よくねぇよ、うん。実によくない。
一人、目の前に揺れるでかいケツを眺め頷きながらそう思った。
だいたい旅人の服なんてのは初めっから余裕たっぷりゆったり作られてるもんなんだよ。動きが制限されないように、体温を下げないように、身体を保護するために。なのに目の前にあるこりゃナンだ。ムチムチのでけぇケツ。長くてきれーな生足。やわらかそうなきめの細かい太もも。アホか。普通ズボン履くだろ?足を草で切ってそっから破傷風菌でも入ったらどうするつもりだ、キアリーで治るもんじゃねーんだぞ。
そんででけぇ、胸。重そうで温そうな胸。歩くたびにかすかに揺れる、その揺れ方がよくない。ときたま寄るちいなさ村で鼻の下伸ばしてる男が少なくないというのに、あっちにウロウロこっちにウロウロ、動き回るわ走り回るわするもんだから、こっちが落ちつかねぇ。
「……なあポップ……おい、なあってば」
「あぁ? うるせぇな、今大事な考え事してんだから邪魔すんなよ」
この理知的な思案顔に余程感動したのか、ダイが囁くような声で何か言っている。まぁ待てよダイ、改めて見てるとこの女は性格はキツいけどやっぱいい身体……いやいやホント実によくない。
「…いや、考え事はいいんだけど…」
「いやあホントによくない。特にあの腰がよくないね、腰が。誘ってる。」
「……全部口に出しちゃうのはどーかと思うんだ……」
「ダイ、殴っていいでしょこの痴漢」
「はは…お好きに……」
「そうそう、お好きにっつーか好きにしてっつーか。言ってるんだわこのフクラハギがさ…」
がん。
そんな大きな音がしたあとのことを、おれは何も覚えてない。
「ああああアホかてめぇ!」
「どっちが!」
小さな町のこれまた小さな宿屋で、ようやく目を覚まして掛けられた第一声がそれだった。
「馬鹿力でしかもハンマースピアで頭殴りやがったな!」
「殴られただけで助かったことをありがたいと思うべきだわ! ヘンタイ!」
「まぁまぁ…」
おれとマァムの間に入ってなだめているダイには悪いがここは引かねぇぞ。
「口で言やぁわかるんだよ、口でぇ! それをいっきなり暴力で解決すんなよ!」
「暴力に訴えられて当然でしょう!? あなたそれセクハラよセクハラ! 身体じろじろ見るだけじゃ飽き足らずにヘンな事までぶつぶつ後ろで言われてんのよ、役所に突き出されたって文句言えないわよ!」
マァムは顔を真っ赤にして怒鳴りながら、それでも一歩も引かぬといった風におれを睨んでいる。
……そりゃあおれも悪かったとは思う、思ってる! しかぁしだね、こんな風にポンポンポンポン変態だのセクハラだの言われるのは心外だ! おれは青少年の正しー心に従って見ていただけであって変態じゃないぞヘンタイじゃ!
「だいたい妙に先に歩かせたがるからおかしーとは思ったのよ」
「ばばば馬鹿やろ! するってぇと何か? おれは毎回お前のケツ見ながら行動してんのかよ!」
「そう思われたって仕方ないでしょ! それだけのことしたのよ! 何度かおしりに触ってたのだって知ってるんだから!」
「なっ!!…よ…よりにも寄ってダイの目の前でそんな事言うこたねぇだろうがよ! 思いやりの心ってのがねぇのかお前は!」
「……そんな事までしてたのポップ……」
「ばっばかおめぇそりゃあっ…その、事故だよ事故!」
「まぁ! 素直に謝れば許してあげようと思ってたのにこの上に言い訳する気!? 男らしくないわ!」
その一言におれは静かに深くキレた。
……コノウラミハラサデオクモノカ……
次の日の朝。ダイとマァムが部屋から出てくる頃には既におれは宿の食卓に着いていた。
「珍しいなぁ、ポップが一番だなんて」
「ばっか、早朝特訓だよ早朝特訓」
「あら殊勝な心がけね」
…いちいち引っかかるやつだなこいつは。でも広い心で許してあげようじゃないの。いやいやおれって懐が深いね。
「ごめんなマァム、昨日よく考えてみたんだけどやっぱりおれが悪かったよ。」
笑って深く頭を下げる。マァムもダイも驚いた顔のまま固まっていて声も上げない。
「もう二度とマァムが不愉快になるような事はしないよ。誓う。どうか許して欲しい」
きょとんとしたまま固まっていた時間からいち早く抜け出したのはマァム本人だった。
「やっ…やだ、そんな、もう、顔を上げてよ! 昨日はわたしも言い過ぎたと思ってたのよ、どうやって謝ろうかって。こっちの方こそ急に暴力振るったりしてごめんなさい。」
……ほんと素直でいい娘さんですなー。マァムのあまりの純粋さに笑いが込み上げ、うつむいたまま唇がゆがむ。
「ほんとか?
