「私の相手をあなたが……!!」  
大魔宮にてハドラーとダイが最後の勝負に望んでいる頃  
マァムは、緊張の面持ちで眼前の女王、アルビナスに呼びかけていた。  
会話の流れとしちゃおかしいけど、読者諸氏への説明は怠らないのだ。  
 
「……フッ… フフフッ!   
確かにおっしゃる通りの戦略ですが、今は違いますね…!   
私の右後方をごらんなさい…」  
妙に柔らかそうな超金属の唇を、笑みに歪めるアルビナス。  
その目線をマァムが追うと、そこには、騎士シグマが居た。  
なんだかあおむけに倒れている彼は、ぐぐ…と力なくマァムの方を見ると  
「フフ… ポップと戦おうとした瞬間、急にアルビナスから針刺されてこの通りだ。  
まさか超金属に毒が効くとは不覚ぬばっぬばぬば〜!」  
一通り親切に説明し、泡を派手に吹くとぐったりした。  
「…な、なんでシグマにこんな事するの!?   
というか泡吹いてるし! 白目剥いて、泡拭いてるし!」  
「シグマは元々白目剥いてますよ。ああ気色悪い! それはさておき、この行動は深慮あっての事です」  
「なぁ、アルビナス。針を刺した時「しまったポップと間違えた!」とか言って…」  
「ニードルサウザンド!」  
アルビナスは、鏡を避けてシグマを千の針で灼くと、銀色の顔を赤く染めながら話を戻した。  
「合理的な勝利の方法…! それは多数対少数、そして奇襲。という事を、私は三国志から学びました…!」  
「なんで三国志…」  
マァムの突っ込みもなんのその、女王は威容を崩さない!  
「私は… 例え親衛騎団の誇りに背こうとも、必ずや勝利を得て  
その上で大魔王バーン様へ懇願し、ハドラー様を助けたいのです!」  
「という事は、まさかポップも倒してしまったの!?」  
由々しき事態だ。ポップに5ゴールド貸していたのに。告白されたのは別にどうでもいい。  
 
「いいえ。彼ならあちらに…」  
目線を追うとアルビナスの左後方、ポップがいた。よかったこれで50ゴールドも回収できる。0が増えたのは気のせいだ。うん。  
なんかぐるぐる巻きにされてる。そして息ができなさそうだ。  
それはマァムにとってはどうでもいいけど、読者諸氏にはわざわざ説明する。マァムは、…親切なのだ!  
「マホトーンをかけたの? でもあなたたちにこれが使える人って」  
「居ますよ。さぁ来なさいフェンブレン!」  
フェンブレンって死んだんじゃ?とかマァムが思っていると  
頭上からバッサバッサと景気の良い音が近づいてきて  
やがて、その音の主が地面に降臨し、姿が明らかになる。  
頭には牛の角。顔には鷹の嘴。背中には蝙蝠の翼。そして額にZの文字。  
ノースリーブで着心地やら風通しが良さそうな服にも、Zの文字。  
こ、こいつは間違いない!   
「ガー…」  
「フェンブレンだッ! 我らが親衛騎団の僧正、フェンブレンだッ!」  
的を射かけたマァムの声も、まだ白煙を立てているシグマの力強い声にかき消される。  
「え、えーとご紹介に預かりましゅたガー… びぞっ、僧正っ フェンブレンですっ!」  
直立不動の体勢でフェンブレンは自己紹介をした。ガチガチに緊張してるのが丸分かりだ。  
「待って! 今、本名言いかけてなかったあなた! 噛んでるし!」  
思いっきり指差しながらマァムが詰め寄ると、フェンブレンは口笛吹きつつ目を逸らす。それって認めた証拠じゃないのか?  
「このフェンブレンにマホトーンを使ってもらい、勇者一向でもっとも恐ろしい魔法使いを無力化したのです…!  
やはりチェスの駒というのは使いようですね」  
「そうだな。死の大地近くの洋上に浮いていたのを救出し、30ゴールドとやくそうで買収した甲斐がある!」  
「そ、そんな褒めないで下さい。照れるじゃないですか…」  
いやそれって褒められてるの?とマァムは軽く頭痛を覚えた。ポップは放置されたまま死にそうだ。  
 
