生まれて初めて、女を殴った。  
 
不死騎団長ヒュンケルは、右手を見つめている。  
あの、アバンの使徒の、マアムとか言う女を、殴った手を。  
 
『目を覚ましてヒュンケル。あなたはもっと強い人のはずよ』  
 
こちらを見つめる、あの澄んだ瞳。  
敵に囚われているというのに、怯えるでも無く、命乞いをするでもない。  
それどころか、あのまなざし・・・・  
あれは、哀れみの目だ。  
 
「クソッ!!!」  
 
石造りの壁を渾身の力を込めて殴る。砂糖菓子のようにたやすく、壁は粉々に砕けた。  
苛立ちは治まらない。この程度では、治まらない。  
よりにもよってアバンの使徒に、しかも、とるに足らないほどの力しか持たぬ、女ごときに、哀れまれた。  
これが屈辱で無くて、一体何だ。  
 
「許せん・・・・・」  
 
どす黒い感情が、ヒュンケルの中で急速に力を増してゆく。  
光と闇は常にせめぎあう。  
闇を押さえ込んだ時、光の闘気は爆発的に跳ね上がるが、その逆も又起こりうる。  
マアムの優しさは却って、ヒュンケルの中の闇をより深く、暗くしてしまっていた。  
 
「ク・・・ククク・・・」  
 
およそ彼らしくも無い、どこか卑屈さすら感じられる下卑た笑い声。  
己の中の闇に引きずられるように、ヒュンケルは立ち上がった。  
目には目を。屈辱には屈辱で報復してやる。  
暗い昂揚と共に、ヒュンケルの怒張は徐々に硬さを増していった。  
 
(どうしよう・・・・)  
流石のマアムも困っていた。  
それは、囚われている事も問題だ。ここから脱出する手立てが見つかりそうも無い事も、かなり問題だ。  
しかし。  
目下、マアムを最も悩ませているもの。  
それは、便意だった。  
牢屋には、便器などという気の利いた物は無かった。  
さりとて、トイレに行きたいのでここから出してくれ、などといって出してもらえる筈も無い。  
どうしようもこうしようも無く、両手を縛られているこの状況では、無残に漏らしてしまう他に無い。  
 
「あっ・・!」  
 
何度目かの腸の蠕動に必死で耐える。冷たい汗が流れる。  
良く発達した肛門括約筋のお陰で今まで何とか耐え切ったものの、正直なところ、後5分もたせる自信は無かった。  
そこへ。  
足音が近づいて来る。一人だ。  
規則正しい歩みは、知性を持たぬアンデッドの類では無い事を示していた。  
牢の扉が開く。  
もはや耐えがたいほどの便意に、ほとんど蒼白となったマアムが呟いた。  
 
「ヒュンケル・・・・」  
 
冷然とマアムを見下ろすヒュンケル。  
先程話した時とは違い、その目からは怒りも、悲しみも感じ取る事が出来ない。  
そんなヒュンケルの変化をいぶかしむ余裕は、今のマアムには無かった。  
 
「ヒュンケル・・・あ、あのね・・・」  
 
恥ずかしい。年頃の娘にとって、これほど恥ずかしい事もそうはあるまい。  
しかし、体裁を取り繕う余裕など、もう無い。  
 
「ト・・・トイレに行かせて欲しいの!」  
 
一気に言ってしまうと、恥ずかしさに顔を上げられなくなった。  
一瞬の沈黙が、その何十倍もの長さのように、マアムには思えた。  
 
やがて。  
ぷつり、と縄が切れる音と共に両手が自由になった。  
はっ、と顔を上げる。マアムの縄目を切ったヒュンケルが、無表情にナイフを鞘に収めていた。  
 
「あ・・ありがとう、ヒュンケ・・・」  
「ハハハハハハハハハハハ!!!!!!」  
 
爆発的哄笑が、牢の空気を揺さぶる。  
何が起こったか理解できず、一瞬呆然とするマアムを前に、ヒュンケルは嘲笑う。嘲笑い続ける。  
 
「クックック・・・そうか、便所に行きたいのか!」  
 
羞恥の余り、さっきまでむしろ蒼かったマアムの顔が赤く染まる。  
 
「クク・・・どうぞ。アバンの使途どの。お行き下さい」  
 
尚も嘲笑い続けながら、ヒュンケルは開きっぱなしになっている牢の扉を指差した。  
マアムの肛門は、もう限界を迎えていた。  
何故ヒュンケルが、人質である自分を、こうも簡単に牢から出すのか、不審に思う余裕すら無かった。  
ふらり、と立ち、よろめくように歩むマアム。  
その歩みは、わずか三歩で、止まった。  
 
