(どうしよう・・・・・・・)  
目の前に見えるのは、お城らしい高い天井と豪勢なシャンデリア。  
ただの客人の部屋なのに、レオナの国はなんてお金持ちなんだろうと  
のんきな事を考えながら体を動かそうと試みる・・・・がまったく動かない。  
 
(どうしよう・・・・)  
私はもう一度考える、目の前に見えるのは天井とシャンデリアだけじゃない。  
天蓋にかかる高級そうなレースに、銀色の髪。  
ベットの上で私はヒュンケルに抱きしめられたまま動けずにいる。  
 
―――――― 今日パプニカで行われた宴に(嫌々)出席した彼は、重臣達に半ば  
無理やりお酒を飲まされてしまい、結局酔い潰れるまで席を立つ事が出来なかった。  
・・・多分私達の分まで庇って飲んでくれたのだろう、そんな彼を部屋に運び  
介抱している内に、何故かベットに引きずり込まれてしまった。  
 
(この状況は・・・・女の子なら逃げた方がいいの・・・よね、多分。)  
・・・俗に言う『押し倒された』と言うやつなのに、ちっとも怖くも緊張感も無いのは  
相手がヒュンケルだと言う安心感と、彼が穏やかに眠っているからだろう。  
別に力を入れれば押しのけるくらい簡単だけど、気持ち良く眠っている人を起こすのに  
気が引けてなかなか実行に移せない。  
 
(どうしよう・・・・)  
三度目にもなるといい加減言い飽きてきた、起こさないように気を使いながら  
彼を持ち上げると、触れた洋服から微かにアルコールの匂いがする。  
・・・その普段とは違う匂いが何だか恥かしくて、強引に引き剥がそうと  
力を入れたとき、彼と目が合った。  
 
「・・・・・・・・・。」  
数秒の沈黙の後、不思議そうな顔で私を見ながら彼はよろよろと体を起こす。  
こんな風に無防備な姿を見るなんて、めったに無いだろうな・・・などと考えながら  
特に逃げる必要も無かったし、辛そうな彼を放って置けないので彼の体を支えるように  
横に座り大人しくその様子を眺めていた。  
 
そんな私を気にする事も無く、彼は頭を抑えながら苦しそうに息を吐いている・・・・。  
何だか心配になって 大丈夫・・?と問う私を、ぼんやりと見つめた後納得したように呟いた。  
「ああ・・・・・そうか、随分飲んだからか・・・。」  
「・・・・苦しい?・・・苦しいならお水を――――――」  
 
――――――取って来こようか・・・?と言う言葉と、水を取りに行こうと動かした手は  
大きな肩と腕に塞がれた。  
「ちょ・・・っ、と・・・・ヒュンケル・・・・!?」  
・・・・抱きしめられた、という事実と、耳元で聞える吐息が恥かしくて逃げようともがく。  
布団に引きずり込まれた時とは違う、「意思」を感じる抱擁に戸惑いながら体を捩ると  
彼はますます腰に回した手を強めて私の動きを否定するように首を振る。  
 
「水は・・・・いらない。お前がいてくれたらそれで良い・・・・」  
普段とは違うその声色に心臓が壊れそうなくらい大きな音を立てた、彼の優しい声は  
何度か聞いた事があるけど、今聞える声はまるで別人のように甘い―――――――。  
 
緊張のしすぎで倒れそうな体を必至で支えながら、彼の腕の中で動けずにいる私を  
楽しそうに見つめ、遊ぶように大きな手が髪から頬、頬から唇へ移動する。  
下を向いて逃げようとする私の顔を強引に持ち上げて、彼が唇を何度もなぞり  
往復する度に唇に深く入ってくるその指の動きに、背中にゾクゾクと何かが走った。  
 
「・・・・・・っん・・・やっ・・・だ」  
自分でも驚く程、細い声が漏れる。私を驚いたように見つめる顔が恥かしくてぎゅうっと目を閉じた。  
クスリと笑う音が聞こえて、唇をなぞっていた指が更に奥に入り込み歯や舌を撫でてくる。  
ちゅぷ・・・と短い音を立てて私の唾液が彼の舌に絡みつき、太い指を汚していく  
自分の口から聞いた事の無い声と、ぺちゃぺちゃと言う音が聞こえるのがとても恥かしかった。  
 
「ふぁ・・・・っやあっ、・・・・んんっ・・・・・」  
――――――苦しい、と言いたいのに指で舌を絡められて上手く言葉が出てこない。  
私の気持ちも知らず指は更に楽しげに口の中で動き、まるで声を引き出すように口内を出入りする。  
指で受け取れなかった唾液が喉に伝う冷たさを感じながら、湧き上がってくる何かを抑えるように  
硬く目を瞑って彼の洋服を掴みそれに耐えた。  
 