さてその頃、ヒムとヒュンケルは指相撲で勝負していた。  
「オレとお前の指が十字を描く! 喰らえちっちゃいグランドクルス!」  
「待て普通に勝ってるのにそれは無…熱ッ! 超熱拳使えるオレのくせに熱ッ!」  
 
「と言う訳で、三対一です。悪く思わないで下さい」  
「数に入ってたの!? ぐったりしてるシグマと、やられ役のガー」  
「ええい、だから彼はフェンブレンです! フェンブレンったらフェンブレンです!  
あの分からず屋に、怒りを込めて嵐を呼べる電磁の必殺技、超電…ツインソードピニングを喰らわしなさい!」  
マァムの言葉にムっとしたアルビナスが指示を下すと  
フェンブレンは、「え? え?」とかうろたえ、ちょっと考え込んだ後、拳をぐっと固めて突撃してきた。  
「ツ、ツインソードピニング!?」  
迷うことのなき強い意思と共に、拳が繰り出された。迫りくる僧正の最強必殺技にどうするマァム! 尻がでかいぞマァム!  
「…出たな! フェンブレンのツインソードピニング!  
剣をなくした竜騎将どの一人… これで半殺しにしたのは有名な話だぞ!」  
感極まったとばかりに叫ぶシグマの声を、すごく冷たい目で聞きながら、マァムは拳を避けた。  
「ツ、ツインソードピニングぅぅ〜!」   
マァムは身をかわした。  
「あ、当たってくださいツインソードピニングにぃ!」  
マァムは身をかわした。  
「てつかぶとあげますからぁ〜!」  
ちょっと迷ってから、マァムは身をかわした。  
「あのフェンブレンを赤子扱いとは…! アバンの使徒の成長速度には、やはり恐るべきものがあるな。  
僧侶の時はベホイミどまりで、かといって武闘家になってもパっとしないというのに…!」  
「同感です。なんか中途半端でもやもやしてる方なのに強い… 仕方ありませんフェンブレン。  
バギクロスです。東南の風が吹けばきっと爆裂四散するはずですよ。三国志ではそうでしたから!」  
フェンブレンはぜぇぜぇと息をつきながら、「いや三国志ってそんな話か?」という顔で、魔法力を解き放つ!  
「バ、バギクロス!」  
マァムの守備力が半分に下がった!  
「空気をうんたらして守備力を下げたのですね! 見事なバギクロスです!」  
「ってルカナンじゃない! ああもうこんな二流三流のボケに付き合うのはまっぴらだわ!」  
てくてくとフェンブレンの前へ歩いていくと、マァムはニコっと微笑みかけた。フェンブレンもニコっと微笑み返  
「呪文からしてガーゴイルじゃないのー!」  
ないのー ないのー と響かせながらマァムは、猛虎破砕拳でガーゴイルを殴り飛ばした。  
 
そしてガーゴイルは地上へと落ちていった。羽あるんだから飛べよクズが。  
「ああフェンブレン!」  
騎士と女王の声がキレイに重なる。そして立ち上がるは誇り高き、馬面。  
「勝敗は兵家の常というが… 何も成せずに散り、無念だっただろうフェンブレン…」  
シグマは静かに呟き、ランスを構えた。  
表情こそ分からないが、その全身は鎮魂の為の涼やかな決意に溢れている。  
「しかし恐るべき技だ… 先ほどのマァムパンチは!」  
畏敬を込めて呟くシグマに、マァムは怒った。  
「何そのダサい名前!? あの技は猛虎破砕拳って言って…」  
「マァムパンチのペンネームですね」  
「違うってば! なんで技にペンネームをつけなきゃならないのよ!」  
マァムはもうなんかこいつらと喋るのが疲れて仕方が無い。  
さっさとこの女王やら何やら倒して帰りたい。冷たい牛乳飲みたい。クルテマッカ殺したい。  
 
