あるところにアオイという男の子がいました。  
 アオイはお父さんとお母さんとなかよく暮らしていましたが、あるときお母さんが病気になって死んでしまいました。  
 寂しがり屋なお父さんはおおいに悲しみ、べつの女性と再婚しましたが数年も経たないうちに病気でなくなってしまいました。  
 残されたアオイはいじわるな継母と、いじわるな二人のお姉さんに毎日いじめられるのでした。  
「はぁ……、なんでボクがシンデレラ役なんだろう……」  
 アオイは継母の趣味で女の子のかっこうをさせられていました。  
 あたらしいお母さんは男の子より女の子がほしかったのです。  
 名前もシンデレラに変えられ、いつもボロボロのスカートをはかされていました。  
「しら…………シンデレラ。掃除はおわったの?」  
「ゆ、じゃなくてお姉さま。床掃きはもうすぐで終わります」  
 一番目のお姉さんはいつもツンとすましてシンデレラにきびしくあたっていました。  
「まだ終わってないなんてほんとグズなのね」  
「すみません、お姉さま」  
「あなたみたいな妹なんてほしくもなかったのに。お母さまったら、いくらお金に目がくらんだといってももうすこし相手をえらんでいただきたいものね」  
 お姉さんはシンデレラだけでなく、お母さまにも文句を言いました。  
 
「お姉さま、お母さまのかげぐちはよくありませんよ」  
「だまりなさい。わたしに意見を言うなんてあつかましいにもほどがあるわ」  
 そう言うとお姉さんはシンデレラを突き飛ばしました。  
 お姉さんはいつもこの調子です。  
 たおれたシンデレラは体についたほこりをはらい、お姉さんを見上げてあることに気がつきました。  
「あ……その黒いドレス、新調したんですね。とてもきれいでお似合いですよ、お姉さま」  
 シンデレラがにこやかな笑顔でそう言うと、  
「うるさい、殺すわよ」  
 お姉さんはぷいっとそっぽを向いて「なんでわたしがこんな……」とぶつぶつ言いながらむこうにいってしまいました。  
 いじわるな一番目のお姉さんがいなくなると、入れ替わるように二番目のお姉さんがやってきました。  
「シンデレラ、えっと…………なんだったでしょうか?」  
 二番目のお姉さんは物忘れがひどい人でした。  
「ちぃ姉さま、ハンカチのことではありませんか?」  
「ああ、そうですそうです。シンデレラ、たのんでいたハンカチの修繕は終わっていますか?」  
「はい。色とりどりの糸でつくろっておきました。これでよろしいですか?」  
 シンデレラはポケットからカラフルなハンカチを取り出してみせると、お姉さんは目を大きくして子どものようによろこびました。  
「わあぁ、とてもきれいで素敵! ありがとうございます、シンデレラ」  
 二番目のお姉さんはとくにいじわるをすることもなく、むこうにいってしまいました。  
 残されたシンデレラは床掃きを終わらせると、窓のそとに見えるきらきらしたお城――カガリ城を見つめてため息をつきました。  
「そういえば今夜はお城でダンスパーティがあるんだったっけ。なんでも王子さまの花嫁を決めるためとか。まあ男のボクには関係ないけど」  
 シンデレラはもう一度ため息をついて食器洗いをはじめました。  
 
 そこへ継母が気配もなく、いきなり現れました。  
「シンデレラ」  
「わっ……、お、お母さま。おどかさないでください」  
「いいかげんに慣れなさい。それよりわたしたちはお城のダンスパーティにいくから留守番はまかせたわよ」  
 継母はシンデレラのこたえも聞かず、現れたときとおなじように気がついたらいなくなっていました。  
 去りぎわに「今夜はなにか起こりそうね。ふふ」とふくみ笑いをしていたのですがシンデレラの耳には届きませんでした。  
 シンデレラは窓のそとを見て、三度ため息をもらすのでした。  
 