「どうした?行けよ・・・行けるものならな!」  
 
マアムが、操り人形のぎこちなさで振り返る。  
そこには、右手をマアムに向かって突き出した、ヒュンケルの姿があった。  
 
「闘魔傀儡掌には、こういう使い方もある!」  
「え・・・・ああっ!いやっ!!」  
 
マアムが、立ったまま短いスカートをめくり上げ、ヒュンケルに向かってパンティーを見せつけるように腰を突き出した。  
もちろん自分の意思などではない。  
今や、マアムの肉体は、ヒュンケルの指先の管理下にあった。  
 
「や・・・やめて!ヒュンケル!」  
「と、言えば止めてくれるとでも思ったか」  
 
氷の酷薄さでヒュンケルは言う。  
 
「便がしたいのだろう?大便か?それとも小便か。どちらでもかまわん。思う存分にひり出すがいいさ。クク・・・憎むべき、この不死騎  
団長ヒュンケルの前でな!」  
 
ほんのわずかに、ヒュンケルの指先が動いた。たった、それだけの事で。  
 
「あっ・・・!い、い、いやっ!やだっ!」  
 
マアムは、ゆっくりとパンティーを下ろしてゆく。  
驚くほど密生した陰毛があらわになる。  
脱いだパンティーを手に、マアムはヒュンケルに近づく。近づいてゆく。  
そして。  
パンティーを裏返しにすると、ヒュンケルの前に差し出した。  
 
「ハハハハハ!染みになっているなあ!」  
 
ヒュンケルの割れんばかりの哄笑。  
羞恥という感情のリミッターを振り切ってしまい、マアムは呆然としている。  
真っ白なパンティーのお尻の部分に、ごくわずか、堪えきれなかった腸液によって出来てしまった、薄茶色の小さな染みがある。  
股間の部分も、洗っても落ちなかったオリモノによる染みが、ほんのわずかに残っている。  
それを、見られてしまった・・・・  
どれほど強く、気高い心を持っているとは言え、マアムはまだ少女だ。  
世の中に、このような屈辱があるなどと、想像した事すら無かった。  
見開いた目から、涙の粒が零れ落ちる。  
それは、マアムの敗北宣言だった。  
 
マアムの両手がミニスカートの裾にかかると、ぐい!と引き上げる。  
くるりと後ろを向くと中腰になり、今度はヒュンケルに向かって、お尻を突き出す格好になった。  
はしたなく、肛門を露出させて。  
 
「ああああ!!!!」  
 
今のマアムに耐えられる体勢では無かった。  
迫り来る便意はもはや限界を越えて、盛り上がった肛門から、わずかに大便の頭をのぞかせている。  
 
「見ないでええーーー!!!!」  
 
その叫びが引き金になったかのように。  
ぼすっ!  
マアムの肛門から、むしろ破裂音とでも形容すべき豪快な音がした。  
ぼすっ!ぼぼすっ!  
我慢に我慢を重ねた為、腸内に溜まりきった大量のガスと共に、ぼたぼたと醜い音を立て、大便が床に落ちた。  
しゃあああああ・・・・  
股間からは、湯気を立てて黄金の滝が噴出し、飛沫がキラキラと宙に舞う。  
狭い牢内は、小水と大便と放屁による悪臭でいっぱいになった。  
 
「・・ああ・・・あ・・・・ぁ・・・・」  
 
排泄の後の快感と、それとは比べ物にならないほど大きな喪失感が、マアムを打ちのめす。  
自分の意思と裏腹に動く手が、パンティーで陰唇を拭い、肛門を拭うのを、放心のまま見つめるマアム。  
そんなマアムを右手で巧みに操りつつ、ヒュンケルは残る左手で己の逸物を握り締めた。  
ズボンを突き破りそうなほど勃起している、もはや凶器とすら呼べそうなほど巨大なそれは、生贄を求めて猛り立っていた。  
 
