勇者ダイが帰ってきた。  
大戦から2年、勇者の帰りを待ち侘びていた全世界が、その朗報に狂喜乱舞した。殊に、  
若き女王レオナを奉ずるパプニカ王国は、大変な騒ぎである。国中が夜も明けぬうちから  
祭りのように賑わい、城では世界各国の要人を招いての宴が催された。それは、千年に  
一度と謳われた、大戦終結の宴を凌駕するほどの華やかな祝宴であった。  
誰もが、この上ない美酒に酔いしれた。しかし、勇者と共に戦った仲間達ほど、この宴を  
楽しんでいる者はいない。  
「もう、みんな俺にかこつけて飲みたいだけだろぉ?」  
大戦時よりは幾分大人びた顔つきで、ダイが子どもっぽくふくれれば、  
「何言ってやがんだよ、お前のために俺らが世界何周したと思ってんの?俺だけでも  
10周はしたぜ、なぁ?」  
「俺は……11周ほどしたかな」  
「何なんだよそのビミョーな見栄は!」  
世にも珍しくヒュンケルとポップが漫才を繰り広げるほどである。夜の果てるまで、彼らは  
笑い、歌い、踊った。ただ一人をのぞいて。  
 
「お前、二次会来ねぇの?」  
ポップはきょとんとして、ヒュンケルの後姿に問いかけた。  
「人に酔った。悪いが、お前からダイや姫によろしく伝えてくれ」  
「自分で言えよ」  
もはや箸が転がってもおかしいらしく、酒に酔った顔でポップがケケケと笑うと、ヒュンケルは  
不意に真顔で振り返った。  
「ポップ」  
「あん?」  
「世話になったな」  
「はぁ?」  
何言ってんのお前、と問う声に答えず、ヒュンケルは長い廊下を歩き始めた。  
「おーい、ポップ、何してんだよ」  
「お、おう!」  
ダイの声に応じてから、もう一度回廊に目をやったが、兄弟子の姿はもはやなかった。  
 
「うー……やべ、吐く」  
いや、実際もう吐いたけど、とポップは誰にともなく苦笑した。理由は色々思い当たる。  
クロコダインに飲まされたやたら濃い酒とか。チウのおよそ音程というものを無視した  
歌声とか。アバンのストリップとか。厠でポップの背をさすってくれたフローラは、  
「まったく何考えてんのかしら、いくら仲間内だからって!」と良人の宴会芸に文句しきりで、  
師匠思いのポップは吐きながらもアバンのフォローをしなければならなかった。  
「大丈夫ですか」と心底心配そうなメルルの手を丁重に払って、ポップは寝室へと向かった。  
レオナに無期限で貸し与えられた寝室は、よりにもよってヒュンケルとの共用である。  
「あいつ寝てるといいなぁ……いくら何でもあいつと二人じゃ場が持たねぇよ」  
あいつは俺と違ってザルなんだから、朝まで飲んでりゃいいのに。  
寡黙な兄弟子の顔を思い出し、ポップは軽く息をついた。目の前の角を曲がれば、寝室の  
扉である。扉を開けたそのとき、寝息が聞こえてくることを祈りながら、ポップは扉の取っ手に  
手を伸ばした。  
「……あぁ……っあ、あ……」  
ほんの少し扉を開けたところで、ポップの手は自然に止まった。妙な声が聞こえる。女の声のような、  
それにしては変に高くて不安定な……動物の声?本能的に気配を消しながら、ポップは僅かな隙間から  
部屋の中を覗き見た。  
「はぁっ……あ……ヒュン、ケ……」  
物狂おしく、声は兄弟子の名を呼んだ。途端、部屋の中で蠢いている影が、いっそう激しく動き始めた。  
豪華な天蓋に覆われたベッドの上、二人の男女が、まるで一体の獣のように絡み合っている。  
ポップの鼓動が高鳴り始めた。思いがけず兄弟子の閨房を覗いてしまったから、ではない。彼の体の上に  
跨り、身も世もなく喘いでいる、女。ポップの目は、その肉感的な裸身に釘付けになっていた。  
「あぁ、いい、いいの……ヒュンケル、ヒュンケル!」  
あんな彼女は知らない。第一、彼女はついさっきまで、宴の場にいたはずだ。アバンの使徒の長女役らしく、  
甲斐甲斐しく来賓の世話を焼いていた。あれは……ああ、あれは。まだヒュンケルが宴を抜ける前だ。ヒュンケルが  
いなくなった後、彼女を見たか?酔いが醒め、恐ろしいほど冴えた頭が答える。見ていない。慣れない酒と、  
親友が帰ってきた喜びにはしゃいで、気にも留めなかったが、一度も見ていない。  
「好きよ、ヒュンケル……あなた、が、好き……っ!」  
ポップは茫然と、彼女の言葉と、月明かりのなかで上下に跳ねる桃色の髪にとらわれていた。  
 
