空がどこまでも高く、切ない程に青かったあの日。
大魔王バーンは倒され、勇者ダイは姿を消した。
ダイの剣の宝玉は、主を待つかのように輝き続け、それを希望にダイの捜索が続けられた。
すでに地上は探し尽くしたといってもいい。
しかし、それでも捜索の手はやまず、私たちは各地の伝承をあたり、天界や魔界へ行く方法を探ることになった。
ヒュンケルも、また、戦いで傷ついた体を抱えながらラーハルトと2人、そのために旅立っていった。
彼の体は度重なる戦闘で、すでに無理な旅をできる状態になかったにも関わらずだ。
アバンの使徒の1人として最後の戦いに参加した王女レオナが、自分の国であるパプニカ、それがいやなら、師であるアバンの治めるカールに留まるように説得した。
けれども、平和な日常には身の置き所がないというのが彼の答えだった。
「身の置き所なんて、そこにいるうちに出来ちゃうものよ? 」
レオナが久しぶりに王女と思えない砕けた口調でいったものの彼の意思は変わることがなかった。
私は彼の目を見て
「あまり無理をしないで」とだけいって、ポップとメルルと共に逆の方向へ旅立った。
あれから、一ヶ月が過ぎた。彼のことが男性として好きだったのかは今もわからない。
「おっいたいた!ラーハルトっ! 」
「ポップ随分遅かったな」
「悪りぃ。妙な結界にはいりこんじまったらしく、ルーラが使えなかったんだ」
ここはテランの城。私たちは情報交換を行うために、月に一度、会う約束をしていた。
今日が約束の日。でも、約束の正午を大きくまわり、すでに夕日が城を赤く染め上げていた。
「結界か。期待できそうか? 」
ラーハルトが遅れて駆け寄ってきたメルルに向かっていった。
「遺跡や迷宮が見つかったわけではないのではっきりしたことはいえませんが、……何かある気がします」
ラーハルトの強い視線を避けるようにメルルがその黒目がちな瞳を伏せていった。
代わりにポップが「どうよ? 」とでもいいそうな、得意そうな顔をして、ラーハルトに向き直った。
「そっちはどうだったんだ? 」
「空振りだな。竜の騎士を祀る古い祭壇があっただけだ」
ラーハルトが皮肉げに口の端を引き上げる。
勝ち誇った顔をして何か言い出しそうになったポップを遮るように私はやっと口を開いた。
「そういえばヒュンケルは? 見当たらないようだけど」
「アイツならここには来ていない」
「……なにかあったの? 」
不安がよぎる。
ヒュンケルは不器用過ぎる程まっすぐで仲間のためなら自分を省みない。
そのために何度もあと一歩間違えれば死ぬような大怪我をした。
「いや、気になることがあるらしく1人で調べものをしているだけだ」
ラーハルトはなぜだか小さくため息をついた。
それに反応して、ポップがむっとしているのがわかった。でも、理由がわからない。
「なに怒ってるのよ? 」
「別に怒ってる訳じゃねぇよ…」
「本当ににぶいんですね。マァムさん」
メルルがつぶやいた。
------ あとでメルルが教えてくれたことによると、ヒュンケルを心配する私をポップは何ともいえない顔で見つめていたらしい。
さらに、そのポップの表情を、『たぶん同じような顔』でメルルが見ていたという。
「……きっとわかりやすい三角関係の構図をみて呆れられたんです」
メルルは眉をよせていっていた。
結局、ヒュンケルは遺跡に残されていた書物の内容を調べるために、湖のほとりにある村に直接向かったそうだ。
それを聞いたとき、とてもほっとした。自分でも驚くほどにだ。
彼の強さ、肉体だけでなく精神の強さを信じているから、ヒュンケルには不安を感じないでいる。
そう思っていた。
たとえばアバン先生は、ただの戦闘力という面では私たちより低い。
でも、私たちは先生のことを心配はしても、先生のことで不安にはならない。
ヒュンケルに対してもそのような信頼があった。あったはずだったのに。
「……会いたいな」
会ったらきっと安心できると思う。