「来い。マアム」  
 
ふらふらとマアムはヒュンケルに近づき、跪いた。  
マアムの眼前に、そそりたつ男根がある。  
 
「どうだ?今の気分は?」  
 
声をかけられ、マアムの表情が動いた。  
放心のまま犯すのでは意味が無い。ヒュンケルが汚したいのは、あくまで気高いアバンの使徒のままのマアムなのだ。  
 
「憎い敵の前で脱糞し、失禁し!それでも正義の使徒のつもりか!ハハハ!アバンが見ていたらさぞかし嘆く事だろうなあ!」  
 
凍りついた意識が、ようやく事態を把握し始める。  
つぶらな目から、堰を切ったように涙が溢れ出した。  
 
「そして、お前は今から犯されるのだ。そう、穢れた闇の戦士の、最も穢れた部分でな!」  
 
同時にマアムの手が、ヒュンケルの怒張をさわさわと撫でさする。  
ヒュンケルのズボンをずり下げ、逸物を取り出すと、マアムの口がぱっかりと開いた。  
 
「ああ!あがあ!あがああああ!!」  
 
顎の筋肉を支配され、マアムは口を開けたまま喋れない。  
泣き叫びつつ、開かれた口から粘稠性の強い唾液が一すじ、糸を引いて垂れた。  
 
「味わえ。これが絶望の味だ」  
 
ぐい!とヒュンケルの肉棒が、マアムの口に突き込まれた。  
鼻腔いっぱいに饐えた臭いが充満し、マアムはむせた。  
それなのに舌は、余りにも優しくヒュンケルの肉棒を愛撫する。  
唇をすぼめ、唾液をからませ、しゃぶりあげ、舐め上げ、頬擦りまでもする。  
まだキスすら知らない清い唇が、音を立ててヒュンケルの先汁を吸い上げた。  
 
ようやく肉棒を引き抜かれた途端、出し抜けにマアムの体に自由が戻った。  
がっくりと手をつくマアム。もはや逃げ出そうとする気力も残ってはいない。  
ぽたぽたと涙が床に落ちた。  
 
「さて・・・・」  
 
傲然とヒュンケルが言う。  
 
「選ばせてやろう。マアム。どちらがいいか」  
 
涙と唾液を拭うのも忘れたまま、マアムが絶望の眼差しでヒュンケルを見上げる。  
どちら?意味が分からない。分かるはずも無い。セックスの事など、ほとんど何もしらないマアムなのだ。  
 
「この、俺のモノを、ぶち込む場所だ」  
 
唾液で濡れて輝き、凶暴さを増したそれを握り締め、ヒュンケルが最後通告をする。  
 
「お前の性器にこいつを入れるか。それとも肛門に入れるか。好きな方を選べ」  
 
マアムの視界が暗くなる。犯されてしまうのだ。まだ恋の意味すら知らないままに。  
涙は止まらない。ほんの少し残った意識が必死に考える。どちらを、選ぶかを。  
 
「・・・こ・・・こうもんに・・・します・・・・」  
 
肛門、などというはしたない言葉をおうむ返しに使ってしまうほどに、マアムの思考能力は低下しきっていた。  
しかし、処女を破られるよりはましだ。妊娠の恐れがあるより、ましなはずだ・・・  
 
「フフフ・・・そうか。肛門がいいか・・・・」  
 
想定した通りの展開に、邪悪な笑みがこぼれる。  
その言葉を待っていたのだ。  
 
「ならば、こう言うがいい!『どうかアバンの使徒であるこの私のケツ穴を、あなた様の野太いチンポでえぐり回して下さい』とな!」  
 
あんまりな言葉に愕然とするマアム。追い討ちをかけるべくヒュンケルが続けた。  
 
「さもなければ、貴様の前穴にぶち込んでやる!何度も何度も!貴様が妊娠するまでだ!!」  
 
逃げ場が、無い。  
マアムに残っていた、最後の理性が、音を立てて崩れた。  
 
「四つんばいになれ!肛門を広げろ!そして淫売のようにケツを振り、淫らな言葉で肉棒をねだるがいい!」  
   
逆らえば・・・・ヒュンケルは言葉通り、マアムの処女を奪い、孕ませるだろう。  
言葉の糸に操られるように、のろのろとマアムは四つんばいになり、ヒュンケルの前でその白桃のように清らかな尻を割り、肛門を晒す。  
 