「ヒュンケル!」  
翌日の午前。ダイに呼び止められ、銀髪の剣士はびくりと身をすくめた。  
「何で昨日、途中で帰っちゃったんだよ。あの後すっげー面白かったんだぜ!」  
「あ、ああ。すまん」  
「あれぇ?」  
小さな違和感に、ダイは首を傾げた。  
「ヒュンケル、何か感じ変わったんじゃない?」  
「そっ…そうか?」  
「うん。何ていうかな……雰囲気が」  
まじまじと見つめてくるダイに、彼の兄弟子は慌てたように言った。  
「お前も、ずいぶん背が伸びたな」  
「あは!そうかな」  
その一言にダイはぱっと顔を輝かせ、照れ臭げに自分の頭を撫でた。  
「2年ぶりだもんね。そりゃお互い変わるか」  
「ああ」  
「今日の夜も宴会らしいから、今日こそ最後までいてよ!」  
ダイは言い残すと、背が伸びたと言われたのがよほど嬉しかったのか、足取りも軽く去っていった。  
「……チビなの気にしてたんだなぁ、あいつ」  
小さく呟くと、ヒュンケル―――いや、モシャスでヒュンケルの姿を借りたポップは、そそくさとマァムの居室に向かった。  
捕まったのが、人を疑うことを知らないダイでよかった。これが勘の鋭いレオナ辺りだったら、  
呆気なくばれていたかもしれない。しかし、これだけそっくりに化けていても、雰囲気というのは違うものなのか。  
案外マァムにも、あっさりと見破られてしまうかも……。  
胸を掠めた弱気を、ポップはぶんぶんと首を振って追い払った。ばれたら、その時だ。あんな、出し抜くような真似を  
されておいて、こっちが弱気になってどうする。俺には権利があるのだ。虚仮にされたぶん、やり返す権利が。  
騙されたぶん、騙し返す権利が。  
気持ちの整理がついたら、ヒュンケルか俺か、どちらかを選ぶと、マァムは言った。あれには、もしヒュンケルを  
選んだのなら俺にもそれを伝えるという意味が、当然に含まれていたはずだ。大戦直後、マァムはヒュンケルではなく、  
俺と一緒にダイ捜索の旅に出ることを選んだ。そのことで、俺がどれだけ喜んだか、何を期待したか、マァムにだって  
分かっていたはずなのに。そんな俺をまるで嘲けるかのように、陰でヒュンケルと。  
昨夜の光景を思い出し、ポップはざわりと身の毛がよだつのを感じた。あんなものを見せられて、黙っていられるか。  
そっちがその気なら、俺もお前らを出し抜いてやる。  
「マァム……俺だ」  
こつこつとマァムの居室の扉を叩くと、ポップは恋敵の声音で彼女を呼んだ。  
 
ポップは硬直した。マァムの返事を待って、扉の前で立っていた自分の体に―――ヒュンケルの形をした体に、部屋から飛び出してきた  
マァムが突然抱きついたのだ。唐突に開け放たれた扉は、ポップの動揺を示すように、くわんくわんと揺れていた。  
ふわりと鼻孔をくすぐる甘い香りと、腹筋の辺りに感じる柔らかな双丘の感触に、ポップは軽い眩暈を覚えた。  
「……マァ…ム?」  
マァムの肩に手を置き、ポップは更に驚くことになる。自分の顔を見上げてきたマァムの目から、大粒の涙が零れたのだ。  
「よかった……帰ってきてくれた」  
震える声でようやくそれだけ言うと、マァムは再びポップの胸に顔を埋め、泣き始めた。ようやく落ち着き始めたポップの胸に、  
どす黒い嫉妬が頭をもたげる。今朝方、ヒュンケルは軽装で寝室を出て行った。至極簡単な身支度で、遠出するような格好ではなかった。  
寝たふりをしながらではあるが、ポップはその様をきちんと見ていた。  
ほんの数時間も離れてらんねぇ、ってか。ポップは内心で嘲笑すると、マァムの体を抱いたまま部屋に身を入れ、そのまま後ろ手で  
鍵をかけた。  
 