この日は、テランの城に泊まることになっていた。
空には満天の星が瞬き、半分の月が柔らかく光っている。
こんなにきれいな夜空だというのに、なんだか私は落ち着かなかった。
「明日もきっと晴れるわね」
不安を振り払うように明るくいった。
「ええ。きれいな夕焼けでしたし」
メルルはゆったりとした長衣を脱ぎながら応えた。
白い綿の夜着を頭からかぶり、その手が裾をひくと、すんなりとした白い足が膝まで布に覆われた。
「マァムさんもいつまでもそんな格好をしていないで。下着姿で窓に側に立つのはよくないですよ」
「そうね。ありがとう」
メルルに差し出された夜着を受け取ると、私は下着の位置を指で引っかけて直し、ようやく服をきた。
私たちの部屋の扉が遠慮がちにノックされたのは、夜もだいぶ更けた頃だ。
「誰? こんな時間に…」
眠りから起こされな不機嫌な口調で、それでも抑えた声で応える。
「俺だ」
「ラーハルト? ちょっと待って」
体を起こし、ベッドから立ち上がろうとする。
と、こちらの動きを察してラーハルトが言った。
「いや、扉は開けなくていい。これを」
すぐにカチャリという固い物が触れあう音が聞こえ、扉の下の隙間から何かが滑りこむ。
「鍵? 」
「悪いが朝まで預かっていてくれ」
踵を返す音が控えめに響いた。
足音はそれっきりだ。しかし気配は遠ざかっていった。
「理由もいわないなんて」
私はベッドから降りると、床に手を伸ばし鍵を拾った。
握りしめると端が手からでるくらいの大きさのそれは、どこかで見覚えがある。
「…妙ですね」
いつから起きていたのかメルルがベッドから身を起こしていった。
「起きてたの…たしかに変よね」
私は再び視線を鍵に落とした。
「いろいろ考えてしまうのはわかりますけど、今日はもう寝た方がいいですよ」
「でも、気になるわ」
「夜に考え事をすると深く考えすぎてしまうものですから。それに…あまりよくない予感がするんです」
暗くてよくわからなかったけれど、メルルは遠くを見るような占い師独特の表情をしていたと思う。
「とにかくもう寝ましょう」
メルルは私を落ち着かせるようにそういった。
----- 冷たい石床を足の裏に感じる。足音を立てないように裸足で歩いているのだ。
城の客間の廊下は絨毯がひかれていたが、階段を1つ下りたところで石床となった。
こそこそとする必要はないのかもしれない。
それでも、メルルの警告を無視したことと、半月が沈むほどの真夜中ということもあって、少し後ろめたい。
この鍵には見覚えがあった。
たぶん記憶を失ったダイを閉じこめていた、この城の地下牢の鍵だ。
なぜ、こんなものをラーハルトは持っていたのだろう。
そしてなぜ、私に預ける必要があったのだろう。
そう考えると、とても寝直せる気分ではなかった。
気がつくとメルルを起こさないようにそっと部屋から出ていた。
こんなことをしなくとも朝になったらラーハルトに直接聞けばいいとも思う。
「でも……」
ラーハルトが私に鍵を預けたのは、なにか意味のあることのような気がするのだ。
地下牢へと続く階段は、他の階段からは独立している。
湿っぽい黴の匂いのするその階段を降りると、そこには人の気配があった。
石壁を叩く音、胃から何かを絞りだすかのようなうめき声に思わず駆け出し、鉄格子の前に行く。
「…ヒュンケル!?」
無骨な鉄格子のすぐ向こうにヒュンケルの姿があった。
松脂の照明の光を受け、赤く染まる銀髪は埃にまみれて光を失い、
唇の端は噛みきったのか黒く血が固まりかけていた。
いつもは強い意志を感じさせる瞳はきつく閉じられている。
「……マァム。な、、ぜ」
彼は荒い息を繰り返しながら、辛そうな声を絞り出す。
そして、ずるずると壁に持たれたまま、立ち上がった。
明らかに様子が変だ。
「待って、いま鍵を開けるから」
あわてているためか上手く鍵がまわならい。
指が震えていた。
怪我をしたヒュンケルをみることは何度かあった。
