  
「うん、でも子供がいなくなったのは今回が初めてじゃないみたいなんだ。やっぱり泡渦が原因なの?」  
颯姫は発動させかけた断章の効果を鎮め雪乃は姉に確認を求めた。  
「どうなの姉さん?」  
「恐らくそうね。近くに異形か保持者の気配がするけど弱すぎて細かい事はさっぱり。泡渦としては大した物じゃあないわ」  
大きなものならよかったのに残念ね。といった様に肩をすくめてみせた。  
そんな風乃を無視して雪乃は颯姫に一方的に対策を伝える。  
「小さくても泡渦は泡渦よ。私と白野君が保持者を探すわ。颯姫ちゃんはロッジに戻って神狩屋さんに連絡して。」  
そう言ってさっさと駆け出してしまった。  
蒼衣は「颯姫ちゃん、ごめん」と言って雪乃の後を追った。  
残された颯姫は雪乃に受けた指示を忘れないようにメモを取ろうと慌ててポーチを開き手が止まった。  
 
手帳がない。  
 
ポーチの中には財布と数本のヘアピンが入ったケースしかなかった。  
落とした!?忘れた!?  
颯姫にとって手帳が無いとうのは致命的だった。  
焦った震える手で中身を確認するが中身は先ほどと変わらなかった。  
「どうしよう・・・・・・」  
手帳が無いという不変の事実に不安が心を蝕む。  
颯姫は壁へのメモを写すときにテーブルに置いたことを思い出すことは無いだろう。  
涙目になりながらも「ロッジに戻らなきゃ」と思い来た道を小走りに引き返す。  
雪乃に言われた事を繰り返し呟きながら「忘れないように」と強く願う。  
少し戻ると信号が赤になったので足を止めた。「信号が赤になったら止まるのは習慣だから大丈夫」と確認する。  
信号を待つ間も雪乃に言われた事を繰り返していたので通行人には怪訝な顔をする者もいた。  
青に変わったが颯姫の足は進まなかった。  
神狩屋ロッジの場所が思い出せない。  
この交差点は右?左だったかもしれない?曲がらないでまっすぐだった?  
手帳を確認しよう。  
そう思ってポーチを開いて手帳を忘れていた事を思い出す。  
どうしよう・・・どうしよう・・・どうしよう・・・  
とにかく冷静になろう。ロッジに戻らないと。「こっちで大丈夫」そう言い聞かせて点滅を始めた横断歩道を駆け出す。  
しかし断章効果を先ほど発動しかけていたので記憶のいくつかが喰われていた事に颯姫は気付かない。  
しばらく進み見慣れない場所に出てしまった事に気付いた。  
夕闇もせまり人の顔も判断出来ないだろう。もっとも周囲には誰もいない。  
 
目に浮かべた涙がぽろぽろと零れてきた。  
それでも今にも消えそうな弱々しい声で自分のやることは繰り返し呟いていた。  
 
「どうしたのかな?」  
後ろからした突然の声にはっとして振り返る。  
男がすぐ傍に立っていた。  
夕闇の上、わずかに残った真っ赤な夕日は逆光となり陰影のため顔は見えず体格も太っているようにも痩せているようにも曖昧に見えた。  
颯姫は袖で涙を拭い警戒しながらもぎこちなく端的に事情を話した。  
「だったら私の家に来るといい。調べて探してあげよう」  
自分一人ではどうしようもなくなっていた颯姫にはとてもありがたかった。  
始めは警戒していたが声を聞くと男はやさしそうにも紳士的にも思えて承諾してしまった。  
 
どこをどう歩いてきたのかわからないが気付くと洋館とも言える大きな家が見えてきた。  
「ここが私の家だよ」  
そして洋館に案内された。室内は華やかでありながら落ち着いていて品のある印象を誰にでも与えるだろう。  
その照明の下で初めて男の風体があらわになった。  
青いひげを生やし醜くも見えたが不思議と不安も恐怖も抱くことはなかった。  
颯姫は「すごいお家ですね」と無邪気に思った。  
 
好奇心を抱き部屋の調度品を見回す颯姫に男は告げた。  
「夕飯は遅くなる。新しく用意しなければならなくなった。だから少し買い物に言ってくるよ。  
 家に興味があるなら好きに見てまわってもいいよ。鍵はここにあるから」  
そう言って大きな鍵から小さな鍵がいくつか収まった壁の鍵掛けを指差した。  
「ただし一番小さな鍵は使ってはいけないよ。地下室の奥にあるその鍵の部屋は秘密なんだ」  
冗談めかし、いかにも秘密そうにそう付け加え歪んだような笑顔を見せ出掛けていった。  
 