ひとしきり泣くと、マァムは照れたように笑い、ようやくポップの身を離した。そして、自らの涙ですっかり変色したポップの服(正確には、  
ポップがヒュンケルの荷物から勝手に拝借した服)に驚き、大慌てで部屋のクローゼットを漁り始めた。  
やだ、女物ばっかりと、困ったように言う声さえどこか浮かれていて、ポップの心を苛立たせた。  
「これ、ちょっと小さいかもしれないけど」  
顔を赤らめながら、マァムが何やらシャツを差し出す。受け取ってやると、「私、見ないから」と頼んでもないのに部屋の隅に  
走っていった。おーお、可愛くなっちゃって。ポップは唇の端で笑うと、渡された服を傍の椅子に放って、マァムに歩み寄った。  
少し、からかってやろう。  
「マァム」  
彼女の背に立ち、壁に手をつくと、マァムは傍目にも分かるほど緊張した。わざと耳元に口を寄せ、囁いてやる。  
「何を恥じらう?昨日の今日だろう」  
「そっ……そんな」  
消え入るような声。それは昨夜、扉の隙間から聞いてしまった声とよく似ていた。  
「俺に抱かれて、可愛い声で鳴いていた。あれは夢か?」  
「違っ……」  
肩を抱くと、それだけで、マァムは他愛無く言葉を続けられなくなってしまった。ポップの知っている強気なマァムとは、別人のようだ。  
好きな男の前では、女は別人になるのだと、誰かが言っていた。まったく、笑わせる。あれだけ思わせぶりな態度をとっておきながら、  
ヒュンケルの前ではこんな媚態を見せていたとは。沸々と込み上げる怒りにまかせ、ポップはマァムを抱きすくめた。  
「ヒュン……ッ!」  
「黙って」  
黙って、俺に見せろ。ヒュンケルに見せたもの全部だ。ポップは、マァムを振り向かせるのももどかしく、彼女の唇を奪い、貪った。  
 
口付けながら、ポップはマァムの服を半ば引き裂くように脱がせた。マァムは両手で軽く抗ったが、それはポップが簡単に  
押さえ込めるほどの抵抗であった。武闘家の彼女のこと、戦士のヒュンケルならともかく、魔法使いのポップの腕力であれば、  
本気で抗えば振り払えるはずである。満更でもないらしいマァムに、ポップは舌打ちをしたい思いだった。  
太ももを覆う程度の短いスカートを残して裸になったマァムを、ベッドに横たえる。恥ずかしそうに頬を染め、視線をシーツに落とす  
マァムの仕草は、ポップが今までに見たことがないほど艶やかで、愛らしかった。暗い喜びが、ポップの胸を占める。可愛い顔。  
もっと見せてみろよ。ヒュンケルしか知らない顔を、俺に。  
そうして、抱かれた後で。魔法を解いた俺の顔を見たときのマァムの顔が、ひどく楽しみだ。きっと、昨夜の俺とよく似てるだろう。  
ひっそりと笑ってから、ポップは思い出した。そうだ。目的は、これだけではなかった。  
 
「マァム……ポップにはもう話したのか」  
「え?」  
「お前の気持ちを」  
正面から、マァムの顔を見据える。彼女の本音を、ほんのわずかでも見逃さないように。優しさだとか、仲間としての気遣いだとか、  
そんなものはもう要らない。生殺しはもうたくさんだ。ヒュンケル相手なら、本当のことを話すだろう。そうして、俺の中で  
まだわずかに息づいている愚かな期待に、とどめをさしてくれ。マァムの手首を握る両手に、知らず知らず力がこもった。  
マァムは、ポップの視線から逃れるように目を逸らした。  
「私……私、ポップが好きよ。本当に大好き。私が男の子なら、ポップのことダイと取り合ってたかもしれない」  
何だよそれ。お前は女だろうが。だから俺はお前のこと、こんな、道化みたいな真似してでも抱きたいぐらい好きなんだろうが。  
喉まで出た言葉を、ポップはぐっとこらえた。こんな状況下でさえもってまわった言い方をするマァムが、心底腹立たしかった。  
まるで、ヒュンケルの皮をかぶっていてもお前はポップだと、見透かされているようで。  
「本当にそうならよかったのに。私、ポップを傷つけたくない……失いたく、ない。だから」  
「そんなことが聞きたいんじゃない」  
声を荒げたポップに、マァムは驚いて身を震わせた。怯えた目で見上げられてなお、ポップは荒れ狂う感情を抑えることができなかった。  
「お前は誰が好きなんだ?俺か、あいつか?」  
激情にかられ、ポップは自身がヒュンケルの姿をしていることさえ忘れてマァムを問い詰めた。マァムは目に涙を溜め、やがて  
目を閉じた。  
「昨夜も言ったわ。どうして疑うの?信じてくれないの?」  
昨夜。ポップの脳裏に、呪わしい記憶が甦った。そうだ、確かに言っていた。あいつに突き上げられながら、何度も何度も、ヒュンケルが  
好きだと、愛していると。  
「ヒュンケルが好きよ。男の人として好きなのはあなたよ。あなただけ」  
追い討ちをかけるように、マァムは言った。我知らず、ポップは笑う。バイバイ、無様な初恋。命さえ投げ出した片思いの、これが結末。  
―――優しくて残酷で、身勝手なお前への復讐の、これが始まり。  
 
