「…なんじゃ、随分乱暴な運転じゃの。誰かさんのマネでもしておるのか」
屋敷の外で唸りを上げるエンジン音が止まるのを確認し、ギルモア博士はため息をつく。
「…博士」
「ああ、イワン心配するな。怒ったりはせん。しかし…今日はえらく帰りが遅かったのう」
溜息をこぼしながら博士は壁の時計をちらりと見やった。
「…フランソワーズ、お帰り。その…今からお風呂かね?」
浴室の扉越しに博士が声をかける。しばらくの沈黙の後、フランソワーズの声が返ってきた。
「…ただいま戻りました博士」
「あ、お前の行動までどうこういうつもりはないが、あんまり遅いんで心配したぞ」
「…すみません、もう公演まで日にちがなくて…練習スケジュールがタイトなんです」
「ああ、気にするな。ちゃんと帰ってくればそれでいい。悪いがワシは先に休ませてもらう。イワンの世話なら心配するな。お前もはやく休みなさい。じゃあな、おやすみ」
「すみません、博士…おやすみなさい…」
自分の姿を見ることができなかったせいか、博士は何度も振り返っている。
(…はやくお部屋に戻って!あっちに行って!)
持てる視聴覚のすべてを活かし耳をすませて、博士の後を追う。フランソワーズの瞳には涙が滲んでいた。
島村ジョーは、インターホンのチャイムに起された。
「…誰だよ、こんな朝から…うるっさいなあっ…」
男の一人暮しほどがさつなものはない。たいして物がなくても部屋の中はあれこれ散らかっている。飲み干してつぶしたビールの缶が所狭しところがっている。テーブルの上にはつまみとスナック菓子の残骸。それと空にした弁当のパッケージ。
訪ねてくる人なんているもんか…集金かなにかの勧誘か、ふらつく頭をジョーは起きあがりながらおさえる。
「…おちっ…ボクの人工胃が分解できていないんだ…飲みすぎだね」
もっともみかけ未成年の自分が飲酒とあればいくら実年齢はとっくの昔に成人していても、普通に生きている世間一般の皆様は納得してはくれないだろう。
いつ洗濯したか思い出せないほど毎日はいているGパンに面倒くさそうに足を通す。チャイムの音がまた鳴った。仕方なく玄関に向う。
「…はいはい、今出ます」
あくびをしながら覗き窓で来訪者を確認する。そこには意外な知人が立っていた。
「…ギルモア博士…」
「ふむ…お前、本業の仕事のほうが忙しいんじゃなかったか」
応接のソファに博士は座り、顔をしかめながら周囲を見まわしている。博士の膝の上にはイワンがおさまっていた。
珍しい来客にソファをすすめ、ジョーは急いでゴミを集める。ベッドの周りとキッチンを往復し、右往左往しながらジョーは博士にすすめるコーヒーの用意をする。
「…しばらく研究所に顔は出せんほど忙しいと…今まで寝ておったのか」
「…たまには夜のつきあいってのもありますよ。スポンサーあっての仕事ですから」
キッチンで返事をするジョーを横目で睨みながら博士が不審そうに声をかける。
「お前はみかけでは酒のつきあいなどできんだろうが」
黙ってジョーはマグカップを博士の前にすすめた。
「博士、コーヒーです」
「ああ、すまん…ところでお湯を沸かしてくれんか…イワンのミルクもつくってやりたい…」
「はい」
ジョーはそのままキッチンに戻る。
「いや、イワンがたまには張々湖の店で杏仁豆腐が食べたいと言い出してな、お前に車を出してほしいといってきかんのじゃ」
博士はイワンを抱き上げると高い高いをして見せた。キッチンに立つジョーにイワンがカウンター越しに見える。
「イワンが?」
「お前は家にいるからといってな…ワシは留守だとばかり思っていたが…超能力を持つこの子がいうなら間違いはなかろうとは思ったがの…」
突然ジョーの脳内無線にイワンの声が入ってきた。
「コノ間ハゴ愁傷様…彼女トべっどいんデキナクテ」
イワンの交信に、ジョーは素っ頓狂な声を上げた。
「なっ…ななっ!」
あわてふためくジョーに驚き博士がジョーを見る。無言で博士に背を向けて屈む。わざと音を立てて意味もなくゴミの袋を整える。イワンが続いて交信してくる。
「…君ニダケ話シカケテイル。君モソウシテクレタマエ…残念ダッタヨ。僕モ起キテイタシネ。君達ニハ幸セニナッテモライタイ…」
「かっ…からかうなっ!起きてたなら知ってるだろう、彼女は拒絶した…」
肩を落としうなだれるジョーに構わずイワンは交信してくる。
「君ハ過去ニコダワルカイ…違ウネ。僕ノ見タトコロドンナニ荒ンダ境遇ニオイテモ優シサを失ワナカッタ君ダ。オソラク彼女ヲ救エルノハ君ダケダ。僕ノ超能力ヨリ、君ノソノ彼女ヲ想ウ気持チ…君ノ協力ガ不可欠ダ」
ゴミ袋を揺すっていたジョーの手が止まる。
「…イワン、なにをいってる?」
ただならぬ雰囲気を持つイワンの交信に、博士の声が遠くなる。
「トニカク僕ノイウトオリニシテホシイ。後の話ハ道スガラ説明スル…」
呆然としているジョーにためらいがちな博士の声がかかる。
「あー、最近フランソワーズがよく出かけていくんじゃ…バレエの公演が近いから練習が多いらしく仕方がないのはわかるんじゃが、帰りが遅くて心配での…ジョーよ、空いている時だけでいい。お前が車を出してやれんかの…」
ラッシュアワーから外れた乗客のまばらな電車の中…電車は日本の首都を目指す。
ひとりの外国人が座っている。彼女の頭上の棚には大きなレッスンバッグが載せられていた。
彼女の名前はフランソワーズ・アルヌール、日本で暮らすフランス人だ。
海のそばのギルモア研究所に居を構え、普段はバレエのレッスンに余念がない。そう、彼女はバレリーナ。どこのバレエ団でもプリマドンナをつとめられるほどの実力の持ち主だ。
ただ並大抵の人間には信じられない理由から人目を避けて生きている。
「…迂闊だったわ…このアタシが生身の人間相手に…」
周りには聞こえないほどの小さな呟き。澄んだ瞳が潤む。着込んだスプリングコートの丈から白くて長い、ほっそりとした足が伸びている。
反対側に席を陣取っている若い男が鼻を伸ばして組んだ足を覗きこんでいる。肉付きの良い脚線美。男性にはうれしい露出度だ。しかし彼女は絡みつく視線を気にしない。コートの襟を破れそうなくらいに握り締め、わなわなと震えていた。
「…なんとしても解決しなければ…アタシひとりで…誰にも話せない…」
苦悶に満ちた表情を浮かべて彼女は目を閉じた。
電車に揺られると吐き出したくなるほどの悪寒に襲われた。本当は行きたくない!
