最近、春の訪れを感じる。草木が芽吹き、風が柔らかい。  
だけどまだ夜は冷える。  
 
 
「…やだね、薄着じゃ冷えらぁ」  
ポップはパプニカ城の一室のベランダの手摺に手を掛ける。  
パプニカは海が近いから、特に冷える。  
洗い髪が力無くなびいた。  
街の灯りがぼんやりと眼下に広がる。  
 
―――人々は平和な日々を過ごしている。  
 
肝心の勇者は消えたまま…。  
 
「ダイ…もう春だぜ…?かくれんぼは止めて出てこいよ…」  
ポップは空に向かって呟いた。  
きらり、と星が瞬く。  
はぁ、と深い溜め息を吐いた時、ふわ、と肩にストールが被さった。  
「…風邪引くわよ?」  
振り向くと、微笑んだマァムが居た。  
「…あぁ、もう部屋に戻るさ。おまえも早く寝ろよ?」  
「…だめよ、そう言ってまだここに居るんでしょう?…あたしも着いていくわ。」  
「…はは、信用ねぇのな。」  
ポップは苦笑いして肩のストールをマァムの頭から被せた。  
「もう、遅いしな。戻ろう…。」  
言い終わる前にマァムの暖かい手がポップの頬に触れた。  
「…やだ!冷たいじゃない!ずっと外にいるからよ…」  
その温もりにポップは言葉を失う位、心臓が締め付けられそうになる。  
 
「…マ、マァム…」  
思わず、心配そうに覗き込むマァムの背中をそっと抱いた。  
「…ポップ?」  
「…ご、めん…なんか、俺…どうしたんだ…」  
我に帰り、ポップは両の手を宙に上げた。  
「…なんか、なんだ…よくわかんなくて…ただ…」  
「…ただ?…どうしたの?」  
「おまえの手が触れて…なんか…愛しく…なっちまって…。…ホントよくわかんねぇよな!…ごめん…ふざけたわけじゃねんだ…。」  
 
自分でも何が言いたいのかわからなくなって、歯痒くてポップは口を閉ざした。  
「…ごめんな、部屋にはひとりで戻るから…」  
立ち去ろうとするポップの腕をマァムが引っ張った。  
「…ずっと…寂しそうだわ…あなた…。」  
「…そんなこと、ねぇよ…。」  
「ポップも何処かへ行っちゃいそうで…あたし…だから…。」  
マァムの瞳からみるみる涙が溢れてきた。  
ポップは驚いて立ちすくむ。  
 
 
――ダイがいなくなって、  
――ポップは必死で捜して、  
 
 
見付からなくて――  
 
 
寂しい、でしょ?  
 
「何処へ…行くっていうんだよ…行きようがねぇのに。」  
マァムの涙を拭いながら、ポップは優しく答える。  
 
 
――俺の心の隙間の闇を、こいつは知らず知らず感じていたのかな…。  
 
「泣くなよ、な?」  
ポップは小さい子に話し掛けるようにマァムの髪を撫でた。  
「…なんとなく、寂しかったのかな、俺。…おかしいだろ。もうだいぶ経つのに。」  
「…おかしくなんかないわ。」  
マァムは涙声でそう言うと、ポップを引き寄せ、優しくキスをした。  
 
「…!」  
「…いい加減元気出してくれなきゃ…困る…。」  
「マァム…。」  
「…寂しげなポップは…らしくないじゃない…。」  
遠くでも聞こえるほど、大きく波の音が響いた。  
「そっかな…。でもなんか…からっぽなんだよ…。気持ちがさ。無気力に近いってか…。」  
口許で少し笑う少年の背がだいぶ伸びて、男らしくなった風貌に、マァムは眩暈がした。  
 
意識して、向き合うことなんてなかった――。  
 
そういえばさっき触れた手は華奢ながら大きかった。  
…しかもこんな夜に二人きり…。  
 
シリアスな話をしているとはいえ、意識してしまう。  
 
少しずつ高鳴る胸が苦しくてマァムは気付かれ無いように深呼吸した。  
 
「…さ、部屋に戻ろうか。春になったとは言え、夜は寒いからな。」  
ポップが今までの重たい空気を取っ払うように明るい声で話し掛けた。  
「…あ、うん。」  
マァムは赤い目のままだ。  
二人はベランダを出て、寝泊まりしている部屋へ向かう。  
 