「まいったな・・・・今日の夢はやけに・・・・」  
口の中で動く指を引き抜きながら、彼が自嘲気味に呟く。  
その言葉を聞き返そうと目を開けた時、ぐるんっと世界が反転した。  
「――――――――――――――――!!!???」  
驚いた目に映るのは、天蓋にかかる高級そうなレースに普段とは別人のような彼の顔。  
押し倒された・・・・と気付き、抵抗しようとした私の手はすぐに止まる。  
組み敷いたヒュンケルがとても悲しそうな、泣きそうな顔をして私を見つめていた・・・。  
 
「マァム・・・・」  
確かめるように私の名を呼ぶ声に、さっきまでの熱っぽさや荒っぽさは無い。  
消えるものを惜しむような・・・・そんな不安気な手つきで彼は私を抱きしめる。  
「・・・・ヒュン・・・ケル?」  
泣く子をなだめるように頬に手を延ばすと、愛しそうに手を握られ軽く口を付けられた。  
驚く私を寂しそうに見つめながら彼は掌に舌を這わしポツリと呟く。  
 
「このまま・・・・お前を抱いてしまおうか・・・・」  
その言葉と同時、抱きしめていた手が私の体を這うように動いた。  
震える体を抑えてその腕を押しのけようと手を延ばす・・・・が上手く力が入らない。  
「ちょ・・・と・・・・待って・・・――――――っあ!!」  
服の上からとはいえ大きな手が自分の肌を愛しそうに撫でている、胸や足に彼の手が触れるたび  
痺れにも似た不思議な感覚が体中を駆け回る。  
 
「あっ!・・・・・やっ、ん・・・・だ・・・」  
もがく度に衣擦れの音がして恥かしくて動けない、頭がぼぅっとして上がる息を抑えながら  
ヒュンケルの首筋に手を回して初めて感じる甘い刺激に耐えた。  
そんな私を愛しそうに見つめながら、彼は私の髪を優しく撫でてさっきのように唇をなぞる・・・・。  
 
「・・・・マァム」  
唇を軽く押さえて、聞いた事のないような甘い声で彼が私の名前を呼ぶ。  
深い色をした瞳と目が合い、銀色の髪がそっと自分の元に降りてくる。  
もう一度、名前を呼ばれる、溶けそうな程に甘い・・・・その声に絡め取られたように体が動かない。  
彼の顔がゆっくりと近づき、大きな指が唇をそっと開いてくる。  
キスを―――――されるのだ と思い、私は怖くなって反射的に硬く目を閉じた。  
 
「・・・・・っ・・・」  
頬に触れる柔らかい感触に体が跳ねた。最初は触れるように、次は少し押し当てるようにして  
角度を変えながら、ヒュンケルの唇が何度も私の頬に触れて来る・・・。  
その優しい動きに体を震わしながら、唇に近づく吐息を感じて彼の服を強く掴んだ。  
唇に息がかかり触れようとした直前、彼がポツリと呟く。  
 
「――――――――――か?」  
独白に近いその声を上手く聞き取る事が出来ず、恐る恐る目を開けてヒュンケルの顔を見た。  
触れる寸前まで近づいた唇を離して、確かめるように私を強く抱きしめる。  
その強い抱擁に戸惑いながら、応えるようにおずおずと彼の背中に手を回すと  
少しだけ寂しそうに微笑んで、私の首筋に顔を埋めながらもう一度呟いた。  
「せめて・・・・夢の中でだけ、こんな風に抱きしめても良いか・・・??」  
 
夢・・・・?と、聞き返した言葉は沈黙で流れて闇に吸い込まれていく。  
耳元で規則正しく聞える呼吸の音を聞いて、緊張した体からどっと力が抜けるのが分かった。  
「・・・・寝ぼけて・・・・たのね」  
小さく息を吐いて横で眠る顔を覗き込むと、さっきまで自分の頬に触れていた唇が目に入り  
ドキリと心臓が音を立てる。  
もう少しで触れそうだった自分の唇を軽くなぞり、静かに眠る顔を眺めていた。  
今自分の心にあるのは、大きな安堵感とほんの少しの心残り・・・・・。  
 
(ああ・・・・・そうか・・・・)  
それに気付いた時、自分の心がストンと落ちてきた気がした。  
『酔った彼を介抱する』とか、『放って置けない』とか・・・仲間として当然の事だと思っていた。  
辛そうな人がいたら助けるという、人としての当たり前の感情なんだろう、と。  
 
