最初は単なる気まぐれと軽い好奇心だった。  
 
からかい半分で言われた師匠の言葉を思い出して、それを見に行こうと考えた。  
師匠に『とんでねぇ場所だから、修行のつもりで行って来い』と言われても  
今の俺には大したこと無いだろう……何て調子に乗っていたのもつかの間  
魔法が使えない環境に加え、恐ろしいほど険しい山道に死にそうになりながら  
3日間ただひたすら森の中を歩き、目的地に向かって突き進んでいく。  
 
落書きみたいな参考にならない地図を手に持ち、果てしなく続く道の無い森を歩きながら  
半ばやけになって森の中をずんずんと突き進む。  
行く手を邪魔するような木を乱暴に掻き分けながら、隠すようにな枝を手に持った瞬間  
世界は一転する。むせ返るような花の匂い。一面に広がる色鮮やかな色。  
断崖に包まれた険しく暗い森の中に突然現れた、まるで極楽のような光溢れる花畑…。  
 
「こりゃぁ…確かにすげぇや」  
足を踏み入れ汚すのも躊躇われるような、その景色に見とれながら感嘆の息を吐く。  
言葉を発するのを忘れて、目の前に広がる夢のような色に呑まれた様に立ち尽くした。  
絨毯のように一面に敷き詰められたピンク色の小さい花。風が吹くたびに香る花の匂い。  
その柔かい香りや花の色はあいつの髪にとてもよく似ていて、そこにいるだけで  
不思議な安心感と抱きしめられているような心地良さがあった。  
 
「みせてぇなぁ………」  
そんな事を呟きながら、俺はただぼんやりとその景色を眺めていた。  
 
 
「――――呆れた。あんたバカじゃないの?」  
そう言いながら、マァムはベットの横にある椅子に腰掛けて、俺の頬をぎゅうっと抓った。  
テーブルの上には冷たい氷が入った桶と、大量に積み上げられた熱冷ましの薬草。  
…聞こえよがしな、呆れと怒りが混じったため息を付きながら  
『慈愛の使途』とは程遠い口調でズケズケと悪態をついてくる。  
 
「お前さ、俺にだけ口悪ぃよな。………もっと誰さんの時みたいに優しくしろよ」  
一体何回バカって言うんだ、その口の悪さはまるでどっかのじゃじゃ馬姫みたいだと  
ブツブツ愚痴る俺に、更に深いため息を付きながらマァムは俺の顔を覗き込む。  
 
「もう、なんで拗ねてんのよ…。魔法使いのあんたがわざわざ魔法が使えない森に  
 修行に行くからでしょ?おまけに熱まで出して…怒りたくもなるわよ。  
 どうしてあの森に行ったか教えてくれないの?何か特別な理由でもあるの??」  
「知らねぇよっ!行きたくなったんだからしょうがねぇだろ………理由なんてねぇよ」  
 
散々に言われているこの状況で、まさか『お前の為に行きました』なんて、  
こっ恥ずかしい事を言える訳も無く…つい、売り言葉に買い言葉で強い言葉が口をつく。  
しまった、と後悔した時には既に遅く、部屋の空気はガラリと重苦しいものに変わる。  
明らかに怒っている空気を出しながら、マァムは無言で薬草をゴリゴリとすり潰す…。  
 
10日前。5日かけて森から帰ってきた俺は、戻ってきた安堵からぶっ倒れて熱を出した。  
丸1日意識を失って、2日目にずっと手を握ってくれている温もりに気付いた。  
3日目…目が覚めた俺が一番最初に見たのは、泣きそうに笑うあいつの顔。  
そして4日,5日と俺の体調が落ち着くまで、ずっと付っきりで看病してくれた。  
 
落ち着いてきた俺にマァムが何気なく聞いた一言…。それがこの気まずい空気の始まり。  
場所を聞いた途端怒り出すマァムの気持ちは痛いほど分かるし、もっともな意見だ。  
…でも、そんな風に怒られれば怒られる程、本当の事が言えずに悪態ばかりついてしまう。  
ゴリゴリと薬草が潰れる音が寒々く部屋に鳴り響く。  
何だかとても悲しい気分になってあいつの腕を軽く掴み、俯く顔を覗き込んだ。  
 
「怒んなよ」  
「……………………」  
「……ごめん、な。せっかく看病してくれてんのに」  
その一言を聞いて、あいつが手を止めてやっと俺に目を合わせた。  
何かを考えるように、何かを覗くように深く見つめた後、軽く息をついて  
俺の額に乗ったタオルの代わりに暖かい手を当てながら呟く。  
 
「怒るわよ。こんなに熱出して……どれだけ心配したと思ってんのよ」  
諦めたように言う声とは別に、どこか安心したような手つきで、髪を撫でてくれる。  
まるで子供に戻ったような、優しくてくすぐったいその動きに身を任せていると  
ふと、マァムの顔つきが変わった。  
俺が目が覚めた時と同じ、嬉しそうな……でも泣きそうな顔で俺の顔を見る。  
 
「…本当にバカなんだから」  
突然ガラリと変わった女の子らしい声と表情に、心臓がバクリと音を立てた。  
多分俺にしか見せない拗ねたような、どこか甘えるような子供っぽい顔。  
そんな顔されると嫌でもこの二人きりの状況を意識してしまう。  
 
「・・・・・・・・・・・・」  
「・・・・・・・・・・・・」  
独特の緊張感が流れる部屋の中で、お互いその空気を逸らすように無言で窓の外を眺める。  
空気を入れ替える為に開けてくれた窓からは、穏やかな緑と空が見え、冷たい風が  
熱を持った体を心地よく冷やしてくれた。  
その心地良さに体を預けながら、同じように風に当たっているマァムを眺める。  
風に合わせて揺れる桃色の髪を見て、確かに似てる…と山奥で見て来た風景を思い出した。  
 