「だから私、あなたが帰っ……ひぁっ?!」  
マァムの言葉は、突然に遮られた。驚くマァムの視線の先で、ポップが彼女の豊かな胸にむしゃぶりついている。それは、昨夜の  
ヒュンケルの優しい愛撫とはかけ離れた、獣じみたものだった。唇に弄ばれていないもう片方の乳房も、形が変わるほど強く  
掴まれている。  
「な……っやだぁ……」  
痛みに似た快感が、マァムを苛む。暴力のような行為に感じてしまっている自分が、マァムには信じられなかった。  
「ひっ……あ……いやぁ……」  
「どうして?」  
ぬるりと乳首を舐め上げ、ポップは意地悪く聞いた。  
「俺が好きなんだろう?どうして嫌がる?」  
「だ、って……こんな、の……あっ」  
胸の飾りを甘噛みしてやると、マァムは再び悶え、切なげに息を速めた。幼児がするように小さく首を横に振り、乱暴な  
愛撫に耐える。  
「ヒュンケ、ル……昨夜と、違うわ」  
「そうか?」  
当たり前だバカと、内心で舌を出しながら、ポップはマァムを弄び続けた。時折空いているほうの手の指でマァムの口を侵しながら、  
豊かな胸を存分に味わう。彼女に恋してから、幾度となくこんな夢を見たが、夢の中のどのマァムよりも、本物のマァムはいやらしい。  
胸と唇をいじってやっただけで、目に見えてよがっている。ヒュンケルはいつから、こんなマァムを知っていたのだろう。あるいは  
ヒュンケルが、マァムをこんなにしたのだろうか。苛立つ思いを、どうにか抑える。まあいい、今夜だけは俺のものなのだ。  
ヒュンケルにさえ見せたことのないような淫らな顔も、じっくりと見せてもらおう。少年特有の残酷さで、ポップは一計を思いついた。  
「いやっ……あ……」  
マァムが口走ったのを待って、ポップはわざと冷たくマァムの身体を突き放した。驚いて目を見張るマァムを尻目に、寝台を立ちかける。  
「ま、待って!どうしたの?」  
「嫌なんだろう?喜べ、解放してやる」  
マァムの顔が、泣き出しそうに歪む。弱者をいたぶるのは快楽だと言った、あれは誰だったろう。ポップは冷笑し、言葉を続けた。  
「思ったとおりだ。お前は、俺を愛してなどいない」  
「え……?」  
「昨夜のことは、酒に酔った勢いだろう。だから、昨日許せたセックスが今日はできない。違うか?」  
「違うわ!」  
マァムは必死の表情で否定する。  
「す、好きだって、言ったじゃない!さっきだって」  
「なら、証拠を見せろ」  
「証拠?」  
「自分で、してみせろ。俺によく見えるように、脚を開いてな」  
 
マァムは訳が分からない様子だったが、やがて言葉の意味を悟ると、顔中を朱に染めて怒り始めた。  
「そんなのっ……できる訳ないじゃない!」  
「ならそれでいい。これで終わりだ」  
言い捨てて、ポップは寝台を背に立ち上がった。これで、マァムがヒュンケルに幻滅するのもいいが、それではあまり面白くない。  
だがそうはならないだろうと、ポップは確信していた。自分の愛をヒュンケルに信じてもらえないことは、マァムにとって一番の  
弱みだ。  
『昨夜も言ったわ。どうして疑うの?信じてくれないの?』  
泣きながら、マァムは言った。昨夜、マァムがヒュンケル本人に愛の告白をし、彼にそれを否定されたのは明らかである。  
だからこそ、『お前は俺を愛していない』という言葉を否定するために、あれほど躍起になったのだ。  
「待って」  
そらきた。こみあげる笑みを、ヒュンケルらしい無表情で振り返る。泣き出しそうな顔で、マァムがベッドの上に座り込んでいた。  
「見せたら、本当に……信じてくれるの?」  
「ああ」  
マァムは、これ以上ないほど顔を赤らめ、拳を握り締めた。  
 