 夕飯を終えて食器洗いもすみ、つぎはなにをしようかとシンデレラが考えているとトントン、と戸をたたく音がしました。  
「はい、どちらさまですか?」  
 シンデレラが扉をひらくと黒くて暗い空気が入ってきました。  
 おどろいて口をぽかんとあけているシンデレラのまえで、その暗闇はあつまって形をつくりだし、黒い外套をまとった男の人になりました。  
「やあ、シンデレラ。わたしを呼んだね?」  
 闇より黒い男はメガネの奥からじっとシンデレラを観察します。  
「え、あの、べつに呼んでませんけど……」  
「きみがこころの底からのぞむなら、わたしはその願いをかなえてあげよう」  
 シンデレラは驚きをこらえて言い返しましたが、男は人の話を聞いていませんでした。  
「ですから、ボクはあなたなんて――」  
「なるほど、きみの願いはわかった。さあ行きたまえ。準備はととのった。ダンスパーティに参加するにたる資格をあたえよう」  
 男が言い終わるとボン、と白いけむりがシンデレラをおおいました。  
「わ、これ……っ」  
 けむりが晴れるとそこにはきれいなドレスに身をつつんだシンデレラがいました。  
「うわ、ただでさえスカートはいやだったのに、なんでこんな……」  
 うんざりした顔で自分の衣装を見下ろすシンデレラに男は言います。  
「馬車はそとに用意してある。さあ行きたまえ。だれもきみの願いをさまたげはしない」  
 それだけ言って黒い男はまるで闇に溶けこむようにスーっと消えてしまいました。  
 
「いったい、なんだったんだ……」  
 わけがわからないままシンデレラは家のそとに出てみました。  
 そこには男が言ったとおり、一台の馬車と御者が待っていた。  
「しら……シンデレラさま。ずいぶんとかわりはて……きれいになられたようで。さあ、お城までわたくしがお連れします。…………きみも大変だな」  
「ほっといてくれ」  
 シンデレラは行きたくないけどなんとなく行かなければならないような使命感につきうごかされて馬車に乗るのでした。  
「うおっ、しら……じゃなくてシンデレラ。おまえきれいになったなぁ。その姿みんなに見せてもだれもわかんねえぜ、きっと」  
 いきなり馬車馬がシンデレラになれなれしい口をききました。  
「く、馬のくせに……」  
「すみませんシンデレラ。口さがないバカ馬はあとでこっぴどくしつけておきますので」  
 御者が冷めた口調でそういうと馬はおとなしくなり、シンデレラを乗せた馬車はお城へむかって出発するのでした。  
 
 シンデレラがダンス会場に足をふみいれると、そこは生まれてはじめて見るくらい大きくて広い、まぶしい大広間でした。  
 金色や銀色のシャンデリアが天井からぶらさがり、人々はかがやかしい色の杯をもって談笑していました。  
「わぁ……これは、すごいなぁ……」  
 目をむけるところすべてがまぶしく、あちこちをきょろきょろしていたシンデレラはだれかにぶつかってしまいました。  
「あっ……」  
「おっと、すみません。お怪我はありませんか?」  
 尻もちをついてしまったシンデレラに、ぶつかった男の人は手をさしのべました。  
「あ、ありがとうございます」  
 その手をつかんで立ち上がり、男性の顔を確認してシンデレラは驚きました。  
「お、王子さま!」  
 そう、シンデレラがぶつかった男性はこの国の王子、マサタカ王子だったのです。  
「すみませんでした! ボクの不注意で、とんだ粗相を……」  
 何度もあたまをさげてあやまるシンデレラに、マサタカ王子は言葉を返しません。  
 なにか変だと気づいたシンデレラはおそるおそる顔をあげると、王子はあっけに取られたようにシンデレラを見つめていました。  
「あ、あの王子さま……?」  
 シンデレラがびくびくしながらおうかがいを立てると、ビクッとスイッチが入ったように王子は自分をとりもどしました。  
「あ、ああ、すまない。いや、きみがあまりにきれいなものだから、つい見入ってしまった」  
「え、そ、それはいやだなぁ……」  
 苦笑いをうかべるシンデレラのまえで王子はなにか考えるような顔つきになり、言いました。  
 