颯姫は一人になると部屋を見て廻ろうと思った。  
ずっと歩き続けていたはずなのに疲労も感じなかった。  
普段ならば決してそういう考えには至らないのに何故かこの洋館には好奇心が湧く。  
特にどうしても「地下室の秘密」というのを見てみたくてしょうがない。  
主人が帰って来るまでにその部屋だけは見ようと好奇心に駆られて足を運んだ  
 
 
 
童話の形をした泡渦に遭うと人は不思議と物語をなぞる。  
本人は気付かないうちに、神の意思でも働いているかのように。  
 
 
地下室への入り口はすぐに見つけた。まるで地下室そのものが呼んでいたかのように。  
鍵の付いたいくつもの扉に挟まれた細い廊下の先。  
薄暗い階段が地下へと向かっていた。  
思っていたよりも長く急であったので颯姫は何度も足を滑らせそうになったが銀の小さな鍵を握り締め足を進めた。  
階段が終わってすぐにその部屋はあった。  
 
はぁはぁはぁはぁはぁ・・・・・・・・・  
ここに来て急に不安が鎌首を持ち上げてきた。息が速くなる。  
さっきまでの好奇心は何だったのだろう。どうしてこの洋館にきたのだろう?  
なんだか頭の中がぐるぐる廻っているような気がしてきた。  
それでも小さな銀の鍵を握りしめた手は鍵穴に引き込まれるようだった。  
 
「・・・んっ・・・あっ」  
つばを飲み込み思わず吐息が漏れる。  
自分の吐く息の音が思ったよりも大きかったとこに驚いた。  
気が付くと鍵は鍵穴に食い込み捻られていた。  
先の間に開いた?音はしなかった・・・思うと部屋が自分を招くために自分の知らないうちに事を進めているような錯覚がした。  
がちがちと歯の根が合わず足が震え出した。  
それでも異様にひやりとしたドアノブをつかみ骨がきしむような音をたてながらゆっくりと捻りドアを押す。  
 
明かりが無く真っ暗だったので何も見えない。  
それでもつんとした鉄の匂いが目と鼻を刺激した。  
思わず息を止める。「この空気は吸いたくない!」本能がそう判断したようだった。  
床一面が豪雨の後のアスファルトのように濡れていた。  
そしてそれが凝固し乾いた血、ゼリー状に半分凝固した血、流されたばかりに見える血など様々な血で覆われている。  
目が驚愕に見開かれ視線をずらす事ができなくなった。  
自分の顎が制御を失いがちがちという音が部屋に反響する。  
ふと、部屋から跳ね返ってくる音に視線が混じっている気がした。それも複数。  
今までは床から視線を動かせなかったのに急に視線を見返すために頭を上げたくなった。  
「こわい・・・したくない・・・・・・」  
いくらそう思っても一度気になった視線は強さを増し無視することはできない。  
ゆっくりと視線を上に壁に向けていく。  
 
何かが少し見えた。  
なに?ぶらさがっているの?  
頭を上げながらそれが何かを理解した。  
やめたい!いやだ!!  
それでもそれの全貌を見るために首が上がる。  
空洞になった眼窩と目が合った。  
 
「――――――――――――っ!!」  
 
声にならない絶叫が喉を通して吐き出された。  
 
壁には数人の女の子の死体が括りつけられていた。  
死体は一様に腹が割かれ中身を溢れさせていた。  
腹以外はそれぞれ違った損壊をされた死体の視線が颯姫に集まる。  
意識がここから動けない。一瞬が永遠にも感じられた。  
 
ちゃちーん  
 
颯姫と少女達の死体が互いに視線を交していると場にそぐわない金属的な音がして金縛りは解けた。  
ドアに差し込まれていた鍵が抜け、床の血だまりに落ちて音を立てたのだ。  
 
さっとしゃがみこみ鍵を拾うと、急いでドアを閉めて再び鍵を掛け階段を駆け出した。  
階段を登りきると玄関に飛びついた。  
開かない!  
だめだだめだだめだだめだ・・・逃げられない・・・・・・  
見てない事にして玄関を開けてもらうしかない  
鍵を戻そうとしたところ手に血が付いているのに気が付いた。鍵が床に落ちた時に血が付いていたのだ。  
慌てて袖でふき取ろうとしたが鍵についた血は消えることが無かった。  
 
そうこうしているうちに男が帰ってきた。  
真っ先に小さな銀の鍵を確認し、にやりと笑った。  
「やはり地下室を見たのだね」  
始めからこうなる事を予想し楽しんでいたようだった。  
「さぁ、君もあの部屋に入られるがいい。さっきご覧になった少女たちの隣に自分の場所を見つけるがいい」  
そう言って颯姫の腕をつかみ強引に引きずりはじめた。  
 