でも、そんなときもうめき声1つあげず堪えているそぶりも隠す。
そんな人だ。
こんなことは普通じゃない。
「……っ!」
突然、腕をつかまれる。
鉄格子の間からヒュンケルの腕がのびていた。
「…ダメ、だ。開けるな」
顔をあげたヒュンケルとはじめて目が合う。
すさんだ濁った目をしていた。
ギリギリとヒュンケルの手に腕を締め上げられる。
「ヒュンケルっしっかりして! 」
その声に反応するかのようにヒュンケルは、ぐぅと呻き声をあげた。
すぐに私の腕をつかむ力が緩む。
小さくかぶりをふり、苦しそうに私を見る。
「…いいから、すぐにここから立ち去ってくれっ」
「そんな…こんな状態のあなたを放っておけるわけないでしょう!」
その瞬間。
私は強い力で右腕が牢の中へ引きずり込まれた。
引き寄せられ、前のめりになるようにして肩が鉄格子にぶつかる。
「なにを……っ!」
一瞬、何をされたかわからなかった。
とにかく口を塞がれていた。
至近距離にヒュンケルの瞳があった。
ヒュンケルのぬめり、とした舌の動きを唇で感じ、身を捩って逃れようとする。
けれども、逆の手で髪をつかまれ、身動きがとれない。
「……ぅ、」
太くとがらせた舌が唇を押し開くのを感じる。
そのまま、口の中にヒュンケルの舌が押し込まれた。
自分の身に何が起こっているのかわからない。
腕を強く掴まれる感覚。髪を引っ張られる感覚。
唇を塞ぐ体温の感覚。口の中を這い回るなま暖かいざらりとした感覚。
すぐ側で聞こえる息づかい。
でも、それらが何を意味するのかわからない。
そうじゃない。信じられないのだ。
ヒュンケルの舌は強引に唇を割り、口の中を遠慮なしに動きまわってる。
自分の舌は、その舌に押しやられ潰されて上手く息ができない。
流し込まれる唾液に息がつまる。
酸素を求め、それを飲み込んだけど、それでも息苦しさは変わらない。
息を吸うために、身を捩り、顔を離そうとする。
でもそれはできなかった。
ようやく、顔が離れ唇が解放された時には私は膝をつき、床に向かって咳き込んでいた。
腕は固く掴まれたままだ。
へたり込んでしまいそうな体を右腕で引き上げられている。
「なんで…」
ようやく咳がおさまる。でも、それしかいえなかった。
頭上でカチャリと金属音が聞こえ、重く軋んだ音をたてて鉄格子が開いた。
その音に私はヒュンケルを見上げた。
はじめに目がいったのはその髪だった。
光をうつすような銀髪は所々に元の色を残しながらも黒く染まっていた。
額から左目、ほおにかけて、赤い傷跡のような線が浮き出していた。
そして、目を合わせたその瞳が赤かった。
こんな彼をみたことは前に一度あった。
ミストバーンに促され暗黒闘気を飲み込んだ時のヒュンケルと同じだ。
ヒュンケルは、まがまがしい空気を纏い唇を引き上げるような冷笑を浮かべて、こちらを見下ろしていた。
「……お願い正気に戻って!あなたは強い人でしょう? 」
私の言葉に反応するように、ヒュンケルの手がゆっくりとはずされた。
あとから考えれば、この瞬間に逃げ出すべきだったのかもしれない。
「ヒュンケル…」
私が彼の名前を呼んだ瞬間に、たぶん逆の手で首を正面から掴まれていた。
今度は私とヒュンケルの間に鉄格子はなかった。
首を掴まれたまま足をかけられ、私は倒れ込んだ。
背中の鈍い痛みとともに、床に組み伏せられていた。
柔らかい肌の弾力が、マァムの首を掴んだ手のひらを押し返していた。
このまま手に力をこめれば、たわいもなくこの首は折れる。
以前のような力はこの体では出せないが、それでもその程度のことは可能だ。
オレは自分の体の下の少女を見下ろした。
聖女のようだと思っていたこの女は、実に男の欲をかきたてるような体をしていた。
前からマァムのもつ体の豊かな曲線に気がつかなかったわけではない。
今まではそれに気付かないふりをして彼女を神聖視してきた。
しかし。
夜着を盛り上げる胸は、仰向けに横たわっても、その大きさを主張するかのようだ。
