「蛍はん、この花差し上げます。」  
ブッチョが花を蛍に差し出す。蛍は花を受け取り  
「ありがとう・・・」  
と微笑む蛍。  
「蛍はんはワイの為に泣いてくれた初めての人やから。」  
それを見たヤンチャーが、急いで周りにある花を探して摘む。  
「ほ、蛍、これあげるよ」  
ブッチョとは違う花を手渡すヤンチャー。  
「ヤンチャーはん、ワテが今蛍はんに花プレゼントしたばかりですぜ。」  
「いーだろ。いつだって。大体、俺だって地球で初めて人を信じられるキッカケをくれた人なんだぜ蛍は。」  
喧嘩になる二人。そこに婆やがやってくる。  
「お二方、食事の用意ができておじゃる。喧嘩はその後にしたらよいのでは」  
その迫力に  
「ハイでんがんな」  
「はい」  
婆やの言葉に素直にうなづく二人。  
この風景は桜小路家のあたりまえの姿になりつつある。  
すでにあの戦いから5年の月日が流れていた。  
 
 
桜小路家では、昔から困った人などが相談にくる。  
それは桜小路家にいる感性の強い人物に頼ってくるのだ。  
どうすれば良いのかわからない人々の為の悩み相談室のようなものである。  
ただし、決して表にでてこない知る人ぞ知る悩み相談室だが。  
ある日、初老の男性が桜小路家に相談に来た。  
「桜小路家にはその様な現象を抑えられる力を持っていると伺いました。  
 なんとかこの現象を収めてもらえないでしょうか」  
この人物は村に伝わる封じられた石のことで蛍に相談に来たのであった。  
 
村に封じられた石。伝説では鬼を封じたため、石の近辺では草木一本生えないという。  
その石が地震で割れてしまったのだ。それから村では異常な事態が続いていた。  
夏なのに雪が降ったり、石のあたりが怪しく赤く光ったりという不気味な現象が続いた。  
いつしか、封じた鬼が目覚めたからだと言われるようになった。  
 
話を聞いた蛍。  
「わかりました・・・。」  
「では、早速来ていただけますか?」  
「・・・はい」  
障子をガラっと開けたヤンチャー。  
「俺もいくぜ。」  
「・・・あぶないわ・・・」  
「蛍一人で行かせる方が危ないだろ。絶対一緒にいくからな。」  
困った顔の蛍。何か胸騒ぎがするのだ。  
蛍とヤンチャーはその初老の男性の車に乗った。  
ヤンチャーは心の中でブッチョが婆やの買い物につき合わされていて良かったと思う。  
今日は俺が蛍を守ると心に決めるヤンチャーだった。  
 
 
その石を所につれて来てもらった蛍とヤンチャー。  
その石を見せてもらう蛍。石の間で黒いものが蠢いているように見える。  
ヤンチャーは何か嫌な感じがするが何も見えない。  
黒いものをどうするか・・・。蛍は考える。  
代わりの石を用意するのが確実だが、割れ目を接着させる方が早い。  
接着させた後、しめ縄で結ぶといいと思った。  
問題は接着させるものだ。  
伝説では鬼は豆が苦手とある。  
豆をすり潰して液状にしてもらうよう指示する蛍。  
村の村長がうなずき、それらを手配させる。  
皆が車の所に戻ろうと歩き始めたとき、ヤンチャーの視界に石の中から黒いものが昇ってくるのが見えた。  
「な・・・」  
息を呑むヤンチャー。  
その黒いものはゆるやかに昇っていたが、突如蛍の方に襲いかかってきた。  
「危ない蛍!」  
ヤンチャーは蛍の手を握って一緒によけさせる。  
 
「蛍、下がっていろ」  
ヤンチャーは石から出てきた黒い煙目掛けてもってた鞭を振るおう駆け出した。  
ヤンチャーのたった一つの武器だ。  
「やめて!」  
蛍は叫んだ。  
黒い煙はヤンチャーの手をとおりぬける。そしてヤンチャーの周りを取り囲みはじめた。  
ヤンチャーは黒い煙に鞭を振るっていたが、だんだん気が遠くなっていくのを感じた。  
「ヤンチャー君から離れて」  
蛍は黒い煙に話しかける。  
すると黒い煙は少し蛍の周りに来る。  
「この男を助けたければ封印はしないでくれ・・・しないでくれ・・・」  
いくつもの声が封印するなと蛍には聞こえた。  
「話を聞くからヤンチャー君から離れて・・・」  
黒い煙はヤンチャーから少しずつ離れ始め、蛍の周りに移っていく。  
黒い煙がヤンチャーから完全に離れた時、ヤンチャーは気を失っていた。  
 
 
黒い煙は蛍に語りかける。  
黒い煙は元は人間であった。  
正確に言えば元人間たちの集まりであるが、完全な魂ではない。  
人々が吐き出す陰の感情が少しずつ集まってできたものが黒い煙であった。  
苦しさ、妬み、憎しみ、恨み、悲しみ・・・それらの感情が渦巻いていた飢饉や戦。  
散らばっていたそれらがいつしか一つにかたまったのだ。  
いくら封じようと人々がそれらを吐き出す限り黒い煙は消えない。  
しかしずっとこの暗い中で暗い思いを抱えるのはいやなのだと。  
「成仏させてほしい・・・成仏・・・悲しいのはいやだ・・・成仏のしかたがわからない・・・」  
「プラネットエナジー解放点の近くにいくの・・・」  
厳光寺のプラネットエナジー解放点の近くにいけば、苦しむ魂が癒されると蛍は思った。  
「場所がわからない・・・我等をそこに連れて行け・・・。早くしろ・・・」  
黒い煙がそういった。だんだん気分が悪くなってくる蛍。  
「我等は陰の気の集まりだ・・・並の人ではもたんぞ・・・早くしろ・・・」  
 