「…卑怯者!」
思い出したくもない悪夢だった。しかし現実に起きたことなのだ。日常の平和な生活に慣れ過ぎていたのかもしれない。気に掛かることがあって注意力が散漫になっていた…どんなに後悔しても過去に起きた事実は消えない。
「…助けて…ジョー…」
あのとき、あの男の誘いを振り切って一緒に帰っていればよかったのだ。車を出せないと電話をよこしながら、彼は迎えに来てくれていた。
(…そもそもあの一件さえなければ…)
自分を求めてきた彼を拒絶した。その理由もまた…。忌まわしい記憶がいつまでも自分を縛る。
(男ってどうして力で思いのままにしようとするの!このままではいけない、このままでは…!)
長い乗車時間は、否応なく、悲惨な記憶を呼び起こす。
「ああ、これは船長(キャプテン)、俺達は運がありやしたね。機械の組み込まれる実験材料がスケなんて。女を基地まで運ぶ役目なんて」
部屋に入ってきた男をいやらしい下品な笑い声が迎えた。
「美少女とはいえ、ひりだすものは同じですぁ。ご覧になります?もう匂うこと」
どっと野卑な歓声があがった。
フタの付いたホウロウ製のおまるをひとりの男が指し示す。男は首を横に振る。
「…その趣味はない。入港準備にはいれ。…最後の“しめ”は私だ。最初と最後はお嬢さんを運んだ船の責任者との交歓会だ。別れが惜しいなあ」
扉から船長と呼ばれた男が近付く。背筋が寒くなった。
「…こちとら眺めさせてくださいよ。もう、騒いだりもしませんぜ」
「入れ替わり立ち替わり、乗員全員のチンポを咥え込んだんだあ」
「でもすんげぇいい女だった…世慣れてなくてねぇ」
下劣な嘲りが彼女の心までも切り裂く。体はすでに弄ばれ尽くされていた。後ろ手に縛らた無残な姿で少女はベッドに横たわっていた。誘拐されて気がついたときはここにいた。目覚めても名前を名乗ることはない。寝食を惜しんで、この男たちはフランソワーズを暴行し続けた。
「…いや…」
それでも残された力を使い、けんめいに逃げようとあとずさる。
「…いやはないだろう、お嬢さんが初めて知った男はこの私ではないか」
男は歩み寄りながらすでにズボンのファスナーをおろし邪悪な肉欲の塊をそそり立たせていた。屈強な男の両手が彼女の細い足首をそれぞれ乱暴に掴む。
「いやあああああーっ!」
フランソワーズは悲鳴を上げる。持てる力を振り絞って体を揺すり抵抗した。しかし、彼女の渾身の反抗も男には通用しない。男はいとも簡単に彼女の両足を左右に開かせる。
「…いやあああッ」
彼女の叫びにも動じず、自分の側へぐいと引き寄せる。
「俺を手始めに随分とかわいがってもらったようだな…お嬢さんはもうきつくて、締まりがよくて最高だったよ。シャバの処女が抱けたなんてもう一生かかってもないかもしれん…ふんっ!」
男によって強引に晒された目の前の秘密の裂け目。男はほくそ笑むと愛撫もなにも施さず、立ったままでペニスを突き立てる。
「ああっ!あああっ!…アッアッアアアーッ!」
つんざくような悲鳴に容赦ない野次がとんだ。
「オゥオゥ、今さら痛がって見せるなよ安っぽい芝居だ」
「演技が上手だねぇ、お嬢ちゃん」
指笛を吹き、下品な笑い声が立つ。誰も部屋から出ていこうとはしない。男の腰の動きに合わせて、部屋の雰囲気が盛り上がる。
「やっ…イヤ!あっ!ああっ!」
男を払いのけようと必死に体を揺するが何の効果もなかった。体の中に焼きごてがめり込んでくるような激痛だった。灼熱の棍棒が内側をえぐる。
「くはあーっ!たまんねえ、すんげえ締め付けだ!お嬢さんは名器だ、間違いない!」
息を弾ませ、男がうめく。凶悪な分身をすべて彼女の体の中に潜りこませると、乱暴に腰を揺すった。肉と肉が擦られ辺りにべちゃべちゃと音が立つ。
「アアッ!イヤ!アアアッ!やっ!やめて!やめてええっ!」
突かれる衝撃を受けるたびに体をがくがくと揺すらせながらフランソワーズが泣き叫ぶ。
「ところで船長!その女これからどうなるんですぁ?」
夢中でフランソワーズを犯し続ける男に声がかかった。彼女の下の世話をしていた変態趣味の男だった。
縛られて監禁されていた彼女にも食事は与えられた。
当然起こる人間の生理現象…この男たちは排泄行為すら、彼女の自由にさせなかった。スカトロジー趣味のこの男は、とびあがって喜びながら、おまるの中の汚物に指を差し込み、匂いを嗅いでは指をしゃぶっていた。
体の自由の利かない彼女の口に無理矢理彼女の汚物にまみれた己の指をねじ込んだりもした…彼女のアナルにも耐え難い苦痛を与え続けていた。
「…さあな。私もよく知らん。ただ体を機械に取り替えるらしい」
この男はことあるたびにこの発言を繰り返す…それがどういうことか、自分にはさっぱりわからない。苦悶の悲鳴をあげるフランソワーズに構わず、怪物達の下劣な会話は続く。
「それじゃアソコはどうなっちまうんで?せっかく具合がいいのに」
「おっぱいだってプルプルですよ」
「ひりだすほうはどうなるんでぇ、あの引き締まった菊の花がなくなっちまうんすか?」
ゲラゲラと笑い声がたつ。
「しらん、改造人間の計画の詳細は私にはわからんっ…ひとついえるのはこのお嬢さんに男女の愉しみを教えてあげられたってことだな…まともな人間のあいだによおっ!それそれ、時間がない!不本意だがラストスパートだあっ!」