やー、おれもちょっと調子に乗りすぎたと思うんだ。でもあんまりマァムが魅力的だったからつい、な」
顔を上げていつもの軽口を叩くと、マァムの頬がぽっと染まって、もう馬鹿ね、と軽く小突かれた。
……かぁいいところあるじゃねえか。
でもそれとこれとは話が別。
「二人が仲直りしてくれておれも嬉しいよ。朝食も一段とうまくなるってもんだね」
ダイが嬉しそうにハムエッグにフォークを突き刺してほお張る。それにつられるようにマァムもスープに口をつけて三人のいつもと同じ朝食が始まった。
いつもと同じなのは風景だけだけど……な。
おれはまだ知らんフリをしている。隣を歩くマァムの頬が桜色に染まっているのを。
先を歩くダイは未だに気づいていない。やけに口数が少なくなっているマァムの旅人の服が、今までよりいっそう色っぽく張っている事を。
ざまぁみろ。
マトリフ師匠の机に転がっていた正体不明のうすみどり色の小瓶の中身。思うに催淫剤というところか。今日の朝食の全部に少しずつ混ぜておいてやったのを全部食ったもんだから、瓶一本全部飲んだことになる。
おかしいと思ったのか、魔弾銃のキアリーを使ったらしく、ひとつ弾の色が変わっている。どうも解毒は出来ないまま歩いているようだ。朝食から5時間、そろそろ昼食にしたっていい時間。カワイソウだから毒消し草でも食わしてやるかな。
ちらっとマァムの足に視線を移す。これまたうっすらと桜色に染まっていて色っぽいことこの上ない。短いスカートのケツはむっちりと張っていて、そこからむき出しになっている太ももの根元の闇がちらちらとおれを挑発する。
さわってみたい。
強烈にそう思う。しかしこんなところで触ったりした日にゃ自分が犯人ですと言わんばかりだ。我慢我慢。
「大丈夫かマァムなんか苦しそうだけど」
「へっ平気よ。ただちょっと息が上がってるだけ」
はぁはぁと小さく息を付きながらマァムが笑って返す。唇と瞳がかすかに濡れていて、思わずむらむらくる。
「へぇ、こんな程度でお前の息が上がるなんて珍しい」
それでもそ知らぬ顔をしておれは話を続けた。
「あ、朝から調子がおかしいの。風邪かしら、身体が熱っぽくて」
「夜ベットから落ちて寝てたんじゃねえのか?」
「あんたじゃあるまいし」
心配するおれの言葉を、ぷいっとそっぽ向きながらマァムが一言で返した。
あらカッチーン、本当に余計なこと言う女だねぇ。このポップ様を怒らしたらどーなるか思い知らせてやろうかしらん。
「…あれ、マァムは?」
「体の調子がおかしいから先行っててくれってさ」
ダイがようやく振り向いた時には既にマァムはおれの隣には居なかった。
「か、体の調子って……」
「朝から調子がおかしかったんだって。じきに追いついてくるさ。もう昼だしこの辺で休憩でもしてようぜ。なぁに、あんまり遅けりゃおれがトベルーラで連れ戻してやるよ」
おれはさっさとマントを敷いてその場に寝転がる。
しばらく呆れた顔をしていたダイも、あきらめたのか腰を下ろした。
「あんまりとばして歩いたのが悪かったのかな? マァムは女の子なんだし」
「へっ、あの女はおれより体力あるんだぜ、ホイミだって使えるんだから心配いらねぇよ」
そういう問題か? という顔で口を尖らせたダイはふっとおれから目線を逸らした。おれはここぞとばかりに隠し持っていたラリホー草を投げつける。
「…な……」
「どうした、ダイ」
「……きゅ…急に眠く…」
「昼寝か? ああちょうどいい時間だな、おれも一眠りしようかな?」