「・・・どうか・・・アバンの使徒である・・・この私の・・・お尻を・・・」  
「ケツ穴だ!」  
「・・・ケ・・ケツ穴を・・・あなた様の・・・太い・・・・野太い・・・」  
「チ・ン・ポ・だ!」  
 
喜悦の表情でヒュンケルが決め付ける。  
そうだ。これだ。この景色が見たかった!  
 
「・・・チン・・・ポで・・・えぐり回して・・・下さい・・・・」  
「クックックック・・・・ハッハッハッハッハァーーー!!!!!」  
 
痺れるような歓喜がヒュンケルを包む!今こそアバンの使徒は堕ちた!  
「ならば、望みどおりにしてやろう!」  
マアムはその声を、死刑宣告のように聞いた。  
入ってくるのだ。あの、恐ろしいほど大きな、肉の塊が。  
 
しかし。  
次の瞬間、マアムの肛門が感じたのは、金属の冷ややかさだった。  
そして。  
 
「はあうっ!」  
 
マアムは叫んだ。何か、器具を挿入されている。そこから、温かい液体が直腸内に入ってくる!  
 
「ふふふ・・・これは魔界に伝わる強壮剤でな。本来は口から飲む為のものだ」  
 
にたり、とヒュンケルが笑った。  
 
「原液は粘り気が強くてな。、粘滑剤の代わりにもなる。有り難く思うのだな。これで痛みはほとんど無くなるはずだ」  
 
生温かい液体が、マアムの中に浸入してくる。肛門からそれを排出する所を見られたくなくて、マアムは必死で肛門を締め上げた。  
結果、一滴も溢さず、薬液は全てマアムの腸内に収められた。  
器具が引き抜かれる。  
腸内の液は、刺激性の少ないものらしい。腸内に液体を抱えている違和感はあるものの、温かな液体は決して不快なものでは無かった。  
いや、それどころか・・・・  
 
「は・・・う・・・ああ・・・・」  
 
熱い・・・・中が、熱い・・・・  
痺れるような、未体験の心地良さが、アナルから、ヴァギナへ。背筋を伝って、全身へ広がってくる!  
 
「はあん!」  
 
なんて声を上げてしまうのだろう。己の上げた嬌声に驚く間も無い。  
 
「ふああんっ!」  
 
次に感じたのは、胸の違和感だ。張っている。生理前でも経験した事の無いほどに、乳房が張っている!  
只でさえ大きなマアムの乳房は今やはちきれんばかりに張り詰め、服の上からでもはっきりそれと分かるほどに勃起した乳首を誇示してい  
 
る。  
 
「はあああっ!ああ!ああああ!!!」  
 
オナニーすら知らない少女の全身を、性感の嵐が襲う。  
乳首が、乳首が服にこすれて痛い。いや、その痛さすらたまらなく気持ちいい!  
すり合わせた太股からは、尿かと思うほどに大量の愛液が流れて出して止まらない。  
クリトリスは小指の先ほどに膨れ上がり、今までその存在すら知らなかったマアムに、獰猛なまでの快楽を伝える。  
 
「やめっ・・・やめてっ・・・やめてええええーーー!!!」  
 
止まらない。気持ちよさが止まらない。イク事すら知らない少女にとって、それは拷問でしか無かった。  
 
「ひい!ひい!ひいい!!!」  
 
石の床に股間を擦り付け、悶え狂うマアムの腰が突然がっしりと掴まれ掴まれ、下半身が宙に浮いた。  
そして・・・  
 
「ぎゃああああーーー!!!!!」  
先汁に濡れ尽くしたヒュンケルの肉棒が腸内に浸入した途端、マアムは白目をむいた。  
がくがくと痙攣し、膀胱内にわずかに残った尿がピュッ!と飛んだ。  
 