男は叫ぶと、フランソワーズの腰を引き掴んだ。やっと自由になった両足で男を蹴りとばす。しかし突きたてられた男根と繋がってしまっている部分を引き剥がすには、あまりにも彼女は非力すぎた。
「きゃあああああっ!やっ!いやっ!いやあああああ!」
男は腰を揺らす速度を増していく。彼女の体も同調して激しく動く。
「このスケ、腰を揺すってよがってますぜ」
「かまうなかまうな!いけいけいけえっ!」
猛獣の怒号と歓声が部屋にこだました。その下品な騒音が悲痛な彼女の悲鳴を掻き消してしまう。
「とおりゃあああ」
男は勝どきの叫びをあげた。周囲の悪魔もそれにこたえる。男をたたえ歓呼と賞賛の嵐を惜しまない。口笛と指笛で囃し立てる。
男は己ひとり絶頂を味わい、欲望のたけをフランソワーズの体の中に放つ。
「いやあああああああっ!」
熱く忌まわしい液体が子宮にまで降り注ぐ。いったい何度、この名前も知らないゲスな男たちの精液を注がれたのか…。
子宮はおろか、アヌスに、口に、顔…体じゅうが素性の知れない男たちの精液にまみれてしまった。
もし妊娠したら、未知の恐怖で絶望に苛まれた。
「心配しなくても機械の体になっちまうんだ…」
ぐったりとして身動きひとつ出来ない彼女に、吐き捨てるように
つぶやいて男はようやく彼女から見を引き剥がす。
ペニスを引き抜いた彼女の女陰から精液が逆流して溢れた。
彼女の白い股間のマットにおぞましい沁みをつくる。
辺りには生臭い匂いがたちこめていた。
「よかったぜ…もう会う事はないだろうな、お嬢さん」
男はすばやく身支度をすませると、きびすを返した。
「大サービスだ。お湯を使え。きれいに体をふいてやれ。ちゃんと残してあるんだろうな。丁寧に服を着せてやれよ…乱暴されたと怪しまれんようにな」
「はい、そりゃあ念入りに」
ピクリとも反応しない彼女に野卑な笑いを浮かべて命令を受けた例のスカトロ趣味の男が腕を掴んだ…。
「さあさキレイにしておべべを着せてあげますよ」
電車の振動がフランソワーズをかろうじて現実に呼び戻す。
(博士は気がついたのかしら?)
きわどい箇所まで皮膚は人工のものに取り替えられたはずだ。
(脱走して、落ちついてからひととおり自分たちの体についての説明があった。博士はそれらしきことは何もおっしゃらなかった)
生殖器は生身のもとだと聞かされたときは心底怯えた。数ヶ月は体の変化に気を配った。
(…博士にセックスは可能だが、妊娠の可能性については博士にもわからないと)
大きな鼻を真っ赤にふくらませて博士は何度も詫びた。今も詫び続けている。
(アタシ…あれからセックスしていなかったんだ…)
いつぞやの事件、ジョーと自分の子孫を名乗る男と遭遇してから皆の、博士の、そしてジョーの態度が変わった。
(皆は…ジョーは明るい希望だと受け取ってくれたけど、アタシも両想いなるのうれしいけど)
フランソワーズは目を閉じた。
(今はまだ話したくない…知られなくてすむのならそうしたい…)
あの日研究所で求めてきた彼を拒絶した。 あれ以来彼とは会っていない。“あの”日、見かけただけで、声もかけることもなく…!
(彼はアタシを嫌いになったかしら?頑なすぎる?それに今となっては…今の問題をなんとかしないと…)
彼女は口元をきつく真一文字に絞ると顔を両手で覆った。
都内のとある閑静な住宅街。豪邸が優雅にそれぞれ場所を構え立ち並んでいる。
フランソワーズは4階建ての近代的な造りの家を訪れていた。
人知を超えて強化された彼女の耳にはピアノの演奏が聞こえ、けんめいにレッスンに励む少女達の姿がありありと見えている。
(みんな先生の表向きの顔しか知らない)
彼女は扉の前で立ち止まる。がくがくと足が震えた。
この家の持ち主はフランソワーズがレッスン生として通っているバレエ団の振付師だ。ここは自宅兼教室になっている。芸能プロダクションも経営しているという。
一介のレッスン生として別な会場の教室に通っていた彼女の実力をすぐに認め、今度の公演の主役に抜擢した。
そこまでならよかった。日本で暮らす彼女のありふれた日常生活の一部だった。
(アタシをプリマに選んだのはここに連れ込むためだった…)
フランソワーズがここを訪れたのは二度めになる。…最初に訪れたのは、彼女の本意ではなかった。忌まわしい記憶にチャイムにのばした腕がすくみ止まりそうになる。
(帰りたい…でも、行かなければ…なんとかしなければ。なんとかするために今日はここへ来たのよ!大丈夫。今日はまともだわ、がんばって!)
自らを絶えず励ましながら息を整える。
賑やかな教室の明るいざわめきが、容赦なく彼女の耳に入る。
(この子たちのためにも…これ以上被害者を増やしてはいけない!)
「いらっしゃいませ、今日はご見学の方ですか?」
受付の女性が明るく話しかけてくる。外国人の訪問者に興味のある様子だ。
「いえ、レッスンに来たんです」
日本語で淡々とこたえるフランソワーズに、すこし困惑の表情を一瞬浮かべながら明るくそしてやんわりと女性は説明する。
「他の教室の生徒さんですか?今日のこの時間はクラシックバレエのジュニアクラスなんですけど」
「…ああ、アルヌール君いらっしゃい」
(いたわね…卑怯者!)
