雪乃は泡渦の駆逐に失敗した。  
 
遭遇した泡渦はグリム童話31編「手なし娘」を模したものだった。  
 
ある男が不注意な悪魔との契約で娘を差し出すことを約束してしまう。  
娘は美しく、また信信深くよく神様にお祈りをしていた。  
そこで身を清め白墨で魔方陣を書き悪魔に連れて行かれないようにする。  
ところが悪魔は身を清められないようにするために父親に娘の両腕を切り落とすように要求した。  
従うしかなかった父は娘に許しを乞いながら事情を話した。  
娘は「私はあなたの娘です。好きなようにしてください」と返事をした。  
悪魔は切り落とされた腕を持ち帰ろうとしたが、娘の涙で清められた腕には触れることが出来ずに参ってしまった。  
父は娘を一生大事にすると誓ったが娘は「私はここにはいられません」と切り落とされた腕を背負い旅に出ることにする。  
 
そんなお話。  
 
娘の許しを信じられず我が子の憎悪を恐れた事が泡渦のはじまりだった。  
娘に怯え代わりの犠牲を求める異端となった。  
 
 
雪乃は腕を落とされた。  
今まで焼き尽くしてきた雪の女王の落ちた両腕は清められることなく異端に奪われてしまった。  
 
九死に一生を得たが神狩屋の断章でも再生は無理だった。  
 
 
リストカットによる傷で断章を発揮する雪乃にとっては騎士生命をも絶たれ、  
存在理由を体現できなくなり空虚な介護生活を送る事になった。  
 
 
「雪乃さん、脱がすね」  
「・・・・・・」  
蒼衣は茫然自失した雪乃の世話をしていた。  
雪乃は口を利くことがなくなっていたが、蒼衣は一つ一つの動作をするたびに雪乃に話しかける。  
 
気恥ずかしさもあり言葉を選んで話しかける。  
「異端は神狩屋さんも颯姫ちゃんたちに任せて大丈夫だよ」  
「・・・・・・」  
「他のロッジの人たちも対応してるからさ」  
「・・・・・・」  
 
返ってくるのは無言の沈黙のみ。  
始めは颯姫が世話をしていたが、無気力で自分から動くことがなくなった雪乃の世話を颯姫がするのには無理があった。  
また、騎士は全員が異端を追って毎日忙しなく出かけていく。  
自身だけでは異端と戦えない蒼衣が雪乃の世話をするのは自然な流れだった。  
蒼衣自身、他人に雪乃の世話をさせるつもりもなかった。  
 
場所は避暑地の小さなコテージ。  
雪乃は自身で一切の生活行動をとることがなくなり一日中ベットに横たわって過ごし、  
その横で蒼衣が今までのことを話して聞かせるのが日課になっていた。  
 
複雑にからむリボンを解き、背中のファスナーを下ろす。  
解くたびに、腕の通っていない袖が力なく揺れ、肩口から先のない包帯を巻いた背中からするりと服飾が落ちる。  
包帯を解き、雪のように白く絹のように滑らかな乳房と背中、肉が異様な形に盛り上がり赤黒く断面をふさぐ肩口が露になる。  
新雪の上に生肉が置かれているような印象を与える。  
 
「っ・・・・・」  
見る度に痛々しく思い、泡渦を憎むと同時にずっと傍にいることをより強く誓う。  
丁寧に優しく全身を愛撫するように拭く。  
 
「ごめんね」  
「・・・・・・」  
乳房や秘所に触れても一切の反応を示さない。  
いつもの事だが悲しく思う。  
たとえ突然意識が戻り今の状況に逆上されても今の蒼衣ならば涙を流して喜ぶだろう。  
 
そんな生活であれ蒼衣は雪乃にゴシックロリータを着せていた。  
もっとも雪乃らしい服飾をさせていたほうが元にもどるような気がしたからだ。  
はじめは着脱に苦戦していたがもう慣れた。  
実は蒼衣は何度か欲情しかけたが事無きを得てきた。  
しかし、もし雪乃が正気に戻ったら告白するつもりであった。  
たとえ腕は戻ることが無くても。  
もし雪乃が気にするようなら、ゴシックロリータにぴったりの銀の腕を用意しようと思った。  
 
 
そんな生活がしばらく続いた。  
蒼衣は雪乃を思い続ける事で精神の均衡を保っていた。  
 
 
ある日、蒼衣が雪乃に今までのことを話す日課の最中に唐突に雪乃が呟いた。  
 
「・・・殺して」  
 
かすれるような蚊の羽音ほどの声でそう言った。  
かつてはよく蒼衣に向けていた「殺すわよ」と間逆の一言。  
血が逆流するような中で心臓が収縮しはじけたような錯覚に陥り、それは蒼衣の中の何かを崩した。  
 
嘔吐とめまいを堪えて部屋を出る。  
トイレに駆け込み胃の内容物をぶちまけた。  
食物、胃液、胆汁、全て出し終え、便座によりかかるようにして気絶した。  
 
朦朧とした意識で部屋にもどると雪乃はいなかった。  
 
今まで積極的に自身の断章を使う事の無かった蒼衣が初めて殺意を抱いて断章を使う意思が湧いた。  
やり遂げるまでは他のことは一切しないつもりでコテージを後にした。  
 
 
数時間後に神狩屋と颯姫が蒼衣と雪乃の様子を見に尋ね異常に気づいた。  
部屋が荒らされ家具は全て損壊している。  
 
「颯姫ちゃん、君はここにいてくれ。もしかしたら戻ってくるかもしれない。僕は他のロッジに応援を呼ぶ」  
「わ、わかりました!」  
台風の通過した後のような部屋の様子に呆然としていた颯姫は神狩屋の声にビクッとしつつ返事をした。  
 
神狩屋は携帯を取り出し部屋を出て行った。  
颯姫は慌てた声で呼びながら雪乃と蒼衣を探した。  
 
雪乃はすぐに見つかった。  
荒らされた部屋では雪乃を休ませることができないので神狩屋のロッジに移すことになった。  
しかし付近を捜索しても蒼衣は見つからなかった。  
 
 
・・・・・・・・・・・・  
 
数週間が過ぎたころ蒼衣は神狩屋のロッジを訪れた。  
線の細い印象は無くなっていた。  
 
蒼衣は泡渦の保持者を追っていたのだ。  
相手の泡渦の性質を全て理解してはいなかったが、雪乃の腕を取り戻す一心で相手を葬る決意をしていた。  
 
神の加護か泡渦の効果かは不明だが腕は腐ることなく切り落とされたときのままだった。  
 
腕が戻ると神狩屋の断章効果で瞬く間に腕を繋ぐことができ、雪乃の意識も戻ってきたのだ。  
蒼衣は雪乃に接吻しながら喜んで言った「ああ、やっと戻った」  
 
それから人目もはばからず告白し後に婚礼したそうな。  
 
完  
 

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