にやりと笑いながら眠りに落ちていくダイを見ていた。ついに完全に寝息を立てだしたダイにマントをかぶせ、おれは早足でもと来た道を辿る。
流石に全速力で一人だと早い。息を切らせながらマァムと分かれたあたりに戻った。
耳を澄ましても人の気配はない。もう先に進んだのか? なんて思ったときに聞こえてきた声は、間違いなくマァムの声だった。
ただし今までおれが聞いたこともないほど切なくてかすかで甘く濡れた声だったが。
「だめッ…こんなこと…」
声の元を辿ろうと息を殺して近づくと、茂みで隠された機の根元にうずくまって片手をスカートの中に、もう片手を胸に当てて身もだえしているマァムが見えた。
「ぶっ」
思わず声が出そうになるが必死で両手で口を押さえて殺した。
ひっ一人でやってんのかよ!?
心の中で思わず突っ込み、目を凝らしてよく見た。足事に転がってるのはどう見たって下着だし、両手の手袋だって外されている。ここからじゃあまり近くなくて分からないがスカートの中に入ってる手は休みなく動いているように見える。
頬は高潮してうっすらと汗ばんでさえいる。俺たちと別れてからもう15分以上は経ってるが、まさかその間ずっとやってんのか? 自分の意識する以上に大きく上下する胸が呼吸を困難にする。どきどきと鼓動するより早く目の中に瞬く白い影が何度も過ぎている。
「あっ…く、ぅ……」
切ないうめき声と一緒に、ここまで聞こえてきそうなほど大きく指を動かしながら身体を小さくくねらせているマァムは、まるでここにおれがいるのを分かっていて見せ付けているかのように足を不意にひろげて、指を動かした。
「いやっ……こんなの…」
そのかすれるような泣き声を上げるマァムを食い入るように見つめていると、はっと我に返った。
い、いかん! これ以上見てたらマジで飛び出して襲っちまう!
おれは精神を統一するために深く長く息を吸って細く途切れずに息を吐き出した。雑念よ晴れよと何度か唇の中で唱えながら。
茂みが鳴らないようにもと来た道を少し戻って深呼吸をもう二、三してから度声を上げた。
「マァム!おい、大丈夫か!?」
木々の隙間に響く声が消えてしばらくすると、おれの背の方でがさがさと茂みが動いた。
「迎えに来てくれたの?」
いつもより低くかすれた声でマァムが現れた。
「ああ、先でダイが待ってる。昼飯にしよ…」
振り向くとそこに居たのは、分かれた時とは比べ物にならないほど気だるく潤んだ目のマァムだった。髪はうっすら汗ばんだ肌に張り付いて乱れ、胸元が大きくたわんで開いている。
「な、な、なんつう格好してやがんだ!?」
本当は「何故か」なんてよく知ってるけど…知らない振りしとくのが人の道ってもんだろう。
「あ、暑くてたまらないのよ…目の前は霞がかったみたいにぼーっとするし……こりゃ完全に風邪だわ」
よろよろと足元もおぼつかないままその場にへたり込んでハァハァと息を付く。
その声も単に息切れしたようではなく、まるでモンスターの「甘い息」みたいにおれをトロンと夢心地にする。
「か、風邪っつーか……おれには、その、なんか、もっと違うもんに見えるけどな…」
色気と肉体に目の行ってしまったおれはポロっと本音が出そうになるのに慌てて口をつぐんだ。
「もっと違うって…なによ」
じろりと疲れたようにおれを睨むマァムの目は決して死んではいなかった。急に頭と背筋が冷える。
「いいいいやっ!そのっか、風邪よりかは、ほら、なんつうか!
……さ…酒!とか飲んだ時みたいに! なんかこうよっぱらったみたいに見えるなーって! なんかこう、な!?