「きみの名前は?」  
「あ、失礼いたしました。シンデレラといいます。ですが本当はボク、おと――」  
「シンデレラ、きみが好きだ。僕と結婚してほしい」  
「こ、なんです…………よ?」  
 シンデレラの表情がかたまりました。  
 会場の空気もかたまりました。  
 パーティに参加していた継母と二人のお姉さんも固まりました。  
 いえ、正確には継母はニヤニヤ、お姉さんはイライラ、ちぃ姉さんはニコニコしていました。  
 そんな周囲の反応も気にせず、マサタカ王子は大音声でさけびました。  
「僕はあなたに決めました! シンデレラ! 僕と結婚してください! いえ、結婚していただきます!」  
 シンデレラはあまりの事態にこころのなかでさけびました。  
(ボクは男だー!)  
 ですがシンデレラの主張はだれにも届きませんでした。  
 
 そこからのマサタカ王子の行動はとてもすばやいものでした。  
 会場にあつまった人たちには頭を下げてあやまり、閉会をつげました。  
 そして、いやがってあばれるシンデレラをテレのあまり裏返しの反応を示しているのだ、とうそくさい心理学でポジティブに曲解し、寝室につれていってしまいました。  
 暗がりの寝室のまんなかの、とても大きなベッドに寝かされたシンデレラはなるべく王子から距離をとって言いました。  
「王子! なんども言いますがボクは男です! あなたと結婚なんてできません!」  
「まだそんなことを……。そんなに僕がきらいかい?」  
 マサタカ王子はシンデレラの言うことをちっとも聞こうとしません。  
 ずいずいと近寄ってくる王子にシンデレラは顔をそむけました。  
「シンデレラ、僕はきみにひとめぼれしたんだ。信じてくれないのかい?」  
「で、ですから、信じる信じない以前にボクは男だと……」  
「そんなはずがないじゃないか」  
「ひっ……」  
 目と鼻のさきまで近づいた王子は、なんのためらいもなくシンデレラの脚のあいだに手をはさみました。  
「ほら、なにも…………ナニが、ある?」  
 女の子にあってはならない異質なものにふれて、マサタカ王子はかたまりました。  
 
「や、やめてっ!」  
 シンデレラは顔を真っ赤にしてドン、と王子をつきとばしました。  
 呆然とした王子はなにかをぶつぶつとつぶやいていました。  
「女の子じゃない……シンデレラが、男の子で……」  
「だからそう言ったじゃないですか! ボクは男だって!」  
 シンデレラがさけんでも王子には聞こえていませんでした。  
 理解できない現象をまえにして頭がおかしくなってしまったようにも見えます。  
 シンデレラは泣きたい気分になりました。  
 そうしてしばらくベッドのうえで体をかかえて涙をこらえていると、とつぜん王子が言いました。  
「そうだ、わかったよ」  
 シンデレラの脳裏をいやな予感が駆けめぐります。  
 マサタカ王子はなにか吹っ切れたようなすがすがしい顔をして、笑顔でシンデレラに言いました。  
「べつに男でもいいじゃないか。なにも不都合なことはない。」  
 とんでもないことを言いはじめた王子にこんどはシンデレラが呆然となりました。  
「な、なにを言い出すのですか……?」  
 王子はさも当然のことのように応えました。  
「なにって、だってそうじゃないか。僕はきみが好きで、きみが男だった。ただそれだけさ。どこにも問題なんてない」  
「おおありですよ!」  
 あたまの回路のどこかが焼けついたのだとシンデレラは思いましたが言葉にはしませんでした。  
 かわりにたずねます。  
「ボクが好きなのはわかりました。でもボクが男なら結婚できないじゃないですか」  
「べつに男同士でも結婚できるような法律をつくればいいさ」  
 シンデレラは絶句しました。  
 