アコーディオンカーテンの後ろから男が顔を出す。もちろん彼女にはとうに見えていた。
殺してやりたいほどの衝動にフランソワーズはかられる。憎悪と同時に激しい悪寒に息が止まりそうだった。
かろうじて殺意を抑えて鋭い一瞥を男に送る。
「先生」
「ああ、この子はいいんだ。私が呼んだ。今度の公演のオーロラ姫だよ」
「そうですか。それは失礼しました。すごく上手なんですってね…私もここで見られるなんて楽しみです」
「いえ」
はしゃぐ彼女を尻目に冷静さを保とうと必死だ。先生と呼ばれる男はにこやかに笑っている。
「私はここにいるから、アルヌール君をスタッフルームに案内してくれ。そこのロッカーを使ってもらおう」
「はい、ああこのまま奥へどうぞ」
女性に促されて荷物を抱えたフランソワーズはカウンターの中に入る。すれ違いざまに先生が彼女の肩に手を置いて囁いた。
「よく来てくれた…今夜は記念すべき初仕事だよ…」
無言でフランソワーズは男の傍を通り抜けた。
カーテンの奥の部屋はデスクが置かれ、上にパソコンと電話機が載せてある。
「奥に扉があります。あのお部屋で着替えてください。ロッカーがあるんです。ああ、トイレはこっち」
女性の案内を受け、彼女の後に続きながらフランソワーズは周囲に気を配る。
「さあどうぞ」
女性がドアを開け明かりをつけた。
(イヤだわ、この部屋は隠しカメラが壁に仕込んである…)
スタッフの女性の着替えをあの男はいつも覗いているのだ。嫌悪感で思わず口元が歪む。
「今日ここに出入りするのは私だけですからどうぞご自由に…」
「どうも」
そつなく返事を返しながら彼女は耳と目を澄ます。
(一階の構造はわかってる…二階のオフィスは…“例”の仕事は自宅?上の階?)
「本当にキレイな方ですね…それにその脚」
「えっ…はぁ」
フランソワーズのとってつけたような返事をスタッフの女性は気にしない。
「ほっそりしてるけど…筋肉がすごぉい。先生の目にとまるはずです。私もいちおうここで生徒さんを教えているんですが…こんないい脚そんなに見たことない…あこがれちゃうな」
うっとりとして女性はフランソワーズのコートの裾からのびた両足を眺めている。
「ど、どうも」
同性とはいえコートの丈は短めだ。太股の半分くらいしか隠せていない。気恥ずかしくなって思わず顔が赤くなった。
「ところで…先生の振付の解釈ってエッチでしょ?驚きません?あなたは上品だから、先生のはしたない淫らなお姫様も高貴に踊ってくれるんですね。先生のイメージにピッタリなんでしょうね」
(彼女はなんらかの形で関係しているのかしら?なにか知ってる?ひょっとしてあの男と肉体関係が?)
「レッスン生にこんないい踊り手さんに巡り会えたなんて先生、きっと鼻が高いでしょう」
疑念が疑念を呼び、フランソワーズには明るい彼女の笑顔も自分への賛辞も素直に喜ぶことができなかった。
ひとり部屋に残された彼女は、天井に接した壁の隅を睨む。
(すこし驚かせてやるか…それともなにも知らないふりをしてだまされてやるか…)
並の人間よりは力がある。ロッカーを動かしてカメラを覆い隠してしまうことは造作も無い。
(アタシがいわれたとおりの格好かどうか確認したいんでしょう…)
トイレで着替えることも考えた。だがこの調子なら、隠しカメラが備え付けてあるに違いない。
(今は言うことを聞いているフリをしよう…)
苦渋の選択だった。
(卑怯者!)
心の中で罵倒の言葉を繰り返し叫ぶ。
涙が勝手にあふれた。あわてて指でぬぐう。手を震わせながら、身につけていたスプリングコートを脱ぐ。
コートの下は下着だけだった。上下とも同じデザインで揃えられている。シルバーグレーの下地。ブラジャーのカップの部分と、ショーツのはきこみの部分以外に赤いレースの同じバラ模様の刺繍がほどこされていた。
(持っているなかでイチバンいやらしい下着を着けて出て来いって…悪趣味)
フランソワーズの白い肌に赤い淫靡なバラが鮮やかに咲いていた。
(今は…耐えて…)
彼女はバッグのファスナーを開いた。
外国映画に出てくるワンシーンのようだった。美少女が全裸になって着替えている…隠しカメラに撮影されていることを承知で着替えようとしている…。
(演技をすると思うしかないわね…最悪)
コートをハンガーに吊るし、バッグの中から取り出したランジェリーケースを前に溜息が漏れる。
(これからレッスンなのになんでこんなに楽しくないの…)
着替えを手に取りだしやすいようロッカーの内側に備え付けられた棚に置く。
(あの男が受付にいてリアルタイムで見ていないことだけが救いね)
フランソワーズの身に着けている下着はストッキングをのぞいて3着。
日本人にはあまりなじみのない、ガーターベルトがくびれたウエストに巻かれていた。
ガーターベルトとは、太股まではく靴下が長くなったタイプのストッキングを吊るして留めるための女性用の下着だ。
映画で結婚式の後、新郎新婦のやたら熱っぽいシーンに、花嫁がよくこの姿で登場する。もちろん色は純潔をしめす清楚な白。
あるいは成熟した大人の女性が色香ムンムンで、意中の男の前で服を脱ぐとこの姿で現れる。魅惑の黒。
フランソワーズは、ブラジャーとショーツと同色のシルバーグレーでまとめていた。
少女にしてはこの色は落ち着いている。上品だが、豪華に施された鮮烈な赤いレースのバラ模様がかえって毒々しいほどの淫靡さを醸し出す。
ちゅうちょしていた彼女が決心してショーツを勢いよく引きおろした。
(アタシは、男の人の前で自分から脱いだことないのよね)
ガーターベルトは、最初に身に付けてから、ショーツをはくものなのだ。そうしないと着脱が面倒で用が足せなくなる。
