着ている服が消された。  
 何を馬鹿なと思うなかれ。白野蒼衣は確かに見たのだ。一時間前にとあるマンション内で  
泡禍に遭遇した際、神狩屋こと鹿狩雅孝が一瞬で全裸にされてしまったのを。  
 直後、蒼衣も全裸にされた。  
 二人は一旦現場から待避した。駆け付けた雪乃と颯姫は呆気に取られていたが、泡禍の  
仕業とわかると雪乃は二人の制止も聞かずにマンション内へと向かっていった。  
 蒼衣は追い掛けようとしたが、顔を赤くした颯姫に止められた。まずは着替えてからに  
してください、と珍しく睨まれ、蒼衣は素直に頷いた。全裸で。  
 これが一体どういう泡禍なのかはわからない。だが、神狩屋は何かを感じ取ったのか、  
車の中にあったタオルを蒼衣に渡すと、自分の考えを説明した。  
「夢見子君の予言通りなら今回の泡禍の元型は『裸の王様』だ。でもどうやら王様はひどく  
乱心なさっておいでのようだね」  
「乱心?」  
 腰にタオルを巻きながら蒼衣は聞き返す。  
「さっき出会った彼は、某企業の社長だ。しかし周囲の評判はよくない。尊大であまり他人に  
気を遣えるタイプじゃないみたいだ」  
 その社長の役割は『王様』だろうか。蒼衣の尋ねに神狩屋は頷いた。  
「おそらくね。危害を加える相手の区別をつけない辺り、乱心と言っていい。王様は恥を  
かいた復讐を始めたのかもしれないね」  
「自分と同じ目に遭わせてやる、ってことですか? でも、なんでその社長さんが」  
「それはわからないけど、周りの人に疎まれているのを感じ取っていたなら、今回の暴走も  
ありうることじゃないかな」  
 蒼衣はしかし、どこか納得できない部分があるのを感じた。  
「でもそれって、別に『裸の王様』じゃなくても成り立ちませんか?」  
「ん?」  
「単なる復讐なら、他の物語とかでも可能性があります。どこかに『裸の王様』の理由が  
あるはずです」  
「うーん……君がそう思うならそうかもしれないけど」  
 蒼衣の断章を発動させるには、もっと深い共感が必要だ。さらに理解する必要がある。  
蒼衣は『裸の王様』のことをひたすらに考える。  
 その間、神狩屋はどこかに電話をかけていた。可南子辺りに服の調達を頼んでいるのかも  
しれない。  
 
(……そういえば)  
 『馬鹿には見えない服』にはもう一つ条件があったはずだ。それは、  
「……『自分に合わない職業に就いている』場合も見えないんでしたっけ?」  
 電話を切った神狩屋はああ、と声を上げた。  
「見えない服のこと? うん。もちろん誰にも見えない服だけど、仕立て屋はこう言ってるね。  
『この服は馬鹿と、自分に合わない仕事に就いている人には見えません』って」  
「つまりそれって、惑わしたってことなんでしょうか?」  
 神狩屋はは?と呆けた顔をした。  
「いや、王様は誰かの言葉に惑わされたってことでしょう? 社長さんは誰に惑わされた  
んでしょうか?」  
「惑わす、か……。立場上いろいろな人と接する機会があっただろうね。それなら誰が  
『仕立て屋』でもおかしくない」  
「……」  
 蒼衣はしかし、それなら特別な役割はなんだろうかと思った。  
 王様が恥をかくきっかけになったキーパーソンは。  
「『子供』かな」  
「え?」  
「『子供』が『王様は裸だよ』と指摘して初めて王様は恥をかくんです。ならきっかけに  
なった『子供』がいるはず」  
 神狩屋は目を見開いた。  
「なるほど。でも社長は何を指摘されたんだろうね」  
「わかりません。でもひょっとしたら、社長さんの立場そのものを否定されたのかも」  
 『子供』は物語の中で唯一真実を公言した立場だ。社長の評判の悪さを誰かが指摘したり  
告げ口したりすれば。  
「役割分担はこうです。社長さんが王様。社長さんを嫌っている周りの人たちが民衆、  
あるいは配下の家臣たち。意見を言って惑わす人が仕立て屋。で、告げ口した人が」  
「『王様は裸だよ』と言った子供、か」  
 蒼衣にはよくわからないが、多くの人間が関わり合って成り立つ企業組織なら、陰口や  
それに関する告げ口などもあっておかしくない。  
「そうです。薄々感じていることを、子供の言葉で確信する。物語なら王様は黙って行進を  
続けたかもしれないけど、社長さんは耐えられなくなったんだ」  
「なるほど。やはり今回の泡禍の中心はあの社長か。……しかし地味な泡禍だね。他人の  
服を消すだけなんだから」  
「要は他人にも恥ずかしさを味わわせることが目的ですから。そういう意味では無害と言って  
いいかもしれない」  
「……でも止めないとね」  
「周りの人たちが無差別に裸にされてしまうわけですから、止めないと大変なことになります。  
雪乃さん……」  
 大丈夫だろうか、と蒼衣は不安になる。  
 神狩屋は笑って言った。  
「雪乃君のことだ。この程度の泡禍ならあっという間に終わらせるよ」  
「……でも」  
「雪乃君なら裸にされても立ち向かっていきそうだけどね」  
「…………」  
 マンション内には社長しかいないので、他の誰にも見られたりしないだろう。しかし  
それでも雪乃が裸にされてしまうのは嫌だった。  
 