 なんとかして王子の血迷った考えをあらためさせようと思いつくはしから反論をぶつけます。  
「で、でもそれだと世継ぎの子どもを産めませんよね?」  
「親類から養子をとればいい」  
「世間体もわるいと思いますけど」  
「風評ごときで僕の愛はゆらいだりしない」  
「い、一番だいじなことですが、ボクはあなたのことを好きでもなんでもありません」  
「結婚してから良さが見えてくると信じています」  
「ボクに拒否権はないんですか?」  
「その気になれば命令することもできるけど、それはしたくないんだ。わかってほしい」  
 あれもだめ、これもだめでシンデレラには打つ手がありませんでした。  
 そんなシンデレラにマサタカ王子が反撃するように言いました。  
「じゃあこんどはこっちがききたいのだけど、きみはなんで女の子のかっこうをしているんだい?」  
「こ、これは、母の趣味でむりやり……ボクはいやなんですけど……」  
「でも従うしかなかった。じゃあ本当はやりたくなかった、と……?」  
「もちろんです! ボクはふつうが好きで、本当ならふつうの生活をしていたはずなのに、こんな……」  
「ふむ……」  
 王子はうでをくんで考えました。  
 そしてにっこり笑ってシンデレラに最後のゆさぶりをかけました。  
 
「きみはふつうが好きだと言ったね?」  
「はい……」  
「でも女の子になったきみは自分のことを『ボク』と言う。『ふつう』の女の子は『ボク』なんて言わないのにね」  
「そ、それは、ボクは男の子で――」  
「『ふつう』の男の子は女の子のかっこうなんてしないよ?」  
「うっ……それは……」  
 シンデレラは言葉につまってしまいました。  
 そのようすに王子は気をよくして言いました。  
「『ふつう』の男の子ならそんなかっこうはしない。でも女の子になることを受け入れたのに自分を『ボク』と言う」  
「…………」  
「男の子にも女の子にもなりきれないきみは、はたして『ふつう』とよべるのだろうかね?」  
 反論のいとぐちが見つからないまま、シンデレラはだまりこくってしまいました。  
「『ふつう』じゃないきみが『ふつう』じゃない結婚をして『ふつう』じゃない生活を送ってなにがおかしいんだい? なにもおかしくなんてないじゃないか」  
 マサタカ王子は自分の論理にいささか酔いしれてシンデレラの肩に手を回しました。  
 反論したくても言われていることはすべてただしいのでシンデレラはなにも言えません。  
 肩におかれた手が二の腕をさすっても、シンデレラにはなすすべもありませんでした。  
「僕はきみが好きだよ、シンデレラ。きみが男であろうとかまわない。僕が好きになったきみがたまたま男の子だっただけさ」  
 そう言いながら王子はシンデレラのくちびるをうばいました。  
 
「んっ……」  
 シンデレラは抵抗しようとしましたが王子にだきすくめられて身動きがとれません。  
 そんなシンデレラのうすい胸をつつむドレスにマサタカ王子の手がふれました。  
「ひぁ……」  
 悲鳴はもれても王子の力はおとなのものでシンデレラには押し返すこともできませんでした。  
「ん、んむ……」  
 くちのなかに王子のあたたかい舌がはいってきます。  
 かたく閉じたくちびるをこじあけ、ぬめっとした肉のかたまりがシンデレラの歯にそってうごめきました。  
 いっぽうで王子の手はほんのすこし盛り上がったシンデレラの胸のうえをさすります。  
「あ、むぅ……」  
 ぶかぶかのドレスのうえから、なだらかな丘を王子の指がのぼっていきます。  
 指先が丘のてっぺんにたどりつくと、そこにはぷくっとふくれたはつかねずみがやってきた。はなしは、おしまい。  
 

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