ストッキングを両足にはいたまま、下半身のイチバン大事な女性自身が剥き出しになっている。うすい亜麻色の茂みが外界の空気に触れることで、いやでもわかる。
(自分の意思に関係なく無理矢理裸にされてばかり…)
バラ模様のショーツが両足から抜き取られる。今度は靴下止めのホックをはずす。片足の前後に2箇所。
(セックスじゃない…レイプばかりだ…)
片足ずつ、爪を立てないようにストッキングを脱いでいく。
最後に腰に残されていたベルトを外した。
すぐに用意していたショーツを棚からふんだくるように掴むと急いで両足に通してはきこむ。
身につけたショーツは体に纏わりつくレオタードにひびくことのないよう、いっさい飾りはつけられていない。吸汗性の高いコットンだ。
(すごく…不幸なことね…バレエは人間の美しさを表現するものなのに…アタシはまともなときも、機械に取り替えられてからも…人間の醜い面ばかり思い知らされる…)
光沢を持つピンク色のバレエタイツをはきながら彼女は自嘲していた。
着替えを隠し撮りされたとわかっていても、ここへ呼び出した『あと』が
男の本当の目的だとわかっていてもレッスンの間だけは、フランソワーズも気が晴れた。
踊っていられるときが一番幸せだ。
すらりとのびた足にはピンクのタイツ。今まで何足履き潰したか分からないトゥシューズ。
そして身体のラインがくっきりわかる黒い七分袖のレオタード。
壁一面に鏡の張られたレッスン室に可憐で小さなローティーンの少女たちと踊る。
柔軟体操にバーを使った基礎。回転技いつもどおりこなしていく。
たちまち汗が噴き出す。ロウで固めたシューズの先があっというまに柔らかくなってくる。
ガラス越しの見学者…生徒たちの保護者は自分に興味津々だ。聞こえないと思ってあること
ないこと空想して自分のことをウワサしている。
「…ねえ…ご覧になって。ジュニアクラスにひとりだけ大きな子がいるでしょう。あの子いったいどういうつもりかしら」
いい印象を持った様子ではないことがすぐに聞き取れる口調だ。
「目立ちたいんでしょうよ…それにしてもあの子バストが大きいわねえ。外人は発育がいいのかしら」
げらげらと下品な笑い声もはっきり聞こえる。
「あなたどこ見てるのよ…ちゃんとおたくのお姫様も見てあげなさいよ」
ひとりが声を落とした。
「ねね、あの子もしかしたら先生の愛人とか…肉体関係ありそうよ」
わあっと声があがる。またか…フランソワーズの心の中でため息が漏れる。異国の人間というだけで誰もアタシのことを理解しようとはしない。
最初から色眼鏡をかけて見ている。
「やだあ!でもあのカラダですものね…おとなしそうな顔していても…なにをしてるかわかりゃしないから」
誰も先生であるあの男の正体を知らない。芸能プロダクションを抱えた新進気鋭の振り付け師…子供の将来には芸能界入りの構想もある親たちには
…金の絡んだ人身売買など関係のない世界なのだ。
憂ウツな気分の中でもひたすら舞う。軸足に体重を乗せスピン。足をあげた角度にフランソワーズは細心の注意を払う。
(せめて今だけはバレエに集中したい…このレッスンが終わってしまうと…アタシ…は)
本当は大声を上げて泣き叫びたかった。
パンッパンッ…レッスン室にあの男が入ってきて手を叩く。レッスンを担当していた先生のピアノの
伴奏が止んだ。
「ようしっ、みんなお疲れさま。これから通し稽古だよ」
小さな生徒はおろか見学者もガラス越しに注目する。尊敬すら感じられる皆の眼差し。
(今までしっかりアタシの着替えを…録画したのを見ていたわね)
ひとり軽蔑と憎悪の思いをフランソワーズはぶつける。
「今日の最後の課題はこれだ。回転は速度に注意してね」
ハイっ…と元気の良い返事があちこちからかえってくる。男がプレーヤーに手を伸ばした。
(アタシには…とても…あんな返事は出来ない)
音楽が流れ始めた。ブラックスワンだ。
保護者たちががやがやと語り始めた。
「あたくし知っていましてよ。チャイコフスキーの白鳥の湖ですわ」
「ねえ…この場面って悪魔の娘が王子様を誘惑する場面じゃありません?」
「そうですわよ。ニセ者の黒鳥にだまされて結婚を誓ってしまうのよ」
「子供たちにはふさわしくないんじゃないかしら…」
保護者たちが騒いでいるのがフランソワーズの『耳に』聞こえてくる。
部屋に降り注ぐ陽射しが赤みを帯びてきた。レッスン室には誰もいない。
ただひとり、フランソワーズは踊っていた。
ピアノの伴奏も音楽もない静寂の中をただひとり。微かな音を立てて小気味よく
舞う。
パチパチパチ…拍手が鳴り響いた。あの男が入ってきたあとにわざとらしく、とってつけたようにドアをノックする。
フランソワーズは白鳥が水面に降り立つように足を止めた。が、拍手の主を見ようとはしない。
「…もうじゅうぶん踊ったろう?…これからは大事な初仕事の時間だ」
フランソワーズは返事をしない。
「稽古とはいえ…君の舞ったブラックスワンは素晴らしかった。…だが私の解釈とは違う」
フランソワーズは男を無視した。くるりと背を向け、バーの上に片足をのせ柔軟体操をはじめる。
彼女の背中と鏡に映った前面をにやにやしながら見つめている。
「君のブラックスワンは悲哀に満ちていた。あれではオディールは悪魔の父に命令され、言いなりになって
王子を誘惑する愚かな娘だ」
「…そう思ったからです。偽りの姿で相手をだまし…そして求愛されても悲しいだけです」
優雅に体を曲げ反らしながら、淡々と答えた。
「ふむ。君のパントマイム(身振り手振りで感情を表現すること)はそうだった。でも私は違う」
「…あっ!」