熱っぽくても体力は落ちてねーんだし! 動けるんだろ? 咳も出てないみたいだし!」
もう必死であること無いこと並べ立てて弁護する。後ろ暗いとどうして人は多弁になるのかね?
「お酒なんて飲むわけないでしょ! …風邪に決まってるわ」
「そ、そうか! 本人がいうならそうかもな!
じゃあさ! そんなに辛いならおれが背負ってやるよ!」
マァムの腕を引っ張り上げ肩を貸してやると、やわらかい胸がわき腹にこーむにゅーっと……
マァムの顔が更に赤く染まる。その顔があんまりにも誘うもんだからますますスケベ根性を出してみる。
「ほら、おぶされよ」
少し躊躇して何かを言いかけたようだったが、小さくため息ひとつついてマァムは諦めておぶさった。
どさっと襲い来る人間の重みにうっかり呻き声を上げるところだった。自分で背負うなんていった手前ここで弱みは見せられねぇ、男がすたる!
おれは根性入れて立ち上がり、ハンマースピアでマァムのケツを支えながらざっしざっしと草を掻き分けて進み始めた。
耳元で聞こえる必死であえぎ声を抑えている呼吸のせいで歩きにくくて仕方がない。ただでさえおれは頭脳労働派で、こーゆーのは管轄外なんだ。
頭で冷静にそんな事を思いながら、背中で弾むマァムの胸と、腰にまき付いている太もものやわらかさに非常に歩きにくい状態になっている。……ああダイを眠らせといてよかった……
「…ん、くぅ…っ」
「あは…ぁ……!」
「…………ふぅッ」
首にまとわり付くように腕を回しながら、甘いため息をこらえながら何とか呼吸をしているマァムの悩ましくも苦しそうな声がおれをいきり立たせて仕方がない。
「あ、あのさぁマァム…」
「……な、なに?」
「もしかして今苦しい?」
「……苦しいわよ、そりゃ……」
はぁとため息をつくマァムに、まぁそうだろうなとは思ったが、こっちも非常に苦しい。特に下半身がいろんな意味で。
「わ、悪いんだけどよぉ、あんましその、耳元ではぁはぁやられると…力抜けるんだけど」
「ごっごめんなさい」
急にマァムの身体が硬くなって上半身を無理に起こそうとする。
おれははっとしてマァムを背負い直した。
「あー、いい! いい! 力抜いてへばっとけ、無駄に体力使うな。とっととダイと合流してどっかで一休みしよーぜ」
そういって再び背中に押し付けられるやわらかさ。
……さっきより鼓動が早くなってる。こりゃちょっとだけ、脈なんかあったりなんかしてなー。
首に触れたマァムの頬。
うひゃーやわらけぇ! 女の身体ってのはあちこち柔らくできてるよなーいいよなーあのでけぇムネに顔うずめてみてぇー…ってなんだこの熱さ!
「おっ…お前ホントに熱あるじゃねえか!」
「だっだからそう言ってるでしょ…!ほんとに辛いのよ…」
あの小瓶は病気の元だったのか!? ホントに発熱する催淫剤なんて聞いたことがない。もしかしたらおれはとんでもないものをマァムに飲ませたんじゃないだろうか。
おれは青くなってダイを寝かせている場所に急いだ。
おれはマァムの身体の柔らかさを楽しみながらダイを寝かせている場所に急いだ。
「おれもなんでか急に眠くなってさ」
「ダイもなの?」
山小屋をみつけ、俺たち三人はそこで一晩を明かす事にした。発熱しているマァムを無理に動かして先を急ぐのは得策じゃないし、モンスターに襲われでもしたらこの状態では全滅しかねないからだ。
「起こしてくれりゃあいいのにポップったら丁寧にマントまで掛けてくれちゃって。あのままグリズリーにでも襲われたらどうすんだよ」
ぶちぶち文句を垂れながらダイはマァムの横になっている干草の横に胡坐をかいたまま言う。
「あんなとこで急に寝るダイが悪ぃんだろ? こないだの戦いだって半端じゃなかったんだ、疲れも溜まってるだろうと思ってさ」