「風邪、引くなよな。」  
マァムの部屋の前でポップはそう言うと、自分の部屋の方向へ踵を返した。  
「…待って。」  
マァムがポップの手を掴んだ。  
「…何だよぉ?もう夜中デショ。ヨイコは寝る時間だよ。」  
ポップはふざけた口調でマァムの手を離そうとした。  
「…からっぽなあなたを満たしてあげたいの…!」  
 
その言葉でポップは息を呑んだ。  
「…あのさ。」  
大きく息を吸い込んで、溜め息に変える。  
「…慈善事業ならお断りだ。俺のことがカワイソウなだけならそうゆうコト言うんじゃねぇよ?」  
「…違うの、ずっと見てたの…ずっとよ?」  
こんなに気持ちが惑うのは初めてかもしれない。  
「あたし…鈍感だもん…。好きって…気付いたの…遅くて…。」  
ポップの言葉が冷たく聞こえて、マァムはぼろぼろと涙の粒を落とす。  
「…え?」  
さすがにポップも驚いた。  
「…あ、意地悪言った…かな。ごめん…。」  
ぐすぐすと鼻をすするマァムを片腕で抱き締めて、ポップはもう片方の手でマァムの部屋の扉を開けた。  
「巡回中の兵士に見付かったら厄介だからな…。」  
言い聞かせるように、ちゃっかり自分も部屋に入った。  
 
その時のポップには珍しく下心はなかった。  
激しく動揺して、何がなんだかわからなかったし、ただ、部屋に入り込んで身を隠したのは、城を巡回中の兵士が何かの拍子でパプニカの姫君に告げ口をして、後々厄介にならないようにしておいたほうが良い、と本能が感じたのだ。  
 
「…お前が落ち着いたら、帰るよ。」  
扉が鈍い音を立て、閉まったと同時にポップは言った。  
まだマァムは泣き止む気配が無い。  
 
 
どうしたら涙が止まるのか知りたい――。  
言葉が喉に引っ掛かって出てこない。  
そのかわりに涙が溢れる。  
…からっぽなのは、あたしのほうだわ…。  
 
 
焦燥感―――。  
 
 
好きだと示してから、言いようのない寂しさが身体中に広がる。  
 
ポップは、涙を落とすマァムを優しく抱き締めて、ぽんぽんとリズムを取りながら、叩く。  
 
「…なんだか、お互いにどさくさに紛れて、好きだ、なんて言ってるよな、俺ら。」  
ははっ、と軽く笑った。  
「でも、ホント、お前さ、俺がちょっと弱いとこ見せたからさ、なんとなく言っちゃったー。とかだって。」  
 
―――彼女が俺を好きだと言うなんて…きっと何かの間違いだ。  
 
ポップは冷静にそう思った。  
 
 
―――間違いなんかじゃないわ―――  
半開きの窓から急に風が吹き込んで、ガラスがカタカタと震えた。  
――遠くで稲光がしている。  
さっきまで晴れていた、の、に。  
 
 
ポップが窓を閉めた真横で、マァムが寝間着をばさりと脱ぎ捨てた。  
 
驚く間など無かった。  
彼女の手が迷うことなく、身体から全てを取り去ろうと動く。  
 
「どうしたってんだ…。」  
やっと出てきた言葉がそれだった。  
マァムは無言のまま、窓辺に備え付けられたベッドの上に座り込んだ。  
「だったら、」  
しなやかな裸体を隠そうとせず、マァムがポップに向かって叫ぶように声を絞り出す。  
 
「…好きかどうか…確かめればいいわ…。」  
 
身体で、全てで許容しようというのか―――。  
 
ポップの脳の中はぐるぐると渦を巻いた。  
 
好きって、どんな、こと?  
――見守るだけなの?  
 