背後から男がフランソワーズを羽交い締めにした。彼女が苦悶の声を上げる。
「ふははは、チャンスさえあれば、時間と場所さえ許されれば人間は抱き合いたいものなのだ」
汗ばんだフランソワーズの背中に男のカッターシャツが触れた。
プレスされて糊のきいた布がこすられる。すぐに男の両手は背中から胸の前に回る。
「やっ、やめて…」
フランソワーズの制止に踏みとどまることはなく、男の手のひらは大きな柔らかいふたつの隆起
をおさめ好き勝手に動かしこねくり回す。
「ううっ…つあっ…」
彼女の顔が歪んだ。
本来の力を発揮すれば、ヒジ鉄でも食らわせて投げ飛ばし簡単にこの男を床に這いつくばらせることができる。
しかし、彼女はわざとそうしなかった。身をくねらせて顔を背けるだけだった。
「毎回レッスンのたびにこんな白い背中を見せられたらたまらんよ。レオタードは背中がこんなにあいているんだ。
もちろんノーブラだしね。君のカラダにピッチリひっついたレオタードを見ながらでいろいろ妄想するのも楽しいが」
ラウンドネックの胸元から乱暴に両手が滑り込んでくる。
「あああッ!」
「なにをそんなにいやがるのかね?いちど抱き合ったんだ。何度触れても同じだろう」
「いやああああッ!」
バナナの皮を剥ぐように男は、フランソワーズのレオタードをはぎ取る。
黒いレオタードが裏返しになってヘソのあたりまで無理矢理引き下ろされる。
伸縮性に富んだレオタードはしわになることもなく好きに姿を変える。
鏡にプルリっと揺れながら両の乳房が映し出された。
フランソワーズにも背後から抱きつかれ胸をまさぐられている自分の姿が見える。
(今は…耐えるしかないの…)
バーに掴み立ちをしている自分を励ます。鏡に映る顔は苦渋をたたえている。
しかし、晒された上半身の裸は背後から抱きついた男の好色をさらに煽らせる。
豊かで垂れることなく上向きにふくらんだ形の良いふたつの乳房。薄紅色の乳首
を頂にしたふたつの乳房を目の当たりにし、それらを我が物顔で好きに弄んでい
くうちに男はよだれを浮かべる。
「君はチュチュもいらないね、いっそ裸で踊ってもらいたいよ。そうすれば私の解釈も
証明される。人間は人間の体の美しさにひかれ、そして絶えず体を求めるのだ…」
「ううっ!イ…イヤッイヤッ」
男は手を休めずにフランソワーズの乳房をさらになぶる。息が荒くなっている。
「わかっているんだよ。このまえのコトにおよんだハメ撮り記録映画の威力は絶大だ」
後悔しても後悔しきれないあの事件、フランソワーズは口をかむ。
「私のいうことをきく気になったのは録画ビデオとこれだろう」
力任せに男がレオタードの袖を手首まで引き下ろした。
「…アアッ!ウアアアッ!」
フランソワーズの白い腕に無惨な注射痕が点々とついている。ギルモア博士が彼女に施した
人造皮膚でも、見た目は生身の人間のものとなんらかわりはなかった。
「どの子もそうなんだ。このクスリが欲しくて欲しくてたまらなくなって、私のいうことに従うしかない!あははは」
(そうよ、あなたの悪事を暴くためにあたしはこうしてここにいるの…)
「くふうっ…だめだだめだ。大事な商品に手を出してはいけないんだが、がまんならん」
フランソワーズに抱きついたまま男がうなる。
年月を経ても姿形が変わらない、それでも踊っていたい。日本で人目を忍んで
生活するために劇団員には加入せず、いくつかのバレエ教室を転々とする。
バレエを続けるがためのフランソワーズの選択であり、平和な日常であった。
いま通っている教室は、背後から抱きついているこの好色な男が講師だった。
斬新な新解釈で、この世界から古典的な名作を振り付ける…そういえば聞こえは良い。
(ただいやらしいだけよ、この男の登場人物はみんな異性を欲しがって、妙に飢えていて)
眠っている清楚なオーロラ姫も、悪魔の呪いで白鳥の姿になったオデット姫も。
懇願されて、しぶしぶ今回の公演のプリマドンナ役を引き受けたのだ。
(…あのときは油断していた。サイボーグのこのアタシが!)
食事に誘われ、指輪に隠された仕込み針で薬物を投与された。そしてここに連れてこられた。
(効き目が弱いからとさらにまた飲まされて)
この男の経営する芸能プロダクション。所属するタレント、モデル、劇団員は表向き。
薬物で酩酊させ女性を強姦する。そのさまを撮影する。録画ビデオで脅迫し売春を強要する。
さらに薬物中毒にしてこの世界から抜け出せないようがんじがらめにしてしまうのだ。
これが先生の裏の顔だ。すでにフランソワーズもその毒牙がかけられた。
薬物の効果で抵抗は全くできなかった。
(アタシの画像は有料ピンクサイトに流すって…)
コトに及んだ後、男は冷たく笑った。それがいやなら『仕事に出ろ』と高笑いした。
そして動けない自分の腕に注射を…。
注射の痕を隠すためレオタードは必ず長袖のタイプを身につけていたのだ。
(なんて卑怯な…)
眼のスイッチを無意識にオンにしてしまった。鏡の向こうの隠し部屋が見える。
飛び出し式のベッドの裏とカメラやライト、三脚が置かれ整頓されたテープやディスクの
棚が見える。
(少々の薬物ならアタシは中毒症状はでない。まともなうちにこの男をなんとかしないと)
「うあっ!」
男は、フランソワーズの苦悩を知るよしもない。息を荒く弾ませ…彼女のくびれた
ウエストを引き掴む。己の側へ肉付きの良いヒップを突き出させるように引っ張りあげる。
「時間がない…ここで今夜の仕事のことをレクチャーするぞ」
体を売る方法など教わりたくもなかった。しかし今は耐えるしかない。
女性を買うハレンチな男も、この男のように売春を斡旋して、それで金をせしめる男も社会から
罰せられるべきなのだ…!
