戦いは終わり、地球は間一髪のところで危機を救われた。  
平和の戻った街に星史の姿があった。しかし、星史の顔には笑顔が無かった。  
破壊の爪痕が色濃く残る街並み―  
親を亡くし、路頭の隅で泣きじゃくる子供―  
“平和”とは程遠い無情な現実がそこにあった。  
いたたまれなくなり家に帰ろうとする。その途中にある交番を覗いて見るも、そこには白と黒のパトカーが1台ある。  
この前までは、白と青のパトカー―すなわち、ダ・ガーンの仮の姿があったのだが、  
最後の戦いでそのボディが大破されてしまい、あの後、廃車として処理されてしまったのだ。  
 
夜、一人っきりの夕食。両親とも、それぞれの仕事に忙殺されてここ1週間は全く家に帰ってない。  
父・光一郎は先の戦いでの防衛機構軍の大幅な戦力消耗の後処理に追われており、  
『アフリカ、アマゾンで発生した大規模な地震による犠牲者は2万人に達しており…』  
母・美鈴も、テレビの向こうから先の戦いによる世界各地での被害状況を伝えている。  
やりきれない表情でテレビの向こうにいる母を向かい合うと、星史はたまらずリモコンのスイッチでテレビを消した。  
右を見ても、左を向いても、厳しい現実や痛ましい爪痕ばかりしか無く、無力感や孤独感を一層煽っていく。  
「……冗談じゃない……。こんなことのために、俺は命を賭けて地球を守ったはずじゃないのに……  
俺は……俺は何のために戦ったんだよ……教えてくれ、ダ・ガーン!!」  
リビングで立ち尽くしながら、共に戦い、今は永遠の眠りについた勇者に向けて、星史は苦悩の思いを叫ぶ。  
 
 
翌朝、星史は浮かない顔で学校に登校してきた。力の無い足取りで廊下を歩いている。  
教室まであとわずかのところまで来ると、  
「……高杉君」  
後ろから、自分の名を呼ぶ少女の声が聞こえてきた。ふり向くと、螢が柔らかな笑みを浮かべて星史を見た。  
「……おはよう……」  
「……よぉ……」  
笑顔であいさつしてくる螢に、星史は元気の無い声でそう答えると、先に教室に入った。  
その後ろ姿に、螢は寂しそうな視線を向ける。  
朝のホームルームが始まるまでの間、星史はぼんやりと窓の外を見ていた。  
そこへ、螢がそっと脇から入り込んできた。横から見つめてくる螢に気付くと、星史は螢の方を向いた。  
「高杉君……このところ、元気が無いけど……」  
憂いに満ちた表情で、螢は星史にそう話しかけてくる。  
「べ、別にお前には関係ないだろ!!」  
螢の言葉に、星史は一瞬慌てながらも反論した。しかし螢は、星史をしっかりと見つめたまま離そうとしない。  
自分を真っ直ぐに見つめる螢の澄んだ瞳に、星史は気まずい顔で黙ってうなずく。  
すると、螢がゆっくりと口を開き、星史に言ってきた。  
「……高杉君……学校が終わったら……一緒に付き合って欲しいの……」  
「え?」  
「どうしても、連れて行きたいところがあるの……」  
そう言うと、螢は星史の前から去り、自分の席に着いた。  
星史はいまいち意味が理解できないといった様子で、その場に突っ立ったまま、席に着く螢を見ていた。  
 
放課後、星史と螢は街外れの野道を歩いていた。  
そこは街からそれほど離れておらず、また、開発するメリットが無いのか、未だ手付かずの自然が残されている。  
土地勘のある者なら、余程のことでもない限り難なく行き来し、迷うことはない。  
「なぁ、螢。一体、どこまで行くつもりなんだ!?」  
星史がうんざりした様子で、横にいる螢に話しかけてくる。  
すると、螢は哀しげな顔を浮かべて、その場で立ち止まった。そして、前を真っ直ぐに見つめたまま話し出した。  
「……あなたは無力感に苛まれている。  
地球そのものを守ることができても、そこに生きる生命を救えず、大地が破壊し尽くされているのを、黙って見るしかできない。  
……それに、自分の痛みをわかってくれる人を見い出すことができないでいる……」  
感情を押し殺すように、淡々と言ってくる螢に、星史は表情を険しくしていく。  
「おい、螢!俺に説教するためだけに、こんなところまで連れて来たって言うのかよ!!」  
螢に怒りの言葉をぶつけると、星史はその足で野道を引き返そうとした。  
ただでさえ何も報われない無力感に苛立ち、その上、螢にさえ追い討ちをかけられ、星史の精神は限界に達しようとした。  
だが、螢の白く細い手が、引き返そうとする星史の腕を引きとめた。  
 
「……待って、どうしても見てもらいたいものがあるの……」  
星史がふり向くと、螢はすがるような眼差しでそう言った。  
螢が向こうに目をやると、そこには1本の大木があった。10メートルはあろう大木の幹には、鳥の巣がのっかかってあった。  
そこへ1羽の鳥が着くと、巣の中から3羽の雛が一斉に顔を出してきた。  
親鳥は雛たちにくちばしを向けると、そこから雛たちに餌をやった。  
螢と共に、星史もこのほほえましい光景をじっと見ていた。  
「この雛たちは、あの戦いの最中に産まれたの。  
全ての生命が祈りを捧げる中、親鳥も祈りを捧げながら、自らが育む生命を産もうと必死だった……」  
螢が星史に親鳥と雛たちについて話すと、茂みの向こうから野ウサギが出てきて、星史の足元に寄ってきた。  
「……この子、あなたにありがとうって言ってるわ」  
螢は笑顔でそう言った。そして、その笑顔を木の下にある猫に向ける。猫は生まれて間もない子猫に乳を与えている。  
「奪われた命もあった……押し付けられた哀しみもあった……でも、守れた命もあった。  
あなたが命を賭けてこの地球を守ってくれたおかげで、この子たちは今日も平和に生きて、  
また、新しい生命を産み出していった」  
柔らかな微笑をもって言ってくる螢のこの言葉に、星史はハッとなった。  
そして、螢が自分をここに連れてきた意味をやっと理解することができた。  
「……あなたの思いは決して無駄なんかじゃなかったわ。地球を守る思いは、この小さな生命を借りて実を結んでいる。  
そして、これから先も、芽となり、喜びとなり、また、新たな生命となって、この星に救いを…未来をもたらしてくれる……」  
螢と真っ直ぐに向かい合いながら、彼女の話を黙って聞くと、ふとその目に、地の中から出てきた2,3の新芽が映った。  
「あなたは……決して無力でも、孤独でもない……」  
そう言って、自らの言葉を〆ると、螢は星史の異変に気付いた。重い表情でうつむくと、その目から大粒の涙をこぼしてきた。  
「……俺の戦い……俺の気持ちは……無駄じゃなかったんだ……」  
心配そうな顔を見せる螢に、星史はまるで独り言のように、泣き出したいのを必死に押さえながら言ってきた。  
すると、螢はそっと星史に近付くと、その身を優しく抱き締めた。  
「……高杉君……あなたはひとりじゃない……大事に思ってくれる人が、きっとそばにいるから……」  
自分をそっと抱き締めるか細い体から出てくる優しく心地よい香りと、やはり優しく聞こえてくる言葉に、  
星史はようやく泣くのをやめ、顔を上げる。  
「……ありがとう……螢……」  
力はこもってないが、精一杯の感謝の気持ちを込めて、星史は螢にそう言ってくる。  
 

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