「まさか、着たままするつもりじゃないだろうな」  
恐る恐るミニスカートに手を入れ、下着に触れたマァムの手が、金縛りにあったように止まった。信じられない様子で、ヒュンケルの  
顔をしたポップを見上げる。  
「だって……私」  
「嫌なのか?」  
威圧的なポップの声音に、マァムは口を噤んだ。震える手でスカートに手をかけ、脚から引き抜く。そうして、思い切ったように  
立て膝になると、薄いブルーのショーツをずり下ろした。  
マァムがはっと顔色を変える。つぅ、と細い銀糸が、マァムの秘所からつたって、ショーツへと落ちたのだ。  
「何だ。その分ならすぐにイけそうだな。胸を舐られたのがそんなによかったか」  
「………っ」  
マァムは恥じらうようにぐっと内股に力を込めると、そのままさめざめと泣き始めた。少しやりすぎたか。ポップの心の表面にそんな思いが  
掠めたが、黒々と渦巻く嗜虐心に飲まれて消えた。  
「それで終わりか?」  
無機質なポップの声に、マァムはのろのろとベッドの上に腰を下ろし、膝を立てた両脚をわずかに広げた。初めて火に触れる子どものような、  
覚束ない手つきで、細い指を小さく動かし始める。  
素直なものだ。相手がヒュンケル以外の男なら、マァムは舌を噛み切ってでもこんな屈辱を受け入れたりはしないだろう。そういう女だ。  
―――そういうマァムしか、俺は知らない。卑屈な思いを、ポップはすぐに薙ぎ払った。だから、これから知ろうとしているんじゃないか。  
可愛い、しおらしい、淫乱で恥知らずなマァムを。  
「脚を広げろ。ゆっくりでいい」  
「……っん……」  
マァムは恥じらいながらも、徐々に脚を開いた。  
「んうっ……あ……はぁ……」  
蕩けるようなマァムの声に応じるように、マァムの花は濡れそぼり、蜜を零し始めた。自らの手で愛液を擦り上げるその姿を、あの  
聖母のように清らかなマァムと誰が信じよう。  
支配欲にとりつかれ、その場所を凝視するポップの視線に気づき、マァムは心底恥ずかしそうに身を捩った。  
「どうした?見られて感じているのか」  
「ち、違うわ……こんな、の、見られたくない」  
「俺は見たい」  
ポップは言うなり、マァムの足首を掴むと、高々と持ち上げた。マァムはあっと声をあげたが、抗うでもなく、熱にうかされたような  
表情でされるがままになっている。  
「見ていてやる。イってみせろ」  
「……は、い……」  
マァムは小さくいらえを返すと、細い指を懸命に動かし始める。豊かな乳房の先端まで薄桃色に染まったマァムの全身は、それ自体が  
たとえようもないほど美しかった。  
「あ、あ、イクっ、イッちゃう……っ!」  
「………!」  
マァムがぐったりと脱力するまで、彼女のそこがまるで生き物のようにひくひくとわななくのを、ポップは瞬きもせずに見つめていた。  
 
人形のようになったマァムの脚を投げ出し、ポップは哄笑したい思いだった。自分のMPの何十分の一しか消費しない魔法を一つ唱えて、  
ほんの少し兄弟子の口調を真似てやれば、あのマァムが、こんな淫猥なことまでやってみせる。数年来自分が求め続けていたものが  
ひどくちっぽけなものに思えた―――そう思いたかった。  
「これで……信じてくれた?」  
すっかり息のあがったマァムが、縋るように尋ねてくる。  
「ああ。礼をしなくてはな」  
ヒュンケルはきっとこんな風にマァムに笑うのだろうと、想像した通りの優しい笑顔を作ってやると、マァムは安堵したように微笑んだ。  
ポップはベッドに敷かれている純白のシーツをびりりと咲くと、ちょうど人の頭を一周する程度の細い帯を作った。不思議そうに  
その様を見ていたマァムの目を帯で覆い、頭の後ろで結んで、目隠しをする。  
「何、これ……?」  
「まじないだ。俺がいいと言うまで、取るな」  
何か言いたげなマァムの唇に、口付けを一つ、落としてやる。  
そうして、まじないが解けたら、終わりだ。お前への片思いも、友情も、復讐も。  
 