フランソワーズは常人より遙かに強い腕力を脚力を必死で自制する。口元が歪んだ。目元には
悔し涙が滲んだ。
「ちいい、袖のあるレオタードなんかやめてくれよ、脱がせにくくて面倒だ」
男が舌打ちをする。両腕から黒いレオタードの袖が伸びに伸ばされて引き抜かれる。
彼女の腰にレオタードの上半身が裏面を見せてだらりとぶらさがった。
「…今日は初仕事だから私も同行するよ。引率役だ。よく言いつけをきいてくれたようで。いつも
あの格好でたのむ」
今回の呼び出しには応じないわけにはいかなかった。研究所に電子メールが届いた。
(あんなひどい画像を添付して送ってくるなんて!)
レイプされた直後の自分自身がいた。足を開かせられて、白濁した精液がしたたり落
ちるさまを、局部を晒した画像だった。そして本文には『特別レッスンにこられたし』と。
下着の上にコートを羽織ってくるように、セクシーな下着を選んで身につけてこいと。
「うっ…!やああああッ!」
フランソワーズの悲痛な悲鳴に構わず…男はレオタードに手をかけ引きずり降ろす。
レッスンのために身につけた黒いレオタードも、ピンクのタイツも。そして最後の砦の
小さなショーツも。勢いよく太腿までずり降ろす。
「うおうっ!すごいすごい…真っ白だ。画像より生で見るのはたまらんね」
男はむき出しになった彼女のヒップをドラムのようにぺちぺちと叩いた。
「くうっ…」
「ヒップは白桃だな…前も後ろも出るとこはむっちりとふくらんで…ウエストは
細くって…そしてここは…ぐふうっ」
男がヒップの谷間に顔を近づけた。フランソワーズのアヌスに口付けを落とす。
舌でベロベロとなめ回す。汚らしい唾液が神聖であるはずの床に垂れた。
「アアアアアアッ!」
フランソワーズがのけぞる。全身に悪寒が走った。
「うはあッ…よく締まって…こりゃデイジーの花だなあ」
男は乱暴にフランソワーズのヒップに手をのせる。
「お客の嗜好はそれぞれだ。アナルセックスを求められても逆らってはいけないよ…ぐふうっ…」
「!ううっ…くうっ…」
男はヒップのふたつの山に置かれた両手を無茶苦茶に揉みしだく。そのまま膝を曲げていく。
膝立ちになりながら、フランソワーズのふたつの花をなめ回す。
ビチャッ、ススズーッ不快きわまりない音が辺りに漏れる。
悪寒に耐えフランソワーズは鏡を見つめた。鏡に下半身を弄ばれている自分の姿が映っていた。
フランソワーズが抵抗しないのをいいことに、男は立ち上がった。レクチャーという下品なおしゃべりは続く。
「ううむ…感染症を防ぐためだ。上の口のキスは断れ。NGだよ。ペニスにコンドームは装着してもらいたまえ。
契約違反といっていい。拒否すればコンドームは持たせる。売りたまえ…くああっ!でも君は本当に高級品だ。
甘い香りのマンゴスチンが前にふたつ、くびれた洋梨の腰でお尻は白桃ときてる」
息を弾ませながら…男がズボンのベルトをゆるめる。足首まで勢いよくズボンが落ちる。
「いひひひ、アヌスはデイジー、ヴァギナは豪華な胡蝶蘭ときたもんだ…」
「あうっ!」
激痛が走った。男がフランソワーズの敏感な肉の花弁を無理にこじ開けたのだ。
無遠慮に二本の指が挿入される。肉の内壁がぐりぐりと擦られた。火のついた
たいまつでもねじ込まれたかのように、熱くなった。
「ああああああッ!」
「ほうれほれ…ヒダがすごいよなあ、すぐにヌレヌレになるし。さらに奥は…」
凶悪な指がのたうちまわり肉の壁をなぶる。内側から裂かれるような痛みに、
フランソワーズは悲鳴をあげるしかなかった。
「アアアアアッ!ツアアアッ…!」
「…このブツブツがたまらないんだよ。ざらざらして」
さんざん乱暴をはたらいて、男がフランソワーズの身体の中から指を引き抜いた。満面の笑みを鏡越しに見える。
「今日は外で出すから安心したまえ。もしこの前ので妊娠したらいい医者を紹介する。顧客にいるんだよ」
この男の子供を身ごもるなんてとんでもない!鳥肌が立った。
(アタシを診てくれる医者なんてこの世にはいないわっ!だいいち…)
ギルモア博士に堕胎手術をたのむなんてできるものですか!でも…もうもし…)
未知の恐怖がさらに彼女を打ちのめす。
男はフランソワーズの腰を引き掴むと手探りで秘密の裂け目を探した。そそり立った邪悪な
分身の先端を花芯の入り口に押し当てる。異質の肉の感触に、フランソワーズは背筋が寒くなった。
「ふうぅんっ!ふんっ!」
鏡に映っの男は腰をグラインドさせ、一気に肉欲の権化を潜り込ませてきた。
「…ウウッ!つうぅっ…うあっ…!」
裂かれるような痛みが走る。だが硬直した異物は、フランソワーズに構わず体の中に入ってくる。
「すごいよね、ペニスに絡みつくんだよ。かあああーっ!気持ちいいなあ!ええい!」
ヒップに男の腹があたる。すぐに男は動き始める。ゆっくりとしたリズムで。
「ううんッ!ううん…すごいよ、生の営みは素晴らしいよっ!」
はしゃぐ男と同調してあがるフランソワーズの悲鳴は苦悶に満ちていた。
「ううッ…ううッ!くうっ…」
鏡の自分の顔は歪んでいた。男の顔はだらしなく歪んでいた。行為を与える側と受ける
側でなぜこうも感情がかけ離れているのか…涙があふれた。
その光景は陵辱と呼ぶにはあまりにも静かすぎた。
「ううんっ…はあっ、ふんっ…」
下品な男の声と、みだらな肉と肉との擦り合わされる音だけが周囲に響く。
「…つうっ…くっ…」
フランソワーズは拒絶の悲鳴をあげない。ひたすら歯を食いしばり、口を