「君と戦うのはサババの港以来だったな… さぁ来たまえ!  
君のその、マァムパンチと私の跳躍と速度、どちらが勝つか、勝負だ! 武闘家!!」  
シグマは泡を吹きながら叫び、そして走った、毒のせいでブロックよりも遅く。  
「ひぃっ」  
白目剥いて、スロウリィにヨダレを撒き散らす馬面にマァムはビビった。気色悪いなこの馬は!  
「どうした、アバンの使徒はそんなモノではないはずぬば、ぬばぁぁ」  
咳き込んだ(呼吸器官があるのか?)シグマから泡がかかってマァムはキレた。どこからか歌がかかってきた。  
♪あさっやけーにつつまれてー はしりだしたー ゆくべっきみちをー  
マァムはシグマの鼻を思いっきり殴りつけた。  
アルビナスは、なんで仮面ライダー龍騎の歌なんだろうと思った。シグマは人参が好きだ。  
♪じょぉねつのぉ〜 ベクトルーが ぼくのむねをつらぬいてくー  
♪どんなきけんにー きずつくぅことがー あぁっても! ゆめよおどれー この、ほしのもとで  
ボコるボコる、シグマをボコる。マァムはシグマをボコったのです。シャハルの鏡を殴りつけたのです。  
♪にぃーくしみをうーつしだす かがみなんてこーわすほど!  
ああ、だから龍騎の歌かと女王は納得した。  
「待て! それ壊したら、なんとなく後で皆が困る気がするからやめろ!」  
シグマが叫んだ。でも、19巻で「鏡壊すの無理」ってマァム言ってたような…  
 
「そうね後で皆が困るからやめるわ!」  
マァムはハっとして鏡を殴るのをやめた。9巻ぐらい後で困らない為に。  
「けど、あなたは倒すわ! ヨダレが臭いから」  
「そうですシグマ。あなたは白目も気持ち悪いんですよ!」  
女性(?)陣が口々にシグマを罵った。シグマはちょっと傷ついた。  
そしてマァムは、シグマの槍を蹴り捨てた。意味はない、スカっとするからやっているのだ。  
「ぎゃっ! オリハルコンでできてるはずなのにポップが目もくれずに忘れ去られた  
かといって私が使っている時でもそんな目立っていなかったサンライトハートがー!!  
大魔宮から、地上に落ちていった。シグマは憤激のあまり気絶した。  
「なってない… 実になってないぞ… 私がフェンブレンだったら真っ二つにして…やるところだ…!」  
「いえ、あなたはシグマですから真っ二つにできますよ。」  
女王は脈絡のない話をした。要は、六反田さんのセリフ書きたいが故のやりとりであった。  
 
そして残るは女王と武闘家だ。  
「しかし、きょうび「ぎゃっ!」は無いですね… 夜神君」  
「マァムよ私は」  
こめかみを抑えながらマァムがうめいた。段々段々ボケてきてるなこの女王は。  
「これで残るはあなたと私だけ… フフ、意外でしたよ。  
まさか雑魚と侮っていたあなたに、我ら親衛騎団が二人も倒されるとは」  
「あなたが手を出さなかったら、シグマはもうちょっとやりようがあったんじゃ…」  
アルビナスは、しまったという顔をした。そうだ針さえ刺さなければ。  
ああ、なんという誤算だろう。自分が先走ったせいでもはや壊滅状態。  
ヒムもいるにはいるが、ハゲだから当てにはならない。死ねよハゲが。  
「ゆ、揺さぶりにはかかりませんよ私は! 心理的トラップっていうやつでしょう。  
残りは私だけ、ならば卑怯といわれようとも構わない、ハドラー様の為に!」  
アルビナスは針を吹いた。マァムは避けて、マァムパンチを叩き込んだ。女王は倒れた。あっけねぇ!  
「勝った…!」  
マァムは勝った。何の盛り上がりもなく勝った。  
しかし女王は、マァムの後ろを見ると、意味ありげに笑った。恥ずかしそうなのはなんでだろ。  
「どう…でしょうね。フフ。あなたの後ろを御覧なさい」  
まだ何かいるのか、だったらバーンだろうとクルテマッカだろうと殺してやるぅ!と思った。  
 
しかし振り返った先では、ポップが苦しんでいた。  
「あ、あんな所に針が…」  
股間の大事な大事なところに、先ほどアルビナスが放った針が刺さっていた。  
「フフッ。言ったでしょう? 『勇者一行で勇者以外に恐ろしいのは魔法使いと戦士だけ』、と。  
チェスで兵士が女王を勝ち得るように、私もそれに倣ったのですよ。すべてはハドラー様の為に」  
語気の端々に苦痛が見える女王にマァムは、ポップを指差しながら怒った。  
「だからってあんな場所に刺さなくてもいいでしょ!」  
「…私だって、その……、あ、あんな恥ずかしい場所に刺したくは…」  
また刺す場所を間違えたアルビナスが珍しく気弱になっている。羞恥というのは非常に良い。  
「と、とにかく、セオリー通り解毒呪文を…」  
ポップに駆け寄っていくマァムだったが、後ろからの声に呼び止められた。  
「やめておけ。おそらく、その毒に解毒呪文は効かぬよ」  
 