「―――師匠に教えてもらったんだよ。"お前に似た花を付ける場所がある"って」  
気まずそうに白状するその言葉に、マァムが少し驚いたような顔で俺を見つめてくる。  
 
「でも、その花すげぇ山奥にあって咲いてる時期もすげぇ短いって聞いて。  
 俺、どうしてもその花に事が気になって。俺が一回行けば簡単に連れて行けるから」  
「連れて行くって…私、を?」  
顔を真っ赤にして無言で睨む俺に、今度はマァムの頬が赤く染まる。  
お互い顔を真っ赤にしながら固まったように動けない。  
 
沈黙に耐えられないようにマァムが本当に小さな、掠れた声で俺の名前を呼んだ。  
まるで求めるようなその切ない声と表情を見て自然と体が動く。  
額に乗せられた手を包むように握り、その声に応えるようにそっとキスをした。  
 
「……………」  
重ねるだけのキスなのに、マァムの緊張が繋いだ手から伝わってくる。  
宥めるように柔かく指を絡めながら、浅いキスを何度も繰り返していく。  
甘い匂いのする髪を撫でながら、唇を離して赤く染まった顔を覗き込んだ。  
 
「―――――――もしかして、寂しかった?」  
からかうように囁く俺の声に、マァムが少し頬を膨らませて『バカ』と口を動かす。  
その声の甘さに、背中がくすぐったいようなむず痒さを覚えていく。  
逃げるように背ける顔を強引に引き寄せて、今度はさっきより深く唇を重ねた。  
硬く閉ざした唇を味見するようにチロリと舐め、軽く食べると小さな吐息が漏れる。  
 
「んっ!だ……めっ。体調、まだ治ってないのに」  
「もう治った」  
慌てたように逃げる細い体を抱きしめて、そのままベットの中に引きずり込んだ。  
あっ、と短い声を上げて、マァムはボスンと大きな音を立ててベットに沈んだ。  
そしていつものように怒ったような、困ったような俺の好きな表情をして睨んでくる。  
迫力はあるけど本当には怒っていないその顔にクスリと笑って、赤い色の頬を撫でた。  
 
「治ってる訳ないでしょ…っ!―――――離さないと怒るわよ」  
「治ったって。ほら、体力もお前押さえつけるくらい戻ってるだろ?」  
「調子にっ乗ってると、っん!本当に…っっん!!」  
ベットの中でじゃれあうように言葉を交わしながら、やわらかい体を組み敷いていく。  
久しぶりに感じる優しい体温を確かめるように触れて、ついばむようにキスを落とした。  
 
唇が体に触れるたびに、あいつの口数は少なくなり肌はほんのりと桃色に染まっていく  
拒むように引き剥がそうとしていた手は、何かに耐えるような求める手に変わる。  
俺の腕で徐々に変わっていくその様子を、堪らない思いで眺め、髪をそっと撫でた。  
随分と長くなった髪を手に取り、瞼の裏に残っている風景を思い出す。  
 
「―――――似てたよ、お前に」  
「……えっ?」  
「俺が寝込んじまったせいで、もう花は枯れちまって見に連れては行けねぇけど…  
 うん。こんな感じですげぇ綺麗だった」  
そう言いながら、シーツに広がる桃色の髪に指を指す。  
 
俺の指と自分の髪を交互に見た後、マァムは恥ずかしそうにため息をついて顔を背けた。  
照れ隠しのような仕草がとても可愛くて、俺はどんどん調子づいてしまう。  
目を合わせないように逸らす顔に笑いながら、首筋に顔を埋めて髪の香りを吸い込んだ。  
 
俺のその行動に慌てたように体を捩って、マァムが暴れだした。  
からかうように笑いながら、暴れる体を押さえつけて大げさに香りを吸い込む。  
 
「!!??ちょっと…信じらんないっ!!何、やってんのよっ!んっ」  
「匂いと、色がそっくり。こんな近くにあるなら、苦労して見に行く必要無かったかも」  
「もう!何くだらない事言ってんの、いいかげんに黙んないと本当になぐる……!!」  
「―――――黙るよ」  
 
これ以上にないくらい顔を真っ赤にしながら、珍しく騒いでいるマァムの口を  
自分の口で被せるように塞いだ。  
照れ隠しの乱暴な口調とは違って、小さな舌は求められるまま大人しく唇を開き  
俺の舌を受け入れてくれる。  
舌に絡まってくる不思議と甘い唾液の味を感じながら、抱きしめた時に微かに当たる  
膨らみ始めた胸の突起を服の上から撫でると、塞いだ口から熱い息と声が零れた。  
 
「―――――こういう時のお前って、すげぇ可愛いよなぁ」  
「っバカな事ばっかり……言ってっ!…ぁっっ!」  
褒めてんだよ、と耳元で囁いて柔らかい部分を軽く噛んだだけで、あいつの体は  
熱を持ってトロトロと震え始める。  
 
その素直な反応に自然と笑いが零しながら、気持良い風が流れてくる窓をいそいそと閉めた。  
意図を察したように、マァムは真っ赤な顔で唸りながら俺を見ている。  
にこりと笑いながら、軽くキスして抱きしめると観念したように細い手が背中に回される。  
すっかり馴染んだ肌の柔らかさや反応を楽しみながら、俺はマァムの服を脱がし始めた。  
 
 

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