衣川遊美がその占いを試してから二週間が経った。  
 瀬川彰人に想いを寄せて、けれど彼の隣には親友の加古下梨花がいた。  
 その事実を変えられない自分が疎ましくて、遊美は今日も寝る前の儀式を行うのだった。  
 
 夜中の十二時。  
 両親はとうに寝静まり、遊美はいつものようにベッドの横に置かれたサイドテーブルにそれを用意した。  
 水を張った洗面器。  
 それは占いを行ったときと同じ召喚のための用具だった。  
 彼女が試しているのは他でもない。  
 得体の知れない無数の白い手を呼び出そうとしていた。  
 
「あと、一分……」  
 初めはおどろおどろしい出来事に恐怖していた遊美だったが、“そのこと”を覚えてからはまったく異なった感情を抱くようになっていた。  
 無機的で感情のない手は、遊美に危害を加えるでもなく夜な夜な用意された通りに現れては遊美を縛りつけていく。  
 
 カチ……  
 
 十二時を知らせる秒針の音が合図となった。  
 洗面器に前触れもなく波紋が広がる。  
 遊美の顔が映っていた水面が少しずつ揺らいでいき、波が立ちはじめたと思うと、そこには遊美を背後から覆い尽くすほどの手と指が蠢いていた。  
「きた……」  
 遊美の声に恐怖はなかった。  
 こめかみにわずかな汗が浮かぶだけで何も恐れてなどいない。  
 待ち構えていた表情にかすかな期待と愉悦をにじませる。  
 なにせこれは、遊美が望んだ儀式なのだから。  
 
 白い手は水面をぬぅと押し広げ、盛り上がった水から現れると、ゆっくりとした動きで遊美に絡まりはじめた。  
「んっ……」  
 一本の手が足先から腿にかけて縛りつけると、次から次へと現れた白の手が遊美の体を這っていった。  
 胴を大きく横切っていく手があれば、首から肩、二の腕を封じる手があり、さらには指先にいたるまでゆるく、しかし解けないほどに力を込めて拘束していく。  
 体の自由が奪われていく光景に遊美は恍惚の笑みを浮かべた。  
 これは戒め。  
 気持ちの上とはいえ、親友である梨花を裏切った彼女が受けるべき当然の罰。  
 遊美のパジャマの裾から一本の手が侵入した。  
「ひゃっ……」  
 パジャマと肌着の隙間に入り込んだ白い手は五本の指で撫でるように腹から脇下を這い上がり、遊美の体を物色していく。  
 
 控えめな胸に差しかかった手が指をそろえ、下着の上から胸肉を揉んでいく。  
「あ、ん、んっ……」  
 むずがゆい感覚が遊美の体を駆けめぐる。  
 身動きの取れない状態で体を這いまわる物体に怖気を感じると共に、言い知れぬ被征服感が気持ちをくすぐっていく。  
 首元から侵入した手が胸を揉みながら先端をこねまわすたびに嗚咽が漏れる。  
 異質な陵辱に屈することの背徳感が興奮を呼び、遊美の背負った自罰の気持ちがそれに油を注いでいく。  
 屈してはならない。  
 でも、抗えないほどに気持ちがいい。  
 パジャマのズボンに手が入ってきた。  
 動物のプリントがついた子どもっぽいショーツの上から、遊美のまだ未熟な亀裂を人差し指がなぞっていく。  
「そこ、だ……め……」  
 ぷくっと膨らんだ遊美の気持ちいいところが縦横無尽に、何度も弾かれる。  
 無機質な指はひたすら無情に遊美を攻め立てるのだ。  
 つまみ、こね、弾いては焦らすように周囲をこすって。  
 遊美の心が音を上げるのを待つかのように、白い手は捕らえた獲物をもてあそぶ。  
 
「あき、と……くんっ」  
 押し寄せる快楽に腰が跳ね上がる。  
 膨れた豆に小山の先端、うなじから耳の穴、ふくらはぎの裏に加えて脇下までも。  
 遊美の全身、ありとあらゆる場所を味わいつくしていく。  
 体のすべてが一つの性器になったような快感に溺れ、遊美の口からはだらしなくよだれが垂れていた。  
 もはや誰にも止められない自罰。  
 彼女が決断した彼女自身への罰は毎夜のように彼女を責め立てる。  
「もう、ほし……ほしい……」  
 息も絶え絶えに遊美の情けない声が漏れた。  
 上気した顔に白い手が群がり、口には指が何本も押し込まれ、光を失った瞳には何も映らない。  
 ただ本能が求める快楽の果てだけが彼女の望みだった。  
 白い手はまるで彼女の意思に従うかのように下半身を覆うパジャマを取り去った。  
 すっかり濡れて形もあらわになった股が夜気に湯気を上げる。  
 ぴったりと張り付いたショーツに白い手が近づき、布越しにくちゅ。  
「はあっ……!」  
 もったいぶるような仕草で布に浮かんだ溝を上下する白い手は、まるで遊美の反応を楽しんでいるかのようだった。  
 
 物欲しげに腰を震わせる遊美に応えて、ようやく白い手は透けたショーツを脚から抜き取った。  
 透明な液体が流れ落ちるそこは熱に浮かされたようにほんのりと赤く、無邪気な子どものようになめらかだった。  
「ひは……はぁ、あ……」  
 言葉にならない吐息を口から漏らした。  
 理性を置き去りにした儀式の締めくくりに遊美の気持ちも高ぶっていく。  
 空気にさらされた局所に白い手が集まっていくのがわかって、遊美の瞳から涙がこぼれた。  
 極上の波にさらわれる瞬間に、遊美は溺れていた。  
 数え切れないほどの白い指がそこを目指す。  
 二本、三本と柔肉を押し広げて突き進んでいく感触。  
 心が飛びそうになる。  
 
 同時に、亀裂上部に発達した小さな核部を四方八方から無数の指が擦りついてくる。  
 弾いてさすって、いじめるというより愛でるように優しく、遊美の体液を塗りつけては押し潰していく。  
 双丘の頂点を強い力でつままれて、口蓋をめいいっぱいに封じ込められて悲鳴も上げられず。  
 火照る体の奥底から原始的な欲求の塊が込み上げてくる。  
 股に押し寄せた指が乱暴に内壁を削って、あふれだす液体は泡立って白濁していた。  
 まるで遊美の意識がそこから流れ落ちているかのように、遊美の体液は白い手を濡らし、止めどなくあふれていた。  
 体が熱くてしかたない。  
 ぼんやりと紗幕が掛かったように視界がぼやけ、遊美は限界が近いことを悟った。  
 いたるところから駆け上がってくる快楽に呑まれ、これをもって自罰とする。  
「あっく、う……あ、はぁ――――っ」  
 脳天に雷が落ちたように頭が漂白されていく。  
 体の底から突き上がってきた感情に翻弄されて、遊美の意識はぶつり、と途切れた。  
 
 ぐったりと横たわった熱い体から白い手が離れていく。  
 それらは役目を終えたことを自覚しているように、もと来た洗面器に吸い込まれていった。  
 夜中の占いはよくばりな犬に戒めを残して終わる。  
 だが遊美の自罰は今夜かぎりでは終わらない。  
 よくばりな犬は、けっきょく欲張りなままだった。  
 
 
おしまい  
 

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