「もうタオルないんですか?」  
「すまない。探してみたがそれ一枚だけだ。足りないかい?」  
「いえ、神狩屋さんがいつまでも全裸なのは少し忍びないというか……」  
「ぼくのことは心配いらない。たとえ全裸で捕まることになっても、君たちが無事なら  
それでいいさ」  
 神狩屋は小さく微笑んだ。全裸じゃなければもっと威厳を保てたかもしれない。  
「ぼく、やっぱり行きます」  
「だ、駄目ですよ白野さん! 何なら私が行きますから!」  
「駄目だよ! 颯姫ちゃんまで全裸にされたらどうするのさ!」  
「大丈夫ですっ、私、バッグにエプロン入れてますから!」  
「そんなの……」  
 そのとき神狩屋が微かに呟いた。  
「裸にエプロンか……期待していいんだろうか」  
 颯姫の顔がさらに真っ赤になった。  
「い、行ってきます!」  
「あ!」  
 颯姫の離れていく背中を見つめながら、蒼衣は呆然となった。  
 このままでは颯姫まで、  
「神狩屋さん、ぼくも行ってきます!」  
「む、白野君も裸エプロンになるのかい!? それはそれでウェルカムだ!」  
「何のことですかこの変態! さっきまでのまともな神狩屋さんはどこに行ったんですかぁ!」  
「シリアスモードを保つには息抜きも必要だよ。さあタオルを取りたまえ! 息抜きならぬ  
影抜きをしてあげよう」  
「作品が違う!」  
 錯乱した神狩屋を蹴っ飛ばして、蒼衣は車から飛び出した。  
 
 
 燃やし尽くした。  
 敵の泡禍によって全裸にされてしまった時槻雪乃は、腕で胸と股間を隠しながらほう、  
と息を吐いた。  
『ふふ、アリスがこの場にいたら大変なことになっていたわね』  
 風乃の軽口に雪乃は顔をしかめる。  
「別に白野君がいようといまいと、私には関係ないわ。それよりどこかにタオルか何か  
ないかしら」  
 しかし運の悪いことに、体を隠せそうな布類はなぜか一枚も見当たらなかった。  
「……」  
 カーテンすらないことに雪乃は憮然とする。  
『ふふ、あの愚かしい王様は、布という布を消してしまったみたいね。服になりそうなもの  
すべてを。……どうしたの? 関係ないんでしょう?』  
「あ、当たり前よ。たとえ誰に見られても……」  
「雪乃さん!」  
 びくっ、と体が震えた。  
 振り返ると田上颯姫が走ってきたのか、息を切らして立っていた。  
「颯姫ちゃんか……驚かさないでよ」  
「ご、ごめんなさい。あー! やっぱり服消されちゃったんですね」  
「大声出さないで。颯姫ちゃん、タオルか何か持ってないかしら」  
 体を隠せるものなら何でもよかった。服を脱げとまでは言わないが、どんな泡禍か神狩屋  
たちに聞いているならそういう準備も期待していいはずだ。  
 しかし、  
「すみません、こんなのしかなくて……」  
 颯姫が差し出してきたものは、白いエプロン。四野田笑美に貰ったもので、たまに店で  
颯姫が使っている。  
「……………………」  
 雪乃は思わず眉を寄せた。  
 風乃がおかしそうに囁く。  
『いいじゃない。似合うわよきっと』  
「姉さんは黙ってて」  
『アリスが見たらなんて言うかしら。欲情してもらえるかもしれないわよ』  
「黙っててってば!」  
 雪乃はしばし考えた。  
 しかし結局は着ることにした。全裸よりはマシと思い直したのだ。  
「ごめんなさい雪乃さん。私の服のサイズが合えばよかったんですけど」  
「別にあなたのせいじゃないわ。相手は『異端』化してたけどもう始末したし、何も問題ないわ」  
 エプロンでなんとか胸は隠せた。が背中とお尻はどうしても隠せない。何でもない風を  
装いたいが、顔が自然と赤くなってしまう。  
 まったくろくでもない泡禍だ。  
 
