オレの名はブラッククロウ(黒鴉)。もちろん通り名だ。
港町スマグラーレストじゃ、ちったあ知られた盗賊(ローグ)だ。
一攫千金を目論んで、このゼンドリック大陸の港町ストームリーチに来た訳だが、世の中そうそう巧くはいかない。今じゃすっかり落ちぶれて、下水漁りをして日々を過ごしている。
おっと、下水漁りといっても別にヘドロを漁っているわけじゃない。そこんとこ勘違いしないように。
この辺りの下水道には厄介な連中――悪党や人間に敵対的なコボルドやバグベア、ホブゴブリンといった亜人種――が棲みついている。
そんな連中を適当に退治して、貯めこんでいるお宝――連中がさらに深くの遺跡から拾って来たり、不運なオレらの先人から奪ったもの――を略奪したり(なに、構うもんか相手は社会公認の悪党だ)、退治した礼金をせしめたりして、なんとか糊口をしのいでいる。
そんなある日の事だった。港に到着した船から、一人の少女が下りてきた。
少女といっても、真紅の瞳に漆黒の肌、それと対照的な銀髪の最近見かけるようになったドラウエルフ族だ。おそらくオレよりも遥かに年上だろう。
ドラウエルフは通常、知恵と美貌と敏捷性に優れた種族だ。彼女も例に漏れず、整った顔立ちにスラリとした肢体の、じつに魅力的な少女だった。が……
ドッパァァン!
あろう事か、彼女は船から桟橋への渡り板から足を踏み外して、海に転落したのだ。
すぐに海面から顔を出して立ち泳ぎをするものの、上がる場所が見付からずにパニクっている。無理もない。上がれる場所は近くにない。オレは咄嗟に飛びこむ。
「おい、こっちだ」
先導して泳いでやると、彼女は素直についてくる。
東向きの港で、桟橋をグルリと北に回りこむと上がれる場所が見えてくる。
「よう、兄ちゃん。海水浴かい?」
倒れた石柱の上で楽器を演奏していた吟遊詩人が、オレに声をかける。
「まあな。美人が泳いでたもんだから、人魚かと思って、つい海にとびこんじまったよ」
オレの軽口に吟遊詩人は笑った。
ゼンドリック大陸は、いにしえの巨人文明が栄えていたところで、到る所にその遺跡があり、ご多分に漏れずストームリーチの街もその遺跡に建造されている。
吟遊詩人が腰掛けているのも、そんな遺跡の一部だったりする。
ちなみにドラウエルフ族ってのは、その巨人達の支配に最後まで抵抗していた種族だ。逃げ出した他の種族――特に親戚関係のエルフ――なんかより、ずっとプライドも実力も強かったりする。
振り返って彼女を見ると、彼女は微かに頬を朱に染めていた。“美人”て単語に反応したんだろうか?
「礼がまだたったな。助けてくれてありがとう」
彼女は、頬を染めつつやや憮然とした態度で言う。どうも、ドラウ族としてのプライドが傷ついた――それが転落か、助けられた事かはわからないが――らしい。
白銀の髪や、ローブの裾から海水を絞っている。鎧ではなくローブを着て、杖を持っているところを見ると、どうやら魔術師のようだ。
魔術師はその秘術の鍛錬に時間を取られ、鎧を着ての動き方や武器の扱いに習熟してなかったりする。他にも運動能力に劣ったりするものもいる。それなら転落も納得できる話だ。
「よう。姉ちゃん。今日こっちについたばっかりだろ? だったら今夜の宿を紹介しようか?」
「宿、か?」
オレの誘いに、彼女はしばし逡巡する。
無理もない。見知らぬ土地でいきなり馴れ馴れしくする相手に、素直に従うようなのは只のバカだ。
が、オレは一応恩人なわけで、無碍に断るのも躊躇われるのだろう。
「大丈夫だってば、すぐそこの“ウェーブ・クレスト・イン”て、あんたやオレ達みたいな冒険者御用達の宿だよ」
「……そうか、ならばお願いしよう」
彼女は一応の警戒はしつつも同意する。
「自己紹介がまだだったな。恩人殿。私の名はシルバーレイン。ドラウのウィザードだ」
名前の由来らしき、まだ海水に濡れた銀髪を指でクルクルと巻く。
「オレはブラッククロウ。ローグだ。つまりヒカリモノに目がない鴉ってわけさ」
オレの言葉に、彼女の表情が少し緩んだ気がした。