「なんだ、冬海。どうした、今頃?」  
「あ…金澤先生…」  
冬海家の別荘のキッチンに立つ金澤。片手に包丁。反対の手には缶ビール。まな板にはスライスされたサラミが並んでいる。  
半分ほど切ったところで、ぐいっとビールをこれまた半分ほどやった時、こちらの方へやってくる冬海を見つけたのだった。  
「おまえさんも腹でも減ったのか?」  
缶をおろし、再びまな板へ注意を向けながら声をかけると、冬海の声がよりいっそう小さくなった。金澤が顔を向けると彼女は真っ赤になり恥ずかしそうにゴニョゴニョとつぶやいている。  
「なんだ、どうした?」  
「…いえ……あの、ですから、ひ…日野…先輩、が…」  
「日野が?」  
「ひ…日野先輩が、その……つ、土…浦先輩、と……」  
始めてしまって…まで言うと、冬海はさらに赤くなりうつむいてしまった。  
「あー、なるほどな。それでおまえさんは部屋を出てきたってわけか」  
こくんと頷く冬海。金澤は片手を頭へやり、ため息をついた。  
「ま、それじゃあしょうがねーな。だったら月森のとこでも行ったらどうだ?土浦が部屋にいないなら、あいつも1人だろう」  
「あ…そ、そうなんですけど…」  
「…………」  
「………………」  
オロオロし始め、言葉が上手く出てこない冬海を見つめ、金澤は再びため息をつく。  
「……しょうがないな、おまえさんも」  
 
第1セレクションが終わったばかりでやってきたこの合宿。それもまだ初日の夜である。  
いきなり月森の部屋を訪ねていく勇気は冬海にはなかった。一応、向かおうと試みてみたが、足が震えて進めなかったのだ。  
そして風呂から戻ると、同室の日野が土浦と既に始めてしまっていたのに参加する勇気もなかったので、仕方なくなんとなくキッチンへやってきたのであった。  
 
金澤にため息をつかれ、冬海は悲しい気分になっていた。どうして自分はこうなんだろう…。  
日野先輩はもう土浦先輩と…なのに。でも、お二人は同じ2年生だし、土浦先輩は日野先輩の伴奏もやっていたし。じゃあ、私も志水くんなら…?  
同じ1年生同士だし、と思ったがやっぱり無理だとため息をついた。志水は、火原と柚木と同室である。いきなり先輩方を含めた3人相手はきつい。  
想像して気が遠くなっている冬海をじっと見つめ、こちらも何か考えていた金澤が、ビールの空き缶をテーブルに置いた。  
それほど大きな音ではなかったが、冬海がビクッと反応した。  
そんな冬海に苦笑を浮かべ「よしっ」と言いながら、教師らしい表情に切り替え向き直る。  
「この俺が、少しおまえさんを鍛えてやろう。感謝しろよー。あー、俺っていい教師だなー」  
「は、はい。ありがとうございます」  
驚いてパッと顔をあげ、素直にお礼を言う冬海に満足そうに頷くと、金澤はダイニングのいすに座った。  
「じゃあ、さっそくだがここへ」  
身体を冬海の方へ向け、背もたれにどっかりもたれた姿勢で座っている金澤は、自分の足の間を指差し冬海を招いた。  
「あ…は、はい…っ」  
冬海は慌てて走りより、少し躊躇した後、おずおずと金澤の前にしゃがみこんだ。風呂上りらしい優しい香りがふわっと舞い上がり、金澤の顔が少し緩んだ。  
「よーし、じゃあ何をすればいいかは分かるな? 大丈夫、風呂には入ってあるから」  
いきなり任されてしまった冬海は戸惑い、オロオロと金澤を見上げる。何を言われているかは分かっているが、金澤はまだしっかりジーンズを履いたままだ。  
「…あ…あの…ここから…ですか…?」  
冬海はまだ誰かの服を脱がせた事はなかった。金澤に力強く頷かれてしまい途方にくれる。金澤は急かす事はなく、そんな冬海をじっと見守っている。  
 
意を決し顔を上げるまでどのくらい経ったか。  
とにかく冬海は勇気を振り絞り、決心をみなぎらせた瞳で金澤の足の間を見つめた。  
「よ…よろしくお願いしますっ」  
冬海は震える手を伸ばし、金澤のジーンズに手をかけた。  
緊張で指先が上手く動かないためかなり手間取ったが、何とか目的のモノを出すことが出来た。  
達成感と恥ずかしさと興奮とあれやこれやで息を荒くし、でも嬉しそうな冬海を、金澤は暖かく見つめる。  
「よし、それじゃあ次だ。分かるよな?」  
ぐっと我慢をしたが、途中、若干痛い思いをしたため少しひきつっていたが、優しく先を促す金澤。  
あー、俺ってほんと、いい教師だなー。  
 