自分でも驚くこの二枚舌。適当な事がポンポン飛び出す口は止まることを知らずに動き続ける。
「しかし鬼の霍乱かねぇ? マァムが風邪なんてさ。ほれ、クスリ。薬草と毒消し草を煎じたんだ、効くかどうかは分からないけど一応飲んどけよ」
携帯用の鉄のコップに並々と注いであるコンソメ味のスープに煎じた薬草を混ぜたものを二人に渡した。
「へぇ意外、ポップってこんな事も出来んの。毒消し草も…いつ買ったんだ?」
ダイが意外そうにコップを受け取りながらそういうので、おれの口はまた大きく動く。
「チッチッチッチ、おれを誰だと思ってんだ? このポップ様に抜け目はないのだよキミぃ」
嘘だ。ほんとは後ろめたくてたまらないから必死こいて毒消し草を探したのだ。
未だに気だるげな顔をしたマァムが無理に微笑んでおれからコップを受け取る。
「見直しちゃったわポップ」
……ああやめてくれ…そんな心のそこからおれを信用しちゃった目で見るのは……
小心者がつまんない下心出すもんだからもう始終びくびくしててみっともない事この上ない。
全くほんとにやになってくる、すけべで独りよがりでワガママで自分勝手で思慮が浅くて。なんでこんなヤツに仮免とはいえアバン先生は卒業のしるしなんかくれたのかね。この二人を見てると情けなくて消えそうだよ。
がっくり肩を落として出るおれのため息を不思議に思ったのか、ダイがきょとんとした顔でおれに聞いた。
「何で褒めてるのにため息つくのさ」
ぎょっとして表情が変わる前におれの口は動く。
「お前らのおれの評価が不当に低い事を嘆いてんだよ!」
……ああ、もう。
気づいたのはおれが先だった。
ダイは昼のラリホー草がまだ残っているのか、規則正しく寝息を立てて眠っている。おれは黙ってマントを羽織り、こっそりと小屋を出た。もうマントがなくてもそう冷え込まない。
虫の音が聞こえるほかは静かな山小屋の夜だ。がさがさと無造作に雑草を踏み分けて森に入っていく。
しばらくすると少し開けた場所に出た。
においがする。
おれは適当に太そうな枝を拾ってメラで火をつけ、簡易のたいまつを作ってまた進んだ。
視界の端に何かが動いた。おれは無言でその方向に振り向き、たいまつの光で照らした。
「…………マァム?」
マントで身体を隠してはいるがあの派手な髪の色を見間違うはずがない。
「なっ……なんでここが分かったの!?」
「さぁね、なんででしょう」
たいまつを地面に投げ捨て、すぐにヒャドで火を消した。
「ほら、今日は月もないしこれで何も見えないぜ。
お前そのマントの下、服着てないんだろ」
空気が軋んだような気がした。
「なッ!!」
「昼間みたいに一人で慰めてんのか? 毒消し草も効き目薄いみたいだし、仕方ねぇから手伝ってやるよ」
マントを外す。物の輪郭がようやく目を凝らして分かるほどの闇の中で、マァムの声が苦虫を噛み潰したように絞り出された。
「な…なに言ってんのあんた正気!?」
「今のお前よりは」
正気だ。マァムの色香に惑わされてるのでも、昼間見たマァムのオナニーで興奮しているのでも、背負った時のやわらかさを期待するのでもなく、冷静で正気だ。
「嫌なら殴ってもかまわねえよ。」
マァムのマントを引き剥がす。思ったとおり、服のシルエットではなく、女の身体。そしてむせ返るような女のにおい。甘いようなすっぱいような柔らかくてとろける、男を惑わすニオイ。
「いっ言われなくても殴るわよ!!」
どん! 腹にマァムのパンチが決まる。クスリで体力が低下している上に寝そべった状態からのパンチなのに、一瞬気が遠くなりそうなほどの激痛が走る。
「ぐぇっ……」
「あっあんた最低ね! 人が弱ってるのをいいことにこんな…ッ!!」
半分涙声だったような気がする。
「……言い訳はしねぇよ」
げほげほ咳き込みながら、マァムの両手をつかみ押し付けて馬乗りになった。
