知らない人のために……
邪眼のバラーは右目の封印をとるとバラーであってバラーでない怪物(?)になります。
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「俺は若かった。歯がみをしたいほど無力だった。俺は姉の魔力を借りて祈った。一族をまとめる力を――!……片目はその代償だ」
与えられた部屋の説明を聞きながら、アリアンは先程聞いた話を思い返していた。
体の一部を失ったら族長の座からおろされる決まりなのに。族長になるために片目を失うなんて矛盾している……。
一族からも恐れられている族長、邪眼のバラー――。
(父さんを……お師匠様を……ヘンルーダを……私たちの一族を全滅させたやつ――)
いけない、と、アリアンは拳を握りしめた。
今の自分はローマ人。パブリウス・アントニヌスの娘コンスタンス。緑の原の一族のアリアンロッドとしての表情を見せてはならない。見破られてしまえば、ここは敵の本拠地。バラーを討つこともできず、生きて戻ることもかなわないだろう。
こわばる顔を無理矢理ほぐす。
今は機会を待つときだ。ローマ人になりすますすべはラテン語しか持たないのだから、気をつけなくては。
「……だ。上等の毛皮を敷きつめてやろう。召使いも大勢おいてやる」
幸いバラーは気づかなかったようだった。部屋の話をし続けている。
「ローマの調度がほしくばそれも手に入れてやるぞ。といっても、言葉がわからぬか」
アリアンはこっそりと胸をなでおろしたが、バラーの手が顎を持ち上げてきた。
(何……?もしかして唇を奪われる……?ちょっと待って!そりゃ色仕掛けは予定のうちだけど!心の準備が……っ)
アリアンは右手を振り上げた。頬をはたく前に腕をつかまれる。
唇と唇が重なり、嫌悪を感じるままに思いきり噛みついた。
「つっ!……おもしろい」
バラーがにやりと笑う。
「接吻を拒み、噛みつくか。……ならばこれはどうだ?」
アリアンの腕を剣のように引き、硬い床にたたきつける。
体勢を崩しているところにのしかかられ、アリアンは身動きがとれなくなった。
「どこまであがけるかな」
乱暴な腕が服を引き裂こうとする。
がむしゃらに手足を動かして抵抗しても体力を消耗するだけだ。
(でも……どうすればいいのよ!武器も何もないのに……っ)
そう考えている間にも布の裂ける音がする。
(こんなやつに犯されるくらいなら舌を噛んで……いいえ、噛み切るならバラーの舌だわ。色仕掛けは予定のうち。覚悟の上だったんだもの……!)
アリアンはバラーの片目に向かって唾を飛ばした。バラーが反射的にまぶたを閉じる、一瞬の隙をついてバラーの腰の剣を抜く。
しかし刀身は半分も姿を見せなかった。バラーの腕がアリアンの腕を捕らえる方が早かったのだ。
「次はどうする?」
(知らないわよ……っ)
アリアンは歯を食いしばった。
バラーは頬を拭いながら不気味な笑い声をもらした。
「忠告しておくぞ。俺の右目には触れん方がいい。命が惜しくばな」
(何か、あるの――?)
バラーの右目は髑髏が描かれた眼帯で覆われている。
「おまえは俺の獲物だ」
乳房と乳房の間にバラーが唾液で線を描く。アリアンは気味の悪さに身震いがした。
衣装はすでに引きちぎられ、両腕は捕らえられたまま。体を覆うものは何もない。
どこもかしこもバラーの視線にさらされている。
濡れた感触が臍を通り過ぎても、アリアンはただ宙をにらむことしかできなかった。
バラーの息が腹部にかかる。
「……俺は力を手に入れた。右目はその代償。邪眼の由来も――この右目。だが、片目だけではたりなかったようでな」
(何が言いたいのよ)
「……俺が手に入れたのは魔の力だ。巣くい、脈打ち、……成長する」
(どういう、こと……?)
「俺を楽しませろ」
バラーは引き裂いた衣装の切れ端でアリアンの腕を縛り、足を大きく割り開いた。
(嫌……っ)
アリアンは身をよじって逃れようとするが、下半身はしっかりと縫いつけられている。
暴れれば暴れるほど視線が強くなる気がして、全身が羞恥に赤く染まった。
バラーは触れてこない。
じっと、見ている。
(嫌――っ!)
「……ククク。こういう楽しませ方も悪くはないがな。おまえならばもっと俺を楽しませることができるだろう。……武器をとれ」
バラーは剣の柄を一気にアリアンの秘所へと突き刺した。
「うああぁぁーーーーっ!」
自分でさえ触れたことがない領域を進む無機質なかたまり。アリアンは激痛と衝撃にがくがくと震えるしかなかった。
「裂けたか」
「ひっ」
バラーは柄の横から無遠慮に指を埋め、引き抜いて血の味を確かめる。
「どうした、あがけ。武器の扱い方を知らんのか?ならば教えてやろう」
「あっ、あっ、うぁぁっ」
乱暴に抜き差しされる剣。聞こえる水音は淫水のものではない。血のにおいが立ちこめる。
アリアンの瞳に涙がにじむ。止めることのできない悲鳴がもれる。
(殺してやる……っ)
「覚えが悪いぞ」
(殺してやるっ!)
「……つまらんな」
血に染まった剣が放り出され、バラー自身があてがわれる。
息を飲む間もなく押し入ってきた。
アリアンは叫んだ。
「殺してやるわっ!邪眼のバラーっ!……うぐっ」
「……おまえ、エリンの言葉を……。ローマ人ではなかったか。名乗れ、何者だ?」
バラーの左目が楽しそうに細められる。
アリアンは目で殺さんとばかりににらみつけた。
「……緑の……原、の……一族。……アリアンロッド」
「おまえの執念はこの俺を殺せるか?」
「殺してやる!……あぁっ」
熱くて硬いものが腹の奥を打つ。バラーのものだと思うと痛みよりも吐き気がする。
快感など微塵も感じない。そのことだけがアリアンの自我をつなぎ止めていた。
「あっ、うぁっ!……ぐっ……ああっ!」
だがあまりの痛みに気が……遠くなる。
意識を失う瞬間、体の中で何かが弾け、……広がった。
バラーは気を失ったアリアンの胎内から血に染まった己自身を引き抜き、装飾の上から右目を押さえた。
「……無力ゆえに打ちのめされ、打ちのめされるがゆえに己の無力を知る。……人間は人間としてありたいと、どれだけ本気で思うものか?」
左の目でアリアンを見つめ、にやりと唇をゆがめる。
「あがけ。……俺はそれが見たいのだ」
剣を床に転がせたまま、静かに部屋を後にした。