誰?とマァムが振り向くと、シグマがうなずいた。いつの間にか気づいていたらしい。でも倒れたままだ。  
「根拠は…?」  
「ハドラー様が所持していた、『魔法おばばのドキ☆ドキ課外授業 〜そして武藤は逆胴を喰らえッ!〜』に書いてあった」  
「まさかそんな本を… ベッドの下にはなかったのですが…」  
「色々突っ込みたいけど、とりあえず内容を聞かせてちょうだい」  
マァムに促されたシグマは、記憶を言葉にまとめるためかしばし黙り、口を開いた。  
「熟れた魔法おばばが、未体験のアークデーモンをリードしていく話だ」  
「そっちじゃなくて、毒の内容! 殴るわよ!」  
しかしアルビナスはちょっと興味津々だ。ハドラーの性癖を知れるのは嬉し恥ずかしなのだ。  
「『金属生命体が力の限り出した毒は、解毒呪文では治らない。  
故に魔法おばばはその枯れ木のような指で、まだ穢れを知らない若く逞しいアークデーモンの剛直を一撫でした。すると…』」  
「とにかく解毒する方法があるなら言って! 誰がそんな描写で喜ぶのよ!」  
その本持ってたハドラー様は…? とアルビナスは思った。  
「要するに、毒をかけられた箇所を吸えばいい。そうすれば彼は助かる」  
アルビナスは我に返って、今、ポップを亡き者にしておかなければと、声を張り上げた。  
 
シグマはかぶりをふった。どうでもいいが、寝そべったまま喋ってるのは格好悪い。  
「それは、ハドラー様から頂いた私の魂が許さない。  
彼は好敵手だ。好敵手というのは堂々と礼節を尽くして臨むべきものだ」  
言葉につまるアルビナスを横目に、シグマは一呼吸置くと  
「だからマァム! ポップの針が刺さった所を吸うのだ! 彼を救えるのは君しか居ないッ!  
眩しく萌えてイきヌくのだ! 魔法おばばのように。魔法おばばのように…!!!!」  
「ま、待ちなさい、なんで私がそんなコトしなきゃならないのよ」  
流石にマァムは焦った。なんで5ゴールド貸してる相手に奉仕しなきゃならんのだ。  
「…君はアバンの使徒ではないのか?」  
「そうだけど、それとこれとは」  
「ハドラー様を始めとする我ら親衛騎団が命を賭け倒そうとしたアバンの使徒とはッ!  
お互いピンチを乗り越えるたび、強く近くなるものではないのか! だから吸うのだッ!」  
「話聞いてよ! 大体、吸うなら針刺したアルビナスが…」  
え? という顔で驚くアルビナスをシグマはじっと見つめ、うなずいた。  
「それもそうだな。意外に需要もある。  
ハドラー様の為の予行練習だと思ってやってみたまえ。いずれはするつもりなのだろう?」  
「わ、私はそんな事を…」  
「ならば、どんな事を考えているのだ? …言ってみたまえよ」  
お弁当作ったり、マフラー編んだり… などとは言えず、アルビナスは真っ赤になって俯いた。  
「言葉に出せないほどのコトを考えていたのか? まったく、ふしだらな女王だな君は」  
「違う、ただ私は…」  
泣き出しそうな顔をしたアルビナスに、シグマはちょっとときめいた。…アリなのか?  
反応からして彼女が吸うのは無理らしい。シグマはしばらく考えると  
「…私が吸うというのはどうだろう」  
とんでもないコトを言った。  
 
「おやめなさい!!」   
アルビナスは叫んだ。ポップはこれ以上ないほど首を横に振った。しかし影薄いなオマエ。  
「歯は立てぬよう善処するし、舌も使うしノド奥でもイケる! だから問題はないッ!」  
「おおありよ! そりゃ私としては任せたいけど…」  
「誰がそんな展開喜ぶというのですか!」  
全くの正論を以って、女性陣は説得にかかる。ポップが助かるかどうかはどうでもいいんだよ!  
 

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