マァムの身体が電流を伝わされたように跳ねた。視界を覆われ、何をされているのか、マァムには分からない。もっとも、さきほど果てた  
ばかりのその場所を、ポップの舌で舐られているなど、目にしたところでマァムには信じられないだろう。牧歌的なネイル村で生まれ育ち、  
つい昨日まで男を知らなかったマァムである。  
「な……っに、これ……」  
息も絶え絶えに、マァムが尋ねる。答えずに、ポップはマァムの紅い真珠に吸い付いた。赤々と充血したそれは、捕食された小動物の  
ように、ポップの口内で驚き跳ねる。  
「はぁっ……!」  
マァムは背を反らし、爪を立てるようにシーツを掴んだ。その様に、ポップは安堵する。こうして愛された女がよくするように、  
マァムがポップの頭をおさえつけたら、マァムに気づかれてしまったかもしれない。彼女を抱いているのが、彼女の愛する剣士ではないことに。  
目隠しをすると同時に、ポップは手だけを残してモシャスの効果を解いている。ポップの髪は今、ヒュンケルとは明らかに髪質の違う、  
彼本来の癖毛である。  
「ああっ、や……あっ!何か、変っ……!」  
自ら腰を浮かせ、マァムは喘いだ。昨夜にも増して乱れる彼女の様子を、ポップは満足げに見やる。  
「いやっ……あ!違う、嫌じゃない、やめない、で……!」  
いや、という言葉に合わせて舌を止めると、案の定、マァムは懇願してきた。目隠しの下の瞳は、熱く潤んでいるだろう。  
目隠しを取り去ってやりたくなる衝動を、ポップは懸命にこらえた。まだだ。まだ早い。  
「ああっ、イク、またイッちゃう、イッちゃうよぉ!」  
狂ったように叫ぶマァムを見上げ、ポップは冷笑した。可哀想に、好きでもない、「ただの男仲間」にこんなところを見られて。  
俺に舐められてイッちゃったなんて知ったら、お前どんな顔するんだろうなぁ?とろりと、太腿を濡らすほどの愛液が、マァムの  
そこから零れる。ポップは、指でそれを掬い取ると、舐め上げてにやりと笑った。絶望した人間はいい顔をする、その顔のまま死ねと言った  
モンスターの気持ちが、今なら分かるような気がした。  
 
愛液を舐め取った指をマァムの口に含ませ、口内で往復させる。マァムはおずおずとポップの指に舌を絡め、懸命に吸い付いた。  
ヒュンケルの手で頬を撫でてやると、嬉しげに微笑んだ。犬みてぇ。ご主人様を間違えてる、バカ犬。こみあげる笑いをこらえ、  
ポップはマァムの腋に手を差し入れ、彼女の上身を持ち上げた。「へっ?」と間抜けな声をあげたマァムの腰を、狙いを  
定めて自身の上に下ろす。いきり立ち、天を突いたポップのそれは、しとどに濡れたマァムの女孔に難なく押し入った。  
「ああぁっ!!」  
一際高く叫んで、マァムはポップの上で跳ねた。顎を上げたマァムの首筋から、豊かな胸の谷間へと、汗がつたって落ちる。  
いやらしい。こんな感じなんだ、下から見るこいつって。昨夜、ヒュンケルの背を隔て、断片しか見ることのできなかったマァムの痴態を  
最も近くで見ることで、ポップは溜飲を下げた。あとは、ここにヒュンケルがいてくれりゃあ、完璧なんだけどな。  
昨夜のヒュンケルを真似て、ポップはゆっくりとマァムを突き上げた。  
「あっ……あぁ、あ……」  
昨夜のままのマァムの嬌声が、ポップを尚更狂わせた。やおらマァムの腰をつかみ、激しく自身のそれに激しく打ち付ける。  
「ああ、っあ、あ、壊れ、ちゃう、あ、たし……」  
「っ……!」  
あと一歩で達してしまいそうになるのを感じて、ポップは慌てて腰を止めた。危ねぇ。何やってんだ俺、童貞じゃあるまいし。  
一度だけ、ラーハルトに教えられて行った遊郭を思い出しながら、ポップは息をついた。少しでもマァムに似てる子をって、  
店の子の写真、小一時間も眺めてたっけ。あの時はまだ、信じていた。いつかマァムと愛し合い、本物の彼女をこの腕に抱くことを。  
―――叶ったじゃねえか。自嘲気味に笑って、ポップは繋がったままマァムの身体を寝台に倒した。  
「………?」  
そのとき、マァムがしたことに、ポップは少しだけ驚いた。意思を失った抱き人形のようだった彼女が、不意にポップの手を  
―――今のポップの身体の中で、唯一偽りの部分を手にとり、頬を寄せたのだ。戸惑うポップに、マァムは夢を見ているように  
呟いた。  
「ヒュンケル……ここに、いるの?」  
ぎくりとしたポップに勘付く様子もなく、マァムは言葉を続けた。  
「もっと抱いて、信じさせて……ここにいるって。もうどこにも行かないって」  
目隠しの下から、マァムは涙を流していた。その温もりを、ヒュンケルから借りた手に感じて、ポップはわなわなと震えた。  
ほんの数時間離れることが、どうしてそんなに辛い?俺はお前の心と、永遠に別たれたというのに。  
「好きよ、ヒュンケル」  
ぶつりと、何かが切れる音を、ポップは聞いた。ポップはマァムの目隠しに手をかけると、ほどくのさえ面倒だとばかりに、  
マァムの首の下まで一気にずり下げた。  
 