ヤンチャーは今、目覚めた。黒い煙が蛍の周りをおおっているのを見る。  
「蛍!」  
蛍のそばに走ってくる。それを見た蛍  
「黒い煙・・・他の人に手出しはしないで・・・」  
蛍のそばに来たヤンチャーは手を握り黒い煙から引き剥がそうとする。  
その時、何故か蛍とヤンチャーの意識がシンクロした。  
ヤンチャーは蛍の置かれてる状況を瞬時に理解した。  
「厳光寺に連れて行ってくれ。急いで!」  
ヤンチャーは市長達に向かって叫ぶ。  
それを見た蛍は苦しそうな表情の中微かに笑みを見せ、ヤンチャーの腕の中で気を失った。  
「まかせてくれ。蛍。」  
ヤンチャーは蛍を抱えて車の方へ走っていく。  
市長達は黒い煙に囲まれている蛍とヤンチャーを見て気味悪がったが、車に二人を乗せて厳光寺に急いで向かった。  
 
 
厳光寺についた蛍とヤンチャー達。  
車から蛍を抱えながら降りるヤンチャー。  
「オイ、黒い煙、ここが厳光寺だ。蛍から離れてさっさと成仏しちまえ!」  
黒い煙がじょじょに蛍の所から離れていく。  
寺の周りを浮遊しているようだ。黒い煙がだんだん薄く分散していく。  
風が黒い煙を舞わせはじめる。  
黒い煙はだんだん緑色に、そして黄色に変わっていった。  
最後には透明になって消えていった。  
「成仏したのでしょうか?」  
村長がヤンチャーに問う。  
「多分な。蛍、成仏したぞ!蛍?」  
蛍は目覚めない。ヤンチャーの腕の中でぐったりしたままだ。  
「お前らは帰っていいぞ。厳光寺はプラネットエナジー解放点なんだ。蛍が目覚めるには時間が必要なのかもしれない」  
「あなたはどうするのです?」  
「蛍が目覚めるまで傍についてる。」  
ヤンチャーはそういってお堂の中に蛍を連れて行った。  
 
 
暗いお堂の中でどれ位時間がたったのか。  
厳光寺の阿弥陀如来像は静かに二人を見つめている。  
目覚めない蛍の体温はすこし冷たい気がする。  
でも蛍の心の臓はとくん、とくんとなっていた。  
蛍の鼓動に耳を傾けているとヤンチャー自身の心臓と同じリズムになっていくような気がした。  
蛍の眠っている顔にヤンチャーは顔を近づける。  
ヤンチャーは蛍の唇にそっと口付けた。蛍の髪からほのかにシャンプーの匂いがする。  
蛍の両の目のまぶたが微かに動き出す。  
目覚めた蛍はまっすぐにヤンチャーを見つめた。  
「あの黒い煙は?」  
「成仏したみたいだ。みんな消えちまったぜ。安心しろ」  
「良かった・・・」  
ほっとする蛍。  
「ヤンチャー君、ありがとう・・・」  
にっこり笑う蛍。テレながらニッと笑うヤンチャー。  
「そういえば、初めて蛍が俺にかけた言葉もありがとうだったな」  
「そうね・・・」  
あれから5年、懐かしそうな表情の蛍にヤンチャーはつばをごくんとのみこんだ。  
「あ、あのさ蛍、話があるんだ・・・」  
「何?」  
「オ、俺の星ではキスをすると結婚の約束をしたことになるんだ」  
「じゃあ、ヤンチャー君は香坂さんと結婚するの?」  
「なっなんで!?」  
「小6の時・・・」  
「あれは事故で俺の意思じゃないぞ」  
「・・・」  
「俺の意思でキスした人が別にいるんだ。」  
「誰?」  
「蛍だよ・・・」  
目を見開く蛍。  
「蛍が目覚めなかった時、一度キスしたんだ。つまり・・・」  
ヤンチャーをじっとみつめる蛍。  
「俺は星を亡くした人間だ。絶望や挫折色々なことがあった。でもたった一つの真実があるんだ。  
 俺の中には今でも鮮やかに亡くなった星がある。蛍の傍にいると蛍の中にも地球の息吹が感じられるんだ。  
 だから未来は蛍おまえと生きていきたい。」  
真剣な目で蛍を見つめるヤンチャー。  
「答えは今すぐでなくていい。考えてくれ」  
ヤンチャーは蛍の手を握って  
「帰ろう」  
といった。  
歩き出す二人。だが蛍はさっきまで気絶していたため足が縺れてしまう。  
とっさに蛍をかばうヤンチャー。至近距離にいる二人の目が交差する。  
ヤンチャーは固まっている蛍にそっと口付ける。  
「蛍、まだ歩けないみたいだから俺が連れて行くよ」  
蛍を背中に背負うヤンチャー。  
しばし無言の二人。  
二人の心臓の音がじょじょに重なりあっていく。  
「そうだ蛍、蛍のファーストキスって俺?」  
「え・・・」  
ヤンチャーは背中にいる蛍の鼓動が少し早くなったのを感じて笑った。  
きっと蛍はいま顔が赤くなっているんだろうな・・・  
そう思ったのだ。その表情が見れないのが残念だけど。  
 
満天の星が二人の夜道を明るく照らしていた。  
                         終わり  
 
 

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