 そのとき、  
「雪乃さん、無事!?」  
 部屋に蒼衣が飛び込んできた。  
「あー! 白野さん駄目です! ストップストップ!」  
「え? ……うわあ!」  
 雪乃の姿を見て慌てて後ろを向く蒼衣。  
 見られた、と雪乃は一瞬狼狽したが、すぐに意識を冷却して自己を保った。  
 蒼衣は腰にタオルを巻いているだけで、ほとんど全裸だった。  
「そんな恰好で来て何をするつもりだったの?」  
「いや、雪乃さんが心配で思わず……」  
「だったらまず着替えを用意してほしいわ。あと、着替えてから来なさいよ。そんな恰好で  
来られても迷惑なだけ」  
 こんなに馬鹿馬鹿しい正論もそうはないだろう。雪乃は溜め息をついた。  
「……あ」  
「何? まだ何か……」  
「神狩屋さん!? そんな恰好で走らないで──」  
 その言葉に雪乃はぎくりとした。  
 蒼衣の肩越しに見えた神狩屋の目は妙に血走っていた。  
「どこだ泡禍は! いや裸エプロンは!」  
「そこを言い直すなーっ! とにかく入らないで下さ、」  
「邪魔するな白野君!」  
 神狩屋の蹴りに蒼衣はあっさり吹っ飛び、雪乃の傍らに倒れた。  
「白野君!?」  
 自分の恰好も忘れて思わず雪乃は彼に寄り添う。  
 神狩屋は雪乃の姿を確認すると、にんまりと満足そうに笑った。全裸で。  
「素晴らしい、素晴らしいよ雪乃君! 白い素肌に白いエプロン! 絹糸のような黒髪と  
織り成すコントラスト! 見えそうで見えない絶妙のアングルアーンドポージング!」  
『ふふ、清々しいまでに変態的ね』  
「…………」  
「ああ、颯姫君はそのままか。ちょっともったいないね。まあ今からでも遅くはないよね」  
 颯姫がひっ、と後ずさりした。  
 雪乃もさすがにその様子には気持ち悪さを覚え、気絶している蒼衣の体を無意識のうちに  
ぎゅっと抱き締めた。  
「帰ったら夢見子君にもさせてみよう。幼女に裸エプロン! それもまた良し! しかし  
まずは君だよ雪乃君。タオルはなかったが幸いなことにデジカメはあった。早速記念に一枚」  
「──〈焼け〉」  
 雪乃が溜め息とともにカッターナイフを引くと、手首に傷が生まれると同時に神狩屋の  
体が炎に包まれた。  
 
 
 蒼衣が目を覚ますと、目の前に雪乃の顔があった。  
「あ、あれ、雪乃さん──?」  
「……大丈夫みたいね」  
 雪乃はほう、と安堵の息をつき、それからすぐに顔を離した。  
 蒼衣が体を起こすと、部屋の隅で神狩屋が倒れ伏していた。  
「あ、あれって」  
「泡禍に遭遇して一時的に錯乱した──そういうことにしときましょう」  
「……そうだね」  
 それから雪乃の姿に蒼衣は改めて驚き、すぐに後ろを向いた。  
「ご、ごめん」  
「別に見られても気にしないわ」  
「でもやっぱり悪いから」  
「……気にしてほしくないのに」  
 蒼衣はその呟きの意味をはかりかねた。  
「え?」  
「な、何でもないわ。忘れなさい」  
 頬を赤く染めながら雪乃はごまかす。  
 蒼衣は何がなんだかわからなかったが、動揺する雪乃は普通の女の子のようで、それが  
少し嬉しかった。  
 蒼衣が小さく笑うと、雪乃はふん、とそっぽを向いた。  
 
 
 
「裸エプロンに加えてツンデレ……ゆきのんグッジョブ! 社長もグッジョ」  
「〈焼け〉」  
「萌ええええええええええええええええあああああぐああああああああああ!」  
 
 
 
 はつかねずみがやってきた。  
 はなしは、おしまい。  
 

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