「こんなことして恥ずかしくないの!? あんたアバン先生に何を教わってきたの!?」
声は気丈にも張っていて、まるで何にもひるんじゃなかった。おれはそれを聞いて酷く耳が痛かった。
「これ以上やったらぶっ飛ばすわよ!!」
じたばたと両手を振り回し、足で何とか反動をつけて起き上がろうとしているようだったが、マウントポジションを取られている今では流石に分が悪いらしく、がっちりと組み敷いているマァムの身体は動かない。
虫の音は止まず響いていて、まるで夢心地のようだ。
頭のバンダナを外し、マァムの手を縛り上げて両手の手袋を外した。素手で触れるマァムの肌。しっとりと汗ばんでいて吸い付くような決め細やかさに、何度も手で愛撫をした。
「あっ! や、やだッ!」
大きな胸は片手でも余るくらいで、何度も何度も両手で揉みしだくうちに、マァムの抵抗が目に見えて弱くなっていく。
「やだ!ばか! ポップのばか! やめ…てって、いってるでしょ!!」
それでも声はやまない。もう縛った両手も振り回さないのに、口だけが嫌がっている。……本当に嫌なら呪文でも使えばいいのに……ああ、こんな至近距離でマヌーサなんか使ったら余計にヤバいか……
「やっやめて……お願い……ッ」
悲痛な声がジクジク耳に棘を残す。その言葉の棘がどんどん熱を帯びてくる。
「いやぁ…あ…いやぁ…! だめよポップ…あっ…どうしちゃったの…こんなことッ、する人じゃな……!」
こんなことする人なんだよ、信じきってるお前らが間抜けなんだよ、おれぁ元々世界なんか救う気はなかったんだ、弱くて卑怯なサイテーのヤツさ。
無理に唇を奪う。潤んでいる唇は柔らかかったけれど、口の中はまるでカラカラで声も擦れがちだ。余程怖い思いをしているに違いない。
「…っ!」
口の中に釘の味が広がる。
「へへ…やっぱ気ぃ強いな……その強がりもいつまで保つか…」
片手で口の端をぬぐうと、手のひらに生ぬるい液体がぬるりと付いた。舌がびりびりと痛みで痺れているのが唯一の現実みたいだった。
「ポップ本当にどうしちゃったの! こんなこと普通じゃないわ!」
マァムが懇願するように恐らくおれの方をまっすぐ見てそう言っているのだろう。
「マァム本当にどうしちまったんだよ? こんなところでハダカで寝そべってるなんて普通じゃねぇだろ?」
同じようにまっすぐ自分のカラダの下に押しつぶしている裸の女に向かってそう言った。
「起きたらおめぇが居ないから探しに来たら素っ裸。
……忘れてるかもしれねぇけどお前は女なんだぜ? そんでおれは男だ。こうなったって不思議じゃねぇだろ? どっちかっつーとお前が悪い。」
クッ…とちいさく呟いてしばらく静かになった。
「ひっ昼間も覗いてたなんて…!」
「チラッと見ただけさ、こんな事がなけりゃ思い出さなかったしオナニーだなんて思わなかったよ」
オナニー、という言葉にビクッと身体を震わせて小さく唸った。
「そっそんなんじゃないわ!」
「そんなんじゃない?オナニーじゃないなら何でここがこんなになってんだ?」
手を内股に這わせ、ぬかるんだその根元に中指を突き立てる!
「ひっ!!」
思ったとおりにそこはぬるぬるとした粘液で濡れていて、とても言い訳の出来る状態ではなかった。
「おれも女のカラダの構造なんてよく知ってるわけじゃねぇけど、こうなるのはどんなときだよ?」
「い、痛いっ!」
「言わなきゃやめねぇよ、ほら、どんな時だよ?言えよ、ほらっ」
グリグリとはじめて触る女のあそこを指でかき回すのは変な感じだった。ムードがあって自分自身が興奮してればもっと別の感想もあっただろうが、こんなレイプ紛いの状況で興奮できるほど度胸はない。
「やぁああ! いやぁ! やめて! 痛い!」
「言わないのか? もっとやって欲しいんだな!?」
「やめてやめて! 言います! 言います!
