「ミストバーンめえ、誰のおかげでバーン様が無事だったと思ってるんじゃ」  
薄暗い洞窟でザボエラは、独り悪態を吐いていた。  
ハドラーの単細胞からバーン様を救ったのはワシではないか。  
そのワシを信用できないじゃと、よくも言うてくれたものよ。  
ハドラーの最期の猛攻に、風前の灯火であったバーンを救った功。  
ザボエラはバーンパレスに再び自らの席を手に入れたはずであった。  
しかし、ミストバーンの敵意すら感じられる言葉の前に、  
ザボエラはほうほうの体でバーンパレスを後にしたのだ。  
超魔生物の実験場である洞窟の内部には、所狭しと並べられた実験器具や魔道書と共に、  
培養液に浸けられた標本が数多く置かれていた。  
それらが一様に浮かべる苦悶の表情は、 この実験場の主の歪んだ性質を  
窺い知るには十分なものであった。  
主の悪態はまだ続いていた。  
手柄を立てたにもかかわらず、次第に薄らぐ自らの影響力。  
ザボエラは焦っていた。  
部屋の天井の角に据えられた悪魔の目玉の眼が開いたのはその時だった。  
「アバンノ使途ニ不穏ノ動キアリ」  
 
他者の裏をかくことでのし上がってきたザボエラにとって情報は命である。  
その為に魔王軍とは別に独自の情報網を築いていた。  
報告は旧カール王国の破邪の洞窟からであった。  
悪態を吐くのをやめ、しばし瞳に見入る。  
そこにはパプニカ王女を中心とした一行が輪となり、何か呪文を唱える様が映っていた。  
次の瞬間、一行が眩く光り輝く。映像はそこで終わっていた。  
「これは・・・大破邪呪文。」  
痩せても枯れても妖魔司教である。レオナ王女の唱えた呪文が何なのか、  
ザボエラはそれを一目で理解した。そしてそれの意図するところも。  
バーンパレスの機能をあれで止めようというのか。  
「じゃが・・・あの小娘程度の魔力ではバーン様の御力には太刀打ちできまい。」  
そこまで考えてザボエラは一つの結論に辿り着いた。  
五虻星か。策は読めた。後はそれをどう利用して自らの利を得るか、  
ザボエラは暫し沈思した。  
配下の者には、人間どもが潜伏していると思われる、その洞窟付近の諜報を続けさせていた。  
やがてある映像が届けられたとき、ザボエラは満足げな笑みを浮かべた。  
そこには大破邪呪文において、鍵となるであろうアバンの印が光らず、苛立つ魔法使いの  
姿が映し出されていた。「こいつは使えそうじゃわい。」  
薄暗い洞窟内に嗜虐的な笑い声が木霊していた。  
 
 
 
大魔王バーンとの最終決戦を前にして、ポップは独り悩んでいた。  
「先生・・・何で俺のアバンの印だけ光らないんだよ」  
初めはダイと二人きりだった。  
あの頃の自分では、この印に相応しいとはお世辞にも言えないだろう。  
困難と向き合うのを厭っていた。  
しかし、多くの難敵との戦いを制し、ここまで来た。  
ダイは勿論、師と呼べる人との出会いが、そして何よりマァムとの出会いが自分を変えたのだ。  
ポップはそう信じていた。  
しかし、アバンの印は、そんなポップの想いを無視するかのように何の反応も示そうとしない。  
最後の最後に、仲間達との決定的な差が現れた。ポップはそう思った。  
「ちくしょう」  
激情のままに、拳を振り上げ、握り締めたアバンの印を地面に叩きつけようとする。  
できない。悪いのは先生ではない。自分なのだ。  
「魔法使いってのはいつだってクールでなけりゃならねえ」  
師の言葉が頭に響く。  
「そうだ、師匠がいた」  
師匠なら何か知っているかもしれない。そう思うや否やポップは、ルーラを唱えていた。  
 
「師匠ーッ」  
「でかい声ださなくったって、聞こえてるよ。こっちへ来な」  
マトリフが住居としている洞窟の中から返事があった。  
「で・・・どうした?」  
マトリフはベッドに横たわりながらポップに問い掛ける。  
「・・・。」  
ポップは言い出そうとした。が、声にならない。  
これまでの自分が根こそぎ崩れるかもしれない、そんな恐怖にも似た思いが、  
ポップにそれを押し留まらせた。  
「・・・アバンの印か」  
ほんの半刻程の沈黙の後、マトリフが核心を突いてきた。  
「どうしてそれを?」  
「そんな思いつめた顔した挙句、力いっぱいそいつを握り締めてるのを見たら、  
 誰だってわかるさ」  
ポップは堰を切ったように話し出した。全ての事情、自身の想い。  
マトリフは黙って聞いていた。  
全てを聞き終えた後、マトリフが口を開いた。  
「仲間達への想い。おめえはこいつが自分を変えたって言ってるが、  
 そいつは正確じゃないな。おめえの原点はマァムへの想いだ。  
 こいつに正直になって、きっちり決着つけねえ限り  
 その印は光らないだろうよ」  
それだけを言うとマトリフは黙って懐に手をやり、取り出した物をポップに突き出した。  
 
「これは?」  
首飾りだった。  
「マトリフの印、とでも言っとくか。こいつをつけてマァムんとこ行って来い。  
 こいつがきっとお前の気持ちを後押ししてくれる」  
「師匠・・・。」  
良い師に巡り合った。ポップは心からそう思った。  
「でもこれ、趣味悪いぜ?師匠」  
照れ隠しだった。鼻をこすりながら師からそれを受け取り、首にかける。  
その瞬間だった。異変がポップを襲った。たとえようもない苦痛が襲った。  
血液が逆流するような感覚。首飾りから流れ込む悪意その物としか言いようがない何かが  
ポップの自我をすり潰し、引き千切ろうとする。  
必死に抵抗しつつ叫ぶ。  
「がぁぁぁぁッ!し・・・師匠・・・これは!?」  
突如、マトリフの体が煙に包まれる。  
「キーッヒッヒッヒ、馬鹿め。誰が貴様の師匠なんじゃ。この間抜けめえ」  
煙が晴れる。別の男が立っていた。  
「な・・・ザボエラ!?」  
罠だった。ポップは全てを悟った。だが、別の疑問が浮かぶ。  
心身両面を襲う苦痛に絶えつつザボエラに問う。  
「し・・・師匠は・・・どうした、ぐうっ」  
ザボエラが笑みを浮かべる。残酷な笑みだった。  
「ここはヤツの家じゃろ?なのにワシがいる。わからんか?  
 まあ、まだ殺してはおらんよ、ここにおる」  
そう言ってザボエラが取り出したのは、魔法の筒だった。  
「病に冒されとったようじゃが、まあ、ワシには関係ないわい。  
 こやつにも借りがあるでの、後でゆっくり返してもらうとして・・・。  
 お前、他人のこと心配してる場合かの?自分がどうなるか知りたくはないか?」  
 

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