マァムが身を捩ろうとするたびに、それは大きく震える。
この情景をみて、この女に支配欲をもたないことは考えられない。
以前と同じ瞳で見ているのが嘘のようだ。
「…ヒュンケル。お願いっ! 」
首を押さえつけられたマァムがか細い声で訴える。
両手は首に絡みついたオレの手を引き剥がそうとしていた。
しかし、それ以上の抵抗はない。
それでも、こちらを見る瞳には強い意志の光があった。
まるでその意志を持ってすれば以前のオレに戻ると信じているようだった。
甘い考えだ。
汚し犯し傷つけることによって、闇に染めればその甘さに気付くのだろうか。
マァムの夜着の裾を空いている手でたくし上げる。
その太ももに目をやると薄闇に白く浮かび上がっていた。
共にバーンと戦っていた時よりも肌色が薄くなった気がする。
しばらく太陽の下に足を晒していないのだろう。
下から大きく撫で上げるように手の平を這わせる。
引き締まったももから豊かな臀部にかけて感触を確かめるように触れた。
柔らかく滑らかな尻の肉を大きく揉み上げる。
マァムが信じられないとでもいうように、大きく目を見開いていた。
オレはそんな様子をみて、小さく笑った。
まだ、これからだ。
オレは服を脱がそうとし、馬乗りのまま首を押さえ込んでいた手を外した。
マァムの喉が、小さく咳き込むように鳴った。
瞬間、マァムの自由にした手が、オレの片耳を塞ぐように固定され、
もう片方の手が逆側の耳を平手打ちするかのように襲った。
鼓膜を破る狙いだ。
とっさに頭を引くと目の前をマァムの手が横切る。
その隙に、マァムはオレの体の下から抜け出そうと身を反転させていた。
「全く生きがいいな……抵抗する気があったとは知らなかった」
低い声が石造りの地下牢に響き渡る。
いつものヒュンケルの声にはない楽しげな声に悲しくなった。
まるで捉えた獲物を弄ぶかのようだと思う。
獲物は私だ。
両手はヒュンケルの手によって頭の上でしっかりと固定され、ぴくりとも動かすことができない。
逃げだそうとして、ヒュンケルの体勢を崩させたものの、あっさり足を掴まれ引き寄せられた。
私の膝はヒュンケルの足で押さえ込まれていた。
そして、目の前にはヒュンケルの顔があった。
至近距離で血を思わせる赤い瞳と目が合う。
見下したようなその瞳に背筋がぞっとした。
「…離して」
「いやならもっと本気で攻撃したらどうだ? 」
喉をならしてヒュンケルが笑う。
「…ヒュンケルの体にそんなことできないわ」
容赦ない攻撃をどうして闘えない体になったヒュンケルに打ち込めるというのだろう。
少なくとも自分のためにそんなことはできない。
「ならば大人しくしているんだな」
「そんなっ! 」
ヒュンケルはただ冷笑を浮かべていた。
マァムの腕を頭の上で固定したまま、片手で夜着を引きあげる。
「やめてっ! あなたはこんなことする人じゃないでしょう? 」
マァムが体の下でわめく。
それを一瞥し、体の下に引き込まれているその服を強引に胸元まで捲る。
すると、呼吸に合わせて上下する胸が露わになった。
白い肌に桜色に色づいた固まりが揺れている。
大きさは男の手のひらにも余るようで、それが重力によって横に流れる様は淫猥だった。
横から包み込むように触れる。
重みを感じさせるそれはひたすらに柔らかい。
ゆっくりと揉むように力を入れると手の平に合わせて大きく歪んだ。
「っ…やめてっ!ヒュンケル! 」
マァムが悲鳴のような声をあげた。
黙らせるため、オレはマァムの唇を自分のそれで塞ぐ。
唇を開かせるようにオレの唇を割り込ませ、舌を押し込む。
すると、せめてもの抵抗のように舌に歯を立てられた。
突然の痛みとともにじんわりと血の味が舌に広がるが、それだけだ。
それでも、マァムは血の味に驚いたように目を見開き、やがて顎の力を抜いた。
マァムの胸を揉みしだいた手のなかで、胸の桜色のかたまりが固くとがりはじめているのがわかった。
軽く指ではじくと、マァムの体がぴくりと震えた。