幸せに蕩けそうだったマァムの笑顔が、瞬時に凍りつく。見開かれた瞳、声なき声で叫ぶ唇。愛しい剣士の面影を探して  
揺らいだ瞳は、じわじわと涙で淀んだ。ポップの身体を、ぞくぞくと震えるような快感が貫く。  
「う……そ……」  
「ほんと」  
絞り出すようなマァムの声に、ポップは彼らしい軽い口調で応じた。同時に、マァムの脚の間で直立していた身を乗り出し、  
マァムの鼻先まで顔を近づける。ポップの自身が身体の奥まで割り入るのを感じて、マァムは息を飲んだ。  
弟弟子の顔を間近に見ながら、マァムはまだ、悪い夢でも見ているような面持ちでいた。  
「……何、で……?だって、今……ヒュンケル……」  
「ヒュンケル?『これ』のこと?」  
ポップはマァムの眼前に、モシャスで変形した手を突き出すと、そのまま術を解いてみせた。ヒュンケルの榑立った剣士の手が、  
見る間に少年らしいしなやかな手に戻っていく。マァムは、おぞましいものでも見るように、その様に釘付けられた。  
「便利だよなぁ、モシャスって。頭から爪先までそっくり似せることもできれば、こうやって一部だけ借りることもできる。  
……何で目隠ししたか、これで分かった?」  
「………!」  
全てを悟ったマァムは、全身でポップから逃れようとあがいた。しかし、深々と犯されているために、体の自由が効かない。  
屈辱に唇を噛みながら、無理にでも体を離そうと上身をひねる。  
瞬間、側頭部に強い痛みを感じて、マァムは顔を歪めた。そのまま、無理矢理にポップの方を向かされ、髪を掴まれたのだと  
ようやく気づいた。自ら乱雑に引っ張っておきながら、その桃色の髪を愛しげに撫でるポップに、マァムはどんなモンスターにも  
感じることのなかった恐怖を覚えていた。  
誰より明るく強靭な精神を持ち、その強さで勇者さえ励ました魔法使いの少年は、そこにはいない。  
「……どうし、て、こんな……ポップ……どうしちゃったのよ……?」  
ポップはにぃっと笑うと、マァムの脚を開いて思い切りマァムを嬲った。最奥を突かれ、マァムの表情が苦悶に歪む。  
「やめ……っ、いやあぁぁ!!」  
「あんま声出すなよ、外に誰かいたら聞こえちまうぞ。俺は大歓迎だけど?」  
「う……う、あ……」  
「昨夜もすげぇ声でやってたし、お前、城で噂になっちまうかもよ。兄弟弟子とっかえひっかえしてるってさ。先生が泣くよな」  
下卑た中傷に、マァムの顔が怒りに染まる。ポップはそれさえ、いいね、いつものお前らしくなってきたと、茶化すように笑った。  
「信じられない……あんたなんか……酷い、最低よ」  
「ああ、まったくだ」  
ポップは言うなり、マァムの最奥に自身の先端を押し付け、こすりつけた。  
「やめてっ……!」  
「ガキでもできたら、どっちが親父か分かんねえもんなぁ。何せ一日違いだ」  
「……っく……う……」  
歯を食いしばって涙をこらえるマァムを、ポップは冷たく見下ろす。  
「だけど似合いなんじゃねえの、お前には。男の人として好きなのはヒュンケル、だけど俺のことも失いたくない……だっけ?」  
怒りに震えていたマァムの表情が、凍りつく。  
「何も言わなきゃ、俺が一生でもお前のこと好きでいるって……ちゃんと分かってたんだろ、お前」  
「……違うわ……あれは」  
「うるせえ」  
ポップは言い捨てると、再び彼女を犯した。抗うマァムを全身で抑えつけ、幾度となく彼女の秘部を穿つ。切れ切れに訴えかけてくる  
彼女の言葉に耳を貸すことは、一度もなかった。そうして、ポップが己を放つ最後の瞬間、  
「ヒュンケル……ッ!!」  
悲鳴のように、マァムは叫んだ。  
 
 
目を覚ましたとき、腕の中にマァムの姿はなかった。ポップは頭をかきながら、まあ当然か、と妙に冷めた思いでいた。  
行為の最中に脱ぎ捨てたヒュンケルの服を、横目で見遣る。  
―――ヒュンケル、か。  
あれだけ汚されて、傷つけられて。それでもなお彼女はヒュンケルの名を呼んだ。  
―――関係ねえだろ、もう。  
胸を締め付けるような感傷を、ポップはすぐに打ち消した。自分から望んで、全てを手放したのだ。彼女への想いも、友情も、  
思い出さえ。ほんの昨日まで、心の一番温かな場所を占めていたものを、全て。  
だからきっと、胸を抉るようなこの痛みも、いつか忘れることができる。  
ポップは一息に寝台を立ち上がり、兄弟子からの借り着に手を伸ばした。  
 