まだ少し震えているものの、予想以上の的確さで懸命に触れてくる冬海。  
大切なクラリネットを扱うかのような繊細さを見せる冬海に  
「どうだ、俺のクラリネットは」と喉まで出かかり、何とか堪える。  
オヤジかよ、俺は…と、自分に呆れつつ冬海から目を逸らした時、立ち去ろうとする月森の姿を見つけた。  
「どうした、月森。おまえさんも眠れないのか?」  
ビクッとして顔を上げ、潤んだ瞳を金澤に向け、その視線の先を追って、冬海も月森を見た。  
月森は眉間にしわを寄せ、嫌そうに暗い廊下からリビングに姿を見せた。  
不機嫌さを全く隠さない月森に、冬海は少しドキドキしたが金澤は全く気にしていなかった。  
 
あまり話したがらない月森から少しずつ聞き出したところ、彼はつい先ほどまでヴァイオリンを弾いていたらしい。  
この別荘の練習室は防音が完璧なので、遅くまで気兼ねなく使える。  
つい熱中してしまい、時間に気づかなかったとか。ちなみに既に真夜中と言っていい時間である。  
「おまえさんらしいと言えばらしいが…。初日からあんま飛ばすなよ?」  
「……」  
そして練習室から部屋へ戻る途中、日野たちの部屋の前を通りかかり、  
こちらは防音設備がないので、漏れてくる音声がばっちり聞こえてきたらしい。  
「あ……」  
金澤の足の間でしゃがみこんだままの冬海が、何かを思い出したように頬を染めた。  
「なんだ、それで眠れなくなってウロウロしてたのか? いやー、おまえさんも若いねぇ」  
からかうように言った金澤を、月森はジロッと睨みつけた。  
「別にそういうわけじゃありません」  
とは言うものの、一旦部屋に戻りはしたがそのまま眠る気にはなれず、何か冷たい物でも…とやってきたのだった。  
「邪魔をするつもりはありません。それじゃ、俺はこれで」  
「まあまあ、待てよ。おまえさん、なんだったら冬海の相手をしてやってくれないか」  
 
「は?」  
「?!」  
急に持ちかけられた提案に、ギョッとして足を止める月森。冬海は驚きすぎて声も出せず、金澤を見上げる。  
「…今、彼女の相手をしているのは先生でしょう」  
「いや、まあそうなんだけどさ。俺は付き添いだし、やっぱおまえさんたち同士の方がいいと思うんだ。冬海も、もともとはおまえさんの所へ行こうとしてたわけだしな」  
な、と急にふられ、冬海はあの…えっと…とオロオロしながら、金澤と月森に何度も視線を往復させる。  
月森も金澤と冬海に交互に視線を向け、ため息をついた。  
「……もしそうだとしても、その状態で止められるんですか?」  
金澤は自分の下半身に目をやり、苦笑いを浮かべた。この状況でこの状態か。俺もまだまだ若いな。  
「……あー、じゃあ」  
「言っておきますが」  
月森が金澤の言葉を遮って続けた。  
「俺は複数では好みませんので。それじゃあ」  
「まっ……待ってくださいっ」  
再び立ち去ろうとする月森の背中を、今度は冬海の思いつめたような声が引きとめた。  
「……まだ何か?」  
振り返りもしない月森に泣きそうになったが、冬海は頑張った。金澤は驚いたが、冬海がしようとしている事に気づき、黙って見守っていた。  
「あの…あの、私…………あの」  
「…………」  
「…わ、私…つ、つつ…つきもりせんぱ…いと、…し、したいですっ……!」  
「っ?!」  
冬海は真っ赤になり、息がうまく出来ないほど緊張していた。  
金澤の足の間で、身体は月森の方へ向け小さく震える冬海を、時間が止まったかのように、月森と金澤はじっと見つめていた。  
何の反応も返らない事にようやく気づいた冬海に、熱っぽい潤んだ瞳をおずおずと向けられ、月森はハッとし、少し頬を染め目を逸らした。  
「……だが、俺は複数では…」  
どうしても、そこは譲れないらしい。冬海は今度は金澤に目を向けた。  
金澤が口を開く前に、月森が何か言葉を発した。  
金澤に注意を向けていて聞き取れなかった冬海が再び視線を月森に向けると、月森はまた目を逸らしたが、もう一度同じ言葉を口にした。  
「……明日でよければ。2人でなら、俺はかまわない」  
冬海がパアッと明るい表情になり、直後にポッと頬を染め恥ずかしそうにうつむいた。そして「ありがとうございます」と小さく呟いた。  
「では、俺はこれで」  
もう呼び止められても振り向かない!との決意を込めて月森は身を翻し、足早に立ち去った。  
 
「良かったな、冬海。おまえさん、なかなかやるじゃないか。みなおしたぞ」  
「は…はいっ。ありがとう、ございます…」  
金澤が感心したように声をかけ、冬海は感激で泣き出しそうな顔で答えた。  
「おいおい、泣くなよ。これからなんだからな、しっかりしろ」  
「あ、は、はい…」  
冬海が姿勢を正し、金澤を見上げた。けなげなその姿に、金澤は満足そうに頷き、冬海の頭をそっと撫でる。  
そして優しく促すと、再び冬海は金澤の足の間へ手を伸ばし、今度は先程までよりも熱を込めて触れてゆく。  
まったく、手のかかる生徒ばっかりで大変だな、こりゃ…と思いながら、金澤は愛しそうに冬海の髪を優しく梳き続けた。  
 
そして、再びオヤジギャグが頭をよぎり、苦笑する金澤だった。  
 

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