今まで恐怖で震えて声一つ出せずにいた颯姫は半乱狂に陥った。  
「いやっ!!わっ私・・・ごめんなさい!!ごめんなさい!!ごめんなさい!!ごめんなさい!!たったすけっ・・・白野さんっ・・・・・・」  
片腕であたまを抱えて「いやいや」と首を振る。  
そんな颯姫は頬に強烈な平手打ちが数発打ち打ち込まれ髪をつかまれ引き寄せられた。  
「死んでもらわなければならんよ。それも今すぐに」  
涙と鼻水とでぐちょぐちょになった顔に吐息がかかる距離からそう囁かれる。  
 
颯姫の足から黄色い液体が垂れ流れる。  
異性の暴力によって屈服させられることは断章とは違う未知の恐怖だった。  
嗜虐的な笑みを浮かべ「事を終えた後に可愛がってやるさ」と呟くのが聞こえた。  
 
抵抗する力を失ったのか颯姫は容易に引きずられ廊下に出た。  
 
地下への階段はすぐそこにせまっていた。このまま階段を突き落とされたら終わりだ。  
部屋についたらすぐに事にかかれるだろう。  
 
 
その時金属が吹き飛ぶ音がした。  
玄関のドアノブが鍵部分も含んで吹き飛び、蝶番のみで留められたドアが蹴破られた。  
 
二人の騎士がそこにいた。  
カッターを構えた雪乃とバールを持った蒼衣が駆けつけたのだ。  
 
ぎょっとする男に対し雪乃は断章詩を唱えカッターを引いた。  
男の傍の壁が発火し青ひげの醜い顔を炙る。長い廊下が一気に熱気を帯びた。  
蒼衣はその中に飛び込みバールで一撃を食らわし颯姫を取り戻し抱きかかえて床に伏せる。  
その直後に雪乃は再度カッターを引き断章を発動させる。  
ガソリンをぶちまけられたように男が発火し瞬く間に消し炭となってしまった。  
 
 
颯姫は神狩屋ロッジで目を覚ました。  
着替えさせられベッドに横になっていた。  
 
「よかった。颯姫ちゃん、痛いところとかはない?」  
心配そうな声を掛けながら蒼衣が颯姫を覗き込む。  
ベット脇の椅子に座り颯姫の様子をずっと看ていたようだ。  
「・・・・・・はれっ?」  
数秒ほど惚けていたが目の前にいるのが蒼衣と気付いた。  
「しぃぃらぁぁのぉさぁぁぁんっ・・・・・・」  
そう言いながら蒼衣に抱きついてきた。よほど怖かったのだろう。  
蒼衣は赤くなりながら、抱き返すか迷っているうちに颯姫は落ち着いたのか蒼衣から離れ「えへへ・・・」と笑った。  
 
颯姫は蒼衣に詫び、蒼衣は颯姫以上に颯姫に詫びた。  
互いに自身の失態を責め続けたので蒼衣は話の流れを変えた。  
「そういえばこれ」  
そう言って颯姫に手帳を渡す。やはりテーブルに置きっぱなしだったのだ。  
「手帳を忘れないように手帳に書かなきゃならないですね」  
そう言いながら照れ笑いをした。  
しばらく沈黙が続いたが唐突に颯姫が口を開いた。  
「私、白野さんの事が好きです」  
いきなりの事に蒼衣は耳を疑って素っ頓狂な声を出した。  
「・・・えっ?」  
数十年の人生ながらこれ以上に間抜け返答は今までなかっただろう。  
すぅと息を吸い込み颯姫は歯切れよく繰り返した。  
「だ・か・ら、白野さんが好きです」  
真っ赤になってしどろもどろになって返答に困っていると颯姫は真剣な顔をしてつけ加えた。  
「すぐに応えてくれなくてもいいですよ。それにこの気持ちは手帳に書きません。  
 それでも私が後になっても忘れていなかったら必ず返事をして下さいね」  
そう言って蒼衣以上に真っ赤な顔に布団をかぶせそっぽを向いてしまった。  
 
予想だにしなかった事に強い衝撃を受けぎこちない動作で椅子に座りなおした。  
蒼衣は絶対に忘れないだろう。  
そこへ「颯姫ちゃんの様子はどう?」といいながらノックもなしに雪乃が入ってきた。  
何故か雪乃と颯姫に罪悪感を感じ余計に居辛くなってしまい適当な理由を付け部屋を出た。  
 
耳まで赤くなった蒼衣に雪乃は気付いただろうか。  
 
 
話はおしまい  
 
 

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