……一人で…一人でしてたわ!」
自分でも安い狂気だと思っている。でもこの狂った自分を自分で確かめているのが楽しかった。
「…っく、ひっく…」
すすり泣きのような嗚咽が小さく続いている。
「指だけでイッちまったのか? 意外と淫乱なんだな」
ぬるぬるする粘液の付いた指をマァムの頬に擦り付けて、その指も釘のにおいがしたのを知った。
「どうしたんだよ、もう言わねぇのか?『やめてポップあなたこんなことする人じゃないわ』とか『これ以上触ったらぶっ飛ばすわよ』とかさ。」
顔を無理やり持ち上げてマァムの口元に耳を持っていくと、擦れた声で囁いている。
「……な、なんで……こんなこと……」
それでも指を持っていくとびくびくとうごめく秘密の花園は、とてもじゃないけどもうそんな詩的表現で語れるほど清楚な雰囲気ではなかった。指を添えると、まるでそれを欲しがるようにぬるぬる痙攣をはじめて指をつかんで離さない。
「見てみろよ、この指」
マァムの目の前にその濡れて滴る粘液を突きつけて言う。
お前のあそこから出たんだ、全部お前がおれの指汚したんだ、わかるか? 見えなきゃ分からせてやるよ」
べったりと頬に何度も何度も指にまとわり付く粘液をぬぐった。
「やぁああ! イヤ! なにすっ!!」
「お前がやったんだよ、まだでてるぜ、ほら淫乱だなぁ。長旅で溜まってたのか?」
マァムがそれはもう必死で何とか顔を背けようとするので、すっかり頬だけの予定だったのに顔はドロドロになっていた。草や土がところどころに張り付いていて笑える。
「イヤ! イヤよ!」
身体はこんなに火照っているし、素っ裸で、どう考えたって肉欲に負けているのに、声と顔だけは絶対に屈してなかった。
羞恥と未知の快感に真っ赤に染まった頬とうるんだ瞳は決して光を失っちゃいない。
……おめぇは強ェな…マァム。
…………こうなったら意地でも泣かしてやる。
「きゃあ!」
弱々しくも必死で閉じようとする両足をゆっくり割り開いて頭を突っ込む。まだ顔が触れもしてないのにマァムは小さく叫んでさらに顔を真っ赤に染めた。
「やだやだなにすんのよ、そんなとこ、見ないで、いや、ポップ」
涙を溜めた目で必死に嫌々と頭を振るマァムに嗜虐欲を煽られ、おれはそのまま深く頭を下げた。とろとろの水が沸く泉の匂いがむっとする。まるで湿度の高いジャングルにある洞窟かなんかの中のようだ。
「やああぁ、ぁ、ぁ……」
ずるうり。はしたなくスープを啜るような音がした後、諦めたようにマァムの泣き声が続いたので、おれは更に数度にわざと分けて、ことさら大きく、はしたなく、啜り上げる。
「上でも泣いてんのか?よくそんなに水分あるな」
唇を動かしながらじっとり湧き出てくる愛液を吸い上げる度にびく、びくと痙攣する太ももが汗を噴出している。まるで焼けるように熱い肌が音のたびにぎゅうぎゅうと頭を締め付ける。
「いや、いや、もう、やめて、おねがい、ねえ」
掠れるように細く小さな喘ぎ声に混じってまだマァムがそんなことを言う。おれはゆっくり焦らすように頭を上げて彼女の目を見据え、にっこりと笑ってやった。
「ポップ……」
はぁはぁと荒く息をつきながらもほっとしたような顔で俺を涙目で見たマァムの表情が凍る。
おれがじっとり濡れて光る唇からべろんと舌を出して、にんまりしたから。
急に力強く閉じようとする足を無理矢理にこじ開けて顔をねじ込んで、慌てて割り込んできた手を押しのけ、今まで啜っていただけの秘部に舌を強く、勢いよく、走らせる。
「キャアアア!」
差し込み、舐め取り、掬い、ねぶり、舐め、弾き……ゼリービーンズのように尖る突起と物欲しげに蠢くスリットを強く愛撫した。
「ああっ、あ!、あっ、だめ、あぁっ、いやっ」
しゃっくりみたいに途切れ途切れ苦しそうに吐き出される短い拒否にどんどん色がついてゆく。それが面白くて仕方が無かった。