ふと目をやると、ポップは椅子の上に不自然なものを見つけた。それは、自室に脱ぎ捨ててきたはずの自身の法衣。  
丁寧に畳まれ、持ち主の帰りを待っていたように端然と椅子にかけている。歩み寄り、服を手にしたポップは、  
中から転び出た封書を目にする。宛名書きは、大きいが女性らしい、温かな字―――マァムのものである。  
頭で考えるより先に、ポップは封書を切っていた。  
 
数十秒後、大慌てで着衣したポップは、疾風のごとくその場から姿を消すことになる。窓から飛び出し、空を駆け、  
銀髪の兄弟子を探しに。  
 
 
「おやぁ、奇遇ですねぇヒュンケル」  
弟子の顔を見るなり、アバンは快活に笑って言った。対峙するヒュンケルの顔は、彼には珍しく、驚いて固まっている。  
十何年振りでしょうね、あなたのそんな顔を見るのはと、アバンはなおもにこにこと笑う。  
「先生……」  
「どうしてここへ、ですか?さてね、不思議と気が向いたんですよ。ハドラーが呼んでくれたのかもしれませんね」  
何せここは、と言い掛けたアバンの言葉を、ヒュンケルは遮った。二人が立つのは、黒々と切り立った断崖。  
裾野に広がる荒れ地は、かつて「地底魔城」と呼ばれた場所である。  
「マァムから、聞いたのですか」  
「おや、マァムには話したんですか?」  
ヒュンケルはぐっと口を噤む。とても叶わない、この師には。ヒュンケルは促されるまま、断崖に腰掛けていたアバンの  
隣に座った。  
「……大魔王は倒れた。ダイ君も帰ってきた。戦うことでしか罪を償えないと思っているあなたが、何を考えるかぐらい  
分からなきゃ、師匠失格ですよ」  
「ずっと、決めていたことです。いくら先生でも、お言葉に従うことはできません。罪人の俺がなすべきことなど、  
平和を取り戻したこの世にはない」  
ヒュンケルは、かつて自らがパプニカ殲滅の拠点として治めていた場所を見下ろした。  
直接手を下しただけでも、一体何人の人間を屠っただろう。  
地の底から、亡者たちの呼び声が聞こえるような気がして、ヒュンケルはゆらりと立ちかけた。  
 
ぽん、と頭を撫でられ、ヒュンケルは師を見遣った。既に立ち上がっていたアバンが、慈愛に満ちた瞳で  
弟子を見下ろしている。  
「ここで初めて会ったとき、あなた、ちょうどこのぐらいの背丈でしたね。あんなに幼くして、父親を亡くしたあなたが、  
仇の私に何を思うか、気づけないはずはなかったのに……私はあなたの孤独にも、復讐心にも気づいてあげられなかった。  
川に溺れたあなたを見失ったとき、どれほど後悔したか。もう、あんな思いはたくさんですよ」  
普段は飄々と流れるような師の言葉に、ありありと滲む苦悩が、ヒュンケルを打ちのめした。  
「あなたが命をもって罪を償うというなら、私も同道しましょう。幼いあなたに道を誤らせた私も、同じ罪を負って  
いるのですから」  
「先生……!」  
「できるなら、私はまだ死にたくないんですよ。愛妻が待ってるんでね」  
言いながら、ウインクを一つ。苦笑を浮かべながら、ヒュンケルは思う。本当に、叶わない。  
 
「あなたもでしょう、ヒュンケル。誰とは言いませんが、昨日、『宴を抜けてヒュンケルに告白したいんですけど何て言ったら  
いいと思います?』なんて可愛い相談をしてきた子がいましてねぇ。誰とは言いませんけど」  
「……マァムが……本当に愛しているのはポップです。俺のことは忘れて、ポップに本当の思いを伝えろと」  
「えー?じゃあOKしないままやっちゃったんですか?トゥーバッド、無責任ですね」  
「………っ?!」  
「まああなたも若いですから仕方ないですけどね、据え膳食べるのは。ただ鍵は閉めておいたほうがいいですよ。  
ややこしい相手に聞かれることがありますから。たとえば、宴会リタイヤしてきた弟弟子とか。彼が吐いたのって  
私の宴会芸のせい?と心配して追いかけてきた師匠とか」  
「……まさか……」  
「壁に耳あり。これから修羅場でしょうけど、まあ頑張って下さい」  
青ざめた弟子に、師匠はからからと笑う。トベルーラで吹っ飛んできたポップが二人を見つけるまで、あと1分30秒。  
 
 

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