(そうじゃ・・・無かったんだ)  
こんな風に今彼の側にいるのも、こうやって寝顔を見ているのも全部が自分の意思、  
他の人が持っているのに、自分が持っていなかった一つの感情・・・・。  
「起きてる時も・・・・・抱きしめて良いのに。」  
その寝顔に向かってポツリと呟きながら、胸にほんわりとした暖かさが宿ったのが分かる・・・。  
何だかとても幸せで嬉しい気持ちになり、その感情を抱きしめるようにゆっくりと目を閉じた。  
 
 
――――――彼女を抱く夢を見た。  
 
別にその夢を見るのは初めてじゃない。  
まるで思春期の子供のようだ・・・と軽く笑いながら、その柔らかい肌を抱きしめた。  
息を飲むか細い声が聞きながら、自分が思うままに彼女の温もりを堪能する。  
夢の中でだけ吐き出す事を許された本当の感情、素直な欲望・・・・。  
 
夢が覚めてしまう前にいつものように彼女を抱いてしまおうと、彼女の口に指を入れ犯す。  
酒も入っているせいか、夢の中なのに自分の指に絡みつく舌の温もりや  
とろりと零れる唾液の冷たさがやけにリアルに感じた。  
まるで本当に抱いているような気分になり、軽い目眩を押さえて体を組み敷き  
その体を優しくなぞる・・・・といつもと違う違和感を覚えた・・・・。  
 
夢の中なのに自分の下にいる体が細かく震えている・・・不安そうに俺の名を呼び  
しがみ付いてくる姿は、まるで本当に彼女を抱いているようで胸が痛んだ。  
確かめるように彼女の名を呼び、震える体をほぐすように頬に唇を落とす。  
でも彼女の震えは止まらない・・・・硬く閉じた睫毛が不安そうに揺れて  
何かを覚悟したように、俺の服を強く握っていた。  
 
(本当の彼女を抱いたら、こんな反応をしてくれるのだろうか・・・・?)  
そんな事を考えながら、重ねようとした唇を離し強く抱きしめた。  
自分の都合の良いように乱れてくれる彼女も悪くないが、こんな風に本当の  
彼女を抱いているような夢も悪くない。  
 
なら、欲望を優先するより彼女をただ抱きしめていよう・・・・と思ったとき  
俺の抱擁に応えるように彼女が背中に手を回してくる。  
その優しい温もりを感じながら、幸せな夢を見れた事に、感謝した――――――。  
 
(・・・・・・寒い・・・・・)  
深い眠りの中、そんな事を考えてシーツを探す為に手を動かす。  
一瞬・・・酔いつぶれたはずの自分が、何でベットに眠っているのか不思議に思ったが  
きっと誰かが運んでくれたのだろうと勝手に納得した。  
 
シーツを手繰り寄せるように引き込むと、暖かいものがシーツと共に腕の中に入ってきた。  
気持ちの良いそれを抱きしめながら、暖かくなる自分の体を感じてほぅっと息を吐く。  
まるで女の肌のようだ・・・・と考えながら、無意識にその暖かいものに手を這わした。  
柔らかそうな乳房を軽くなぞり腹部から太腿に手を下ろしていく・・・。  
 
「っぁ、ん・・・・・」  
甘く漏れるその声を聞いて背中に寒いものが走った、寝ぼけていた頭が一気に目覚める。  
女の肌のようなものじゃなくて、今自分が抱いているのは女そのもの・・・・・。  
(しまっ・・・・た・・・・!!!)  
幾ら酒に酔っていたとは言え、記憶も無い状態で女を連れ込んだ事に青ざめながら  
はじかれたように抱きしめている人物を見た時、一瞬理解が出来なかった・・・・。  
 
「なんで・・・・・こんな所にいるんだ・・・・。」  
俺に気付く事無く、スヤスヤと気持ち良さそうに寝息を立てている少女を見て呟く。  
夢の続きでも何でもなく・・・・確かに今自分の腕の中でマァムが眠っていた。  
―――――――もう一度確認するように自分の腕の中を見る。  
柔らかそうな桃色の髪に、気持ち良さそうに眠る顔・・・・・クラリと目眩がする。  
 
お互いの衣服も特に乱れていないし、これだけ安心して眠っているという事は  
酔った勢いで彼女に酷い事はしなかったのだろう・・・・と信じたい・・・・。  
無理やり起こす事も動く事も出来ずに、穏やかに眠るその顔を眺める。  
天国のような地獄のような・・・・・そんな複雑な感情を抱えたまま  
彼女が目を覚ました時、いつもと同じように微笑んでくれるよう祈った・・・・。  
 
(終)  
 
 

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