「言い忘れていたが、マアム」  
 
びくびくと震える括約筋の感触を存分に味わいながら、ヒュンケルは言う。  
 
「魔界の強壮剤は、人間にとっては強い媚薬となる。おまけにその原液を直腸から直接吸収したのだから・・・」  
 
クク、と含み笑いをもらして続ける。  
 
「鍛えていたのが仇になったな!常人ならば気を失ってしまうところだが、それも出来まい!」  
「・・・・あはあ・・・・」  
 
もはやその言葉も、マアムには届かない。  
今のマアムにとって、肛門をいっぱいに押し広げるヒュンケルのペニスこそが、世界の全てだった。  
弛緩しきったアナルを、ヒュンケルのペニスが往復する。  
体を支える事も出来ず、石床に突っ伏すマアムの腰を楽々と持ち上げ、立ったままヒュンケルはマアムの尻穴を犯し尽くす。  
ヒュンケルの玉袋がリズミカルにマアムの膣口を打つ。  
きついメスの臭いを撒き散らす、マアムの充血しきった女芯からしぶきが飛んだ。  
 
「汚してやろう。アバンの使徒、マアムよ!俺の精液をくらいがいい!!!」  
 
全力を込めた激しいピストンを、マアムの貪欲なアナルが受け止める。そして。  
 
「うおおおおおおお!!!!!」  
「きゃああああああ!!!!!」  
 
二人の絶叫が響く。  
音がしそうなほど激しい射精を直腸内に感じた時、マアムの意識は闇に沈んだ。  
 
かつてないほどの快感と満足感に身を震わせつつ、ヒュンケルは立ち上がった。  
荒い息をついて、下半身を露出したまま、肛門から精液を垂れ流すマアムが足元にいる。  
勝った。  
見ろ。何が正義だ。何が愛だ。  
ヒュンケルは、マアムの乳房をじわりと踏んで嘲笑った。  
見ろ。この脆さを。はかなさを。所詮はこんなものだ。  
マアムを蹴転がし、再び両手を縛る。  
こんな女でも、まだ人質程度には役に立つだろう。事が終わった後も、自分専用の精液便所として使ってやるのも面白い。  
満足だった。  
抑えようとて抑え切れぬ笑みを浮かべたまま、牢を出ようとした、正にその時。  
 
「・・・それでも・・・」  
 
ぎくり、とヒュンケルの体が凍りつく。  
 
「それでも私は、愛を信じるわ・・・ヒュンケル・・・」  
 
ヒュンケルは、恐怖した。  
確かに、確かに絶望させたはずだ!確かに、堕としたはずだ!  
今更、今更、何を奇麗事を!!  
そう思いつつ、後ろを振り向けない。  
そこには、ヒュンケルが決して見たくないものがある。  
見たくない!振り返ってはいけない!!!  
 
「ヒュンケル・・・・」  
 
少女が自分の名前を呼ぶ声がした。  
それは耐えがたい誘惑だった。  
振り返らずに、いられなかった。どうしても。  
 
振り返ったヒュンケルが見たものは。  
あの、まなざし。  
己の境遇を省みず、こちらを哀れむ、あの、眼差しだった。  
 
 
「可哀想な、ヒュンケル!」  
 
 
マアムの号泣が響く。  
子供のように、マアムが泣いている。こちらを見つめて泣きじゃくっている。  
ヒュンケルの世界がぐらりと傾いだ。  
 
「う・・・う・・・う・・・うわあああああ!!!!!」  
 
牢を閉める。たったそれだけの作業が、ままならない。激しく手が震えて何度も鍵を取り落とした。  
逃げた。  
どんな剛勇を前にしても退く事を知らない男が、無力な少女から必死に逃げた。  
俺は何をした?何をしてしまった?  
取り返しのつかない事をしてしまったような、得体の知れない恐怖がヒュンケルを責めさいなむ。  
確かに封じ込めた筈の光が、狂おしく、ヒュンケルの全身を焦がし尽していた。  
 
 
 
「があああああああ!!!!!!」  
 
 
 
魔界の獣のように、ヒュンケルは吼えた。  
それは、ヒュンケルが生まれて初めて発する、絶望と敗北の叫びだった。  
 

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