 
――抱き締めるの?  
 
 
――キスをするの?  
 
 
――セックスで、それがわかるというの?  
 
 
気が付けば、先程の星空は虚構みたいで、いつのまにか窓の外は酷い雨模様になっていた。  
 
 
泣き叫ぶような雨の音がはっきりと聞こえる。  
ポップも衣服を脱ぎ捨てた。  
「…確かめればいいんだな。」  
 
ベッドに近付いて、マァムに被さるように腕をついた。  
マァムは、経験が一切無かったのだが、『男』を眼の当たりにしても、畏れていなかった。  
 
ポップももちろん、経験など無かったが、意識が朦朧としながらも、焦りや不安を感じなかった。  
 
二人は、どちらからともなく、唇を重ねあった。  
 
お互いに深く愛し合っているのに。  
 
 
何故か寂しい―――。  
 
 
本能が誘うまま、二人は互いの舌を舐め合った。  
 
どれだけ官能的で卑猥な行為をしているのか、知らないままに。  
 
―――春の嵐のようだ。  
 
ポップは激しさに引き裂かれそうな脳でうなされた。  
 
知識は無いに等しいのに、手が、唇が、本能のままに触れ合う。  
声を出すことすら忘れ、二人の息遣いだけが部屋に響く。  
 
充分な愛撫すら無いまま、ポップは熱い茎を彼女の潤んだ入口に押し当てた。  
 
マァムはその感覚に身を震わせ、我にかえった。  
 
次の瞬間、息をつく暇も無く、稲妻の様な痛みが腹部に突き刺さった。  
 
「あ…っ、あ、あぁっ…!」  
たまらずマァムが声を上げた。  
 
処女の身体があっと言う間に破られたのだ。痛くないわけが無い。  
痛みに涙が一粒こぼれ落ちる。  
しかしポップは構わず突き動かす。  
「…っ、何だよ…。俺…、…はぁ…っ、…わか、らねぇ…っ…、ん…わからねぇよっ!」  
彼女の身体を揺さぶりながら、わけもわからず、ポップは愛しいと想う彼女を犯し続けた。  
 
犯されながらマァムは泣いた。  
柔らかい胸を乱暴に揉みしだかれ、身体の中をえぐられるように茎が侵入し、不馴れで狭い自らの入口は、彼の体液と、喪失の緋色で汚された。  
 
 
心を掻き乱す――嵐。  
好きなのに傷付けたいのはどうしてだろう?  
 
 
 
 
ようやく動きを止め、重なったままポップはマァムの唇を舐める。  
 
「――痛かったろ…。」  
優しい口調でポップがそう言ったので、いつもの彼だ、とマァムは安心した。  
「…初めてがこんな…レイプまがいのセックスなんて…俺…ホント…酷い野郎だな…。」  
――繋がったところが痺れる。  
だけど初めての強烈な痛みはもう感じない。  
「…あたし、きっとこのこと忘れたりしないわ…。」  
マァムはかすれそうな細い声を出した。  
 
窓の外では雨風が吹き荒れていて、さっきのはこれに似てる――マァムはぼんやりと思った。  
 
「…俺も忘れねぇ…。んで…もう二度とこんな風にしねぇから…。」  
 
二人は強く抱き合った。  
 
暴発した感情をそっとしまいこんで。  
 
本当に好きで、どうしたら良いかわからなくて暴発した感情を。  
 
マァムはそれを汲み取っていたから、抵抗をしなかった。  
 
「…あなたが良いなら、構わないの。あたし傷付いても。…あなたで傷付くなら…忘れなくて…良いから。」  
 
この先も忘れたり、したくないから―――。  
 
彼女を強く抱き締め、ポップは愛してる、と短く言ったきり口を閉ざした。  
 
大事にしたい気持ちと、傷付けたい気持ちの渦に巻き込まれることが、こんなに心地好いなんて――。  
 
 
―――春を思うこと――。  
 
若さ故、衝動的な愛を選ぶことにまだ気付かないまま、二人はやがて眠りに就いた。  
 
 
 
―――おわり―――  
 
 

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