真一文字に引き絞って耐える。必死でバーを握りしめた。
それでも背後からの突き上げられるたびに苦悶の声が漏れた。内側から膣の肉が
擦られ何度も痛みが体の中で駆けめぐる。
涙が止まらない。鏡の自分はポロポロと大粒の涙をこぼして泣いている。
「あああ、ダメだよ。そんなんじゃ…派手によがってくれなくちゃ」
鏡の男が冷たく笑った。腰を引き掴んでいた手が、後ろから突かれる振動で
揺れている乳房に伸びてくる。
「…ああぁぁぁぁッ!痛いッ…」
喉をそらしてフランソワーズが叫んだ。下半身は貫かれたままで、胸を鷲掴みにされた。
柔らかい胸のふくらみに指が食い込む。乳首が無理矢理引っ張りあげられる。
「ひひひ、そう、そうこなくちゃ。喘いだ方が気分がのるんだ。お客もそのぶんはやくイク」
男はフランソワーズの上体を引っ張り上げた。ふたりとも立ちあがった上体になる。
「アアッ…!」
フランソワーズのバーを掴んだ両手に力がこもる。
男がぴったりとフランソワーズの背中に重なる。背後からつながった下半身は
弧を描き、8の字、前後とダンスのように好きに動く。
動きに合わせて、フランソワーズの体も動く。バレエとはほど遠い淫猥で、悲惨な
踊りだった。
「ううっ…つああッ…ウウンッウゥッ…」
「ふふふ…そう、そうだ…かわいい声を出してさえずるんだぁ…ははは」
勝ち誇ったいやらしい男の笑い声に、フランソワーズは弱々しい声で抗議をする。
「ウウッ…いやあッ…いやあぁぁ」
「いやなものか!バレエも売春も一緒だよ。相手を喜ばせて金を得るんだからな」
さすがにバレエを貶められるとフランソワーズも腹が立った。
思わず常人よりは遙かに強い腕に力が入る。ピキッ…バーが
埋め込まれた鏡に亀裂が入る。男もすぐに気づく。
「…君はすごい力持ちだね。そういえば相方のダンサーがぼやいていたよ。君は見かけより
ずいぶん重いって」
他のメンバーに比べれば、容量も女性用で小さく…改造箇所も少ないとはいえ人工骨に
人工筋肉と機械が組み込まれた体だ。見た目よりは重いだろう。
「ああああッ!」
男が抱きついたままでフランソワーズの上半身を鏡に押さえつけてきた。
ギシギシと音が立つ。ひんやりとした鏡の表面に感触に鳥肌が立つ。
柔らかく、豊かな乳房が不格好に押しつぶされる。ピンクの乳首が白い胸にめり込む。
「いひひひ、君の国の有名なナイトクラブの踊り子だって…ひと昔前は金で買われて
上流階級の男たちの夜の相手をしていたんだ…むんっ!」
男は腰を動かすのを止めない。
「男と女がいるかぎり肉体のまじわりは当然ありうるものだ。くっ…金が関われば悪徳かね?
足をさらして踊っていてもおっ…クラシックの演目なら芸術と評される。私にはどちらも一緒だよ」
いまのフランソワーズにはどんな高尚な解説にも耳を傾ける気にはならなかった。
「だいたい…人の解釈をそのまま真似ていたってちっとも面白みがないんだよおっ!芸術家と呼ばれる前に
芸能で人を喜ばせなくてどうするうっ…」
なにより内側から裂かれるような痛みに耐えるしかない。スプーンでえぐられるような
不快感に彼女の美しい顔が…信じられないほど歪む。
「うあっ…!お名残惜しいんだがね…そろそろ終わりとするよ。うおっ!」
男が突き上げる速度をはやめた。ふたりの体が小刻みに揺れる。
フランソワーズの膣の壁が擦られさらに熱を持つ。激痛が結合部分から
体の奥に向かって何度も反復される。
「アッ!アアアアッ!アッアッ!ヤアッ、イヤアッ…イヤアアアアーッ」
「んんんッ!そうだそうだよっ!もっと騒げええ!」
(この激痛と恥辱の時間が本当に…すこしでもはやく終わるなら!)
ただそれだけの理由、フランソワーズは喘いだ。
「あッあッあああッ!あああッ…ああんッ!アンアン、アァァァンッ」
男の動きに合わせ悲痛な喘ぎの間隔は短くなっていく。わざと大きく声を
張り上げる。
「はっはっはっ…そうだよ、いいよっ!うおっ、うおおおおおおーっ!」
男の下品なレクチャーはいつのまにか消し飛び、獣のようなうなり声しか
発しない。
背後に張り付いている男が激しく動く。腰を突き上げる速度が増していく。
鏡にうつったフランソワーズの両の乳房が上下に揺れている。揺れると肩にまで響いて
重たかった。
男は豊かな彼女の乳房をなぶることも忘れただ陰茎を体の奥深くに突き刺していた。
何度も彼女の肉壷の中を掻き回し、反復させ快感を得て己のみ絶頂を迎えようとしていた。
刺し貫かれた体の中が裂かれるように擦れて痛い。摩擦の熱でヤケドでも
おったかのようにヒリヒリと痛みが走る。
(もうっ…おわって!はやく、おわってェェェェェェ!)
時間が止まっているようだった。地獄の苦痛が果てしなく続くなんて
耐えられない…フランソワーズは声の続く限り喘ぐ。二人が激しく同調して動く。
「アッアッアッアッアッアッアアアアアアアアーッ!」
「ウオッ…ウオオオオオオオーッ!…とおりゃあああああ!」
男が一瞬止まると背後で大声を上げた。フランソワーズから飛び退く。
吐き気を催す生臭い匂いが鼻をつく。彼女の背中に温かい液体がふりそそぐ。
髪の毛にまでもそのドロドロとした液体がかかる。背中を伝って膝頭の上辺りに
とどまっていたレオタードに、タイツに、彼女自身を覆っていた面を見せている
ショーツにも容赦なくボタボタと滴り落ちる。
「くあああっ…最高だ」
男は満面の笑みをたたえていた。