土と草にまみれて、そう、きっとそこらじゅう擦り傷だらけでひどい格好をしているんだろな、夢うつつな調子でおれはそんなことを思っている。
熱に浮かされて、心臓はとんでもなく脈打ってるし顔は真っ赤になってるに決まってる。夜風が過ぎ去るたびに汗をかいた肌が気持ちいいから。
「あぅあ、ひ、あっ…く、あぁあぁ…!」
もう何度目だったっけマァムがいくの……あ、また……
「ヒぃ、いやぁ、あっあっァああー!ぃやぁ!」
びくんびくんと激しく痙攣する舌の這ってる場所と連動するみたいに腰が持ち上がって、暴れる。
ともすれば跳ね回るマァムの手を組み合わせて、指を絡ませて、痙攣する身体を封じ込める。秘唇がひくつくのと同じタイミングで強く強く力を込めるマァムの手が、しっとり柔らかくて、気が遠くなりそう。
「はぁっはぁっはぁっ…ァはぁ」
「……またいったか…ほんとに、よくいく女だな。すけべ。」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…」
「おれの服びしゃびしゃ。胸んとこまで。」
「はぁ、はぁ、はぁ…」
「うわっ……これ、見てみ……」
片手を離して襟首から引っ張り出した物を見て、マァムが息を呑んだ。
滴る乳白色の雫を作っているのは、同じ色の宝石。卒業の証、アバンのしるし。
「アバン先生が泣いてるぜ、自分の愛弟子が無理矢理されてんのに何度もいくから」
その言葉を聞き終わってしばらく呼吸を置いて、マァムが声を上げて泣き出した。何度も何度もしゃくりあげながら、大粒の涙をこぼして、わんわん泣いた。
おれはそれを見ながら、ぼんやりする頭の中でざまぁみろとかやったぜとか、そういうことは思わなかった。
たったひとつぐるぐる回ってたのは
こんなに大泣きしてるのに、なんでこいつおれの手を離さないんだろう
なんて、間抜けなことだった。
マァムが背負った背中でぐったりしているので、おれの背中には柔らかい胸がくっついてて、なんか変な感じ。
しばらくして拓けた場所に出たからマァムを下ろして、ヒャダルコを地面に連発してそこら中を凍らせてまわる。
真ん中には大きな氷の柱を作って、今度はそれをメラゾーマを調節して根気よく溶かす。氷柱を全部溶かし終わったときには、即席の温泉が出来上がっていた。
「ほら立て」
身動き一つしようとしないマァムに肩を貸して、引きずるように服のまま湯の中に一緒に入った。
湯の中で座らせて自分のジャケットと顔を湯で洗う。バンダナなんか端っこがもうがびがびになりかかってやがんの。あーもうめんどくせぇ、頭も洗っちまえ。
しばらくじゃぶじゃぶやってたら、ぼんやり座ってたマァムがいつの間にか隣に居た。
「……?熱かったか?」
滴る髪の向こうの闇色をした女が急に襲い掛かってきた。両手で首をがっちり決めて湯の中に沈めようとする。目にまだ光は戻ってない。どっか遠くにぶっ飛んだ瞳と無表情で首を締めながら湯の中に押し込もうともがいている。
いつもなら一発でおれを気絶させるくらいやってのける女だ、こんなまどろっこしいことをするって事は正気じゃないのか、それとも……
「やめっ…ちょっ!こら、お前マジで、死ぬ、やめろって!」
がぼがぼと湯を叩いて撒き散らすもんだから即席の温泉は土が舞い上がって真っ黒に染まる。何度も湯を飲んだ口の中にじゃりじゃり小石が残っている。
月は無い。本当はマァムがどんな顔してるかなんて星明りだけじゃさっぱりわからない。
だからあそこまで出来たんだ。腰抜けで、虚栄心とお調子ばっかりでほんと自分が嫌になる。後先考えないで、先走って、そんで毎回こういう馬鹿なことになっちまうんだ。
そんなことを考えてる自分がおかしかった。
でもまぁ、こんな死に方も間抜けでダメなおれらしいかもね。